河童の皿箱
2024-07-23 09:40:13
2219文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

巡業3

セアミンが巡業するだけ。今回は滅びかけのドラグマを訪れます。

 次にふたりが訪れたのは、かつて閉ざされ、誰一人立ち入ることの許されなかった砂漠。ゴルゴンダと呼ばれる黄金の山は、ひゅうと吹く風に吹かれて方々へと散らばる。ふたりが確かな足取りで歩いていけば、視線の先には崩れ落ちた国が現れた。瓦礫を掘り、残骸の下に埋まったかつての日常を拾い上げる人々が、そこにはいた。
 よう、来たのか。人々の話に耳を傾けては指示を出している屈強な男が振り向き、ふたりへ声をかければ、そのそばで子供たちに話を読み聞かせていた細い男もまた振り向き、ふたりを歓迎した。約束だから、とぼんやり顔の能楽師が答えれば、屈強な男はそうか、とだけ返す。快活な能楽師は問う。あれから、あの人は帰ってきましたか? 細い男は首を横に振った。いや、何の報せもない。そう聞いた能楽師たちは、しゅんと静まった。

 かつて、この国には象徴たる聖女たちが居た。けれど、もうこの国には聖女は居ない。聖女は堕ちてしまったのだ。それどころか、聖女を聖女たらしめ、そして堕とした教えすらも、存在しない。深淵より来たりし獣たちによって、国を治めし教祖の凶行によって、国は壊れてしまったのだ。それでもなお、最後の最後まで。堕ちた聖女は人々のために剣を、奇跡を振るい、戦い続けた。全てが真炎に包まれ、失われし命が蘇り……ようやくすべてが終わったのだと誰もが安堵したが、その後の聖女の行方は知れぬまま。その帰りを、供たるふたりの男は、そして聖女が守り抜いた人々は、今か今かと待ち続けている。

 能楽師たちは鞄を開き、いくつかのお面を取り出しては、子供たちに配った。お面はどれも量産品で、そう高価なものではない。犬や猫や兎や鼠……動物の形を模したものだ。けれど子供たちは無邪気にありがとうと感謝を述べ、早速とかぶって、大人たちに自慢しに走っていった。それ、もしかして獣? 大人たちはお面を恐れたが、でも面白い形してるよ、と子供たち。がおー、食べちゃうぞ、きゃあ、食べられちゃう! そうしてふざけ合う姿を、大人たちはがれきの撤去をしながら子供たちを見守る。けれど複雑そうな顔をしている。屈強な男はそんな人々に、言葉を与えた。あれはただのおもちゃだ。だからどうか、あれを取り上げることはしないでやってほしい、と。大人たちは渋々頷くが、やはり不安げな表情は拭えぬまま。
 男は次に、小さな能楽師たちに感謝を述べた。娯楽となると、なかなか後回しになってしまう。持ってきてもらえていつも助かっている。細い男も頭を下げ、今度は遊びまわる子供たちを必死に呼び集めた。きゃあきゃあと声を上げながら、身軽な子供たちはどこかへと走り去っていってしまう。
 細い男がぜえぜえ息を切らして子供たちをとっ捕まえている間に、能楽師たちは次の準備を始め、他よりは片付いている広場、その舞台の残骸に立った。その頃には、瓦礫を片付けていた大人たちもまた、腰掛けるにちょうどよい残骸を舞台の前に並べ、子供と共に座った。面をかけた能楽師たちが舞台に姿を表せば、しんと静まり返った。

 舞台に現るは、猛き聖女。対するは、深淵の獣たる竜の群れ。空を覆う無数の穴から覗く目がじろりと聖女を睨みつければ、聖女は穴に堕とされていく。だが、聖女はもがく、もがく。数々の目を踏みつけ、雷を束ね、光を齎す。……その姿は今では見えなくとも、人々にとっては、真なる救済の象徴であった。


 ねえねえ、芸人さん。動物の人たちはやらないの?
 公演を終えた夜。静まり返り、辛うじて聞こえる虫の足音と、ひゅうひゅう吹く風が黄金を運び、壁を打ち付ける。そんな過酷さから逃れるため、人々が身を寄せる地下空間の燭台に灯された炎が、ゆらり、ゆらり。子供たちは能楽師たちにそんなことを訊ねていた。能楽師たちは答えた。ふたりでやると、今の形が精いっぱい、と。
 すると、子供たちを束ねる立場の子は提案した。ぼくたちが動物の人たちをやればいいんじゃない? すると、それいいね、賛成、とあちこちで手が上がり、昼に渡したお面を被って、機械の残骸を手に持って、子供たちは演じ始めた。

 猛き聖女と、深淵の獣たる竜の群れ。聖女の隣に立つ百舌鳥に、戦場を駆ける猫と狼。機械の体を持つ砂漠の民。そして、白の聖女たる少女と、黒き竜たる少年と。その他にも、色々、色々。
 子供たちが自由に描く世界。それは芸というには拙く、けれどあまりにも純粋で。それが歴史の本当の姿なのかはさておいて、子供たちは笑い、楽しみ、そして思い返し続けた。

 ……いやぁ、なんていうか。大人たちとの会議を終えた屈強な男が能楽師たちの元へ戻って来ては、頭を掻いた。俺たちも見習わないとな。細い男が頷く。あぁ、と。これから、どのような未来を望むのか。大人たちは、考え、動き続けなければならない。
 細い男は、かつて国であがめられていた偶像の小さな小さな複製品を、能楽師たちに渡した。能楽師たちは手を添え、そっと受け取っては、鞄に仕舞いこんだ。……また来ますね。こっちでも、あの人を探してみます。



 夜が明ければ、また日照り。能楽師たちは笠を被り、砂漠を渡る。国の近くの大岩のもとで待っていれば、遠くから翼を持つ獣人たちが迎えに来た。ふたりは頭を下げ、今回もお願いします、と。その背を借り、遠く、遠くの国へと運ばれていく。
 砂に煙る青空に、折り鶴が一羽、飛び立った。