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いを
2024-07-23 21:58:10
1417文字
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刀神
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歩けども今際の森
桂木
100年前の夏のこと
病で体を壊した子がいた。
子、というが彼は現代でいう成人を過ぎていた人間なのだが。あの頃の成人とはいくつのことだったか思い出せない。
その子は畳の上に敷かれたすり切れて薄くなった布団の上で桂木を見上げていた。蚊帳に覆われた部屋は、それでも虫は破れた隙間から入ってくる。
けれども桂木には目もくれず、羽虫や蚊は横になっているその子だけにまとわりついていた。
夜空に、ひどい音をたてながら強く輝いて散っていく鉄の塊が見えた。それと同時に悲鳴も聞こえてくる。
「お前はよく保ったと思うよ」
その子はげっそりとやつれた顔で桂木を凝視している。頬骨が張り出て皮膚だけが張り付いているようなその子の頭は骸骨のようだった。
「水をくれ」
がらがらになった声で桂木に水を乞う。皮と骨だけになった手に、ちいさな氷を置いた。
その子は震える手で氷を口のあたりにもっていって、がり、と噛んだ。歯も脆くなっていて、氷を噛んだあと枕のあたりに白いような黄色いような欠片が落ちた。
桂木はそれを見たがなにも言わず、冷たい息を吐いた。
けれども彼は気にもならないのか氷を舐め、口内で溶けて水になったものを啜っている。
これが人間の末路だというのなら、なんだかとても弱々しいものだなと思う。あんなに猛々しかった刀遣いもこんなに弱ってしまった。
山の麓付近からなにか巨大なものが落ちた音がして、屋根がびりびりと震える。
「桂木」
「なんだ、主」
「もう俺はお前の主じゃない。天照にお返ししたはずだ」
桂木は「そうだなぁ」と困ったように笑い、こめかみを掻いた。
「俺はもうじき死ぬ。そのあと、お前に頼みたいことがある」
「
……
」
ふと口を閉ざす。死の間際に頼みたいことというのなら、それはとても重たいものなのだろう。この男にとっても、桂木にとっても。
「
……
仕方ねぇな。俺にできることなら」
「これから先、お前は何度も主を変えるだろう。それこそ、折れるまで。その主たちの幸せを願える神であってほしい」
幸せ。
人間の幸せを願う神。そのような存在は「神」と呼ぶのだろうか。桂木自身、幸せを分かっていないというのに。
「お前はまだ、あまりにも人間を知らないだろう。人間を知って、そして
……
」
そして、
あの男はなんと言ったのだろう。
覚えていない。
たしかにあの男の死に顔を見た。頼まれたことも覚えている。
――
人間の幸せを願える神になってほしい、と。
けれど願うにはまだ知らなすぎる。人間のことを。
夜空を見上げる。
あのときのような、炎に包まれた鉄の塊が降ってくる時代ではない。
――
あの夜と同じ星の数。星の位置。星の、光。
人間は死んだら星になると、かつて言っていた主もいた。けれど人間
――
無論刀神も、死んだらなににもならないと桂木は思っている。もっとも桂木も死んだことがないから分からないのだが。
人間を知った神は、人間の心を知った神という存在は、本当に神であれるのだろうか。
人間に寄り添いすぎた神が自滅した話はよく聞く。
自分はそうはならない、と豪語できる自信があるわけがない。
桂木も自分の未来は分からない。今の主で折れて死ぬかもしれないし、擦りきれるまで生きるかもしれない。
どちらにせよ、死ぬまで生きるのだ。
刀神も、人間も。
それがこの世界に生まれ落ちたものへの呪いだとしても。
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