夜之 夢
2022-01-01 23:11:35
5280文字
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幼子、月を手に入れる

ふんわり新年ネタをこめたアズジェイ。
2021年12月31日にポイピクに投げていたコレhttps://poipiku.com/2565983/5910323.html の続きです。



(※特に重要な意味はありませんが、3年生設定)





 ニューイヤーを迎えたところで、オクタヴィネル寮の建物内にいる限りはそれらしい変化を感じられない。ウィンターホリデー中は自分達以外に誰もいないのを良いことに談話室を貸し切って小さなパーティーのようなものをし、だらけきった状態で年を跨いで気絶するように浅い眠りに落ちて、起きてみたところで退屈なばかりだった。
「3人でいるのは楽しいけどさぁ、もういい加減ここ嫌になってきたぁ」
 おめでたい新年の1月1日の早朝。談話室のソファーで起き上がるなり、フロイドが言ったことがそれだった。その髪に妙な寝癖をつけたままで。
 そういうわけで、アズールは新年早々、なぜか学園のメインストリートにいた。登校の必要は勿論無いのだが、フロイドに引きずられ連れて来られてしまったのだ。
 そのフロイドはと言えば、アズールのことなど放って、数メートル先で水溜りの氷を割っている。「ここが嫌になった」と聞いた時はどうしてもぎょっとしたが、それは単に「外に行きたい」という主張だったらしい。
 時間を確認すれば、6時18分だった。もうすっかり明るくなっているが、曇天であるため風景はいまいちパッとしない。雲が厚いので、もしかすればまた雪が降り始めるかもしれなかった。刺すような冷気が頬を撫でたが、アズールにとっては慣れた冷たさだった。その温度に、ほぅ、と息を吐いたところで、何かが突然に頬に触れる。思わず肩が跳ねた。
「あぁ、すみません。つい……
 バッと振り返った先には、ジェイドの顔があった。アズールと同じく、フロイドによって学園にまで引きずり連れて来られた被害者だ。もっとも、ジェイドは眠そうな目をこすりながらも抵抗はしていなかったので、自らを被害者とも思っていないのだろうが。
「随分と冷えていそうだと思いまして」
 突然に触れられた理由がわからずアズールがぽかんとしていれば、ジェイドは眉尻を下げてそう告げた。妙な位置に持ち上げられていた手が――アズールの頬に触れた手が――そろりと下ろされる。
……べつに。寒くはありません」
 ジェイドもでしょう、と断定し言ってやれば、ジェイドは柔く苦笑するように微笑んだ。
「確かに僕も寒くはありませんが……
 言いながら、ジェイドは自らの首に巻かれていたぐちゃぐちゃなストールを解き始める。アズールを引きずりながら寮を出て行こうとしたフロイドが、「ジェイドも行くんだよ」と言っていいかげんにぐるぐると巻き付け結んでいたものだ。
 それを解き自らの首元から抜き取って、ジェイドはアズールへと笑いかけた。
「アズールの肌が白いせいでしょうか。頬が赤くなっていたので、何だか可哀想で」
「はぁ?」
 アズールが眉を寄せたと同時に、ジェイドは手にしていたストールを素早くアズールの肩へと回し掛けた。「ちょっと、おい、やめ、」そうしてアズールが抵抗する間もなく、素早くそれをアズールの首に二重三重に巻いて結んでしまう。フロイドがやったよりも少しは丁寧な手つきだったが、ジェイドは最後にストールをリボン結びにしてきたので、フロイドよりもたちが悪かった。
「ふふ、よくお似合いです」
 アズールが盛大に顔を顰めて睨みつけたところで、ジェイドは楽しげに笑っただけだ。
 巻き付けられたストールによって、すぐにアズールの首は温まり始める。
 ちらとフロイドの様子を窺ったが、フロイドは今度はしゃがみこんで雪玉を作り始めているらしかった。
「寝起きだったとはいえ、アズールと……フロイドにも防寒具を用意するべきでしたね」
 おそらくフロイドが素手で雪玉を握っていることを心配したのだろう。ジェイドがフロイドの姿を眺めながら言った。その横顔の、穏やかで美しいさま。
 それを見やって、アズールもフロイドの方へと顔を向ける。
「べつに……フロイドのことはともかく、僕についてそこまで世話を焼かずとも結構です」
 自分のことは自分で出来ます、とアズールは言ったが、隣に立つジェイドはその一瞬黙り込んだようだった。不自然な間があり、それを不審に思ってアズールはジェイドへと振り向く。
 それに応じるようにして、ジェイドもアズールへと顔を向けた。その綺麗な顔が、アズールを見てフフと笑う。
「いえ、世話を焼いてやろうという気はありません。ただ……そうですねぇ、僕はアズールが望むものを、僕の手から差し出してみせたいと思っているので」
 例えばあなたが寒いと言う前に、防寒具の一つや二つを渡せるような。だからそれらを用意するべきだったと思っただけですよ、と言って、ジェイドはくすくすと笑う。
……お前、いま結構とんでもないことを言いましたけど」
「おや、そうですか? 僕はそうは感じません。きみは気付いていなかったと思いますが、僕のこの気持ちは数年前からあったものですよ」
 だからよく色々とお持ちしたじゃないですか、というジェイドの言葉は、アズール達がミドルスクールに通っていた時のことを指しているのだろう。
「あなたに圧倒されて、あなたについて行きたいと思ったから、あなたが欲しいと言うものは全て用意してみせたかった。実際、あなたが欲しがったものは全て用意できたと思っていました。……だからこそ昨年度に、手に届かぬ欲しいものがあったのだと聞いた時はショックで……
 ジェイドが並べた言葉は最初しおらしさを保っていたが、最後の方にはとうとう笑い混じりとなった。
 不自然に肩を震わせ咳ばらいをしたジェイドを、アズールは呆れた気持ちで見やる。揶揄われているのはわかったが、何だか怒る気にもならなかった。
……もう手に入りました」
 ジェイドが用意してくれましたから、とは言わなかった。それはジェイドがアズールのために『用意した』ものではなかったから。
「そういえば確かに……あれから約1年ですか」
 スカラビア寮の時空に存在するオアシスにて、ジェイドに『欲しいものがあった』のだと知られた時。約1年前。アズール達が2年生だった時のウィンターホリデー。
 あのころ欲しいよ欲しいよと泣いていた悲痛な声は、もうすっかりアズールの中から消えている。代わりに生じたのは、恋人となった相手に振り回され動揺する声だったり、恋人とのあれやこれやに混乱したり戸惑ったりする声だったり、時に悲鳴だったり――そういう、色々といっぱいいっぱいな自分の声だ。けっして苦ではないが、昨年の冬に突然叶った恋は日々、アズールの脳内と胸中を大変に騒がしくさせている。
 今だってそうだ。ジェイドはアズールを揶揄って笑っていたというのに、逸らすようにしてその顔がアズールへと向け直され、そのヘテロクロミアがとろりと細められた、たったそれだけのことにアズールの心臓はどきりとする。
 きっとジェイドはそんな事にちっとも気付いていないだろう。気付かれたところでアズールも困るだけだが。
 アズールがそんなことをぐるぐる考えている内に、ジェイドは甘ったるく笑いながら口を開いた。
「もっと早く『あれが欲しい』と言ってくだされば良かったのに」
――な、」
 そうすれば僕ももっと早くこたえることが出来たのに、と言う相手にカッとした感情が湧きあがったが、それが照れなのか羞恥なのか怒りなのか焦りなのかアズール自身もよくわからなかった。ただ、目の前で美しく笑う相手にどきどきとして、まともに目を合わせていられない。
 逃げるように視線をそらしながらも、アズールは素っ気ない口調を意識して答えた。
……月が欲しいと言うようなものだと、思っていました」
「月ですか」
 ジェイドは一瞬きょとりとしたようだったが、すぐに微笑んだ。
「ではそう例えるならば、僕はアズールに引きずりおろされたということになるのでしょうか」
 言葉に嫌味っぽさはなく、ジェイドは楽しそうに微笑んでいる。
 何でそうなるんだよ、とアズールは苛立ちかけたが、少し考えればジェイドの言葉はけっして間違いではなかった。絶対に手が届かないもの、として月にたとえるならば、確かにアズールはジェイドを引きずりおろしたことになるのだろう。あれが欲しい、あれが欲しいよと泣いて――実際に想いを告げた時は泣いたりしなかったが――ジェイドという存在を、自分の手が届く位置まで引きずりおろしたとも言える。
 けれどそのことについて罪悪感を抱いたりはしなかった。だってジェイドはアズールに応えたのだから。
……ええ、そうですね。ジェイドがそう認識するなら、僕は月さえ引きずりおろせた、ということになります」
 言われたことを言い換えてやれば、ジェイドは目を丸くさせてぱちぱちと瞬きをした。
「駄々もこねてみるものです」
 案外聞き入れてもらえたりするらしい。アズールはそのことを知った。率直に欲しいと伝えれば、月を引きずりおろすのに1日もかからなかった。
「アズール、駄々をこねたつもりだったのですか」
「うるさいな……そういう気分でしたよ告白した時は。ほとんど自棄だった」
「それはそれは」
 ジェイドが心底おかしそうに、それでいて控えめに笑う。その綺麗な音。
 離れていたフロイドが一度アズール達の方を振り返って、何だか嫌な感じでにまりと笑い、知らないふりをしてまた背を向けたのが見えた。
 いつの間にかアズールの体はほかほかとした熱に満ちている。ほんの少し汗を感じたほどだった。
――僕としては、」
 笑いを収めたジェイドが不意に言葉を発し、アズールはそちらへと視線を向けた。
 ジェイドもまた、微笑んでアズールへと話しかける。
 僕としては、と言い直し、ジェイドはその先を続けた。
「アズールが僕を欲しがってくださった、そのことが驚きでしたよ。……僕からすれば、好きな人を満足させたい一心で、その人が欲しがるものを集めては差し出し……というつもりだったのですから。差し出せるものを差し出しきった後に、お前が欲しい、と言われるとは」
「そっ……!」
 そんなことは言っていない、といいかけて、そう反論できないのが実に悔しかった。実際にアズールが言った言葉がそれだったのだから。
 スカラビア寮で『欲しいものがある』と零して以来、ジェイドはしつこく、それはもうしつこくアズールにそれが何なのかを尋ねた。言い方を変え、状況を変え、手法を変え、あの手この手を使ってそれはもうしつこく。とうとうしびれを切らしたアズールが、欲しいのはお前だよと想いをぶちまけてしまって、それでアズールは呆気無くジェイドを手に入れた。
 アズールとジェイドの交際開始のきっかけはそういう馬鹿げたもので、それが約1年前のことだった。数年越しの恋が、呆気なく叶った日。
 あれから約1年も経ったのか、とアズールはぼんやりと考える。それが伝わったわけではないだろうが、ジェイドが同じようなことを口にした。
「あれから1年ですか」
「そうですね」
 アズールはこの恋についてまだ色々といっぱいいっぱいだが、それでもまあ、約1年はこの関係が続いたということだ。そんな風に感慨に浸っていれば、ふと、ジェイドがアズールの名を呼んだ。
「アズール」
「何です」
 何の照れも無く躊躇いも無く、そのヘテロクロミアが真っ直ぐにアズールを見つめる。それに魅入られるようにして思わず息を飲んだところで、ジェイドが、苦笑するように、照れたように、いつもより随分と下手くそな笑い方をした。
「これからもよろしくお願いしますね」
 その瞬間、心臓が痛くなる程どきりとして、アズールは思わず呻きそうになった。それを必死に抑えこんで、とりあえずはと力強く頷き返す。ええ、はい、と慌てたように付け足して、一つ息を吸い直して、アズールも同じように返した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 たったそれだけの言葉に、いやに緊張してしまう。
 アズールの声は強張っていたが、それを聞いた途端ジェイドはパッと目を輝かせて、子供のように笑った。
 頃合いを見計らったようなタイミングで――実際に見計らっていたのだろうが――フロイドがアズール達へと振り返る。「ちゃんと話せたぁ?」頃合いを見計らったくせに、あけすけにそう訊いてくるものだから怒ればいいのか呆れればいいのかわからない。
 余計なお世話だと言い返したかったが、確かにあのまま3人で寮にいればジェイドと2人きりで話せるタイミングは無かった気がするので、アズールは結局フロイドに怒鳴れなかった。フロイドが突然外に行きたいと言い出したのだって、きっとこういうことを目論んでのことだったのだ。
 フロイドの言葉にジェイドが瞬きをして、笑う。少し朱に染まったその横顔の、たまらなく愛おしいこと。 
 あれが欲しい、あれが欲しいよと泣いてまで欲しがったものは今、アズールの隣に立っている。