あつき
2024-07-23 01:26:03
3962文字
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次は言い訳は要らない

付き合ってないドラロナが、もだもだしながらキスをする話。

 温かい唇に、気付けば吸い寄せられていた。日々暑さが増しているこの季節。この時期に何でわざわざ好き好んで、自ら熱の塊に己の唇を押し付けるような馬鹿な真似をしたのか。そんなの分かりきったことだ。このクソ生意気な若造に、ずっと入れ込んでいたからだ。

 静かな良い夜だった。ジョンは町内会の星を見る会に出掛けていて、キンデメはVRCへ泊まりで定期検診を受けている。その為にエアーポンプも停止していて、いつもの動作音は止んでいる。
 ロナルド君とソファで横並びに座って、地上波で流れていたクソじゃない映画を一緒に見た。ラブコメディ洋画で、主人公の女性が想いを寄せていた相手を同僚に奪われたが、好いてくれた別の男性と結ばれてハッピーエンドだ。なんでそんな映画をふたりで? と問われれば、まあ、お互い珍しく暇だったんだろうな。
 
 クソではないが在り来たりで陳腐な話の主人公が、まんまと同僚に想い人を取られるさまにやきもきして、もだもだしているから鳶に油揚げをさらわれるんだとイライラしていた。最終的に別の男と結ばれて、幸せになった主人公に喜んでいるロナルド君を横目で盗み見た。彼に懸想して何年も経っているのに、未だに同居人の枠を越えられない自分にとって、それが特大ブーメランだと気付いた時には衝撃で塵と化していた。「何で映画見るだけで死んでんだよ」とロナルド君に呆れられた。
 こんな映画に触発されて焦燥に駆られ、気力で復活した勢いのまま唇を奪ったなんて滑稽すぎる。だが、いい加減はっきりさせたかった。

 IQ5億の私には分かる。本人に自覚があるのか無いのかは知らんが、こいつも同じ気持ちのはずだ。違うというならば、突然押し掛けた吸血鬼の同居をあっさり許した挙げ句、もう何年も追い出さず共に暮らしている件について弁明してみて欲しい。
 特に最近はやたらとこちらを気にして、そわつく・まごつく・うだつくことが増えた。要するに、挙動不審である。最初は何を隠しているんだと訝しんだが、ゴリラ観察日記を付けて気がついた。恋をする男子小学生の言動、まさにそれである。単純すぎる。

 澄み渡った空色の瞳が、瞬きもせずにこちらを見つめてくる。唇を合わせて離れるまで、お互い動かなかった。テレビではエンドロールが流れる最中、こちらが黙って考え込んでしまっていたので、焦れたロナルド君が口を開いた。

……おい、なんか言えよ」

 おっと予想外の反応だ。覚悟していた拳は、今も飛んでこない。先程の事実を脳で処理しきれていないのかと疑ったが、いつも血色の良い肌が更に赤く染まって、潤いを湛えた瞳がこちらを睨んできているので、状況は把握出来ているようだ。お得意の暴力に訴えてこないということは、やはりこいつも満更ではないのだろう? ゴリラに人語で求愛は難しかろう。仕方ないので寛容な私から言葉を尽くして愛を伝えれば、それできっと大団円だ。映画とは違うエンディングだが、両想いハッピーエンドというやつだ。しかし自身の口から滑り出た言葉は、甘さの欠片もないひねくれたものだった。
「実は、御真祖様の悪戯で、同居人にキスしたくなる薬を盛られてしまってね」

…………バァァーーーカ!! バカバカ私のバーカ!!

 五歳児に「三歳児でももうちょっとましな言い訳するぞ?」と言われても申し開き出来ないアホなことを口走ってしまった。いや違う、これは決して、若造からの気持ちを聞きたいとか、私が間抜けに盛り上がっているだけで否定されたらどうしようとか、好きな子を目の前にして臆したとか、そんな情けなく日和った訳ではない。
 いつもの通り、反応が面白いロナルド君をからかってどんな言動をするか観察したかった。それだけだ。断じてそうだ。
 観察されている当の本人は、口をぽかんと開けて眉をひそめたが、突如ぐいっと私の胸元を掴んで力強く引き寄せてきた。すわ暴力がようやく爆発するのかと身構えたが、そのまま鼻を擦りつけるように、震える唇を押し付けてきた。そしてすぐに顔を離して出た言葉は、私とどっこいどっこいのアホすぎる台詞だった。
「俺も今日、シンヨコに出たポンチに催眠をかけられてよ。同居人に何かされたら同じ事を返してしまう催眠だ」
 しばしの沈黙。お互い赤い顔で呆れた視線を投げ掛け合うが、くだらない茶番だと分かっていても放った言葉は取り消せない。
 しかしさっきの言葉は聞き捨てならない。その意味をゆっくり咀嚼して理解すれば、怒りと愉悦が同時にやってきた。
 安易に自分を明け渡すような物言いをして、己をないがしろにするなという沸々とした怒りに任せ、自分を大切にしろ、お前がそんなだからここからずっと出ていけなくて、こんな馬鹿みたいな状況に陥ってるんだよと詰って分からせてやりたい。
 そう憤りを感じる一方で押し寄せる悦楽は、私がしたことを何でも返してくれるなんて最高に甘美な誘い文句じゃないかと脳を痺れさせ、自然と口角が上がりきり、相反する感情がせめぎ合う。
 だか私が好奇心を殺せるはずかない。
「そうか。お互い大変だな」
 笑みを張り付けたまま彼の肩を掴み、こちらが顔を傾けて寄せれば察したようで、ロナルド君はぎゅっと目を瞑って口を引き結ぶ。緊張を解すようにやわやわと、柔らかく当てて離すことを繰り返してみた。
 肩の力が少し抜けてきたところで、固く閉ざされた結び目を、ちろ、と舐めてみる。大きく跳ねた体に笑いそうになるが、どうにか抑えて催促してみた。
「おや、ポンチに掛けられた催眠はどうした? 真似せずにはいられないんだろう? それともこの短時間で解けたのか?」
 その煽りにロナルド君は赤い顔をさらに赤くし、悔しげにこちらを睨んで逡巡した後、おずおずと控えめに舌を伸ばしてきた。その光景に堪らず弾かれたように口を寄せて吸い上げ、そのまま再び唇を重ねた。
「ん゛んッ!!」
 うん、怒りも滲んだ抗議のくぐもった声はもっともだろうね。こちらの唇にその舌が到達する前に我慢できず食べてしまって悪いとは思うが、仕方ないだろう? あんなにも懸命に健気に美味しそうなものを差し出されたら、美味しく頂かないと逆に失礼というものだ。
 それでも招き入れた舌に牙を当てないよう慎重になるくらいにはまだ理性的だ。今は血を貰うつもりはない。もしそんな日が訪れるとすれば、彼が自らそのうなじを差し出した時だけだ。
 吸い付く力を緩めてやれば逃げ出したので、今度はこちらの舌をあちらへ滑り込ませてやる。彼の体がまた跳ねた。あっつい口内に、馬鹿みたいに頭が茹だつ。舌を絡めれば、言ったことを律儀に守っているのか不器用に応えようとしてくる。
 ああ、これ以上は駄目だな。歯止めが効かなくなる。下手くそな彼とのキスが、妙に愛しく気持ちいい。……いやもう落ちるところまで落ちてみても良いんじゃないか?
 だって彼がその気になれば押し退けることも、暴力を駆使することも出来るのに、それをしないのは合意と捉えていいんだろう?
 肩に置いていた手を、二の腕、脇腹、背中となぞって撫でても、抵抗はされない。いっそ服の端に手を掛けるかと感情が差し迫ったその時──
 そこでふっと、獣じみた本能を押し退けて倫理の欠片が主張してきた。
 ここまで長いこと彼に執着していて一切手を出さなかったのは、何の為だ。それはロナルド君が愛しく大切で、自分の気持ちも大事にしたかったからだ。
 いつものうさぎ小屋で伝えたってムードもクソもないが、バラの花束でも夜景でも、彼が望むなら後で仕切り直しすればいい。いま必要なのは、確かな熱情に名前を付けることだ。
 触れていたくて離れがたいと疼く手と唇をなんとか離した。ゆっくり開いた青の瞳を見つめれば、その表情は切なげに揺れ動き、もっと触れろと訴えてくる。
 ──劣情を痛烈に揺さぶってくるじゃないか。

 なけなしの理性が瓦解する前に、これだけは伝えなければ。

「ロナルド君、私は君のことが、す……

ドムッ スナァ……

 一世一代ともいえる私の告白は、日常的に受けている拳であっさりと遮られた。

……は? いやいやいや、何でいま殺した? もっと前にそうすべき場面いくらでもあっただろタイミング悪男。

「あっっっぶねぇ」
 危ないも何も、こちとら死んでるが?
「お前に先に言われたら、催眠のせいになっちゃうだろ」
 早く戻れと急かされて、ズザッと塵を集めて上半身から再生すれば、待ちわびたように引っ張り上げられた。
「いいかドラ公、よく聞け。今から言うことは、間違いなく俺の本心だ」
 青の炎を宿した瞳が、静かにこちらを見つめていた。
「好きだぜドラルク。お前のくだらない言い訳に乗って、俺もくだらない言い訳を盾にして、されるがままお前に身を任すくらいにはな」
 青の炎は、赤の炎より温度が高いんだよな。その綺麗な青の炎に身を、心を、焼き尽くされるのも悪くないなんて、本当にどうかしてる。
「言ってしまったな。これからの事は、私の意思であり、君の意思だ」
 お互い分別のついた大人だ。これ以上の遠慮は無用ということだ。
「私もずっと、ロナルド君が好きだった。君へ本心を伝えて拒絶されるのを恐れるあまり、くだらない嘘をついてしまったくらいにな。誰かに取られる前に掌中に収めてしまいたいと唇を奪った」
 「正直、まだ足りない」そう彼の耳元で溢せば、身を強ばらせて体の至るところが熱いくせに、掠れた声で「望むところだ」と強気な答えが返ってきた。体が火照っているのはお互いさまだがな。

 自制心など取り払い、心の指し示すままに、再び唇を想い人へ寄せた。