2024-07-22 00:40:46
3037文字
Public 元セフレエメ光
 

夜よ、君を忘れるなかれ 2.2

エメが出てこないけどエメ光(未満) 次回たぶんエメ光になる


「ねえ、キスってどんな時にするもの?」
 今度こそエメトセルク抜きで、と指定されてリムサ・ロミンサで待ち合わせて見れば、テイクアウトのコーヒー片手に彼女がそんなことを言い出す。何度も夜を重ねてきた女とは思えない質問に、ヒュトロダエウスは小さく笑った。
「場所にもよるんじゃないかな。親が子にキスを贈ることもあれば、挨拶の一つとして頬に寄せる文化もあるよね」
「唇へのキスに限定して。異性から異性へ口づける時ってどんな時?」
 これは、親友が頑張ったのか、それとも我慢できなくてついなのか。海風に遊ぶ髪を耳に掛けながらヒュトロダエウスは隣でしゃがみ込んでしまった彼女を見下ろす。
「そうだね。どんな形であれ、唇を触れさせる、という行為全てに何かしらの愛情があるのはきっと、今も昔も変わっていないよ」
……つまり、」
 少しはこれで関係性が進めばいいけれども、とヒュトロダエウスは優しくかつての親友の魂を持つこの星の英雄を見下ろす。彼女はすくりと立ち上がって、ヒュトロダエウスを見た。
「ちょっとはえっちしてもいいって思ってる……ってこと!?」
「ワァ。もうワタシはお手上げだよ」
「だって、えっちしないって言ってるのにキスって、本当に意味がわかんないよ……ワンチャンあるって思っちゃうじゃん」
 このワンチャンは恋心に掛かってるのではなく、ワンナイトに掛かってることをヒュトロダエウスはよく理解していた。少しぬるくなったコーヒーを飲みながらそれだけ?と尋ねる。
……あとは、ほら。ちょっとだけ私の中のアゼムを感じたくなったとか。彼ってアゼムが大好きなんでしょう? あなた達の目についてはまだよくわからないけど、魂を見ていれば間接的にアゼムを感じられるんじゃない?」
「その発想は無かったなあ」
 彼女を見つめて視点を切り替える。ありとあらゆる命の流れの中で、一際輝く魂。美しいその色はかつてより薄れていてもなお、何よりも強く、美しく、輝いて居る。けれどもそれはけして魂だけの輝きではない。彼女の信念が、生き様が、旅路が。その輝きにさらなる彩を与えて居るのだ。
 一度瞬きをして現世を見れば、彼女はじぃっとヒュトロダエウスを見つめていた。そんな風に見つめられれば、彼に嫉妬されてしまうな、なんて小さく笑ってしまう。
「確かに魂は同じかもしれないけれども、やっぱりキミはキミだよ。懐かしく、新しいキミだ」
……でも、彼にとってどうなのかなんて分からないわ」
 彼女が目を伏せてしまう。
「そもそも、セックスの時に気分を上げる目的とか、誘う意味合いでしかキスなんてしたことないんだもの。分からないわよ。ねえ、一般論じゃなくて、ヒュトロダエウスはどんな時にキスしたくなる?」
  見上げてくる視線は大切だったあの人よりもずっと低い。揺れる瞳は迷子の子供のようだった。
「ふふ、そんなこと聞かれたらまるでキスを強請られてるみたいだよ。でも、そうだね。やっぱり愛おしいと感じた時や愛しさを伝えたい時じゃないかな」
「それは、えっちしたいってことじゃないの?」
「なんでもそっちと紐付けないの」
 とん、と軽く額を弾けば、ぷす、と頬を膨らませて彼女は視線を逸らした。
「ねえ。キミは何をもって、エメトセルクに恋した判じたんだい?」
 ぷしゅ、と息が抜けて、恋、と彼女は呟いた。
「ずっとそばにいれたなら、彼の相手が自分だけだったら、って願ったのがセフレだった頃の彼が初めてだったの。隣にいるのが心地よくて、きっと恋人になれたら幸せになれるんだろうなって思って、でも私は英雄だから、関係を進めるつもりはなくてね」
 俯いた彼女の睫毛が影を落とす。
「第一世界で、アシエンの彼を知ろうとしたの。面影や雰囲気が似てるな、って思って。声がね、一番似ていたの。でも、やっぱり私は今のこの星を愛してるから、どうしても彼と手を取る未来はなかった。エメトセルクを討ったことは後悔してない。でも、もっともっと知りたかった、とはずっと思ってた。もう彼の話を聞けないんだな、って」
 空っぽになったコーヒーのカップを握りしめて、ようやく彼女は視線を上げた。けれどそれは遠く、どこかを見ている。
「エルピスであなた達に会って、エメトセルクが彼だと知って、その瞬間ね、込み上げてきて。私、好きな人を殺したんだって。私の恋はね、好きな人を殺したことを自覚した瞬間に意志を持って芽生えて、あっという間に根を張って」
 困ったような笑みを浮かべて、彼女は目を細めた。
「きっともう、二度と彼以外に恋なんてできないんだって、自覚したの。彼の声が好き、彼の手が好き、彼の眼差しが好き、彼の唇が好き。それはそうなんだけど、私の恋はたった一つの、これだけなんだって、どうしようもなく理解したの」
 ねえ、と。彼女はヒュトロダエウスを見た。
「一夜のまやかしの恋じゃなくて、私の人生全ての恋だから、私何も分からないのよ。諦め方も、辞め方も、何にも分からないの。私、どうすればいいんだろう」
 揺らぐ瞳に、きっと見つめられた男は彼女を抱きしめたくてたまらなくなるのだろうと思った。けれどもヒュトロダエウスは彼女の頭を柔らかく撫でる。
「まずは、やりたいこと、言いたいこと、全部ぶつけちゃいなよ。キミは考えるより先に身体が動いてしまうタイプだったろう? キミ達を見守ってた時、いつもハラハラ楽しませてもらってたんだから」
 ぱちん、と瞬きをして。揺れていた瞳が真っ直ぐにヒュトロダエウスを射抜く。そして楽しげに煌めいた。
「そんな脳筋みたいに言わないでよ! 考えることだって少しはできるわ」
 ふふ、と花のように笑って、よし、と彼女が伸びをする。
「うん、そうね。……私、やっぱりエメトセルクとえっちしたい! また夜を重ねに行く前に、好きな人とするセックスがしてみたい!」
「うーん。そうなっちゃったかー」
 思ったのと違う方向に行ったな、と思いながらも頑張ってみるわ、と力瘤を作ってみせる彼女に、良き報告を待ってるよ、と笑う。楽しい話のお礼に彼女が持っていた空のカップと自分のカップをくるりと指を回してエーテルに解く。
「そうだね、キミにおまじないを上げようか。片手を貸してくれるかい?」
「なあに?」
 はい、と左手を出してきたのは冒険者として利き手を残しておきたい本能だろう。そんなところも好ましいな、と思いながらヒュトロダエウスは彼女の指先をにぎって、己のエーテルをじわりと染み込ませる。
「不安になったり、苦しくなったらその指先を握ってごらん」
……なにか、した? なんとなくエーテルが纏ってるのはわかるんだけど」
「効果がでるかはキミ次第、かな」
 日が暮れ始め、風が少し冷えてくる。今日はリムサの宿に泊まるつもり、と告げれば、ならここの宿が綺麗で朝ごはんが美味しいよ、と告げて彼女は地図を広げる。ここのベッドリネン、多分全部私が納品したのよ、と誇らしげに笑う彼女に、なんとなくエメトセルクが知ったらイライラしそうだなぁ、といつか揶揄うネタをネタを手に入れて、ヒュトロダエウスはありがとう、と笑った。
 手を振ってテレポートをする彼女を見送り、茜色の空に浮かぶ、ようやく見慣れてきた月を見上げる。親しい友人達に良き夜が訪れますようにと少しだけ祈って、ヒュトロダエウスは少しだけ弾むような足取りで歩き出した。