これまで何度も繰り返し書いてはいるのだが、エッセイを生み出す工程の見直しにより、ネタ出しがデジタル(スマホメモ)からアナログ(物理メモ帳)に変わった。これにより、一つのアイデアの核からより広い連想をしてアイデアを膨らませることができるようになった。しかし、時間が経つとせっかくのアイデアがつまらなく思えてきて、結局そのアイデアを用いてエッセイを書くことはなくなってしまう。
そうであるならば、きっとアイデアには新鮮さというか使用期限のようなものがあるのだろう。では、具体的な期限は?人によって違うのか?などと疑問は尽きない。今回は期限に絞って進めていこうと思う。人によって違うかどうかは聞いて回った方が遥かに早い。きっとそうに違いない。
個人的な感覚としては、1週間経ったアイデアには面白さを感じない。いくら考えても膨らむ気がしない。これは、もう別のアイデアを探すフェーズに入っているからではないかと考えている。面白さを感じないことを延々と考え続けられる才能は残念だが私にはない。
とはいってもこの1週間という期間は私にとっては短い。質を担保するためにエッセイを生み出す工程を増やした結果、2日程休むと1週間経過する計算になる。不調な時は2日などすぐになくなるため、生み出したアイデアをエッセイという形にしたければ、休んでいる暇なんてないのである。常に何かしらの工程は動いていて、何らかの進捗が生み出される生活。こうなっているのは工程の多さのせいなのではあるが、私でこうなら、はたして世のエッセイで報酬を得ているような人達はちゃんと休みを作れているのだろうか、それとも、生活全てが創作のサイクルの中にあるのだろうか……
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