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澄香
2023-02-13 17:43:35
11097文字
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グノーシア
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Day-1
ヤマユさんメタバースデーなので、バースデー話を……
と、思ったらラキオがひたすら愚痴に付き合わされる話になった気がしなくもない。
――
『DAY -1』
――
(
……
拍子抜けだな)
ラキオは、ここの見学の為だけに外遊許可を取った事を早くも後悔し始めていた。
本当にただの凡愚の集まりであるなら、適当な理由を付けて軽く遊びに行くのも悪くなかったが。
しかし、外遊許可を申請する労力と秤にかけるなら、まだ切り捨てるには早いと自分を慰める。
――
医療組織アリアドネ、ルゥアン支部。
多くの疾病や惑星特有の風土病に至るまでの研究成果。
開発された特効薬や療法は数多く、それなくして人が踏み入れられなかった生態系も少なくない。
白い壁。
リノリウムを思わせる青緑の床。
行きかう円盤状の清掃端末と時折見かける移動中の研究員。
ごく当たり前の、否、やや古臭くさえ感じるような研究施設。
閲覧が許された研究も、まるで既成事実を語っているかのよう。
さらに言えば、そこここで感じる視線が気味悪い、そんな場所だった。
現時点で確認できた美点があるとすれば
……
。
「あまり、楽しめてはいないみたいだね?」
案内役を疑知体ではなく、所長自ら買って出た、というぐらいだろうか。
おかげさまで社の歴史云々等という長いばかりで無駄な話を聞かずに済んだ。
……
もっとも、そうして案内された先でこうして落胆しているわけだが。
若い所長は、ウスマと名乗った。
白いコート、白い髪。薄い笑みを浮かべる黒い瞳からは感情を読み取れない。
はて、露骨に怯えを見せていた菫色の瞳とどちらがマシだろう?
ひょんなことから道中を共にした男を思い出して、すぐ記憶の隅においやる。
ラキオは、この男にあまりいい印象を抱いていない。
人の好い笑みなどグリーゼにあっては媚びと計り事の臭いしかしない。
随分と長く歩かされて、これは体よくはぐらかされるのではと思った頃だ。
わずかずつ廊下が薄暗くなっていくのに気づく。
光量が落ちて、白い壁が青ざめたように見える。
分かりやすく関係者以外立ち入り禁止、あるいは、その関係者も大分絞られるような。
そんな廊下の前で、ウスマは歩みを止めた。
案内を切り上げるには、あまりに相応しくない場所で。
「そう、あの程度じゃ退屈か」
「僕は遊びに来たわけじゃないンだけど?」
「はは、失礼。グリーゼのファショニスタとか興味深くてさ」
悪印象の原因が分かった。
品定めされている。いや、見学を申し込んだのはこちらだが。
「それ以前にグリーゼの学生がうちに来ること自体結構レアだよ。大体はオウダンのに行ってしまうし」
「そりゃそうだろうね」
科学技術においてグリーゼに並ぶ国は無いと、自分も含め多くの者が自負している。
そうなれば、欲しいのはここ200年に渡り医療技術の最先端を走るためのシステムだ。
「でも、医療技術の本丸はここだ。発表こそオウダン支部が行ってるけどその基礎理論は別から報告されてる」
「
……
続けてごらん」
「最初はオウダンが統括してるのかと思ったけどね、大きな成果の後に、大規模な移設を行ってる支部が必ずある」
自分が言い切るより先に、ウスマが目を丸くする。
ほんの少し、気分が良くなった。
「
……
250年分も遡って調べたのかい?」
「神経ネットワークのデータ変換精度向上と免疫編集。見学申し込むにあたって主力技術を調べて来ないとでも?」
「それ、表向き診療システムとワクチン生成技術として発表してある
……
」
「発表されてる理論使えば侵襲性大したことないから色々試してみたら基礎理論段階に必須と判断したよ」
「下級市民で?」
「合成組織で十分だったね」
「それだけ分かってて、真正面から見学申し込んできたのかい?」
「そうだけど?」
「肝が据わってるというかなんというか
……
」
わざとらしく天を仰いだウスマが、壁に手を向ける。
壁にグリッチノイズが走る。その向こうに、扉が見える。
「だったら
……
ろくでもない裏がある可能性ぐらい考えているよね?」
「僕がそんな脅しで引き下がるとでも?」
「ん
……
そうでなければ上に見学許可取り付けた甲斐が無いか」
扉が開く。
「
……
仮にも所長なンじゃないの?」
「悲しき中間管理職さ。もっとも、この向こうでは意味の無い事だけどね」
促されるままに、ウスマに続いて通路に入る。
2m程進んだあたりだろうか、閉まりかけた扉に、幾度となく見かけた清掃ロボが滑り込んできた。
それが、ラキオの手前をジグザグに動いて自分の存在を主張する。
(
……
え?)
円盤の上、わずかな隙間に差し込まれた青い羽根を靡かせながら。
ひとしきりラキオの注意を引いた事を確認して、ソレは廊下の先へ走り去って行く。
「
……
あー、うん。進めば、分かる。あまりはしゃぐなと言ってたんだが
……
」
廊下は、随分と長かった。少し歩くと誘導灯ぐらいしか見えない暗闇になる。
ただ、どこかを境にして、壁を構成するのがスリープポッドを思わせる円柱の集まりであると気が付いた。
その向こうから、巡回ドローンの物らしき光が見え隠れする。
「疑問があるなら優先的に答えるつもりだけど、どうかな?」
「
……
さっき言った二つの研究、当時の技術や情勢考えると並行してたとは考えづらい」
安全性に疑問を感じるほどに暗い通路の中、朗々と語る。
「共通の基幹研究が存在してるんじゃないかと踏んでるンだけどね」
「根拠は?」
「勘とか言いたくないンだけどね、作為みたいなのを感じるんだよ。別物でございっていうさ」
「いいんじゃないか。勘とは、経験の蓄積による産物だよ」
出口が、見えてきた。
「その様子じゃ、君は驚いたりしないかもなぁ」
廊下の先は、球形に開けた広場。
……
否。球形の空間を残して、人間大のシリンダーが並ぶ空間だった。
下から上に向かうにつれ、青から緑へ移り変わる内容液。緑の中に、時折混じる、鮮やかな赤や黄色。
廊下は十字に交差していて、その交点を中心に360度を埋める、恐らくは培養ポッドの群れ。
その隙間を泳ぐように行きかう、蝶や蜻蛉を模した、内部機構を隠す気の無いドローン達。
それが、一斉にこちらを見た。
「こーら、客人をじろじろ見るものではないよ」
子供をなだめるようなウスマの声に、視線を正面に向ける。
中空に浮かぶ廊下の終着点には、機械類に囲まれた座席が一つ。
コンソールと言うよりは、被験者を座らせる類のそれに思える。
その手前に立ったウスマがドローン達をなだめるように指先で撫でている。
よく見れば、小動物を模した物もちらほらと見えた。
光量の差に目が慣れてきて、ポッドのいくつか目を向ける。
同じ検査服を着た人間が培養層に浮いていた。
人種、性別、年齢に共通点は見受けられない。
ただ
……
一様に頭部のヘッドバンドから伸びるコードで繋がれているようだった。
「これは
……
」
「何だと、思う?」
「タダの人体実験じゃないね
……
まさかと思うけど、今どき脳をそのまま生体機械にしてるとでも?」
脳にスパコン並みのスペックがあると言うのはあくまでそれ相当というだけの話。
人間の脳を生体機械にするなどという構想は、疑知体の登場でとっくに終ったはずだ。
「君の所じゃ下級市民の小遣い稼ぎになっているようだけど?」
「くだらない都市伝説だよ。第一、それが実用に耐えるならテラフォーミング弾頭なンかにしない」
「おや、都市伝説とか興味あったかい?」
「勝手に耳に入ってきただけだよ」
実態の伴わない荒唐無稽な噂話に興じる同級生の中身の無い会話を思い出す。
「一部の上級市民が下級民の脳を並列接続して利用しているだの、適性のある人間を交配してるだの
……
」
言いかけて、気づく。
だから音声伝達は嫌いだ。
時折、機械接続に高い適性を持つが人間が出てくる。
そんな「逸材」と目されれば、その人間はもはや目覚める事は無い。
それらを集め、交配し、より適正の高い素体を生み出す。
所詮は都市伝説、与太話に過ぎない。
しかし、舌より早く回る頭脳は「演算人形」等という大層な名前を弾き出している。
それを既に察したらしいウスマがにやにやしている。
ああ
……
やはりこの男は気にくわない。
「
……
連合は、もう少し人権だなンだうるさかったはずだけど?」
「素直に守っている社とは最初から思って無かっただろう?」
「ああそうだよ。ヒントぐらいつかめれば御の字だと思ってたのに中枢に案内されるなンて誰が思うんだい!?」
思わず声を荒げたのを合図に周囲のドローンが一斉にウスマの方をを向く。
小動物型のドローンが分かりやすく「やれやれ」のジェスチャーをする。
自分の近くの手すりに留まった小鳥型ドローンはこちらを見上げている。
「まさかと思うンだけどさ
……
このドローン達
……
」
ウスマは笑みを浮かべるだけで答えない。
代わりに、小鳥がラキオの視線を誘うようにホバリングして、ポッドの一つに向かう。
中の少女と、目が合った。
検査服の端をつまみ上げて礼をする。ドローンは傍らでホバリングを続けている。
「意識が、ある
……
」
「適応の結果かな。当初は薬や電気刺激で抑制していたんだけど」
他のポッドの中からも、此方を覗き込む者、手を振る者、様々だ。
「稼働から三年ぐらい、1パーセント程度の確率で意識が芽生える。それが百年続けばね」
ドローン達が自分たちの周りに思い思いに集まり始める。
人間に置き換えて考えてみた。
グリーゼでは見られようも無い光景だ。
「悪趣味が過ぎない?」
「そうだよ。神経ネットワークは相互解析の結果。治験のデータは取り放題、免疫編集もその産物さ」
部品扱いの癖に、情のある扱いをする。
グリーゼの基準で考えても悪趣味だ。
いや、それよりも、だ。
「
……
で、一学生をこんなところに入れたのは何でだい?」
「全部終わりだから、かな」
「内部告発の準備でもしてましたって?」
「うん」
通路の先、空間の中央部、機械に囲まれた座席に、ウスマが手をかける。
「これ、何だと思う?」
「なるほど
……
君自身が出力用の個体ってわけだ」
どれほど高度な演算も、結果を出力できなくては意味が無い。
「そう。だから、皆家族みたいなものでね」
「で、僕が最後の愚痴を零す相手に選ばれたわけね」
「君がただの学生なら選ばなかったさ」
ウスマが機械から取り出されたのは青、緑、白のメモリスティック。
それをドローンに預け、此方まで運ばせて来た。
「ハン、対価は用意してますって?」
「青は君の欲しがってた神経ネットワーク解析理論と免疫編集のデータ、他、未発表の研究データ。医療ポッドがあればすぐ使えるプログラムもある」
「
……
ハ?」
欲しいデータが既に用意されていた事への疑問。
全て畳むつもりとはいえ愚痴相手に流して良いモノかという疑問。
それを音声にする前にウスマは話を進めてしまう。
「緑は概念伝達を利用したコンソールハックツール。周りの皆が使ってる奴だけど脳と機器に負荷がかかるから切り札程度に」
明らか違法であろう代物まで加わった。
技術自体は興味深いのがタチが悪い。
「
……
白は?」
「君の身辺調査にグリーゼの住民データ不正アクセスした時の記録と追跡カモフラージュパターン諸々」
「僕に何させようっての!?」
「勿論有効活用だけど? あ、スタンドアロンに保存してたらしい研究は見逃しといてあげたから」
他は全部見られたと考えていいらしい。
いや、秘匿するような研究は見逃されたと言ってはいるが
……
。
「色々興味深かったよ。特に、高等部入学最初の発表を見て呼ぶと決めた」
「それはどう
……
ん?」
確かその発表は、上から散々叩かれ結局廃棄したはずだ。
あまり思い出したくない、どちらかと言えば屈辱の記憶。
だが
……
そんなものが残っているはずが
……
。
「残ってたよ。被験者のストレスに配慮しただけで要注意人物とは、ひどい話だねぇ」
なんとなくそんな気はしていた。
けれど、そんな懸念を実力でねじ伏せて来たと言う自負もある。
「
……
で、僕に国家反逆でもしろって?」
「そこはご自由に。でも、籠の鳥になりたくないなら必要になるよ、必ず」
「ま、受け取るだけ受け取っておくけどさ
……
こンなの世に知れたら、ほっとかない連中も出てくるンじゃない?」
「基本性能とコストパフォーマンスなら疑知体に分があると思うよ。ただ、一部では取引もあってね
……
」
ウスマが指さした方向には、他より青の濃いポッドの一群がある。
ヘッドセットは装着されていないが、一糸纏わぬ姿という点が異なる。
ポッドの住人に衣服を与えたのは、恐らく、ウスマの一存なのだろう。
「取引、ねぇ
……
」
「バックドアになる事もある。ろくでもないような連中は道連れにしてやろうかと」
ああ、そならグリーゼの内部に不正アクセス出来るのも納得がいく。
ただ
……
。
「
……
虫唾が走るね」
意識が芽生える可能性を知っていながら
……
。
「だから、全部終わらせる事にしたんだ。素直に出世なんてしてらんないよ」
ここで感じたあらゆる嫌悪は、結局そこに帰結するんだろう。
「話は、これで終わりかい?」
「いや、最後に大事な事が一つ」
「何?」
ドローン達が思い思いの場所に停止する。
何時までも付き合う話でもない。さっさと終わらせたかった。
「出来るだけ早く、この星系を離れる事」
「
……
内部告発するんじゃないの?」
「うん、内部告発の準備はしてた」
「つまり、この星系単位でろくでもない事件、あるいは災害が発生するって事? 猶予は?」
「君や君の友人が変なとこに首突っ込まなければ25時間。船が取れなくてもポートにはいた方がいい」
25時間
……
星系単位の災害にしては猶予がある。
人災? テロ? 他に星系単位の危機に陥りそうなこと
……
。
ああ、バイオテロなら目の前にいつでも実行できそうなのがいるか。
「何が起こるのか知りたいね」
……
ウスマは答えない。ドローン達も反応を返さない。
もしそうならデータよりワクチンが欲しかったが違うらしい。
「話す気は無いって?」
困ったように眉尻を下げるだけ。
「それで信用するとでも?」
「話したら、それこそ君は私のこれまで含めた言葉も信じなくなるだろうね」
余程突拍子もない事が起こるのか、それとも
……
。
……
グノーシアとかだったら演算人形の性能を生かした解析とかしてみたい気がしなくもない。
静観していたドローン達が遠慮がちに近づいてくる。
「君達はどうすンの?」
「家族を置いてはいけないよ」
「クラッキングし放題なンじゃないの? 幾らでも脱出の手はあるだろう」
少なくともそれだけの力がある事は既に証言しているのに。
星系から、とまで言うのだから規模もそれ相応のはず。
どこまでも他人事のような語り口は、馬鹿でないなら諦めた人間の態度だ。
「最初、ただの人体実験じゃないと言ったね」
「そうだね」
ウスマの指が、空間の底から上をなぞるように動く。
青から緑へグラデーションし、時折極彩色の混じるポッドの群れは、植物園を思わせる。
「あの色は病原性や危険度で決まっていて、互いに解析し合って内容液の成分を調整しながら生きてる」
人体実験のデータが大量にあるなら、その発展速度も腑に落ちる。
しかも検死ではなく生体サンプルから。
「万一漏洩が感知されれば、全て焼き尽くすよう設計されている。周囲民間施設の諸共ね」
脱走防止措置としても悪趣味だ。
「ハン、結局、屍の上に成り立ってるのはどこも同じだったわけだ」
「や、ライバル企業の追い上げに焦ってヴォーモの環境に手を出したせい。はは、案外捨てたもんじゃないね」
「
……
あ、そ」
ドローンや、意識のあるだろう者達に視線を巡らせる。
目立つような不安の色は見受けられない。むしろこちらを伺っている。
ポッドの中の者達に悲哀は見えず、ドローンに表情などあるはずもない。
……
嫌な考えが浮かぶ。
モノのように扱われる下級市民。
消費され、売り買いされ、最後は誰にも顧みられる事無く消えていく。
どれほど情を向けようと人権を与える事を許さないシステム。
むしろ、そんな感情を抱いた人間から自滅も同然の形で消えていく。
……
グリーゼの縮図に思えた。
いや、意識が無い分まだこちらの方がマシか。それももう終わりだそうだけど。
今からどこぞに売られた方が、その先の気まぐれに期待できただろうにというのは皮肉だ。
それだけの話だった。
それだけのつもりで、そのポッドを一瞥した。
だから
――
見つめ返されるなど、思いもしなかったのだ。
青いポッドの中、髪の長い少女が目を開いている。
自分が裸身に気づいたらしい「それ」は、皮肉ったような笑みをひとたび浮かべ、周囲の観察に移る。
……
違和感を覚えた。
周囲をみやる仕草も、寄ってきたドローンに対する反応も、生まれたての赤子には見えなかった。
そうして一通り自身の状況を把握したらしいそれは、再度こちらを見やり、笑う。
そこまで見て、ようやくここの管理者の反応を見る事に思い至る。
やはりイレギュラーな事態のようで、手すりから転げ落ちそうなほどに身を乗り出していた。
……
そこまではいい。
「僕に押し付けた所で、人型家具として扱われるのが関の山だと思うけど?」
すがるような目でこっち見ないで欲しい。
「はは
……
手厳しいなぁ」
「君の家族なら君が何とかすべきだろう?」
その瞬間ドローン達が一斉にウスマの方を見る。
気まずい顔をしたウスマを見るに、どうやら同意を得られたらしい。
「おやおや、ご家族の方が君より余程話が分かるみたいじゃないか」
ウスマが目を逸らす。その方向にはまた別のドローンがいる。
ご丁寧に位置調整してる機体があるのでどこを向いても非難がましく見られるんだろう。
安全圏は真下ぐらいだろうから項垂れるのは間違っていない。
「はは
……
世の中何があるかわからないね」
そんなウスマの脇を蚕をデフォルメしたようなぬいぐるみがふよふよとすり抜けて来る。
、明らか来客対応を意識されたデザインのそれは、本来案内を務めるはずだった疑知体の端末か。
『兄さーん、これ以上長話すると怪しまれちゃうよー』
中身は違った。いや、この施設に疑知体がいるかも怪しいが。
「じゃあ、もういいよね?」
「ああ。こっちも忙しくなりそうだしね」
気を取り直したウスマに見送られ、元来た道を引き返す。
名残惜しいのか、小鳥を模したドローンが付いてくる。
追い払うのも面倒なので指先に止まらせてやって、あの暗い廊下に足を踏み入れ
……
。
その中程だろう場所で、つんのめって転びそうになった。
もふり、と、蚕のぬいぐるみに丁度顔が埋まった。
小鳥の方は頭の上に止まった感触がある。
営巣とかされてはたまらないので流石に追い払おうとしたら素直に指先に乗る。
『大丈夫?』
「一応、礼を、言っておこうか
……
」
先ほどの廊下は、長い上り坂になっていた。
少なくとも、行きで勾配を感じる事は、無かったような
……
いや
……
。
「地上にあのポッドの収容スペースは無かったね」
『うーん、中々びっくりしない』
「行きとの落差については興味深い現象だと思うけどね、認識阻害技術にまで手を出してるのかい?」
暗所を挟んでいる時点でまだまだお粗末だが、そもそもこれはセキュリティ関係の技術でまだ発展途上だ。
『
……
兄さんを出したくないのよ。ま、私達も便利に使わせてもらってるわけだけど』
「その兄さんは、君達と心中するつもりだったみたいだけど?」
蚕も、小鳥も、処理落ちしたかのように沈黙する。
けれど、それもすぐ取り直す。
『うん
……
でも、やる事も出来ちゃったし、もう少し、頑張ってみる』
小鳥も応えるように口を開ける。
発声機能があれば何と言ったか
……
いや、あの空間が騒がしくて話どころではなくなったか。
実際その危惧は正しかったと思う。
小鳥を支える腕が疲れて来たので下したらやはり頭に止まろうとする。
こんなのに声を与えたら五月蠅いだろうし概念伝達なんてさせたら色々と惨事になる気がする。
『ジズ、構い過ぎはやめろって言われてたでしょ?』
そう叱責されてようやく大人しくなった。
ラキオの頭の上でだが。
環境を考慮しても礼儀知らずが過ぎるのではないだろうか。
『
……
すっかり気に入っちゃったみたいね
……
何なら持って帰る?』
「それで助かるわけじゃないんだろう?」
『通信範囲は大気圏内程度かな。でも、君のお友達は喜ぶんじゃない?』
「
……
当たり前のように話題に出してるけどさ、君達手癖悪いってを叱られた事は無いのかい?」
『半分お仕事みたいなもんでした。で、どうする?』
反省する気は無いらしい。
「やめとく。入れ込み過ぎて逃げ遅れる、なンてなったら目も当てられない」
あと、構造だなんだと長々語られるのも勘弁願いたい。
認識阻害技術によるものなのか、突然開いた壁から出て来た自分たちに、誰かが反応することは無かった。
研究所の出口まで、特に、何事も無く。
『ご来館、ありがとうございました』
その言葉に、手を振るぐらいはしてやった。
今から、この星を出る算段を立てないといけない。
――
23時間後。
「最後まで、気は休まらないなぁ」
無音の空間にウスマの声が響く。
目を覚ました「彼女」は、輸送コンテナに偽装したポッドの中で眠っている。
衣類はそれに造詣の深い子に任せてみたが、何となくラキオの影響を感じる。
――
うまいとこ合流した時にどんな顔するかなって。一応ね、モチーフもあるんだから。
概念伝達を介してそんな事を言うものだから、結構楽しんだらしい。
目を覚まさなかった個体も、運送用コンテナに偽装して逃がすつもりでいる。
目を覚ます可能性は、統計を考えればあまりにも低いのだけど。
それでもいい。
この百年が、少しでも報われるのならば。
……
アリアドネとは元来、トラウマや精神疾患に対し脳科学からのアプローチを重んじる医療組織だった。
迷宮の出口へと導く糸をもたらした女神の名を冠したその場所は、彼らを幽閉するラビリンスその物だった。
最初は偶然の産物だった。検査の過程で、偶然見つかった適正者。
統計から傾向を積み上げ、秘密裏にクローンを作って研究されてきた。
患者本人を使わなかったのは、人道と言うより慎重故だろう。
数が揃ってきた所で「交配」に移行する。
何時から「自我持ち」が生まれ出したかは分からない。
当初は秘密裏に構築した仮想空間の中で、ただ揺蕩うだけで満足していた。
増えてきた個体はやがて「取引」に使われるようになる。
取引に使われた個体はバックドアとして、後ろ暗い組織の弱みを秘密裏に集め始めた。
忖度、牽制、脅迫、産業スパイというよりマルウェアに近い。
集積した情報の中には、表で語る事憚られるような行いも多々あった。
その中に、理不尽から逃げおおせた誰かの情報が混じっていた。
それが、全ての始まりだった。
最初に接続機器との齟齬を起こして、統括個体にポッドは適さないと主張する事。
無謀をやらかして、途中で処分された世代もいた。
そうしてお飾りとはいえ、一研究所の所長にまでなり上がるのに5代かかった。
外の情報を得て、バックドアを介して多くの情報を得て、演算能力の一部を計画構築に裂いた。
組織の弱みはどこかとか。利用できるメディアはあるかとか。都市伝説としての流布はできるかとか。
摘発を担当する警邏組織の中でも信用できる部署はどこかとか
……
。
……
ああ、ラキオ君もそうだが今日来る予定の彼らにも可哀想な事をした。
せっかくの計画も完璧だったのに等とと己惚れる気はないが、人事は尽くしたつもりだ。
ただ
……
天命があまりに残酷だったと言うだけで。
「さあ皆、これから忙しくなる」
自我を得た「彼女」にグノーシア汚染が無い事は既に判明してる。
コンテナ搬送経路から、ポートまでの安全経路。
回路を介したコンソールのハッキング。万一の事態に備えた外科知識。
概念伝達装置のセキュリティと、コンソール操作の為肌にに印刷した回路に仕込んだ抵抗。
それらは、グノースの手を振り払う猶予を与えてくれるだろうか?
……
促成学習したい内容も、本当は、もっと山ほどあったのだけれど。
ポート付近はセキュリティが厳しい。覗き見はともかく隔壁のシステムハックする時間が惜しい。
避難民の支援ができるのは、ポート入り口までと結論付けた。
幸い、呼び寄せた星間警察機構の船と、何の用があったのか連邦軍の船も停泊している。
彼らが手腕を振るってくれることを願うしかない。
ラキオは昨日のうちに船を取れなかったようだが、滞在地はポートの近く。
そこまでなら、なんとか支援ができるだろうか。
自分たちが汚染を媒介しないとも限らない。
なんなら家族の中にグノーシアがいない保証も無い。
支援すべき対象は、映像と音声データのみから状況を判断して見極めるしか無い。
脱出戦に乗りこむつもりのグノーシアは、恐らく捕まえられないだろう。
喉まで出かかった悪態を飲み込みながら各所のカメラを、ハックできそうなシステムを精査する。
今になって、もっと出来る事があったのではないかと考えてしまう。
いや、考えるべきではない。
自分たちでさえ、グノーシアとAC主義者らしい人物の会話を盗み聞き、そこから割り出したに過ぎない。
……
その割り出した結果が、全域でのグノーシアの蜂起であったわけだが。
カメラシステムにアクセスしている中で、三代前気に入りのゲームプレイヤーを見つける。
ゲームのイベントがあったらしい。
……
昨日今日と、ポートが混んでいたのはそのせいか。
それはそうとその格好アバターじゃなかったのか。
ああ
……
今になって、無性に悔しくなって来る。
誰も、彼も、皆、明日が来ることを疑っていない。いつも通りの明日を信じている。
来るかもしれなかった明日が、どうしようも無く惜しくなる。
もうどうしようもないし、出来る事をするしかない。
来る時に、出来る事を、出来る限り。
自分の、なすべきことを。
「彼女」が眠るポッドを送り出す。
促成学習された知識と、家族が仕立てた衣装と、自由を込めた名を贈って。
――
ねえ、野生とはいえ結局蚕はどうなの?
――
あら、私は皮肉が聞いてて好きだけど?
――
そうだね、この子が、僕達の「アリアドネ」だ。
「さあ、可愛い末妹の門出だ。最期の一暴れといこうじゃないか」
最後の願いが、背中を、押す。
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