夜之 夢
2022-01-09 22:34:51
13959文字
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弟にはなれないけれど君に優しくされてみたい

カップリングとは言えないレベルのイデア+ジェイド。全部捏造。
無意味な新年ネタ。無駄な部分が長い。終わりが無理矢理。イデジェイの基盤について捏ねるために書いたもので、練習帳みたいなものです。すみません。




 数分間気を失って、それから気がついたような、そんな目覚めだった。ハッとした覚醒は眠気を伴わなかったが、思考はすぐには機能してくれなかった。慌てて飛び起きて、自分が何をしていたかを一つずつ振り返るかのように、周囲の状況を確認していく。
 そうしてジェイドがまず気付いたのは、自分が毛布代わりにしていたモノの存在だった。毛布代わりに、というのは正しくないかもしれない。それはただジェイドの上半身にへろりと掛かっていただけで、さして保温機能も無く、ジェイドが起き上がると同時に床へと落ちた。足元にわだかまった黒い布を持ち上げ確かめてみれば、間違いなくジェイドの制服のジャケットである。
 一体どうして、と周囲を見回せば、オクタヴィネル寮の談話室だった。向かいの一人掛用ソファーにはアズールが、その隣の三人掛け用ソファーにはフロイドが眠っていて、両者とも制服のままだった。
 目の前のテーブルの上には菓子袋がいくつも並べられ、ジェイドが見る限り、その全てが空になっている。ペットボトルの水やらジュースやらは中途半端な量を残して放置され、いかにも学生のパーティーの跡らしかった。
 同時に、ジェイドにはようやっと昨晩の記憶が甦ってくる。
 そうだ、ニューイヤーのためのカウントダウンを見守りながら三人だけの小さなパーティーをして――深夜1時を過ぎた頃、フロイドが映画を見ようなどと言ってきたのだったか。いつの間にか誰かからポータブルプレーヤーを借りていたフロイドは、それを談話室に持ってきて勝手に再生を始めた。アズールが呆れていて、ジェイドは良いじゃないですかと笑った記憶がある。
 小さすぎる画面を三人で覗き込むようにしながら見つめて――それから一人一人、自然と眠気に呑まれたのだろう。以降の記憶があやふやだ。
「はめを外してしまいましたね」
 そっとスマートフォンを取り出し時間を確認すれば、早朝と言える時間だ。5時32分。まだ外は暗いだろう。なかなか『学生らしい』新年の迎え方をしたと言える。
 各寮の室内温度は、学園の妖精たちが適宜おこなっている。そのおかげでこうして真冬の談話室で眠ったところで寒気一つ感じず、だからこそジェイド達は途中で寒さに目覚めることもなく、朝まで呑気に眠ってしまった。今回ウインターホリデーに帰省しなかったのはオクタヴィネル寮ではジェイド達だけだったため、幸か不幸か、ジェイド達のこの状態に気づく者もいなかったはずだ。誰かにこの惨状を見られることは無かった分、誰かが起こしてくれることも無かった――そういう結果なのだろう。
 そこまで考え納得し、ジェイドは徐にソファから立ち上がった。アズールとフロイドを起こしてしまわぬよう、音を立てぬようにそろりと身を起こし、強張った肩を回して、少し痛む首を左右に傾ける。ソファーは寝るために作られてはいない。体のあちこちが軋むようで、そのことを痛感した。
 意識はもうすっかり覚醒し、思考も正常に働いていた。だからこそ、これからどうするべきかをジェイドは迷った。
 アズールとフロイドを起こすことを考えたが、二人とも、多少寝苦しそうではあるがすっかり寝入っている。それを叩き起こして部屋に戻れと言うのは少し気がひけた。かと言ってジェイドは一人であるし巨人でもないので、二人を抱えて部屋に運んでやることも出来ない。何よりそこまでしてやる気にはならなかった。談話室は夜から変わらず暖かいままで、風邪をひく心配が無い。
 少し考え、ジェイドはそろりと歩き出した。なるべく革靴の足音が立たぬように意識しながらも大股に歩き、談話室を出る。
 寮と学園を繋ぐ転移用の鏡へと向かいながら――早朝の校舎を想像して、稚魚のように心が弾むのを自覚した。

   □

 鏡をくぐり鏡舎を出れば、学園のずっと向こうの方が薄く明るくなり始めていた。空は紺色を主体にして端から色を薄めており、視界はまだ青色のフィルターをかけたような暗さだ。その中を、真っ白な雪が降っている。一つ一つが大きく柔らかいので、白い花弁が空から降っているようだった。
 鏡舎を抜けた途端そんな光景が目に飛び込んできたので、ジェイドはその瞬間、思わず息を止めて立ち止まった。
 静かな――あまりに静かな青色の風景の中、白い花弁がひらひらと舞い落ちている。頬に触れた空気は刺すように冷たく凛としていて、ジェイドにとってはそれが心地よかった。だるさを残していた体が、意識が、急速に叩き起こされるような感覚。
……――ぁ、」
 思わず声が漏れ、それが自分のものなのだと遅れて理解する。
 誘われるようにして足を踏み出せば、道の上に薄く積もっていた雪がぎゅ、とかすかに音を立てた。その音でさえよく聞こえるほどの静謐さ。
 びょう、と風がふき、ジェイドの頬に雪がいくつかぶつかり溶けた。制服のジャケットすら着ていない状態ではさすがに肌が冷たさを感知したが、悲鳴をあげて身を竦めるほどのものではなかった。故郷の温度だ、とむしろ嬉しささえ覚えて、ジェイドは少しずつ歩みを進めていく。
 また一際強い風がふいて――どこかからヒィと悲鳴が聞こえたのはその時だった。
 反射的に悲鳴が聞こえた方へと振り向き、音の出所を探せば、それは難なく見つかった。
……イデアさん……?」
 前方数メートル先に、青く光る炎が揺らめいている。光る波が、その先を散らせながらたなびいているようだった。ジェイドが知る中で、この学園内であの大きさの青い炎を持っているのはイデア・シュラウドだけだ。
 念のためにと小さく見えるその後ろ姿をよくよく観察したが、やはりそれはイデアに違いなかった。
「よかったね、兄さん」
 不意に、イデアに話しかける幼い声が聞こえた。木陰に隠れて姿は見えなかったが、オルトのものだろう。「すぐに直ったから……でもあまり無理はしないでね」声だけでもわかるほどに心配そうなそれに、イデアの背中は慌てたようだった。
「う、だ、ダイジョブだよオルト……。で、でもまあ、用も終わったし早いとこ寮に戻ろ。徹夜明けの体にこの寒さはキツいしさ……いやまあ徹夜明けじゃなくてもこの寒さはキッツいけど」
「そうだね兄さん、すぐに戻ろう。……でもそれはそうとして、ボク、兄さんに徹夜はしてほしくないな……。それに兄さんは、このウィンターホリデー中に平均睡眠時間が約20%も減ってるんだよ! 睡眠不足は肉体のパフォーマンスを低下させて、精神的にもマイナスの影響が出るんだから」
「うぐっ……正確な数値を出されると反論しにくい……!」
 所々途切れながらも聞こえてくる兄弟の会話は、相変わらずといったふうだ。そのやりとりが何だか可笑しい。思わずくすりと溢れた笑いを唇に保って、ジェイドはイデアの後ろ姿へと歩みを進めた。そのブルーグレーのパーカーが近づいたところで、声をかける。
「おはようございます、イデアさん」
「ヒィッッ⁉︎」
 予想はしていたが、イデアは大仰な程に驚いたようだった。数センチは飛び上がったのではないかと思える程に肩を震わせ、素早くジェイドへと振り返る。そうしてジェイドの姿を認めるなり、大声をあげた。
「ヒィィ、ジェイド氏⁉︎ 何でこんな時間に……いや、てか、ギャーーーーッッ寒ッッ‼︎ 何その格好! 死ぬ! 見てるこっちが寒い! 寒そうすぎてむしろ拙者が死ぬぅ‼︎」
 放たれた言葉はジェイドにとって一瞬だけ意味がわからなかった。思わず目を丸くさせて立ち止まれば、イデアの横あたり、木陰の中から小さな影が飛び出してくる。オルトだ。そうしてオルトはジェイドの姿を視認し、すぐさまにっこりと笑った。
「あっ! おはよう、ジェイド・リーチさん! ふふっ、ハッピー・ニューイヤー、だね!」
「おや、そうでしたね。ハッピー・ニューイヤー。僕としたことが失礼しました」
「はいはい明けおめコトヨロ……って、いや待って待ってそんなことよりさぁ! ジェイド氏、何でそんなカッコで平気そうなわけ? せ、制服……ジャケットすら無いし! え、てか実際平気なの? 嘘、信じられんわ……バカか人外の類でしょ……アッ人魚か」
 一息でずらずらと言葉を並べたイデアは、人魚、という言葉を区切りにして言葉を止めた。のけぞるようにしてジェイドから距離を取ろうとしていた姿勢を直し、代わりに、自らの両腕で自らの体を抱きしめるようにして背を丸める。その言動を一通り受け止め、ジェイドはにこりと微笑んだ。
「ええ、はい。僕たちは人魚ですので。それに僕たちの故郷は『珊瑚の海』の北の深海です。冬には海氷が出来るような場所ですから、僕たちも寒さには強いんですよ」
「あ、そ……
 どうでもいい、というよりは呆れたような返事だった。
 寒そうに身を縮めているイデアからすれば、ジェイドの姿は呆れるものなのだろう。
「そういえば、ジェイド・リーチさんはどうしてこんな時間にこんな所にいるの?」
 ジェイドとイデアのやりとりを眺めていたオルトが、ジェイドを見上げて訊ねてくる。
「なんとなく、でしょうか。実はアズール達と一緒にニューイヤーを迎えたのですが、その後いつの間にか全員眠ってしまっていたようで。僕もつい先ほど目を覚ましたばかりなんです。それで、何となく外の様子が気になりまして」
「そっか、オクタヴィネル寮の『外』は海だもんね!」
 ええ、とジェイドは頷いた。
「ただの思いつきでしたが、学園に来てみて良かったと思っています。静かで冷たいこの空気は気分がスッキリしますし、故郷にも似たものがある」
「ジェイド氏の故郷ってそんな寒いの?」
「ふふ、そのようです。それより……イデアさんはそろそろ寮に戻られた方がいいのでは? 先程から寒そうに身を縮めていらっしゃいますし、オルトくんとも『すぐに戻ろう』とお話しされていましたよね?」
 このまま話していれば僕が引き止めることになってしまうでしょうから、とジェイドは苦笑した。だがイデアはじっと黙った後、自らを抱きしめていた両手を下ろし、少々猫背ではあるもののしゃんと立って見せた。
 おや、とジェイドが瞬きをしたところで、イデアが口を開く。
「ま、実はそこまで寒くないんだよね。このパーカー、中には色々保温効果つけてるんで。使い捨てのヒートパッドも持ってるし。……て言ってもある程度の冷えは感じてるし、顔は普通に寒いし、雪も降ってるんで風景的にも何となく余計に寒い気になるんだけど」
「なるほど、そうなのですね」
 イデアがそのパーカーの下に何をどう仕込んでいるのかは想像できないが、とりあえずイデアは意外にもこの気温で平気ということだ。ジェイドがそれに納得していると、イデアはうろうろと視線を彷徨わせた後、言いにくげに、吃りながらも言葉を続けた。
「そ……それよりもさ、……あの、多分……ジェイド氏の方が寒いと思うんですけど……
「そうでしょうか? 僕はそれほどひどい寒さを感じていませんが……
「オルト、ジェイド氏の状態スキャン……
「了解! ……わっ、本当だ! ジェイド・リーチさん、体がすっかり冷えきってる!」
 本当に寒くないの、とオルトは焦ったようにジェイドの周りを浮遊するが、ジェイドとしてはやはりそれ程のひどい寒さを感じてはいない。どう返せば良いのかもわからず首を傾げれば、イデアが眉尻を下げた。げんなりしたような表情だ。
……あー、アズール氏とかフロイド氏もそうなのかは知らないけどさぁ、多分、ジェイド氏は寒さに慣れてる、っていうよりは感覚が寒さに対して鈍いんだよ。でも実際は肉体はきちんと寒さを感じてる。普通の人間としてね」
……なるほど」
 言われてもジェイドはピンとこなかったが、そもそも今日まで、こんな冬の早朝の、雪の降る中を薄着で出歩くこともなかった。つまり経験が無かったため知りえなかっただけで、外気により肉体はある程度冷えているのかもしれなかった。
「まあ確かに、冷えてる、ってだけで平気なんだから、寒さには強いんだろうけどさ」
 とにかく早く寮に戻ったら、と言われ、ジェイドは素直に頷いた。
 言われた通りすぐ寮に戻る気は無かったが、とにかくここでイデア達と立ち話を続ける理由は無い。
「お気づかいありがとうございます。では……
 言いかけ、イデア達と別れようとした時だった。ぐぅ、と間抜けな音がハッキリと三人の間に響き、イデアとオルトが揃ってジェイドを見た。
……失礼しました。朝食がまだだったもので……お恥ずかしい限りです」
 実際にはジェイドとしてはそれほど羞恥心を感じていないのだが、定型文としてそう言っておく。オルトが「お腹がすいてるの?」と首を傾げ、イデアがまたじっと黙った後、徐に口を開いた。
……あー……こっち来て」
 言うが早いか、イデアはジェイドに背を向けて歩きだしている。その後に当然のようにオルトがついた。
「あの、イデアさん?」
「ジェイド・リーチさん! 早く早く!」
 呼びかけにはオルトが答えただけだ。説明も無ければ、イデアの歩みが止まることもない。
「こっちこっち」
 オルトの楽しげな声に促されて、ジェイドは仕方なしにイデアの後に続いた。

   □

 イデアの後に続けば、到着したのは購買部だった。今はウィンターホリデー中、それもニューイヤーの初日であるため『CLOSED』の札がかかっているが、イデアはそれに構わず購買部の扉をノックし、中からの反応を待たずに開けた。
 ジェイドはぎょっとしたが、イデアは「すんませーん」と暗い声で気の抜けた挨拶をしながらもその中に入っていく。
「イ、イデアさん?」
「安心して。多分大丈夫だよ。少なくとも怒られはしないと思う」
 オルトがニコニコと笑ってジェイドの手を取って引いた。柔い力で引きずられるようにして、ジェイドも結局サムの店に踏み込んでしまう。
 店内に入りまず感じたのは明るさだった。そう、明かりがついている。人がいることの証明。さらには室内は空調が効いており、ジェイドの頬にあたたかな風が触れた。
「わあ、あったかい!」
 嬉しそうな声をあげるオルトに反応して、イデアが少し振り返って笑いかけた。その前方、店の奥からサムが驚いたように顔を出す。
「Wow! 小鬼ちゃん、どうしたんだい。何か忘れ物かな?」
「忘れ物……?」
 首を傾げたのはジェイドだったが、それを見たサムも少しばかり目を丸くさせた。
「うん? 小鬼ちゃんが1人増えてるね」
 そう言ってサムはイデアへと振り向き、それとほぼ同時にイデアが口を開いた。
「あー……サーセン。ちょっと色々あって……お金払うんで、何かあったかい飲み物……スープとかココアとか、そーゆーの出してもらえないっすかね……
 その子に、とイデアがちらと振り向いた時、その目はオルトではなくジェイドを見ていた。
 そうしてジェイドが呆気に取られている内に、サムがあっさりと快諾しイデアに告げた。
「OK! 構わないよ、キミにはさっきの御礼があるしね。そのくらいならすぐに出せるさ」
「あの、イデアさん……
「IN STOCK NOW!」
 何やらサムが背を向けたかと思えば、振り向いたその時にはもう、その手に缶ジュースらしきものがある。茶色を基調にされたパッケージに『COCOA』とあり、イデアがジェイドへと振り返った。
「受け取って」
「僕がですか?」
「うん」
 うん、と子供のように返された言葉は静かでやわらかい。
 サムとイデア、それからオルトにまで視線を向けられて、ジェイドは戸惑いながらも進み出てサムの前に立った。「熱いから気をつけて持ってくれ」差し出されるまま受け取れば、それは確かに、熱いほどにジェイドの指を温める。
「良かった」
 なぜかオルトが嬉しそうに言った。
「とりあえずそれ飲んで。あー、火傷しないように。もしそれで舌火傷したとか言われても、拙者慰謝料とか払う気無いんで……
「さすがの僕でもそんなことは言いません」
 ジェイドとしては苦笑するしかない。温かいスチール缶を右手へ左手へと持ち直していれば、イデアがパーカーのポケットから代金を出したのが見えた。
「あの、」
「いいよ。ジェイド氏、今財布持ってないでしょ」
……お察しの通りです」
「別に高いもんじゃないしさ」
 確かにイデアの言う通りではある。言う通りではあるのだが。
……あの、イデアさん」
 両手で握りこむようにしてスチール缶を持ち、ジェイドは隣の先輩へと呼びかける。
「なに?」
 イデアの落ち着いた口調は陰鬱とも言えて、素っ気ない反応は拒絶的にも感じられた。
 だがそれでもジェイドの両手は今、熱い程にあたたかい。
「ありがとうございます」
 感情のまま笑いかければ、イデアは何故かぎくりとしたように顔を強張らせ、それから無表情に視線を逸らした。イデアの反応の理由はわからなかったが、嫌な感じはしなかったので、ジェイドはそれを気にしないでおく。
 スチール缶のプルタブを引けば、小さな湯気と共に甘ったるいカカオの香りが広がった。
「静かにしていてくれるなら、しばらくはここを使ってくれていいよ」
 そう言ってサムが店の奥へと入っていったが、ジェイドはココアに口をつけたところだったので言葉が返せなかった。「あ、ども……」とボソボソとした声が隣から返されている。
 熱い液体を啜るようにしてほんの少しだけ舌にのせて飲み込み、ジェイドは隣へと振り向いた。
「もしや、今日……と言うよりは先程まで、サムさんの店で何か作業を?」
「ピンポーン。さすがジェイド氏。説明の手間が省けて良いっすわぁ。……そ、ジェイド氏が『お察し』した通りだよ。ビーンズデーの事とかもあって、時々だけど、購買部とはちょっと付き合いがあってさ。……で、今朝ここで発注システムのエラーが起きて、そのことで拙者に連絡があったわけ。まー普通ならそんなことで拙者に相談なんか来ないけど、どこかに対応頼もうにもウィンターホリデー中で大体どこの業者も休みだし、コールセンターなんかも軒並み休み。ホリデー明けまで待っても良いけど、ちょうど拙者は寮に残ってたから……ってわけ」
「それでイデアさんが対応されたと」
「エラー内容聞いただけですぐに対応できるってわかったからね。ちょうど起きてたし」
「徹夜明けで、ですか?」
「うっ……そ、そうだよ。何か悪い? ネトゲの中で年越しイベント参加して、目が覚めてたからそのまま遊んでたんだよ」
「いえ、良いと思いますよ」
 ジェイドは本心でそう返したが、イデアは少しばかりむすりとした様子だった。その隣にオルトが寄って、ニコニコとしながら兄を見上げる。その小さな頭を、イデアがそっとだけ撫でた。
……そういえば、イデアさんには色々いただいてばかりです」
「え?」
「先日の、僕の誕生日の時にもお菓子をいただきました」
「え……あー……あれは……その、君に会う直前、偶然フロイド氏と鉢合わせたんだよ……
「おや、フロイドと?」
 ジェイドは初めて知ることだった。
 あの時――誕生日にイデアが菓子をくれた時、ジェイドは本当に偶然にイデアと出会っただけだった。ジェイドが歩いていた先にイデアがおり、ジェイドの姿を見たイデアはヒッと悲鳴をあげたかと思えば「ジェイド氏、誕生日ですよね」としどろもどろに話しかけてきたのだ。
 イデアから話しかけてくること自体珍しいというのに、ジェイドの誕生日を覚えていたのだから、ジェイドは内心でたいそう驚いていたのだが。それにはどうも双子の兄弟が関わっていたらしい。
「あの時ジェイド氏と会う前に、歩いてたら偶然フロイド氏と鉢合わせてさ……カツアゲばりに『何かくれるもんあるよねぇ?』とか言われて……拙者ホントに何も持ってなかったから、絞められるの覚悟で、その時たまたま持ってたグミのお菓子あげたんだけど……何かよくわかんないけど、めちゃくちゃウケてた」
 フロイド氏の感覚ほんとよくわかんない、と付け足したイデアは、そこでジェイドをちらりと見やった。
「で……フロイド氏が去っていく前に、『ジェイドも誕生日だから何かあげといてよ』って言い残していって……
「なるほど。ちょうどその後に僕と会った、と」
……ジェイド氏ってホント察し良いよね」
 だからこその菓子であり、だからこそイデアからの接触だったというわけだ。ここ数ヶ月の謎が解けたジェイドは、全てに納得しくすくすと笑った。
「僕もフロイドと同じように、何かよこせと言ってくると?」
「べ、別に……そういうことを不安に思ったんじゃないけど……
 誕生日だったんでしょ、とイデアが言う。
 誕生日でしたよ、とジェイドは笑って頷いた。
 それで互いに納得したものとジェイドは思ったが、イデアは一拍を置いてから震えた声を発した。
……え、も、もしかして……いくら何でもあんな安物のお菓子1個は無いって話?」
「まさか。それが何であれ、イデアさんからプレゼントをいただけたことが嬉しかったですし、それにあのお菓子……本当はイデアさんがご自分のために買って持っていた、なけなしの1個だったのでは?」
「な、なけなしって言うのやめてくんない……確かにあの時持ってた最後の1個だけどさ」
「ではその最後の1個を僕のためにくださった、というのは、それなりに重みを持つと僕は考えます」
「あ、そ……
「あの時もありがとうございました、イデアさん」
「べつに改めて礼が欲しかったわけじゃないけど……
「あのお菓子は、ありがたく夜食としていただきました」
「あ、ジェイド氏ってああいうお菓子食べるんだ……
 しかも夜食って、とイデアが意外そうに瞬きをする。「食べますよ?」とジェイドが首を傾げれば、イデアは苦笑するように、かすかに笑ったようだった。
「オクタヴィネルって何か洒落てるし、アズール氏もああいう感じだし……ジェイド氏がああいう駄菓子みたいなやつを食べてるイメージあんま無かったっていうか」
 インスタ映えしそうなマドレーヌとか、ティラミスとかマリトッツォとか食べてそうなイメージ、とイデアが言うので、ジェイドは声をあげて笑った。咄嗟に口元に手を当て出来るだけ声を抑えたが、どうしたって肩が震えて笑いが止まらない。
「ふ、ふふ……っ、今の言葉をアズールが聞いたなら喜ぶかもしれません。ですが……ふふっ実際のところはそんなことはありませんよ。僕はチョコレートバーをくわえて食べますし、フロイドはベッドの上でスナック菓子を」
「兄さんと一緒だね!」
 オルトまでもがきゃらきゃらと笑ったが、イデアは少し焦ったようだった。
「オルト、そのあたりのことは黙っておいて!」
「良いじゃないですか」
 一緒ですね、とジェイドが微笑みかければ、イデアはウッと息を飲んで俯いた。
 ――穏やかな時間で、穏やかな空間だった。
 あたたかな空気、あたたかく甘い飲み物、他愛無い会話を和やかに交わせる相手。
 おそらく冷えきっていたのだろう――ジェイドの指先はすっかり血の巡りが良くなったようで、ほんのりと赤くなっていた。じんじんとした、熱のような、痛みのような感覚が指先から伝わってくる。
 時計を見れば、気付かぬうちに数分が過ぎていた。
……あぁ、すみません。サムさんが許可してくださったとはいえ、長居は出来ませんね。イデアさんも、本来は寮に戻る途中だったのでしょうし」
 そう言ってジェイドが姿勢を正せば、イデアはちらりとジェイドを見やった後、自らのポケットを探り始めた。
 どうしたのかとジェイドが問おうとすると同時に、その中から何か白いものが取り出され、ジェイドへと差し出される。
 一見しただけでは何かわからない。ただ、四角くて、白い布のようなもので作られた何かが、イデアの掌にのっている。
「これ、持ってって」
「これは?」
「ディスポのヒートパッド。何かよく知らんが監督生氏は『カイロだ!』とか言ってたけど。……あー……ジェイド氏は特に馴染みないと思うけど、危ないものじゃないから持ってって。しばらくあったかいから。多分今日1日くらいはもつよ。冷たくなったら普通に捨てればいい」
「えぇと……
 イデアの説明を飲み込もうと努めているうちにも、オルトが横から「うん、きっとそれが良いよ! 持っていって!」と声をかけてくる。
 結局ジェイドはそれが何なのかもよく理解しきれないまま、ただ言われた通りにそれを受け取った。
 途端、それを握った手にじわりと熱が伝わる。イデアが言った『あったかい』という言葉の意味を、ジェイドはその時になってやっと理解した。
「あの、イデアさん、これ……
「念のため繰り返し言っとくけどそれディスポだから。使い捨て。安物だよ」
「いえ、そうではなく……
「拙者はそれの貼るタイプ2枚貼ってあるんで耐冷効果完璧」
「いえ、あの、」
「ジェイド氏、今から寮戻るんでしょ? あのさっむい道をまた行くんだから、せめて持っておきなよ。ま、それで温まるの手くらいだけど。『無いよりマシ』精神ってやつ」
「イデアさん」
「なに?」
……なぜ、その……僕にここまでしてくださるのでしょう。ココアもいただいてしまいましたし……
 ジェイドからすれば不思議なことばかりだ。片手にココアのスチール缶、片手に何やら温かいパッド、という状態でジェイドは首を傾げた。
 イデアがその様子を横目で見やり、そして視線をはずす。
「別に……大した理由は無いよ。ジェイド氏さ、さっきメインストリートで会った時、ハナから大人しく寮に戻る気無かったっしょ。まーそれは好きにすればいいと思ったけど、ジェイド氏のその『紙』みたいな装備プラス空腹状態であの極寒の外をうろつくなんて正気の沙汰じゃないと思っただけ。低体温症とかで倒れられたりしたら嫌だし……
 自分が会って会話した相手がその後倒れてたり死体で見つかったりしたら嫌だろ? と言うイデアは、本当にそう考えたらしい。ジェイドの方を見てはいないが、その横顔にふざけたような気配は無い。
 なるほど、とジェイドは言った。そう返すしかなかった。
 けれど――とジェイドは考える。
 ジェイドからすれば、今回のことだけでなく、他にも色々と不思議なことばかりだった。誕生日の菓子についてはフロイドのことがあったからとはいえ、今日のココアといい、この使い捨てのヒートパッドといい、これは少々気遣われすぎではと思うのだ。普段のイデア・シュラウドという人物を考えれば、余計に。
 イデアはジェイドを心配したという旨を発言したが、そもそもイデアがジェイドのことをそんなふうに気にかける理由が無い。確かにジェイドはイデアと度々関わることがあるが、それだって何か学園でのイベントがあった時くらいだ。会えば挨拶をするし、話のきっかけがあれば短い会話くらいはするが、そのくらいの薄っぺらな関係でしかない。寮も学年も違うし、趣味も違う。今までに何か大きなきっかけも無かったはずで、とジェイドが自らの記憶を浚い始めた時に、イデアが静かに口を開いた。
……最初はオルトがちょくちょくフロイド氏にお世話になったってことで……オルトから、フロイド氏への誕生日プレゼント選びを相談されたりとかさ……そういうのだったかな。ジェイド氏に直接関わるような機会はほとんど無かったし、ぶっちゃけ拙者もジェイド氏には極力関わりたく無かったんすわ。……ただ、さ、君ら……ジェイド氏とフロイド氏って、大体一緒にいるでしょ。オルトがフロイド氏に話しかけにいく様子を見てたら、当然ジェイド氏の様子も見えるわけ。あとアズール氏に用があってボドゲ部に来た時とかさ。そういう時に、なんとなく様子見て、何ていうのかな……
 なんていうのかな、と二度言ったイデアは、そこで頭を緩く振り、そうして――ひたと、静かな、凪いだような表情で、じっとジェイドを見つめた。
……何ていうか、ジェイド氏、ちょっと弟属性があるっていうか」
……弟、属性、ですか?」
 ジェイドとしてはただ単に言葉を復唱しただけだった。イデアの言う「弟属性」の意味がよくわからず、それについて聞きたくて繰り返しただけなのだ。
 だがその途端にイデアは一人で震えあがり、慌てたように、縋るようにジェイドの両肩を掴んだ。
「ア――――ッ待って待って、ストップストップ誤解しないで! いや属性とか言っちゃった拙者が悪いしキモいと思うんだけど、いや、そういうんじゃなくて! ジェイド氏、何ッかビミョ〜〜に『出来の良い弟』感があって何となく意識に留まるって話! いやこんなこと思う拙者の方がどうかしてると思うけど! あ〜〜〜〜すみませんすみませんサーセン、引かないで! 引かないでぇ! アズール氏とかフロイド氏に告げ口もしないで!」
「しませんよ」
 もう兄さん、落ち着いて。とオルトが間に入り、それによってジェイドもイデアもハッとした。互いに「あ」と思うと同時に、お互いの顔が至近距離にあると気づく。ジェイドの両肩はイデアに掴まれていて、それはちっとも痛くなかったが、そのことに気づいたイデアは何かに弾かれるみたいにしてジェイドから手を離し後ずさった。
「ヒィッ、ッ、ア、ご、ごめん……」 
「いえ……
 ジェイドとしては、数秒の間にいろんなことが起こりすぎて、その全てを上手く理解しきれていない。それでもその中で一際印象に残ったことはあって、ジェイドはそれを、微笑んで問いかけた。
……イデアさんから見て、僕は弟っぽさがあるのでしょうか」
 ぐぅっ、とイデアが妙な呻き声をあげて、その様子がおかしかったのでジェイドは笑った。
「ふふ、そんな事を言われたのは初めてです」
……や、ごめん、ホントに忘れて。ごめん。サーセンっした……
「なぜ? そう言われても僕は不快には感じません」
…………あ、そ……
 単純に、純粋に。清廉とも言える思いで、イデアはジェイドを心配してくれていたらしい。たとえば兄が、1つ年下の弟を見守るように。
 イデアにはオルトという弟がいて、ジェイドにはフロイドという片割れがいて。イデアとジェイドは、決して兄弟ではないけれど。
 それでもイデアは何となく、なんとなくジェイドのことを気づかってくれたのだろう。たとえばそれは、小さなコミュニティの中で一番年上である子供が、年下の子どもの面倒を見るように。
 それは悪い感情ではないはずだ。少なくとも、そうと知ったジェイドの中に今、怒りや拒否感は無い。
……ありがとうございます」
 ジェイドは微笑んでそう言ったが、イデアから返ってきたのはひどく重く暗い溜息だった。
……は〜〜〜もう無理。もう帰ろ。帰る。帰りますんで。サヨナラ」
「え?」
 ジェイドが困惑している内にも、イデアはオルトに声をかけて早足で出入り口へと歩いて行ってしまう。「イデアさん、」呼びかけたがそれには無視されたようで、イデアの歩みは止まらなかった。イデアと共に行ってしまったオルトだけが、ちらとジェイドを振り返る。出入り口の扉が開かれたその時、オルトはふふっと嬉しそうな笑顔を見せ、朗らかに音声を発した。
「それじゃあまたね、ジェイド・リーチさん。出来れば真っ直ぐ自分の寮に戻ってね。それから、今度また兄さんと、僕ともお話ししてほしいな! そうしたらきっと兄さんも嬉しいと思うから」
 え、とジェイドは瞬きをして、イデアがひどく焦った様子でオルトを振り返ったが、その時にはもう購買部の扉は閉じられるところだった。
 パタン、と控えめな音がたった後、扉の向こう側ではオルトのきゃらきゃらした笑い声がかすかに聞こえた気がした。イデアが何か言っているような気がするが、購買部の扉に遮られて言葉の一つも聞き取れない。ただ、怒ってはいないようだった。
 それらの声がすぐに小さくなって消え、残されたジェイドはただ、あたたかな空間に一人立ち尽くすかたちとなった。――片方の手にはまだまだ熱を持ったココア、もう片方の手には温かく白い物を握ったままで、もう寒さなどちっとも感じられない。
 あたためられた血が肉体の端々まで巡り、何だかほかほかとした心地になってくるのを感じながら、ジェイドは一人ふふと笑った。
「確かに、兄のようです」
 素っ気なくて、不器用な印象はあるけれど。
 ――窓越しに来た道の方を見つめれば、イデアとオルトの後ろ姿が小さくなっていくところだ。表情まではよく見えないが、オルトがイデアの手を取って繋ぎ、イデアがオルトの頭を撫でたのが見えた。
 弟らしくあれば、彼はあんなふうにして触れてくれるのだろうか。
 馬鹿な考えが一瞬だけ脳内に過り、ジェイドはそのあまりの馬鹿馬鹿しさに自分で自分のことが可笑しくなる。
 笑いを飲むようにしてココアに口をつければ、甘ったるく子供向けの味が口の中を満たした。









————————————————————

(海外って使い捨てカイロはそれほどメジャーな物じゃないらしいですね)
(イデア先輩が「兄ちゃん」してる時がめっっちゃくちゃ好きなので、ジェくんにも「兄ちゃん」モード無意識発動してほしい)
(イデア先輩の方が年上! 年上! 先輩!)
(イデア先輩が「君」って言うのがめちゃ好き)
(イデア先輩にジェくんのこと「あの子」って言ってほしい)
(背の高い人は頭を撫でられ慣れてないから、頭を撫でてあげると懐くというあの話のように、ジェくんは普段甘やかしたり与えたりする側なので、無意識に兄モード発動してるイデア先輩から無意識による年下扱いされたり不器用な優しさを向けられてあっけなく陥落してほしい/でもイデアは無意識だしそんなつもりなかったので「ゲェーーーッ⁉︎ 何で懐かれたわけ⁉︎ 拙者何もしてないでござる‼︎ イヤーーッッなに何何で怖い怖い怖い‼︎」とか思って怯えてほしい)
(でもそんな2人がきちんとカップリングになった時には恐る恐る手を伸ばしあってほしい)