はなおぼろ
2024-07-24 00:08:19
2730文字
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神様のキャンバス【参】

ふと思いついたネタの続き。

オさん絵本を探すの巻、開幕。相変わらずワは出てきません。
光の神杖は最高最強にナイスガイなので、いくら夢見ても属性盛っても良いって誰かが言っていた気がする。

 何故弟が空の色に惹かれているのか、その経緯を知ることが出来たのならば、この身体に蓄積する澱みは軽減するのだろうか。この澱みが無くなれば、弟と自然に言葉を交わすことが出来るようになるのだろうか。
 少なからず、幼い頃に取り上げられてしまった絵本が関係していることは確かだろう。オーターはあの絵本を探し出すことを決めた。

 探し出すと言っても容易では無いことくらい百も承知である。タイトルを知っていれば状況が異なったかもしれないが、おおよそのサイズ感、使われていた絵の雰囲気、幼い弟が教えてくれた粗筋しか覚えていない。それすらも遠い記憶の出来事で、正しいのか判別すらつかない。
 それにオーターは自分が読書家の部類に入ることは自覚的であるが、流石に絵本や児童書の類はとうの昔に卒業しているため守備範囲外だ。
 以上のことを踏まえ、自分より絵本の類に詳しいであろう人物に尋ねることが得策だと考えた。 

「空の絵本かい?」

 その相手は神覚者の中で唯一妻子持ち、ライオ・グランツ。彼の息子が絵本に興味を持つ年頃になった折、色々な本屋を巡って絵本を見繕っていると嬉しそうに語っていた姿が頭の片隅に残っている。
 オーターはライオと対話する時間を設けるために、普段であれ自局の局員に持っていかせている魔法警備隊宛の書類を自ら運び、彼の執務室へと訪れていた。

「はい。サイズはこのくらいで――

 相槌をうちながらオーターの説明を聞いたライオは、暫し思い悩む素振りを見せた後、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「ジュニアのために結構な数の絵本に目を通したはずなのだが、そのような絵本には覚えがないな」

 ライオの記憶の限りでは、オーターのいう子供が持つには些か大判かつ油絵のようなタッチの絵で、神様が空というキャンバスに描いて天気を操る内容の絵本はないという。

「蝶々が空を旅する絵本なら読んだことはあるが、あれはポップな絵柄で、正方形の小ぶりなものだったな」
「そうですか……
「それだけ特徴的な絵本なら一度読めば覚えているだろうから、オレは読んだことも見たこともないはずだ。ナイスガイな返答が出来なくて、すまない」

 表情にこそ出さないが、あの絵本に関する具体的な情報を得られなくて、オーターは落胆する。しかしライオが知らないということは、である。

「オレが見たことがないということは、幾つかその本について推測できることがあるな」
「ええ」

 ライオも同意見であったようで、オーターへの確認も兼ねて一つ一つ列挙していった。

「一つ、既に絶版になっている可能性」

 記憶にある内容的に、万人受けするベストセラー本という印象がない。オーターが子供の頃からそれなりに年数が経っているため、その間に絶版になり市場から消えているという可能性は大いにある。

「一つ、一般流通していない可能性」

 ライオは己の足で巡り、己の目で吟味したかったということもあり、彼が記憶している絵本は一般的な本屋に置かれているものに限る。つまり店を構えない行商人のみが扱っている本は調査外ということだ。
 またマドル家は貴族に名を連ねていることもあり、外商が屋敷を訪れてくることも間々あった。何かしらの品を買い求めた際に、幼い子供が居るならと珍しい絵本を勧められていても不思議ではない。あの父なら勧められたところで購入する可能性はゼロであろうが、母ならまだ有り得る話だ。

「一つ、自作の絵本である可能性」
「自作、ですか?」
「面白いことに、世の中には白紙の絵本が売られているのさ」

 自分の手で絵や文字を書き込み、世界で一冊だけの絵本が作れるという商品らしい。

「オレもワイフと協力して作った男前な一冊をジュニアにプレゼントしたことがある」

 自作の絵本とは、オーターには思い至らなかった説である。しかし例の絵本は、しっかりと印刷されたものであったように記憶している。手製の線は薄いように思う。そもそもオーターたちの両親は、子のために絵本を作ろうなんて思考の持ち主ではない。
 そんなオーターの考えはお見通しだと言わんばかりに、ライオは続きを話していく。

「オレたち夫婦の場合は手書きだったが、中には印刷所に頼んで本を刷ってもらう人もいるそうだ」
「自費出版ですか」
「複数冊刷って身辺者や同好の士に配る人もいるようだから、知人からプレゼントされた自費出版物の可能性もある」
「なるほど」

 魔術や学術方面ならまだしも、芸術や文学方面の交友があの親にあるとか考え難いが、外面ばかり良く体面を気にする父である。貴族間交流の一環として受け取ったものを弟に投げて寄越したのなら、辻褄は合うか。
 これで推測できる事項はほぼ挙げられただろう。そう思っていたオーターとは裏腹に、ライオにはまだ考えられる可能性があるようだ。

「そして最後にもう一つ」

 自費出版物である説以上に、思いもしないことがあるのだろうか。オーターはライオの発言に耳を傾けた。


「そもそも絵本ではない可能性、だ」


 あまりにも想定外で、声すら出なかった。
 幼い弟が開いた本を覗き込んだ折に見たものは、紙面一杯に空の絵が描かれたページだ。文字だって添えてあった。あれを絵本と言わず何だと言うのか。そうでないはずがない。
 オーターは眉間に皺を寄せ、反論するために口を開こうとするが、それを遮るかのようにライオは言葉を続けた。

「オーターの話しぶりからするに、最初から最後までその本に目を通した訳ではないのだろう? それならば、お前が絵本だと思い込んでいる可能性は十分あり得る」

 本の内容は幼い弟が話してくれた概要しか知らない。それは絵本の内容を記憶していなかったオーターの落ち度であると思っていた。しかし付き合いの長いライオからすれば、そうではなかったのだ。幼くともオーター・マドルが見ていたのなら、もっと明確に覚えているはずだと。
 冷静に思い返してみれば、もっと昔の、例えば就学前に読んだ児童書のストーリーラインは比較的しっかりと述べることが出来るのだ。
 では弟と昔読んだ絵本の内容を殆ど覚えていないのは何故か。答えは明白、そもそも読んでいないのだ。中を覗き込み、数ページ空の絵が続いていたのを確認したきり。絵本を読む弟の隣に居たものだから一緒に読んでいたつもりになっていたが、思い出せるのは瞳を輝かせながらページを捲る弟の横顔と、時折オーターの方を見上げては視線を合わせて笑みを向ける姿。

 つまりあの頃のオーターは、弟ばかりその目に焼き付けていたのである。