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あつき
2024-07-23 00:46:11
13807文字
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とある吸血鬼の長いバレンタイン
催眠を受けたロくんに翻弄されるドちゃんのお話です。付き合ってないドラロナ。
最近、(受け攻めどちらでも)相手に振り回されて動揺している姿が性癖だと気付きました。(めっちゃどーしようもねえな)
あとベタなラブコメも大好きです。
ンオーーーー!!バカ!アホ!マヌケ!!!
語彙力もクソもなく、ドラルクは沸き上がる怒りと苛立ちを目蓋を閉じてひたすらに抑えていた。
苛立ちの根源、ロナルドはどこか楽しそうにドラルクの腰に手を回している。
きゅっと密着する体は熱くて火傷しそうだった。普段は低い体温が、人の熱にあてられ上昇するようでむず痒い。ドラルクを死なせない程度に力強く抱き留め、決して離れようとせず、身じろぎも出来ない。
いつもの様にまんまとおポンチ吸血鬼にやられたロナルドを忌々しく薄目で睨み、早く催眠が解けろと祈るしかない。ドラルクにとっては永遠とも感じる長い夜だった。
*
*
時は戻り数時間前。
「ただいま」
赤い服の退治人は、心なしかいつもより沈んだ声で帰宅した。緩慢とした動きでブーツを脱ぎ、小さくため息を付いている。
「おかえり」
「ヌヌヌリー」
いつものように仕事から戻ってきたロナルドを、一人と一玉が出迎える。ロナルドの仕事に付いて行かなかった日は、今日はどんな変態が出たのか、それにより面白い事態が発生していないかがドラルクの興味の焦点だ。
「今日はどうだったかね。ロナルド君、なんか疲れてない?」
「あーーー。今日は『吸血鬼恋人にデレデレに甘えさせるおじさん』が出て」
「は?なんだその吸血鬼がお飾りにしかなってない名前のポンチは」
「俺に言うなよ。そいつがその能力を使って辺りをイチャイチャカップルだらけにして、その隙に吸血をしまくってたからいつも通り退治してVRC送りにしたんだけど」
「ほう。吸血さえしなければ平和な能力なのにな」
「それじゃただのいい人だろ。退治が終わってみれば、その能力のせいでいちゃつく幸せそうなカップルばかりで、ちょっと、目に毒っていうか
……
」
時は二月十四日。バレンタインの夜の街中には、それは多くのカップルで溢れていたのだろう。
「なるほど、童貞純真ルド君はさぞ居づらいだろうな。自分は一人の寂しさと羨ましさでゴリラになって暴れなかったか?」
「街中では暴れねーわ!今からひと暴れすっか?」
「言い終わる前に殺すんじゃない!!」
拳を先に出しながら話す様は正に脳筋ゴリラ、早く餌を与えて寝かしつけなければとドラルクはエプロンを身に付ける。そのままキッチンに向かおうと思ったが、ロナルドが帰ってきた時から持っていた小さな紙袋が気になりつい聞いてしまう。
「それ、貰ったの?」
「あ、いや、うん、そんなとこだ」
しどろもどろであからさまに動揺している。
ふうん、やるじゃないかと、少しお高いチョコ専門店のショップバッグを見やる。
比較的新しいブランドだが、吸血鬼用のチョコも取り揃えている為ドラルクも知っていた。もちろん人間用のチョコも人気で、確実に手に入れる為には早くに予約しなければならないお店だ。
誰に貰ったか知らないが、相手の脈はありそうだ。そもそも今までモテない方が不思議だったのだ。銀髪碧眼の見目麗しい好青年。その若さで退治人として事務所を構え独り立ちしているのに、作家業までこなし知名度もある。ワーカーホリックゆえ出会いが作れなかったのだろうが、ひとたび縁に恵まれたらトントン拍子で結婚まで持ち込んでもおかしくはない。
「すぐ食べないなら冷蔵庫に入れておくか、別の部屋に置いておきなよ。この部屋暖房が効いてるから溶けるぞ」
寒さですぐ死ぬドラルクに合わせて暖房は少し高めの設定だ。最初は文句を言って殺してきたロナルドも、最近は多少なら目を瞑るようになった。
「なっ、何でチョコだって分かったんだよ!!」
顔を真っ赤にして、これまた分かりやすい。
「バレンタインに貰うものといったらチョコと相場が決まってるだろ」
ロナルドはぐっと口をつぐむと、素直に冷蔵庫へチョコをしまった。
「先にお風呂入ってきなよ。ご飯用意しとくから」
「
……
おう」
返事をした割に、ロナルドはドラルクがまな板と包丁を取り出す様子をまじまじと見つめ、一向に動かない。
「どうした五歳児、お腹が空きすぎて動けないのか?」
軽口を叩けばいつもは拳で返事が返ってくるのに、この日は違った。
「いや、お前のよく動く細い指、料理も裁縫も出来てすごいなって。俺、好きなんだよな。作業中ずっと見ていたいくらいに」
「はぁ!?」
いきなりすっとんきょうな事を言われ、砂になりかけ危うく包丁を落とすところだった。ジョンにも聞こえたらしく「ヌェ」と漏らす声が聞こえた。包丁が床にでも刺されば「賃貸だぞ!」とキレて殺されるに五百兆新横浜ドルを脳内で掛ける。
「背筋もいつもピンとして、手早く料理作るのほれぼれするなあって思ってて。なあ、しばらく見ていちゃだめか?」
そう言うとロナルドはドラルクの腰に手を回し、肩に顎を置いてきた。銀の髪が頬を掠め、微かに汗ばんだ匂いといつも使っている洗剤の香りが鼻をつく。心臓が飛び跳ねて早鐘を打ちはじめる前に、今度こそ耐えきれずに塵と化した。お陰で包丁は落ちてしまったが、ドラルクの塵に刺さり床は守られた。
「ごめん!!そんなに嫌だったのかーー!!」
「当たり前だ!!ロナ臭で死んだぞ!!包丁を抜いてくれ!!」
悲痛な叫びにジョンが泣きながら慌てて包丁を抜こうとするのを、危ないと代わりにロナルドが拾う。唐揚げの為の粉類をまだ出していなくて良かった。混ざっても復活には問題ないが、その粉を使用するのは衛生的にどうなのかと思うので。
「ううっ、そうだよな
……
仕事上がりで俺、臭かったよな
……
。ごめん」
素直に謝られると罪悪感が沸き上がる。こっちは被害者だと言うのに、何故こちらが申し訳なさを覚えねばならぬのか全くもって遺憾であった。
これは絶対にロナルドは正気ではないと確信をもち、原因など分かりきったことだが形式上訪ねる。
「
……
君、今日は仕事で何か光線でも浴びなかった?」
「え?浴びたけど。吸血鬼デレ甘おじさんが一般人に光線を向けた時、間に割って入って受け止めた。でも俺恋人いねえし、何ともなかったわ」
「デレ甘おじさんて。略すなよ」
ドラルクはうんざりする。またおポンチ吸血鬼の催眠に掛かってきたことは元よりだが、ロナルドの毎度発揮されるお人好しにだった。
ロナルドは退治人としての腕は確かで、油断しなければそんな攻撃に当たるはずがない。怪我にしろ催眠にしろ、厄介事を持ち帰る時は大抵第三者が絡んでいる。
自分ならその身に受けても問題ないという認識の元飛び込んで居るとは思うが、いつか本当に人を庇って大怪我してくるのではと、ドラルクは口には出さないが内心でやきもきしていた。
そして面白い事を呼び込むなら歓迎だが、自分が巻き込まれるのは大嫌いだった。この状況からしてロナルドは催眠の影響を受けていると推測するが、なぜ対象が恋人がいるカップルへの催眠なのにロナルドに影響してるのかは謎である。しばらく観察する必要があるなと、ドラルクは判断した。
「まあいいや。君の好きな唐揚げ作るから、早くお風呂行っておいで」
「えっ今日唐揚げなの?やった!」
ルンルンで風呂場に向かう、ロナルドの単純な可愛げはいつも通りなので少し安堵する。
邪魔が入らないうちに作り終えてしまおうと、ロナルドが帰ってくる前に作り置いていた汁物の鍋を温め直す。油も温めている間にキャベツを洗い、刻む。大量の千切りキャベツをかごに盛り、トマトもくし切りに。ブロッコリーは茹でて冷やしてあったので冷蔵庫から取り出す。ちらっと視界に入ったチョコに少し心がもやっとしたが、雑念は振り払い料理の続きに没頭する。汁物の鍋が沸騰したので火を消したら、手早く味噌を溶かす。今日の味噌汁は根菜多めでも食い付きが良いように豚汁で。油の温度が上がったので、漬け込んでおいた鶏肉に小麦粉と片栗粉を混ぜた粉にまんべんなくまぶして、余計な粉を落としてから油に入れる。
そこまで進めたところでロナルドはお風呂から上がり、ドタドタと足音もうるさくリビングに戻ってきた。
「もう揚げてる!美味しそう!!」
「はっや!!もう上がったの?」
彼が風呂に向かってからまだ十分やそこらしか経過していない。カラスの行水と言ってもいつもはもう少し長い。リビングは暖房が効いているが、風呂場は寒い筈なのにゆっくり湯船に浸からなかったのだろうか。
ニコニコと五歳児のように目をきらきらさせるロナルドは、やはりいつもより素直というか、無邪気が過ぎる気がする。
「おい、油が飛ぶから離れろ」
急いで上がって来たのか冬だというのに上半身裸で、髪を拭きながら近寄ってきた。料理をしないロナルドには、跳ねた油が体に当たると痛いという想像がつかないのだろうか。先に献立を伝えたのは間違いだったなと呆れてロナルドを見れば、均整のとれた無防備な上半身が嫌でも目に入る。
「
……
風邪引くぞ。ちゃんと服を着て髪を乾かせ。まだ揚げ終えてないから、その間に食卓へ用意しておくから」
むくれながらも素直に洗面所へ移動するロナルドを見送り、中身が本当の五歳児になる催眠でも掛けられたか?と頭が痛くなる。
本当は冷凍庫を見てもう一品作ろうかと思っていたが、どうせ唐揚げばかりたべるのでもういいかと皿に付け合わせの野菜を盛り付ける。少しでも野菜をとれと、山盛り乗せてやる。髪を乾かすのも雑ですぐ戻ってくるだろうと、熱々の豚汁も野菜をたっぷりすくってよそい配膳しておく。第一陣の唐揚げが揚がったので皿に乗せてテーブルに置き、白米をよそったところで予想通りロナルドは戻ってきた。
「ジョン、食べよう!」
急いでいてもジョンと一緒に食べようと声を掛けるのを忘れないところは、ロナルドの好ましいところだった。
「イヌヌヌヌヌー!」
「いただきます!!」
ちゃんと風呂で温まってないであろうロナルドが気になり、温かいほうじ茶を出してやる。「唐揚げもお茶も熱いから気を付けなよ」と、一人と一玉に声を掛ける。
鶏肉を全て揚げ終えてから、ホットミルクをいれてドラルクもダイニングチェアに腰を下ろす。
じっとロナルドを観察する。見た目に変わったところはない。唐揚げは何回揚げたか分からないほど作っているのに、いつも通り幸せそうな顔をして次々に胃に納めていく。
そんなロナルドを見て、ドラルクは改めて思う。
あぁ、この人の子に恋をしていると。
嬉しそうな顔を見ていると、自然に眉がさがり口許がほころぶ。それは、淡い恋心だった。特に何か求めることも、この気持ちを明るみに出すこともしたくない。ただ今まで通り、このシンヨコを駆け抜ける赤い服の退治人の側で愉快な日々を謳歌したいだけだ。同じ家に帰り、ドラルクが手ずから拵えた料理に喜ぶ、退治人の顔とはまた違う思ったよりアホで愛しいロナルドとの生活を大切にしたいと思っている。
そんな自分の気持ちを省みて、仮説を立てた。恋人がいないものが光線を浴びると、その者に思いを寄せている人物に甘えるようになるのではと。
ロナルドが駆け付ける前に光線を浴びた人で、恋人がいない人もいたであろう。VRCに連絡をしたら、もしかしたらその場合どういった効果が出るのか結論が出ているかも知れない。しかしドラルクの仮説が正しければ、ロナルドの事が好きだとばれてしまう。それだけは避けたかった。
仮説が正しくなかったとしてもVRCに連絡すれば、普段よりドラルクに距離が近いロナルドを見られてしまう。それも嫌だった。
まだ検証が足りないので、ロナルドがベタベタするのがドラルクだけとも限らない。外に出れば分かるだろうが、ロナルドが自分以外の者に同じように接するなど、考えただけでドラルクは塵になれた。
本来ならすぐ連絡するべきであろうVRCは、最終手段としようと決めた。せめて今夜はロナルドの催眠が自然に解けないか見守りたかった。
考えを巡らせながらずっと見ている目線に、すきっ腹が落ち着いたであろうロナルドは気付くとじっと見返してくる。
「あんま見つめんなよ。照れるじゃん」
ああーー素直。
催眠のせいなのに、勘違いしてしまいそうな自分に嫌気がさす。何も求めていないと思っていたのに。手に届きそうなら欲張ってしまうものだ。しかしこれはひとときの夢。催眠の効果が消えたら泡と帰す、甘美な罠だ。
「美味しかった、ごちそうさま。いつもありがとな」
いつもは作ってもらって当然とばかりに生意気に礼も言わないのに、今日はロナ戦ファンを卒倒させそうな笑みをドラルクに向ける。左耳が動揺でさらさらと崩れていたが、顔を反らしていた為にロナルドからは見えていない。
かちゃかちゃと音を立て、食べ終えた食器をジョンの分も持つとロナルドはシンクに持っていく。
片付けようとドラルクも立ち上がり、キッチンに向かえばロナルドに制止された。
「今日は俺が洗う」
「え?いいよ。疲れたんだろう。ゆっくりしなよ」
「いつも洗ってもらって悪いなって。ドラ公もたまにはゆっくり風呂に入ってきたら?」
「えぇ
……
」
今までもロナルドが洗ったことはある。しかし洗い残しが気になったり、水切りかごへの入れ方が雑で乾きが悪い部分があったり、芸術的(褒めてない)な積み方をするので非常に片付けにくかった。正直手を出されない方が楽である。
実際にその場で指摘して殺されているので、憤慨したロナルドがそれ以降声を掛けてきたことはなかった。食器洗い自体もドラルクの苦になるものではないとなればなおさら頼む理由もなかった。
排水溝とシンクの掃除や拭き上げまではロナルドは気が回らないだろうし、皿を洗ってもらってもまだ片付けは残っている。
お風呂にしても夜が活動時間なので、いつもは明け方前、棺桶に戻る前に入ることが多い。今入る必要はなかったが、ロナルドと居たら今度はどんなアクションを起こしてくるか分からない。場合によってはドラルクも取り返しのつかない言動をしてしまうかも知れない。それなら、なるべく接触時間を減らした方がいいのではないかと思い直す。
「
……
じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「おう、任せとけ」
*
*
ドラルクは時間を稼ぐために、ジョンと自身を丁寧に磨き上げ、満足して湯船に浸かる。
「ジョンーー五歳児が可愛すぎるよぉ」
「ヌヌヌ」
ジョンはドラルクの恋心を知っているので、優しく話を聞いてくれる。ロナルドが脱衣場に来たら気配で分かるとは思うが、念のためボソボソと可愛いマジロだけに聞こえる声で心の内を吐露する。
「あの言葉が、本心だったらと思ってしまったよ。ジョン、私の恋は、勘違いではなかったみたいだ。やっぱり私はあのアホでマヌケで、無邪気でお人好しな若僧が好きみたいだ」
「ヌンヌン」
知ってたよ?とイデアの丸は囁くのだ。
ドラルク自身、自分の恋心に懐疑的であった。家族愛に近いものかも知れないと度々思った。いつもの憎まれ口の応酬では情緒もへったくれもなく、恋かどうかなど確かめようがなかった。しかし今日、ロナルドに抱き締められて知ってしまった。もっと彼に触れたいという、じわじわとした熱に。早く気付くべきだった。二百年以上生きてきて、こんなにも近くにいて執着している人間は彼だけなのに。
―――
でも、違う。
「あんなのは、ロナルド君ではないよ」
催眠によって気持ちを自覚したのに、皮肉なことだった。ドラルクが好きなロナルドは煽られて大人しくしてはいないし、決して甘い言葉を囁いたりしない。
それなのに同時に期待もした。あの褒め言葉は、ドラルクを普段からよく見ていないと出てこないのではと自惚れる。催眠にかかってはいても、少しも無い感情は引き出せないのではと欲してしまう。
優しいマジロはそんなドラルクの葛藤も、全て優しく受け止めてくれるのだ。
*
*
風呂から上がったらいつもならパジャマを着て眠るだけだが、今日は随分早く入ったので新しいシャツとベスト、トラウザーズを出して身に付ける。習慣でクラバットと手袋もきっちりしてしまう。
リビングに戻ると、ロナルドはソファに座ってテレビを見ていた。日によっては寝ていてもおかしくない時間帯だが、ソファをベッドにもせずにクッションを抱き締めて眠そうな目で膝を抱えている。戻ってきたドラルクに気付くと、不思議そうに見つめてくる。
「あれ?服さっきと変わらなくね?パジャマじゃないんだ?」
「まだ私は君と違って寝ないからな」
「ならちょっと俺が寝るまで付き合えよ」
「何?映画か何か?」
ロナルドはソファをポンポンと叩いて、隣に座れと促してくる。嫌な予感はする。しかし惚れた弱みというか、隣に誘われて断るなど勿体ないことは出来なかった。
ちらっとキンデメの水槽があった所を見た。最近ロナ戦のコアなファンがキンデメを見たいと言うことがあって、試しにと事務所へ水槽を移動していた。万が一事故があったら、怒られるか呆れられるか死に急ぐか、良くない三択しか思い浮かばないので良かったと思う。
ソファにそっと腰を下ろすと、ロナルドはしだれかかる様に密着してくる。
「なあ、もうお風呂入ったからぎゅってしていいか?」
「んんん゛っ!?」
さっきの事を気にしていたのか、今度はちゃんと断りを入れてくる。つい赦してしまいそうになるが、そうすると身が持たない。しかし断わることにより傷付けたくもない。
実はドラルクの肩に居た、息を潜めて空気になろうとしているジョンに、目線で助けを求めた。
しかしジョンは耳元で「ヌヌヌヌヌヌ、ヌンヌッヌ」と応援の言葉を残し親指を立てると、寝床に行きヘッドホンを着け、丸まって目を閉じた。
今日は昼間に町内会のイベントがあり、ドラルクより先に起きていたジョンは本当に眠かったらしく、ほどなくして寝息が聞こえる。
自力で何とかするしかなさそうだった。
「ロナルド君、私の体温は人より低いだろう?まだ寒い季節なのに、くっつけば君の体温が下がってしまうではないか」
咄嗟に出た言い訳だが、これなら傷付けず納得して貰えるのではと返事を待つ。
しかしロナルドはポカンと口を開けた後、無邪気な悪戯小僧の顔でにっと笑う。
「なら問題ねえな。俺は強いから大丈夫だ。ドラ公は弱いからな、温めてやるよ」
そう言うと、今度こそ腰に手を回された。熱い吐息さえも感じる距離だ。ドラルクは観念して目を閉じ、じっと耐えた。邪念を払うためにも、心のなかで件のおポンチ吸血鬼と催眠に掛かりやすいロナルドに様々な悪態をつく。そのうち語彙はなくなり、バカアホマヌケと脳内で繰り返す。催眠が早く解ける事をひたすらに祈り、一分経つのが十分にも感じられる。しんとした部屋で、沈黙を破ったのはロナルドだ。
「危ない仕事の時は心配かけてごめんな。ドラ公優しいから、気に掛けてくれてるよな。怪我した時とか、お前ずっと不機嫌だもんな」
いつもロナルドの危なっかしさに気を揉んでいることを、気付かれていた事にドラルクは動揺した。
「いつもの悪戯は腹立つけどよ。まあ退屈はしないしな。仕事でもクソザコのお前は力は役に立たなくても、その知恵と知識は頼りにしてんだぜ」
ようやく言葉にロナルドらしさが垣間見えたが、それでも素直すぎる褒め言葉に面映ゆくなる。催眠の影響さえなければ「ようやくこのドラルク様の有り難みが分かったか!!」と、畏怖欲を満たしているというのに。
ちらりと薄目を開けて、ロナルドを見てしまったのが良くなかった。身長が近いので、必然的に顔も近くなる。こちらの目線に気付き、熱く見つめ返す蠱惑的なその青の瞳に、吸い込まれるような錯覚を起こす。
お互いの体温が馴染み均一になっていたのに、自身の体温がさらに上昇したような気がした。密着した体を嫌でも意識してしまう。邪念が湧いてしまいそうで、急いで気持ちが萎えそうなことを考える。今やお馴染みのハム、へんな動物の事を思い出す。あの時はドラルク自身の裸を提供したが、自分の裸では萎えるも何もない。次に思い出したのは、武々夫が夢吸いにより昏睡状態になった時の事だ。あの時は父親の店長の事を考えさせて、文字通り目を醒まさせた。連想して父親のドラウスの事を想像して、なんとも言えない気まずさにドラルクは塵と化した。あの時したことに反省も後悔もないが、武々夫に少し同情はした。
「やっぱり死ぬほど嫌なのかよ!!」
ロナルドが五歳児よろしく泣き出す。
死んだお陰もあり火照った体は落ち着いたので、人型に戻りロナルドに向き合い嫌ではないと落ち着かせようと口を開いた。
「ロナルド君、私は
……
」
言い募ろうとしたのに間近でとらえたロナルドの瞳が、涙で滲んで光を煌めかせ、澄んだ泉のようで美しく、ドラルクは再び釘付けになる。
今まではロナルドと距離が近いことはあれど、茶化し、殺され、当然だが甘い雰囲気など全くない毎日だった。だからこの気持ちを明るみに出さない自信があった。
しかしロナルドに翻弄され続けたことで、そんな自信は虚栄だったと気付いてしまった。淡く感じていた恋心は、今やこんなにも色濃くドラルクの心を侵食していく。
目線がかち合ったまま、時が経つのがやけに遅く感じた。ロナルドが目を閉じて、ゆっくりと近づいてくる。
―――
いや、それは、だめだろう。
咄嗟にロナルドの口に手のひらを宛て、真剣な顔で「ロナルド君」と名前を呼ぶ。手袋越しでも微かに分かる、柔らかく暖かい唇の感触を意識しないようにする。
「それは
……
恋人同士でないとしてはいけないよ」
青の瞳が見開かれ、失望に揺れ視線がそらされた。傷付けたくなくてその思いに応えたとしても、催眠が解ければ尚更傷付くのは分かっている。ならば毅然と今は断わるしかない。
「
……
じゃあ、恋人になればしてくれるのか」
そう言うと、ロナルドはソファの下から見覚えのある紙袋を拾い上げた。いつの間に冷蔵庫から移動させたのだろう。
「これ
……
ドラ公が食べれるか分かんねえけど、ブラッドチョコ。お前に受け取ってほしい」
「え
……
」
てっきりロナルドが貰ったものかと思っていた。予想外の展開に、思考がついていかない。
頭が真っ白になった時、携帯のアラームがなる音ではっとした。時刻は零時を告げていた。日付が変わったらゲームの日替りアイテムを入手するためにかけていたが、今はどうでもよかった。アラームを切ってロナルドを見ると、真っ赤になり震えていた。
「俺、ずっとドラルクが好きだった。だから
……
恋人になって欲しい」
先ほどより強い衝撃に、再び混乱した。催眠はそこまで人の行動を操るのか。しかし、なにか引っ掛かる
……
いや、今はそれどころではない、何と返事すればよいのか分からず汗が吹き出す。これが催眠による告白でなければどんなに良かったかと、悔しさと渇望が渦巻き、マグマのように煮えたぎって平静でいられず、判断を誤りそうになる。
そのとき、ふっと糸が切れたようにロナルドが頭を預けてきた。慌てて受けとめて「ロナルド君!」と名前を呼んで何事かと確認しようとすれば、すうすうと安らかな寝息が聞こえてきた。
―――
嘘だろ!!人に告白しておいてこのタイミングで寝れる!?何その強靭なメンタル??
連日仕事が忙しそうで、先程からロナルドは確かに眠そうにはしていた。だがまさか寝落ちするとは思いもよらなかった。言い逃げされた気分だが、同時に安堵もしていた。所詮催眠による偽りの告白だ。返事など、しようもない。そう自分に言い聞かすが、引っ掛かっていることがあった。そうだ、あのチョコだ。
あの気持ちが偽りなら、催眠を受けた後に購入したはずだ。ところがどうだろう、人気店のあのチョコが閉店間際に買えるとは思えない。それどころかロナルドが帰ってきた時間を鑑みれば、閉店していてもおかしくない時間帯だ。
吸血鬼に寄りかかり、呑気に眠る退治人を呆れながら見つめる。考えても仕方ないので、ソファに寝かせてやり、ベッドの形にして毛布と布団をかけてやる。
キッチンの手入れが終わってない事を思いだし、ゴム手袋を付けて水切りかごを見ると、予想通りどうやって載せたのかと驚く芸術的な積み方をしてあって、ひとり静かに笑った。
*
*
翌日、日が沈んですぐ棺桶から出ると、ロナルドは居なかった。身なりを整えると、すぐにギルドに向かう。情報を集める為だ。
ギルドの扉を開けると、ショットがクリームソーダを飲みながらゴウセツと話をしていた。
「やあやあ、どうもお二方。マスター、ホットミルクとココアをロナルド君のツケで。何か面白い話でも?」
当然のようにロナルドに支払いを押し付けるドラルクにゴウセツは苦笑いをしつつ、いつもの事なので用意をしてくれる。
「昨日の変態吸血鬼のせいで、俺の心が折れた愚痴をマスターに聞いて貰っていたとこだ」
デレ甘おじさんは、ロナルドだけではなくショットの心もえぐっていたらしい。
「そうそう、そのおポンチ吸血鬼について聞きたかったんだ。恋人に催眠をかけるとロナルド君から聞いたが、恋人が居ない人にはどう作用するか知っているかね?」
「ああ、吸対から聞いた話だと、恋人が居ない場合は好きな人に甘えるようになるらしいな」
「
……
え?」
意味を飲み込めず、固まってしまう。
「だから昨日は、積極的に迫られて誕生したカップルも結構居たらしくてな。良いことなのに何か虚しいぜ」
「ちょっと待って?催眠を受けた人が恋する人に甘えるってこと?催眠を受けた人に、好意を寄せる人が対象じゃなくて?」
「何かややこしいな。それであってると思うけど」
ドラルクの剣幕に、ショットは何事かと少し引いている。
「
……
その催眠ってもう解けてるのかな?」
「ああ、昨日限りの能力だったらしく、夜中の十二時を過ぎたら皆戻ったらしいぜ。催眠の影響で戻るとすぐに眠気が来るみたいでな。急に気絶するように寝た恋人を心配して、バンバン電話かかかってきてVRCと吸対は処理が大変だったらしいな」
「
……
ショットさん、今日はロナルド君に会った?」
「会ったけど。今日は休みの癖して落ち着かないとかで街中をパトロールに行ったぜ。ドラルク、あいつにちゃんと休むよう言ってやってくれよ」
「ああうん、もちろん
……
」
噂をすればなんとやら。
カラン、と音がして、ギルドの扉が開く音がした。振り返れば、赤い帽子を被った、見慣れた銀髪の青年だ。
「ロナルド君、」
こちらに気付くやいなや、背を向けてもと来た扉を押し開け、あっという間に駆け出した。
「待って!!」
慌ててジョンと追う。ふざけんな、あんな体力馬鹿に追い付ける訳ないだろうと、歯噛みする。
「ジョン!!頼む!!」
「ヌーーー!!!」
ドラルク自慢の優秀な丸は、風よりも早い。丸まったままロナルドの背中に勢いよくダイブした。「いってぇ!!」と叫びながらロナルドはつんのめったが、流石の体幹で転ぶのは持ちこたえると振り向いて怒りをあらわにした。
「てめえ、ジョンに頼むなんて卑怯だそ!!」
「ええい、手段なんて選んでられるか!!この私から逃げようなど、二百年早いわ若僧!!」
「自分の力じゃないのに吠えんじゃねえ!他力本願おじさん!!」
「人の力を借りれるのも実力のうちですーー!!野生の臆病ゴリラは人を頼れないから理解出来ないかなー?」
「うっせえ!!バーーカ!!」
拳が飛んで、ドラルクが砂山にされるまで止まらない応酬は毎度のことである。分かっていてもジョンは涙を流し、健気に塵をかき集める。ドラルクが復活すると、二人を交互に見てため息をつく。二人ともケンカしないで、と言うとお兄さん風を吹かせる。
「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ」
ちゃんと話し合うヌ、と言うと飲みかけのココアを飲みにギルドに戻って言った。
「
……
ロナルド君、今日休みなんでしょ。退治衣装まで着て、露骨に避けられると辛い。一回事務所に戻って、話がしたい」
「う
……
分かった」
ロナルドは不承不承、ジョンに言われたからだぞ、と一応の体裁を口にして事務所へ向かった。
*
*
事務所につくと、ドラルクは冷蔵庫から昨日ロナルドが手渡したチョコを取り出した。
「これ、私が貰っていいんだろう?」
顔を真っ赤にして、ロナルドは頷く。
「買うの大変だったんじゃない?」
「知ってんのかよ。二ヶ月前から予約してたんだよ」
ロナルドは照れ臭そうにそっぽを向いている。恥ずかしさで距離を取りたいのか、壁際で拗ねたように唇を尖らしている。ドラルクは構わず詰め寄ると、真っ直ぐロナルドをみて言った。
「昨日の君の告白、最初は催眠のせいで心ない事を言わされていると思っていた。でも最後の告白の時、君の催眠は解けていたんじゃないか?」
「そこまで分かってんのか。そうだよ。昨日はずっと頭に靄がかかった様で、勝手に体が動いてた。でもお前のスマホのアラームが鳴ったら、ぱちんと何かが弾けて正常に判断出来るようになった。引くに引けない状況だったから、玉砕覚悟で言ったんだよ」
ならばあの言葉は偽りではなく、ロナルドからの本気の告白だ。昨日の言葉を思いだし、徐々に胸が熱くなる。ドラルクも自然と、感情に突き動かされるように言葉を紡ぐ。
「ありがとう。昨日の告白、とても嬉しかった。私もずっと、ロナルド君が好きだった。私の恋人になってくれるかい?」
ロナルドは唖然として、にわかには信じられない顔をしている。
「えっ?嫌じゃねえの?俺だぜ?」
「君のその自己肯定感の低さはどうにかならんのかね」
「だって
……
本当に?どっきりカメラとか仕掛けてない?」
「そんな悪質なことするか!!流石に恋心を踏みにじる趣味はないわ」
「いや、でもさ
……
いつからだよ。全然そんな感じなかったじゃん」
「うーん、いつからだろ?気が付いたら、としかいいようがないなぁ。君こそ、そんな素振りなかったぞ。隠し事が下手な君が、二ヶ月も前からよく計画出来たな」
「気付かれたら、お前ひいて出ていくかもって思って、必死に隠した。ばれそうな時は暴力で解決した」
「努力の方向が間違ってるぞ」
しかしそれでこそ、ドラルクの知っているロナルドだった。
「ねえ、催眠に掛かってた時の言葉は、少しは本当に思ってくれてる?」
「おまっ
……
!それ聞くのかよ。普段じゃ恥ずかしくて絶対言えねえけど、本心に決まってんだろが」
そうか、本心なのか。諦めていた、欲しかった言葉を貰え、ドラルクは満たされた思いだった。
「もう一度言うけど、私と恋人になってくれる?」
「うぅ
……
こちらこそ宜しくお願いします」
ゆでダコのようになったロナルドに満足げに笑いかけたドラルクは、ロナルドの両手首を掴み壁に押し付けた。
「恋人なら、してもいいよね?」
「へっ」
そっと唇を寄せると、青の瞳は見開かれて
―――
ロナルドは華麗なヘッドバットを繰り出した。
まさか拒否されるとは思ってなかったドラルクは塵になりながら、両想いなら昨日キスしておけばよかったと後悔した。純情うぶなロナルドとキスできるのは何ヵ月かかることかと、再生しながら目を閉じて内心ため息を付いた。直後、ふにっと唇に何かが押し付けられた。
目を開くと、ゆっくりとロナルドの顔が離れるところだった。
「昨日俺からしようとしたろ。初めては、俺からしたかったんだよ」
してやったりと笑う笑顔に撃ち抜かれ、塵と化すがすぐに復活する。ロナルドの肩を掴み、ドラルクからも深く口づけた。その刹那、拳が飛んで来てドラルクは塵になる。
「ちょっと!短時間でバカスカ殺しすぎよ!」
「一回はおめーが勝手に死んだんだろ!初心者相手に急に来るんじゃねえ!!準備がないと、あれだ、心臓にきてヤバイだろが」
顔を真っ赤にして声を荒らげる様子も可愛いと思うのは末期だなとドラルクは思った。そして君のキスも大概急だったと思うが?とは口に出さなかった。これから時間はたっぷりある。焦らず進めて行けばいいと、十分満足だった。
「チョコ、まだ食べてないんだ。食べていい?」
「おう。味わって食えよ」
洗練されたデザインの箱を開けると、宝石のように丁寧に埋め込まれたチョコが六粒並んでいた。
ドラルクは生き血の方が好みなので、気持ちを汲むつもりでブラッドチョコを口に放り込んだ。
「え
……
美味しい。何これ。今までこんなの食べたことない」
店のセレクトにもセンスを感じたが、チョコ選びも抜群だとは。ハムカツ男だったのに、だいぶ成長したと感動した。
「まじ!?本当に?くどくない?」
「
……
くどい?」
「それ、セミオーダーで俺の血で作って貰ったんだ」
「はあーーー!?」
前言撤回!!前言撤回!!!バカじゃないの??告白が成功するか分からない相手に、自分の血入りのチョコなんて、激重すぎて距離感バグってんのか。退治人としてもどうなんだよ。そんなプチサプライズくらいの感覚で気軽に渡してくるんじゃねえ。
「なんだよ、やっぱり俺の血って分かると不味いのかよ。ちゃんと正式な手順で作ったんだぜ。お店のホームページから注文できるくらいだし」
「いや、めちゃくちゃ美味しいけど」
貰ったのが自分で良かったと、ドラルクは心底思った。ブラッドチョコに含まれる血の量は、入れすぎたらチョコが固まらないだろうから多くはないだろう。それで、この美味しさ。
「次は、君のうなじから直接頂きたいものだな」
「俺は退治人だからそれは出来ねえよ」
どの口が言うかと可笑しくなる。しかしそれでいいと、ドラルクはロナルドを見て目を細める。直に口になどしたら、きっと取り返しがつかなくなる。力ずくでは絶対に敵わないので、退治人である彼の目が黒いうちは安心だろう。
「ホワイトデーは期待したまえ」
「百倍返しな」
可愛げがない恋人の返しが、妙に安心して心地よい。もうひとつチョコを口に放り込むと、甘くてほろ苦く、幸せの味がした。
おしまい
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