あつき
2024-07-23 00:43:20
14687文字
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血を吸わせたくない退治人と、血を吸いたくない吸血鬼

タイトルそのままのすれ違いドラロナです。
付き合ってるドラロナ。

吸血話は軽率に吸うのも、勿体つけるのも、はたまた吸わず未来を示唆するのも、どれも楽しい。

「おまえさ、俺の血を飲みたくなったりしねーの?」
「は?」
食卓が片付きキッチンの手入れも終えて、予備室で今からゲームに興じようとするドラルクに、ロナルドは問う。
「いきなり何を。そんなの分かりきっとるだろう。ゴリラの血など好き好んで飲むか」
ほーお?そんな態度なんだ?まあいいけど?
立って腕を組むロナルドは、床にあぐらをかいているドラルクを必然的に見下ろす形で目を細める。
「恋人にする発言じゃねえな?普通吸血鬼は恋人の血を飲みたくなったりするもんじゃねえのかよ」
ドラルクの煽りに即座に拳が出ないことは珍しいことだった。逆に煽り返してくるとはどういった心境だ?訝しく思った吸血鬼は、方眉を上げて探るような目をする。そして意地悪く笑うと、コントローラーを置いて立ち上がり、ロナルドの頬を両手で掴む。
「もしかして、飲んで欲しいの?それとも今からお誘い?」
「ばっ、そ、んなわけねーだろ!!」
「どっちを否定したの?吸血?お誘い?」
「どっちもだっつーの!!」
「ブエー!!」
それまでなんとか押さえていた拳は、あっさり爆発した。
「好き好んで吸血されたい退治人がいるか!!寝る!!」
ロナルドが予備室の扉を乱暴に開け、乱暴に閉めて出ていった。扉が閉まってからゆっくり再生したドラルクは、憮然として扉を見つめる。
「なんなんだあのゴリラ」
わざわざ離れた予備室までやってきて、何がしたいのかさっぱり分からなかった。お誘い?と聞いたのは、半分は冗談じゃなかったのに。

**

飲みたくない?そんな訳ないだろあのクソ砂。

二人きりの夜は、意識も体もぐずぐずに溶かされ、熱に浮かされたようにただひたすらに欲を貪るしか出来なくなる。あいつは余裕の時は笑って赤く光る目で俺を見下ろしてくる。前髪が乱れて落ちるのも構わず、中を暴くのに夢中になってくると、噛みつくように首筋にキスをする。何度も繰り返し食んで、そのうち牙を柔らかく当てては離し、苦痛とも快楽ともつかない唸り声を上げて、なんとか衝動を抑えている様だった。荒い息と共に繰り返されるその行動は、必死過ぎて可愛いとすら思える。

指はもちろん唇でも、あいつが触れてないところはないのではと思うくらいなのに、隈無くなめられてもその牙は鳴りを潜めている。熱を持って昂ったところを咥えられた時だってそうだ。最初はその鋭い牙で傷付くのが怖すぎて「大丈夫です、遠慮しておきます、結構です」と丁寧にお断りしていたのに、「君たち人間だって噛もうと思わないと歯形は付かんだろ。それと一緒だ。私が明確な意思を持たなければ触れることもない。この牙で君を傷付けないと約束しよう」そう言われ、受け入れてしまった。その言葉通り、今まで痛みを感じたことはない。どうせ快楽に呑まれればそんなことはどうでもよくなるのだが、ドラルクは確かにそう言った。

キスの時だってそう。ロナルドが舌を差し込む時はいつも「気を付けろ」という。僅かでも牙に当たりそうな時は、上顎を上げて避けようとする。傷付けないよう、細心の注意を払っている。

首の薄皮を割かないようギリギリで触れる二本の牙は、ドラルクの意思ということだ。

あんなに必死な無言のおねだりに、思わず「飲めよ」と言いそうになったことは一度や二度ではない。その度に喉から出そうになる言葉を、なんとか押し止める。
絆される訳にはいかない。退治人がその血を自ら差し出すなど、出来る訳ないのだ。
それにもし、血を飲ませたとしたら、その先が怖かった。未だに両想いになれたことを不思議に思っているロナルドは、この幸せに無条件で飛び付くことが出来ないでいた。愛を囁いて恋人でいてくれるのは、血を頂く為の手段なのでは。栄養バランスの整った食事に、清潔な住居と衣服をいつも提供してくれるのは、ロナルドの血を最高の状態で飲むためなのではないか。
享楽主義の吸血鬼が、長いこと同じ人間の住居に居座ることに疑問を持っていた。
ドラルクにとってはこれはゲームと同じで、血を飲んで満足して飽きたら、もうロナルドは用済みになるんじゃないか。ここを出ていってしまうのではないか。そんなほの暗い気持ちがいぶって消えない。
心も体も、この血まで差し出してしまったら、俺にもうドラルクを引き留める為に出せるカードはない。

そう思うと怖くて、絶対に血は飲ませたくないと思った。

飲みたいと言われたらきっぱり断ろうと思っていたのに、否定されて落ち込んでいる自分がいた。求められていることを確認して、自己満足したかったのだろうか。

**

気分がムカムカする。惰性でコントローラーは離さない。オンラインマルチプレイでミッションをクリアしながら、先程の生意気な若造を思い出す。
血を飲みたくないのかと?飲みたいに決まってるだろ!!こちとら吸血鬼だぞ?当たり前だろ!!

あいつも分かってるはずだ。
隠しようもない、自分では止められない衝動。あれだけあからさまに執拗に示してしまえば、いくら鈍ルドでも察しはついただろう。そんな夜は何度もあったが、それをこれまで指摘してこなかったのは、彼なりの優しさだと思っていた。退治人がそう易々と血を分け与えるのは難しいとドラルクも分かっているからだ。
なのに、なぜ今日、突然切り出した。
食欲と性欲の境が混ざり合いそうで、首筋に触れた牙同様、薄皮一枚でなんとか繋ぎ止めている理性だ。
いつも必死に快楽に集中することで、無理矢理抑え込んでいる。結果一滴だって飲んでいない事を畏怖して褒め称えて欲しい。
血液ボトルだって試したが気休めにもならなかった。この喉が欲しているのは、彼の血に他ならないからだ。

いつもはドラ公腹へった、ドラ公おやつ、おいドラ公、ドラ公ドラ公うるさいのに、誘うときは気恥ずかしいのか、「おまえ」とか「おい」しか言わなくなる。
さっきもそうだった。てっきりその気かと思えばそうではなかった。あの会話も相まって、こちらは少し、いや結構期待してしまったというのに。
こちらが名前を呼べと促せば、長い睫を伏せて視線をそらし、血色の良い頬と唇でドラルク、と呼ぶのだ。恋人モードの時は実に素直で可愛い私の昼の子。毎日かかさず手入れして育てたおかげで、出会った頃の細身より体型は豊かになったし、髪も肌も色艶は増し、美しく健康そのものだ。これだけ甲斐甲斐しく面倒を見てやってるのだ、対価として血を頂く権利は十二分にあるだろう。

でも、絶対に、彼の血は飲みたくない。

理由は至って、シンプルだ。傷付けたくない。恋人の体に好き好んで傷を付けたい趣味はない。
普段の仕事では、強すぎるゴリラなのでかすり傷さえ珍しい。まだ若く張りがあり瑞々しい肌。その造形を崩すなど、美しくない。
自分が育てたからこそ収穫したいという思いと、美しいまま飾っておきたいという矛盾が生じる。
吸血すれば見た目の傷だけでなく、健康にも影響が生じるかもしれない。一度飲んでしまえば、たがが外れて自制など出来るか分からない。人間は頻繁に血を抜かれて平気には出来ていない。貧血になれば、仕事にも影響するかもしれない。それでもし大怪我でもしたら?考えただけでゾッとする。飲まなければ酸っぱいぶどうで済むのだ。

睦事の最中に同じ事を聞かれなくて良かった。いつも綱渡りの危うい理性など、簡単にふっとんでいたかも知れない。


***

話は数ヶ月前に遡る。ロナルドはロナ戦のネタ出しの為に資料を漁っていた時だった。吸血鬼関連の本を数冊買って放置していたものがあったので、目を通そうと机に広げる。いつもはハードカバーの根拠がしっかりしている本を選ぶ事が多いが、買出しに言った時にたまたま目についたバンパイア特集の月刊誌も購入していた事を思い出す。
パラパラとめくれば、ある記事が目に留まった。

『吸血鬼と人間のカップル100組に聞いた!あまり人に言えない吸血事情』と見出しが踊る。

ひくっとロナルドの眉が寄る。ドラルクと恋仲になって半年程経っていたが、吸血とは二人には無縁の言葉だと思っている。ドラルクは若い男の血はくどいと言って一口で死ぬし、ロナルドは退治人で吸血を良しとは出来ない。お互いの利害は一致している筈だった。話題に挙げたこともない。だが、気になった。他のカップルはどうしているのか?

『一度でも血をあげたことor飲んだことはあるか?→Yes96%』

……いや多いわ!!本当かよ!?意図的な偏りあるよね??

――人間パートナーの感想は?『好きだから飲んで欲しいと思う』『彼を生かしているのは私という喜び』『他の人の血を飲んでいる彼女を見ると複雑な気持ちがするから』

――吸血鬼パートナーの意見は?『愛しているから彼女の血も俺のモノにしたい』『彼自ら飲んでと言われて畏怖欲が満たされる』『好きな人の血は他の誰よりも甘美な味』

……なんかえっちじゃね?いや、じゃなくて

あまりにも吸血推しな記事に閉口した。やはり大衆雑誌はあまり参考にしない方がよさそうだ。
吸血肯定派の意見に心がざわついた。なんだか血をドラルクにあげない自分が、酷い恋人のような気がして。

心を落ち着けるため、吸血否定派の意見も読むことにする。一応載せてはあるが、数が少ないため比率としてはかなり小さいスペースだ。

――『血を飲まずとも二人の絆は壊れない』『彼女の柔肌に傷を付けたくない』『血をあげるのは痛そう、怖い』

少数派の意見でも、ロナルドを大いに元気づけた。そうだ、俺たちは吸血をせずとも大丈夫なはずだ。そもそも前提が違うのだ。退治人と吸血鬼のカップルなんて異例過ぎて大衆の意見など当てはまらない。
そう思っても、靴に入って取れない小石の様に、ずっとチクチクと心の片隅に残っていた。

その記事を読んだ頃からだった、情事の際にドラルクの様子がおかしいと感じ始めたのは。
はじまりはつっと、何かが一瞬首筋に触れた感覚からだった。心が警鐘をならし、それ以上押し進められる感覚があれば容赦なく恋人を殺していただろう。
実際はそうはならず、一瞬で驚異は影を潜めた。気のせいか、たまたま牙が触れてしまっただけかも知れないと、その時は思っていた。

また別の日は、首筋にするキスがやけにねちっこく、時折ぺろっとなめられるので、くすぐったくてかなわず声を掛けた時だ。
「ふっ、ふふふ、ふへ、おい、ドラ公、……ふっ、ドラっ、……ドラルク!」
数度の呼び掛けでようやく正気に戻ったようで、はっと顔を上げると「すまない、少し集中しすぎた」と自分でも戸惑っているかのように動揺していた。
それからも度々、二つの牙が首に触れることがあったが決してそれ以上押し進むことはない。

これは、もしかしなくても俺の血を欲しがっている……?あの特集記事が頭によぎる。

最初は「俺の血が欲しいのか?若い男の血はくどくて嫌だったんじゃないのかよ?」と、軽口を叩いてやるつもりだった。
でも出来なかった。毎夜必死な姿を見ると、揶揄えるような気持ちになれなくなっていった。
そんな日々が続いたある日の午後、あの雑誌をもう一度取り出して読んでみた。

『吸血済みのカップルに聞きます。H中の吸血の経験がある?→Yes98%』

いや嘘だろ!どんだけだよ!?なんなの?したら飲みたくなるの……えっちすぎない?

読んでもどうすればいいか答えは出なくて、ソファの端に雑誌を追いやって、悶々と考えこんでいるうちにいつの間にか寝てしまったようだった。はっと目が覚めるともう陽はすっかり隠れ、ドラルクは起きてダイニングチェアに座っていた。
「あ……。ドラ公、それ」
足を組んでホットミルクを飲みながら、あの雑誌をパラパラとめくっていた。
「おはよう。君がこの類いの雑誌買うの珍しいね。たまには面白いかな。色々突っ込みどころは多いけど」
あの特集、読んだかな。どんな気持ちで読んだんだろ。血をくれない俺に内心怒ってないかな。
心臓がばくばくして落ち着かなかった。
「はい、君も飲むかい?」
……飲む」
ロナルドにも適温のホットミルクを渡してくれる。温かくて、少しドキドキも落ち着いた。ジョンが先にココアと共に頂いていたクッキーを、ロナルドもつまむ。
「ごはん前なんだから程々にしなさいよ」
いつも通りの優しい日常で、胸がきゅっとする。

やっぱりちゃんと話し合おう。俺の血が欲しいのか聞いて、退治人としての責任を理由にきっぱり断ろう。二人で話せば血を飲まなくても満足する道が探せるかもしれない。

――そうして聞いた結果が、ゴリラの血は要らないそうで。
誘ってねーし!!めっちゃ真面目な話しようと思ってたけど!?でもあの時もし話し合いがきちんと出来て、その後ちょっと甘い雰囲気になってたらやぶさかではなかったけど!?

ドラルクの言葉は、本心ではないと思った。でもあの態度を見るに、心の内を晒してくれるのは期待出来ない。
もうこの話は蒸し返さない方がいいのだろうか。でも最中のあいつは苦しそうで、どうにかしてやりたくて。
結局話は堂々巡りで、ロナルドの悩みは続いたままだった。

それから数日後、ドラルクがジョンと散歩に出ている時だった。ロナルドも執筆の仕事が一段落つき、ヴァミマに少年向けコミック誌を買いに行った。帰りに何気なく、いつものお気に入りの河原にいるかなと寄ってみた。そしたら案の定、一人と一玉で河原に座りこんでいるのを見つけた。声を掛けようかと近寄ったとき、ジョンとドラルクの会話が耳に入ってしまった。
「はぁ、もう長いこと人の子から吸血出来てないなぁ。血液ボトルもいいけどさ、たまには吸血鬼らしくうなじから直接飲みたくなるよね。今のままの生活だと、あと数十年は無理かな」

やっぱりドラ公、吸血したいんだ。何で俺には言ってくれないんだろ。

「ヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌヌンヌ、ヌヌヌヌヌイヌ?」
「え?ロナルド君?いや、私は彼の血は決して飲みたくないんだ。彼も職業柄、私に飲ませることはないだろうし」

は?血は飲みたいけど、俺のは本心から飲みたくないの!?俺への気遣いで我慢していた訳じゃなくて、血は飲みたいけど、俺の血は嫌だから飲まなかったのか?

いきなり後頭部を殴られたような衝撃を受けて、気持ちの整理が難しかった。聞いていたことを気付かれないように、事務所へ走り帰った。

俺が男だから?やっぱり女の人の血がいいのかな。えっちすると飲みたくなるけど、俺の血は不味いから我慢してるのか。
自分は本当に求められて無かったことを知って、思い違いに涙が出そうだった。
買ってきた漫画も読まず、その日は早々にベッドに入ったのに、上手く寝れなかった。


明くる日、下等吸血鬼がシンヨコのあちこちに大量発生した。とんぼの様な姿で羽が鋭く、致命傷にはならないが小さな切り傷を付けて吸血をしていく。
地味に鬱陶しく厄介で、数も多い。退治人たちは散り散りになってしらみ潰しに退治するしかなかった。
ロナルドもそうやって移動しているうちに、住宅街の方へ来てしまっていた。
周辺はもう退治し終わり帰ろうとした時、見慣れた痩身のシルエットが目に入った。いつものマントを羽織り、手にはラッピングされた紙袋を提げていた。
隣にはまだ若い女性の姿があり、談笑しているように見える。二人はマンションの一室に消えていった。

……あの癖毛、間違いなくあいつだったよな。今日仕事で遅くなるって言ってたのに、なんで?
部屋に入って行ったけど、もしかして吸血させてもらうのか?昨日飲みたいっていってたけど、行動に移すの早くね?ていうか吸血って浮気……ではないけどなんか嫌だ。いや、普通は異性のお宅で二人きりとか、それ自体アウトじゃ?それに、吸血鬼ってえっちしながら吸血したいってことは、逆もまた然りなのでは……部屋で二人きりで吸血したら、その気じゃなくても盛り上がったりして……

考えながらフラフラ歩いていたら、いつの間にかギルドにたどり着いていた。
「ロナルドおかえり」
「うわ、おまえ顔、傷だらけだぞ。顔色も悪いけどなんかあった?」
サテツとショットが話し掛けてきた。敵が小さく数が多かったので、大したことはないが皆切り傷を負っていた。服を切り裂くほどの力もなかったので、主に手、首、顔だ。皆は二つ三つ程度の傷なのに、ロナルドは一見しただけで六つは切り傷を負っていた。
昨日のショックから立ち直れていない上に寝不足なのと、命に関わるものでもないので避けるのは甘くなっていた。
「俺は強いから避ける程でもなかったんだよ」
「厨二みたいなこと言ってるぞ」
「あとで恥ずかしくなるやつだな」
首にも傷が出来ていたらしく、今になって少しズキズキする。うなじを押さえたら先程の出来事を思い出してしまって、気付けば呟いていた。
「あのさ、付き合ってるやつが異性の部屋に入るのは浮気?気にしすぎ?」
二人はしばし固まったあと、顔を見合わせ、またロナルドに向き合う。
「お前たちまたケンカしたのかよ」
「現場を見たのか?」
「ちがっ、これは俺たちの話じゃなくて!!」
何を言わんとしているか指摘され、動揺して咄嗟に嘘を付くが誰も聞いちゃいなかった。
「ドラルクはそんなことしそうにねーけどなぁ」
「どうせロナルドの勘違いあるね」
「ドラちゃんロナルドにぞっこんでしょ。浮気なんて無理じゃない?」
いつの間にかマリアとターチャンにシーニャまで会話に混ざってきた。
なんであいつの信頼微妙に俺より高いんだよ。若干ふて腐れる。皆あーだこーだ好き勝手に言いやがって。
「お前たち一緒に住んでいるくせに話し合いが足りないんだよ」
「そうだ、当人同士でちゃんと話し合え」
全員一致で、そう結論付けられた。話し合おうと思っても、あいつが茶化して進まないんだよ。でも、それは俺も同じかもしれない。売り言葉に買い言葉だから。
皆の言う通り、勘違いかもしれない。帰ったら今度こそ、ちゃんと話してみよう。

片付けやVRCと吸対への連絡諸々、終わらしてからロナルドが事務所に帰り付くと、部屋の明かりが付いていた。ドラルクが先に帰宅していると分かりほっとする。帰りが早いってことはやっぱり勘違いかもと、少し嬉しくなった。

「ただいま」
ドラルクはロナルドの顔を見てぎょっとして持っていた包丁を置いた。
「どうしたその顔は。そして血の匂いひどいぞ。どこの吸血鬼だ、私の芸術に傷を付けるとは!」
キッチンから憤慨して捲し立てる声が響く。
「ただの下等吸血鬼の大量発生だけど。……芸術?おまえのじゃないし。俺の顔だし」
……君はそういうやつだよな。避けるとか出来なかったの?」
「俺は強いから避けなくても大丈夫なんだよ」
ドラルクは額を押えて、呆れたように目を瞑った。
「五歳児だから仕方ないのか……さっさと風呂入ってこい。今さっき私も帰ってきて、ご飯作ってるから」
「今日のメシ何?」
俺がキッチンに近付いたら、ドラルクが後退りした。
え?なんで?俺なんかした?
「今日は和食。最近揚げ物多かったから。筑前煮とサバの塩焼きとほうれん草のごま和えと卵焼き。血生臭いから早く風呂入れ」
そういえば、昨日煮物の匂いしてた。味が染みるように仕込んでたんだな。唐揚げほどテンションが上がる献立ではないが、ドラルクの作る煮物も旨い。というか、何作っても旨いんだけど。
温め直している煮物の匂いにつられて、もう一歩踏み出せば、またドラルクは後退する。
……なに?
そういえば、いつもはロナルドが帰宅したら揚げ物など手を離せない時以外は近付いて「おかえり」を言ってくれるのが習慣になっていた。そしてその時の気分でキスされたり抱き締められたり、抱き締めたと見せかけてスライムを背中に入れられたりした。まじでイチャイチャにひとすくいの悪戯を混ぜるのをやめろといってもこいつ全然聞かないし腹立つわ。考えが逸れた。違う、気づいたのは、今日は包丁を置いたのに近くに来てくれなかったことだ。
「おい、三度目だぞ、風呂入ってこい」
不機嫌そうに言われる。そんな言う程血出てないのに。そんな臭いか?血の匂いって、吸血鬼にとってはむしろ良い香りとかになんないの?なんだか話合いたい気持ちが挫けそうになった。
……行ってくる」
取り敢えず、風呂で考えをまとめようと、とぼとぼとリビングを出る。

温かい湯に浸かりながら、どう切り出そうか考える。明日は休みだった。最近お互いすれ違いで、暫く肌を合わせていない。……事後なら素直に話し合えるんじゃないか。
それに最近不安ばかりで、自分は愛されてると実感が欲しかった。

お風呂から上がると、計算されたようにサバが焼きたてで出てきた。香ばしい匂いに食欲がわく。箸を入れ、ほぐして添えられた大根おろしと口に含めばご飯が進む。煮物もしっかり味が染みてほっとする味わいだし、ごま和えもロナルドの好みの味付けで美味しい。卵焼きはその日で味付けが変わるけど、今日は甘め。食事は美味しく温かいのに、違和感があった。いつもは向かいに座って牛乳を飲みながら今日の出来事をしゃべるのに、ドラルクは配膳が終わるとすぐにソファに行ってしまった。
そんな日が全くないとは言わないが、今日はジョンも出掛けていて居ないので、一人きりの食卓だった。
最近は気を遣ってかジョンはよく遊びに出てくれる。最初は申し訳なく思ったけど、愛されマジロはどこに行っても可愛がられるのでいつもご機嫌で帰ってくる。その点は安心だが、今は寂しさと共に不安は大きくなるばかりだった。

ドラルクは片付けが済むと、予備室へ早々に引っ込んでしまっていた。ロナルドも歯磨きを済ませ、いつもなら少し原稿を進めたり、だらだらテレビを見たりしてから眠りにつくのだが、今日はそうはいかなかった。
覚悟を決めて、予備室に続く扉をノックする。どうぞ、と短く返事があったので、中にはいる。ドラルクはローテーブルを持ち込み、書き物をしているところだった。
わざわざこちらに持ち込まなくても、リビングで書けばいいのに。……やっぱり避けられてる?
おもむろにペンを置くと、ドラルクはこちらを向いた。
「どうしたの」
なんだか胸がざわざわした。しかしここまで来て引くことも出来ず、おずおずと切り出す。
「あのさ、今日、どうかな」
「だめ。今日は出来ない」
目線をあわせず、すげなく断られた。
薄々分かっていたが、実際に言われると悲しみは大きかった。自分の心臓がどくどくと煩く、気を抜くと涙が出そうだった。今までロナルドからのお誘いを、ドラルクは断ったことはなかった。
「何で」
「怪我してるでしょ。傷口開くといけないから」
「俺は強いから治った。大丈夫だ」
「いくら野生児でもそんなわけあるか」
「でもマジでなんともないぞ。切り傷が多いだけで、かすり傷だし。あ、顔が傷だらけで痛々しいから?」
「そんなんじゃないわ。とにかく、傷が治ったら構ってやるから今日はさっさと寝ろ」
なんだかここで引いてはいけない気がした。
……ドラルク、おねがい」
「はあ!?うっ…………いや………だめ。君、いつも促さないと名前呼ばないくせに何で今日」
「いやおまえ今めっちゃ受け入れそうだったろ!!よしやるぞドラ公」
「勝手に決めるな!今日は無理なんだよ、おとなしく寝ろ!」

……何で?このタイミングで断るって、やっぱりあの女の人と何か後ろめたいことがあったのか?今日も帰ってからずっと避けられてるし。

――もしかして、もう俺のこと、好きじゃないのかな。

マイナスの思考はとまらず、気付けばボタボタと、大粒の涙が自分の目から落ちていた。
「うぇ、」
自分でも予期せず声が出る。嗚咽して泣くなんて、小学生以来かも。

「ロ、ロナルド君!?何で!?そんなにしたかったの!??」

相手が男なら、力だってなんだって負ける気はしない。正々堂々、戦うだろう。
でもさ、女の人はずるじゃん?
俺おっぱいもないし、ごついし、可愛い声も出せない。血もきっと美味しくない。逆立ちしたって今日見た女性のようにはなれない。
「おい、ロナルド君ちょっと聞いてブエー!!」
取り敢えずうるさいので黙らすために砂にした。さらさらとした塵を両手で無心に混ぜる。暫く復活すんな。涙が落ちて、混ざっていく。
「ちょっと五歳児砂遊びやめて!再生したとき涙でべとべとになっちゃう!!」
まだ喋れんのか。十字架でも刺してやろうか。
「ねえ聞いてよ、ちゃんと意地張らず理由言うから。誘いを断ったのは、君の血を飲みたくなって抑えが利かないからだよ。そんなうなじから血の匂いが出てたら今日こそ無理。我慢できない」

――へ?

混ぜる手を止めた瞬間、ドラルクは復活の機会を伺っていたようで、素早く再生して手を握ってきた。
「ごめん、君がそんなに傷付くと思わなくて」
……ドラ公、俺の血、飲みたいの?」
「飲みたいに決まってるでしょ。あんだけ夜がっついてるんだから知ってるだろうに。今日は君が怪我をして帰ってきたから、血の匂いで吸血衝動が出て辛いんだよ。だから距離を取ろうとしてるのに、ロナルド君近づいて来るし。君がお風呂入ってる隙に血液ボトル一気飲みしたけど、それでも全然収まってない」
「エアプランツ並みの燃費のお前が一気飲み!?だ、だって、この前ゴリラの血はいらないって」
「強がりに決まっとるだろう!」
「河原でも絶対飲みたくないって」
「え?……ジョンとの会話?聞いてたの!?私は君の体に傷を付けたくないんだよ。だから飲みたくないんだ」
傷付けたくない……?そういえば、雑誌にもそんな意見あったような。
「俺の血を飲めないから、代わりにあの女の人の血を飲んだのか?」
「はぁ!?何のことだ?……あー、もしかして今日の取材のあれか」
ため息を付きながらドラルクが先ほど筆を走らせていた紙を渡してくる。見出しは『吸血鬼ドラドラちゃんが行く!あなたのおうちの晩御飯手伝います』
……なにこれ」
「いやだから、今日は仕事だと言ってただろう。お宅訪問して冷蔵庫を見せてもらって、数品作ってきたんだよ。余り物で何か作りますって企画。クワちゃんとカメラマンさんも一緒に行く予定だったけど、他の仕事が押して遅れたから先に奥さんとお宅に入らせてもらった」
「奥さんと二人きり!?え、えっちじゃね!?」
「AV脳やめろ!家の中には旦那さんもお子さんも居たわ!」
「なんか、プレゼント持ってなかった?」
「お菓子じゃ!昨日君にも出したやつ。マドレーヌ沢山焼いてたでしょ。お土産のひとつくらい持っていくわ」

そうか、やっぱり勘違いだったのか。体の力が抜けて、涙と嗚咽はいつの間にか止まっていた。優しく掬い上げてくれた冷たい手はひんやりとして心地よく、上がりすぎたロナルドの熱を冷やす。

「ドラ公が他の人の血を飲むこと、何でか嫌だった。あの女の人と密着して血を吸って、そのままやらしいことしてるの想像したら涙が止まらなくて」
「ちょ、AVにありそうな具体的な想像やめて?この仕事連載なのに次回から思い出して気まずくなっちゃうだろ。そんなんしてたら変態おじさんだわ」
「なぁ、したら血が欲しくなるってことは、血を飲んだらやっぱしたくなんの?」
「ここでさらっと好奇心を混ぜてくるな。そんなわけなかろう。食事の度に欲情してたら大変だわ。ケースバイケースだけど」
「今日女の人と一緒にいるお前を見たら不安になったんだ。やっぱり女の人がいいのかなって」
「あのね、私が今、愛しているのはロナルド君。性別は関係ないよ。君が君だから好きなんだ」
ふわりとマントに包まれて、細い腕に抱き締められる。マントのなかは居心地が良いことを、ロナルドは知っていた。この中が好きなことは恥ずかしくて言えないので、たまにしてくれた時は密かに堪能する。安心する香りに顔を埋めてロナルドも細い背中に手を回し返す。俺も、と囁いた声は蚊の鳴くような小ささだったが、ドラルクは満足して微笑んだ。
「俺さ、お前が血を飲むの我慢してるのどうにかしてやりたくて」
「うん」
「でも俺は、退治人だから簡単にあげる訳にはいかなくて」
「知ってる」
「ごめん、嘘ついた。退治人だからってのは言い訳だ。本当は、ドラ公に血をあげるの怖かった」
……怖い?」
「おい畏怖欲満たしてんじゃねえ。いつもおれが怖いっていったら口元手で隠してるけど、にやけてるの知ってるんだからな」
「吸血鬼のさがなんだからしょうがないでしょ!真面目な話の時は声に出さないよう心のなかでファーしてるんだから褒め称えたまえ!で、何が怖いの?仕事で咬まれることはたまにあるし、単純に吸血が怖いんじゃないでしょ?」
……血を飲んだらさ、お前は俺に飽きて、他の新しいものを探しに行って、いなくなるんじゃないかって不安なんだよ」
「はあぁーー!!?これでもってくらい甘やかして愛を伝えて尽くしてるのに、まだ伝わってないのか!?この私がドラルクキャッスルマークIIから出ていく訳無いだろ!!」
「俺の事務所だ」
「泣きっ面で言われてもな。……むしろ、逆だと思うけど」
……は?」
「ロナルド君の血を飲んだら、きっと一生君の血しか飲めなくて、離れられなくなるよ」
その言葉で、先ほどの返事だとようやく気付いた。
なんの気も無しに、思わず口から滑りでたかの様な物言いだった。慌てるでも揶揄うでもなく、すとんと落とされた言葉に頭が混乱する。一生?そんなこと、簡単に言ってくれる。
「飲んだことないのにそんなこと分かるわけないだろ」
目の前の吸血鬼は、牙を見せてニヤりと笑う。
「好きな人の血は、それだけで極上で甘美な味なのさ」
それもどこかで聞いたような……
「ロナルド君、あの雑誌に影響され過ぎだよ。別に私が欲しがろうと、君が責任を感じる道理はないさ」
「うわ、やっぱりお前あの特集読んでたのかよ!!……でも大体当てはまってんじゃねーか」
「ふふふ、数値はいささか信憑性に欠けるがね。百組のカップルなんて、ほんの一握りの意見を集めたに過ぎないだろう。あんなのいちいち気にしても仕方がない。君が気にするべきは、目の前の恋人の意見だろ?ほら、他にも言いたいことがあるなら言いたまえ」
余すことなく話を聞こうと、楽しげに吸血鬼は笑う。
……飲めよ」
「は」
「欲しいんだろ、俺の血」
「はあ!?さっきと言ってることと違うぞゴリラ!!退治人様は血はあげられないんだろ!?そして人の話聞いてた!?君を傷付けたくないから飲まないっていってるだろ!!」
「なんだよ俺に傷を付けたくないって。俺は強いから大丈夫だわ」
「馬鹿の一つ覚えみたいにそれ言うのやめろ!跡とか残っちゃうだろ!!ギルドと吸対の面々にはどう言い訳するつもりだ!!」
「絆創膏貼って蚊に咬まれたって言う」
「高等吸血鬼の私を蚊なんぞと一緒にするな!!」
「お前蚊より弱いもんな」
「憤死!そうだけど!!」
砂からすぐ人型に戻ると、ロナルドの首に指を当てて、脅すように赤い目で睨む。
……痛いぞ?」
「おう?」
「首に穴が開くんだ。それなりに痛いに決まってるだろ」
「うっそれは確かに怖い」
「ファーー」
「おい堂々と畏怖欲満たすな!!」
「今のはいいだろ!!」
ああもうと、焦れったそうに言葉を続ける。
「私が一番恐れているのは、吸血したことによって万全な体調でない君が仕事に出て、大怪我をしたり万が一の事態が起こることだ。そうなったら、私は一生後悔する」
また一生って言った。未来を仄めかすかのような言葉に、さっきから翻弄される。血を飲んでも飲まなくても、果たしてこの吸血鬼は一緒に居てくれるのだろうか。
……予備室使うのは大体次の日休みの時だろ。さすがに一日休めば大丈夫だ」
暗に最中に飲めと唆されていると気付き、ドラルクの喉がごくりとなる。その音は、ロナルドにも聞こえたはずだ。
欲を振り払うかの様にドラルクは頭を振る。
「しないし、飲まないからな。君しょっちゅう休みでも呼び出しかかるだろ」
「携帯の電源切っとくわ」
「やめろ!今も吸血したくてたまらないんだ」
ロナルドは目を細めて、にいっと笑う。ドラルクの手首を掴み、耳元で囁く。
「なぁ、ほんとにしないの?」
「はぁ!?煽るな若造が!!」
「顔真っ赤だぜ」
「お前もだわ!誘っておいて照れるな!」
それでも得意気なロナルドの顔が忌々しい。でも、ドラルクもやられっぱなしは性に合っていなかった。
「しないぞ、しないけどな、万が一だぞ?……したとしたら、次は一ヶ月経たないとしないからな」
「はあ!?な、なんでだよ」
「一度性欲とごっちゃにしたら次も飲みたくなっちゃうだろ。最低そのくらい間隔を空けないと貧血になるぞ。一ヶ月の我慢は、若い君には辛いだろ」
優位性を取り戻した様にふふんと笑い、今日はこの話は終わりだと、ロナルドを追い払おうとする。
「なら、ごっちゃにしなければいいんだな」
「しつこいぞ!」
「今、飲めよドラルク。飲んで、一生俺に捉われてくれよ」
ドラルクは唖然として固まった。……意味分かってて言ってんのかこいつ。ドラルクにとっては、文字通り殺し文句だ。だが今日は、血液ボトルを飲んでいるので死なない。いや、飲んでなくても、死んでなるものか。
返事を返す余裕など最早ドラルクには残されておらず、年若い退治人の首筋に飛び込むように牙を寄せた。
ロナルドは先程の話を思い出し来る痛みに身構えたが、一瞬首筋に痺れるような痛みが走った後は、その痛みはまろやかな快楽に変わっていった。
霞みが掛かったように頭がぼうっとして、力が抜けていく。ふぅっと、自然に息がもれる。こくこくと喉を震わせて飲む吸血鬼に、愛しさが溢れる。雑誌の言葉が蘇る。『彼を生かしているのは私という喜び』、ああ、そう言うことなのか。ドラルクが毎日食事を与えてくれるのも、喜びになっているのだろうか。
夢うつつのような心地でそんなことを考えていたら、飲み終えたドラルクが首筋からそっと口を離した。
その表情に、ロナルドは釘付けになった。昼と夜の狭間の、夕日のような蕩けた赤の瞳で、頬は紅潮して恍惚という表現が相応しい。
きっと、先程血を飲まれていたロナルドも、同じような顔をしていた。
「ド、ドラ公?」
呼ばれてはっと正気を取り戻した吸血鬼は、ロナルドの青の瞳と目を合わせる。
……旨かった?」
恐る恐る聞くと、呆然とした表情で頷く。
「二百年以上生きて、今まで飲んだどの血よりも」
いつもならもっと滑らかに回る舌が、ただ事実だけを告げる。ただそれだけで、ロナルドはとても満ち足りた気持ちだった。
二人ともしばらく余韻に浸り、穏やかで静かな時間が流れたが、先に動いたのはドラルクだった。おもむろに、部屋の端に行くと立て掛けてあったマットレスを倒し、ロナルドをそこへ導くと肩を押して組み敷いた。
「ド、ドラ公……?」
「先程は情熱的なプロポーズをありがとう。お望み通り、一生君に捉われそうだ」
え?と一呼吸置いたあと、ぶわっと顔から蒸気が上がりそうなほどロナルドは真っ赤になる。
「ちがっ、いや、違わないけど!!それくらい、側にいて欲しいって意味で……
「ふふふ、君は締まらないな。今日は血液ボトルの後に君の血まで頂いたんだ。眠れないと思え」
「嘘つき!!さっき血を飲んでもしたくなんないって言っただろ!!」
「ケースバイケースと言ったろう。君が始めた物語だ」
「性欲と食欲は混ぜちゃダメなんじゃ?」
「最中じゃなければ無効だろ」
もうロナルドに言い訳は残されていなかった。もともと断る理由などない。捉われているのは、自分の方かも知れない。しかしそれは、心地よい甘さでロナルドを溶かすのだ。
落ちてくる唇を受け入れ、今はただ目の前の幸せに身を浸すのだった。

おわり