夜之 夢
2023-07-16 22:06:04
5838文字
Public
 

書きかけ没話

昔マンスリーアズジェイに参加させていただこうと思い書きかけていたものの、色々間に合わず没にしていた話。発掘したので。

【9月使用お題】
嵐、月



 
 あれ今日はジェイド先輩いないんですか、と口に出して尋ねたのは、オンボロ寮の監督生だった。金欠のためモストロ・ラウンジの臨時アルバイトを志願したらしく、アズールがそれを認可して、今日ここ――モストロ・ラウンジで皿洗いをしていたのだ。
 キッチンにて何気なく発せられたその問いに、事情を知るごく少数だけがビクリと肩を震わせた。
「小エビちゃん、それ今日言わない方がいーよ」
 調理器具や火の音、オーブンの音やオーダーの声が飛び交う中、フロイドは手を動かしながらそう教えてやる。「え、どうしてですか?」のんきな後輩は不思議そうに首を傾げただけで、怯みもしなかった。
「おい、監督生。黙っとけよ」
 近くにいた寮生の一人が小声でそう忠告したようだったが、それも無意味だ。
「え、何? 何があったんですか?」
 尚のこと重ねられた問いかけに、フロイドは溜息を追加する。手を動かしながら、顔だけで監督生へと振り向いた。
「ジェイドは用があってシフト抜けてんの。で、そのことでアズールがめちゃくちゃ機嫌悪いから」
「アズール先輩がですか」
 繰り返した監督生は、それから視線を周囲に巡らせた後「どうりで」とぼそりと言った。「何となく、こう……空気がピリついてるなとは思ってたんです」
 余計なこと言うな。寮生の一人がまた注意を寄越した。
「でも、ジェイド先輩が抜けただけで?」
 手は止めず、皿洗いを進めながら監督生が首を傾げる。仕事をしながら口も動かしてくるぶん厄介だった。おまけにその問いがいちいち肝心なところを突いてくるものだから、余計に。
「あー……ちょっと耳貸して」
 言って、フロイドは自らの上半身をぐうっと屈める。反対に監督生は爪先立ちをして背伸びした。そうしてようやく数センチの距離となった監督生の耳へと、フロイドはぼそりと事実を告げた。
「ジェイド、いま告白断りに言ってる」
「こ……
 目を見開いた監督生は、思わずその単語を声に出しかけたようだった。すかさずフロイドが睨みつけると、それを察してサッと口を閉じる。まるでそうしておかなければ自然と言葉が飛び出してしまうかのように、監督生はギュッと自らの唇を引き結んだ。
 それを横目に、フロイドは出来上がった料理を皿の上へと盛りつけていく。4皿が出来上がったところで、監督生がそろりとフロイドの方を振り向いた。
「どういうことなんですか」
「あーもう、小エビちゃんうるさい。手ぇ動かせよ。後で説明してやっから」
 少し声を大きくさせて言えば、監督生はやっと黙ったようだった。フロイドが声を大きくさせたことを「怒った」と勘違いした寮生達が、ぴゃっと肩を跳ねさせる。
 監督生から離れ、フロイドはキッチンの壁掛け時計を見上げた。
 ジェイドが「告白を断るために」出て行ってから約1時間半が経っている。

 そもそもの始まりは、先月にアズールがパーティーに呼ばれたことからだ。ラウンジ関係で懇意にしている業者が開いたパーティーで、業者といえども小さな会社であるから、会場もレストランを1つ貸し切る程度のものだった。少し派手なホームパーティー、という程度で、けれど参加者たちとはコネクションを作っておいて損にはならないものだったので、アズールはその招待を受け、ジェイドと共に参加した。
 そしてジェイドはそこで、どこかのお嬢様に出会い、惚れられたのだという。
 ラウンジ関係で参加していたことが災いした。このパーティーに参加している以上その女性はどこかの会社の関係者で、そのことを考えるとジェイドも「失礼にならない程度に」振舞う必要があった。参加者達がどこでどうモストロ・ラウンジに関わってくるかわからない。
 アズールはアズールで参加者達との挨拶に忙しく、ジェイドが誰かに捕まっていようが構っていられなかった。似たような状況は今までに何度かあったことで、その度にジェイドは上手く相手をかわしていたので、ジェイドに注意を払う必要も無かったのだ。だからアズールは、ジェイドが女性に言い寄られていようとも特に気にしていなかった。
 ところがだ。
 パーティーの終わり頃。アズールがジェイドと共に会場を去ろうとした時には、その女性は自分の連絡先をジェイドに渡し、そしてジェイドも、それをあっさりと受け取ったのだ。
 驚くアズールの目の前で二人は微笑みあって、また連絡を、と言い合って別れた。
「彼女に興味が?」
 おそるおそるとアズールがそう問うと、ジェイドはこう答えたらしい。
「そうですね。月のような人だったので」
 
 一連のことをフロイドが話し終えると同時に、監督生は唖然としたような顔のまま「はあ」と声をこぼした。間抜け面だ。
 支配人の機嫌は悪かったもののラウンジは無事に本日の営業を終え、今はもうキッチンには3人しか残っていない。その『3人』だって、フロイドと監督生、そして片付けの最終チェックをしていた寮生で構成されている。これといった雑音は無く、そのため、監督生のその声ははっきりとした音になった。
 後片付けの最終チェックをしていた寮生が一人、その音にちらりと監督生の方を振り向いたが、その隣に立つフロイドを見てすぐさま視線を逸らした。「こちらのチェックは終わりました。お疲れ様です」そう言って軽く頭を下げ、そそくさとキッチンを出ていく。はーい、とそれに返事をして、フロイドはキッチンの棚から紅茶の缶の一つを取り出した。
「小エビちゃん的にどう? 『月のような人』って、褒め言葉?」
 その蓋を開けて、ティースプーンを中に突っ込み、目分量で掬ってポットの中へと入れていく。
「まあ、悪い意味とはとれませんよね……
 監督生が頷き、フロイドは紅茶の缶に蓋をした。ティースプーンを放り投げるようにして流し台に入れ、コンロでぼこぼこと音を立てているケトルを手に取る。中の湯をドボドボとポットの中に注げば、その最中に監督生が笑った。
「ジェイド先輩が見てたら注意されますよ」
「だろーね。一度お湯注いでポット温めてからこうすんだっけ?」
「知っててしないんですね」
「お湯入れたり捨てたりまた入れたりめんどくせーもん。いーよ別に」
 言いながら片手でタイマーを操作し、一応は言われている通りの時間をはかり始めた。
「どうして紅茶なんですか?」
 監督生は苦笑いしている。
 アズールに持って行くならコーヒーでも良いだろうに、どうしてわざわざ紅茶なのだ、という問いかけだろう。
 だってフロイドが淹れるそれは、普段ジェイドが淹れるものと明らかに違う味がするはずだ。それが今のアズールを刺激しないはずが無い。
 けれどそこまで理解していながら、フロイドはムスリとして答えた。
「今のアズールに何持ってっても一緒だもん」
 大変ですね、と言う監督生は笑っている。フロイドが淹れたこの紅茶を、自分がアズールに持っていくことになるとは思ってもいないのだろう。ばぁか。内心でフロイドは嘲笑った。
 キッチンに掛けられている時計を見れば、時刻は20時45分を過ぎたところだ。
「ジェイド先輩遅いですね。大丈夫かな」
「さっき『今から帰ってくる』って連絡あったから、大丈夫は大丈夫だと思うけど」
「それにしても、告白断ってくるだけですよね? 遅くないですか?」
「まあ、デート込みだからこんなもんじゃねーの」
「デートするんですか⁉︎ 告白断るのに⁉︎」
「うるさ……何つーか、デートが最初の目的でぇ、ジェイドが言うには、多分その別れ際にでも告白されるから断ってくるって話」
「それ、かなり嫌な奴ですね!」
 言葉が勢いよく返ってきたので、フロイドは声をあげて笑った。
「嫌な奴って、相手が? ジェイドが?」
「どっちも嫌ですけど、特にジェイド先輩が。だって、そこまで予測したうえで、告白は断るつもりなんてデートをOKするなんて……最初から付き合う気が無いならデートにも行かなきゃいいじゃないですか」
「ま、そのへんは様子見だったっていうか」
「どういうことですか?」
「言ったじゃん。そいつとジェイドはパーティーで出会ったって。相手も陸のちっせぇ会社の娘だったわけ」
「ご令嬢かぁ」
「そ、オジョーサマ。だから、言い寄られなきゃ適当にかわしとくつもりだったらしーよ」
 けれど結果としてジェイドは言い寄られてしまったのだ。だから、相手と向き合う必要があった。向き合って、告白されたなら出来るだけ穏便にお断りをする。そういう手間が必要だった。
「アズール先輩もそこまで理解してるんですよね?」
 当然、とフロイドは頷く。
 ならまあ仕方ないか、と監督生は一人で納得したようだった。
「まあでも、それなら帰りがこのくらいでも不自然ではないか……
「だから大丈夫だって。多分もうすぐ着くんじゃねーの」
 大丈夫じゃなくなるのはこっちだよ、とフロイドは教えてやる。
「え、何でですか」
「ジェイドが戻ってきたらアズールの機嫌は最悪になっから」
「戻ってきたのに?」
 堤防が壊れるようなもの、とフロイドは答えた。
 監督生は理解したのかしていないのかわからない様子で、うぅんと首を傾げてから口を開いた。
「カップの中の嵐ですね」
「何それ?」
「ことわざみたいなものです。まあ、端的に言っちゃうと『内輪揉め』みたいな意味なんですけど。グラスとかティーカップの中で嵐が起こったとして。大変なのはその中だけで、グラスやティーカップの外側は全然なんともないでしょう」
 カップの中の嵐。その言葉をそのまま脳内でイメージして、フロイドは笑った。
「あはっ、上手い喩えかもね。そ、アズールとジェイドの二人が拗れると、いつもカップの中の嵐って感じ」
「フロイド先輩はカップの内側にいる人では?」
「えー、そう?」
 フロイドとしては、そこまで巻き込まれてやっているつもりはない。カップの中の嵐がひどくなってカップから溢れかけたなら、カップごと叩き割って嵐を黙らせることはあったが。
 紅茶の抽出時間を計っていたタイマーが鳴る。それを即座に止め、フロイドは棚から適当な食器類を取り出した。ジェイドが使うような上質なティーセットではなくて、寮生が休憩時などに使用する用のカップ3つと、マグカップを1つ。それらを横一列に並べておき、ポットから適当に紅茶を注いでいく。
「あっ! せめて少しずつ、順番に、こう……行き来するように! 濃さが均等になるように注いでください!」
 横で監督生が声をあげたが、フロイドの知ったことではなかった。
「うるせーなぁ。いーよこんなの適当で」
 どうせこれを飲むのは『身内』だけなのだ。アズールやフロイド相手にさえいちいち客用のティーセットを使用して、客に出すのと同等に……あるいはそれ以上に丁寧に紅茶を淹れる、ジェイドの方が変わっているのだ。それだけの話だった。
 フロイドがあまりにも適当に紅茶を注ぐものだから、カップの中の液面はビチャビチャと波立ち、時折飛沫がカップの外にまで飛び出していく。
 ヒェ、とかぼそい悲鳴をあげた監督生にはトレーを突き出し持たせ、「落とすなよ」その上に問答無用でカップを1つ置いた。
「え……?」
「持ってって。アズールに」
 それだけ言ってフロイドが親指でVIPルームの方向を指せば、監督生はしおしおとした表情で眉を下げた。
「自分が、ですか……?」
「そ。おら行けよバイト」
「うっ……後輩いびりだ……!」
「あ゛?」
 意識して圧を演出すれば、監督生は情けない顔と声を作る。
 モストロ・ラウンジの扉が開く音が聞こえたのはその時だった。ついで、聞き慣れたリズムの足音が近づいてくる。振り返って確かめるよりも先に、フロイドはそれが誰であるかを察した。
「あ、おかえり〜」
 キッチンから顔を出して声をかければ、案の定、そこにはジェイドの姿があった。
 フロイドと視線が合ったジェイドが瞬きをしてから微笑み、フロイドの背後では監督生が「良かったぁ」と安堵の声を漏らしている。
 その姿を見てか、ジェイドがおやと微笑んだ。
「もしかしてそれはアズールに? 報告もありますので、僕がお持ちしても良いでしょうか」
 ジェイドは監督生を憐れんだわけではない。フロイドはそれを知っているが、さすがにこうなると監督生に「行け」とは言いにくかった。第一、フロイドは自分が今のアズールに紅茶を持っていくのが嫌なだけで、監督生を虐めようとは思っていない。
 結局、監督生に持たせたトレーを奪い、それをそのままジェイドに押し付けるようにして持たせて、フロイドは眉をつりあげて宣告した。
「わかってると思うけど、アズールすっげぇ機嫌悪いから。ジェイドがどうにかしろよな」
 言われたジェイドはパチリと瞬きをした後、珍しく困ったように苦笑した。
「善処します」
 トレーごとカップを引き取ったジェイドが、そのままVIPルームへと歩いていく。
 その後ろ姿を見送って、フロイドは横目で監督生を見た。
「じゃ、小エビちゃんはさっさと帰んな」
 妙なところで察しの良い監督生は、フロイドの言葉が終わるよりも先にキッチンの出入り口へと向かって駆けた。「お疲れ様です!」一体何が起こると思ったのだろうか、言葉と共にその姿が失せる。
 





起 ジェイドが女性に告白されて、うっかり断り損ねる「月のような人でした」
承 発狂するアズール「カップの中の嵐」「月」
転 「まあアズールは月っていうか水とか氷みたいだもんねぇ」「今のアズール、誰かに見られたらやべーよ(ゲラゲラ笑いながら)
結 戻ってきたジェイドがアズールと話しながら宥める。「拗ねないで。あなたほど面白い人はそういませんよ」「似ていたんですよ、アズールに。だから、つい。呆気に取られてしまって」
「拗ねてない」「泣き虫な墨はき坊や」「泣いてない」「機嫌を直して」「つくづく、自分の無力さを思い返していたところです」「今のところ、僕はあなたが一番ですよ」「今のところって言うな」「少なくとも今は貴方のものなのですから」「今はって言うな!」「繋ぎ止めておいてくださるのでしょう」「……良いでしょう。覚悟しておけよ」