夜之 夢
2021-07-18 20:18:00
9115文字
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ハートフル5daysレシピ(3/5)

※アズジェイ。アズールへの気持ちを自覚していなかったジェイドが、気持ちを自覚したうえで失恋したと勘違いして、料理しながらそのショックを落ち着けようとする話。全部捏造。ハッピーエンドです。
※性別不詳の監督生出ます。
※月曜から金曜まで、1日ずつ更新中。最終的には支部にまとめて投稿予定です。




 水曜日の放課後。借りていた容器を返すためにジェイドがオンボロ寮を訪れると、監督生は夕食の支度の最中だった。
 キッチンにいた監督生に代わりグリムが玄関の扉を開けてくれたものの、グリムはジェイドの姿を見るなり「子分!」と監督生を呼んで、ジェイドの前からすばやく逃げだした。
 おや、とジェイドがそれに眉をあげたところで、監督生がキッチンから顔を出す。
「ジェイド先輩?」
 不思議そうにしている監督生に向かって、ジェイドは手にしていた紙袋を持ち上げて見せた。
「以前お借りした容器と、ランチトートバッグをお返しに」
「容器は空ですよね?」
 なぜか監督生はじとりとした目でジェイドを見る。
「はい。そうですが……
 何か、と言いかけたところで、監督生はパッと表情をやわらかくし「良かった!」と笑った。
「すみません、いま夕飯の支度をしてた最中で手が離せなくて……そのままあがってください!」
 そう言って監督生はキッチンの中へと完全に引っ込んだ。仕方なくジェイドはオンボロ寮へと踏み入る。
「失礼します」
 一言告げたが、グリムはおろかゴーストの姿も無いので、その言葉は独り言になった。

 キッチンに入れば、監督生は大きめのボウルの中で何かを混ぜているところだった。
「すみません、ちょうど肉に味付けしてて」
 今日チンジャオロースなんです、と言って振り向いた監督生の手には「箸」が持たれ、その先は大きめのボウルの中に入っている。『手が離せない』のは事実であるようだった。
「今、肉に下味をつけてる段階なんですけど……もし良かったら出来上がりまで見てもらえませんか」
 監督生の言葉に、ジェイドは首を傾げる。
「それは構いませんが……僕が見守る必要も無いのでは?」
 ジェイドが見る限り、監督生の手つきに危なげなところは無い。レシピらしきメモは調理台の上に置かれているが、監督生がそれにかじりついている様子もなさそうだ。つまりはこれが初めての挑戦では無いのだと知れる。暗にそのことを指摘すれば、監督生はヘラリと笑って「味見してほしいんですよ」と答えた。
「アドバイスとかもらえるかなぁって」
「僕はアズールのような絶対的な味覚を持っているわけではありませんよ」
「おっと、そういうこと言います? マスターシェフの採点、厳しかったって聞いてますけど」
「それは……料理の味には妥協が許されないと考えているだけです」
「あはは、だからですよ」
 軽やかに笑って、監督生は簡単に言った。
「だからこそジェイド先輩に味見してダメ出ししてもらいたいんです」
 まあちょっと付き合ってくださいよ、と言いながら監督生は止めていた手を動かしはじめ、仕方なくジェイドはそれを見守ることになった。
 ふと周囲に視線を巡らせば少し離れた位置に調味料の一つと思しきものが置かれ、ジェイドはそれを取って監督生の近くに置き直してやる。
「あっ、そうだそこに置いたの忘れかけてた。ありがとうございます!」
 元気よく礼を言った監督生は、ボウルの中で肉を混ぜ合わせながらジェイドに尋ねた。
「そういえば……あの後からどうです? ショックは収まりましたか?」
……そうですね……。感情はだいぶ落ち着いてきている、と感じています。料理をするという方法は僕にも向いていたようです。ありがとうございます」
「それなら良いんですけど……
「それに、あれから考えていてわかったことが」
「何ですか?」
「僕はどうもアズールに恋をしていて――失恋してから初めてそれに気づいたようなのです」
「えっ⁉︎」
 監督生の叫び。次いで、その手に持たれていた箸が滑り落ちる。からん、と音を立ててボウルのふちに箸が引っかかるのを見て、ジェイドは「おや」と呟き笑った。
 監督生は未だ驚きから戻りきれていないらしく、目をまん丸にしながらジェイドを見上げた。
「えっ……えぇー……そ、そういう……えっ、あ、そういう……?」
「そういう、ものだったようです」
 微笑み、ジェイドは落ち着いた態度で頷いた。
 それを見上げた監督生は唖然とした様子だったが、たっぷりとした間の後、そろそろと驚きをしまいこみ、ひとまずは落ち着いた表情へと戻った。
「そういう……はー……そうかぁ……
 呟きと共に、その手がぎこちない動きで箸を持ち直す。ほとんど意味が無いように肉をひとまぜして、監督生はもう一度「そうかぁ」と呟いた。
「えぇ……でも、失恋した、ってわけじゃあないじゃないですか……
「失恋のようなものですよ。少なくとも、僕はアズールが望むような能力を持っていないことがわかったのですから」
「うーん……でもその1つで全てが決まるわけでも……ないと思うんですけど……
 監督生の言うことは正しいだろう。だがジェイドは首を横に振った。
「その1つが大きく影響するのは確かです。少なくとも僕は『アズールにとって役に立つ』ということ以外で、アズールが好むような要素を持ち合わせていません。だというのに唯一と言ってもいいそのセールスポイントの価値が下がったのですから、望みは無いかと」
「でも、お二人って友人じゃないですか」
「友人であると思いたいですね」
 そうであったとしてもそれは『友人』であって、それ以上ではない。
「何にしろ、もう失ったものですよ」
 結論を告げて、ジェイドは一つ息を吸った。
「残念ですね。以前にも言いましたが、アズールからは過去に……僕のことを、好いていると。これからも一緒にいてくれるか、といった言葉をもらいはしたのですが」
 きつく縛って封じていたものをゆっくりと紐解くように、ジェイドはその時の状況を、アズールの言葉と声の調子、そして表情を思い出す。
 確か、ミドルスクールの2年生になってしばらくしてからだったはずだ。告げられた場所は、アズールがよくいたタコ壺の裏側の、ほんの少し影となる所だった。陸で言うならば『人目につきにくい場所』。
 その日ジェイドはフロイドと一緒にアズールの所へ遊びに行って、けれどしばらくしてフロイドだけが出て行った。遠くに小魚の群れが見えて、フロイドはそれを数匹取りにいく、と言って飛び出してしまったのだ。ジェイドもついていこうとしたが、フロイドに「自分1人の方がいい」と言われて大人しく待っていた、その時だった。
 遠ざかっていくフロイドの背中をアズールと2人で見送って、少し何かの話をしたと思う。さすがにその話題については覚えていない。ただ――不意に。何の脈絡もなく、アズールがジェイドの名を呼んだ。何でしょう、とジェイドはそれに応じて、その時にアズールに言われたのだ。
「一語一句覚えているわけではありませんが……『僕はジェイドのことが好きです。これから先も一緒にいてほしい』と」
 実際には途切れ途切れの言葉で、アズールの顔は暗がりでもわかるほどに真っ赤だった。
 それがおかしくて、その時ジェイドはそれを揶揄って笑いながらも、アズールの言葉をそのままの通りに受け取った。
『はい。僕もアズールのことが嫌いではありませんよ。アズールと一緒にいるととても面白いです。一緒にいましょう』
 満面の笑みで答えたジェイドに、アズールはほんの少し寂しげな――それでいてひどく穏やかな様子で。曖昧に笑ったのだ。
 その一連のことをジェイドが説明し終えると、数秒を置いて監督生がおそるおそるというように口を開いた。
……あの……アズール先輩のそれって、その……告白、じゃ、ないですか……?」
……やっぱりそういうことになるんでしょうか」
 両腕を組んで目を閉じたジェイドに、監督生が声をあげる。
「『やっぱり』って何ですか⁉︎ わかってて返事を誤魔化したんですか⁉︎」
 言っておきますけどそれ最低ですからね、と吼える監督生から一歩離れながら、ジェイドは眉尻を下げて言葉を足した。
「もしや、とは思ったのですが、そうであるならば断ったほうが良いだろうと判断したんです。僕はその時アズールのことを友人として好いていましたし、それ以外の関係になるのは嫌でした。それにあの頃のアズールは僕たちという『友人』が初めて出来て少し舞い上がっているような様子もありましたし……その喜びを勘違いしただけだろうと」
 根が真面目すぎるアズールのことだ。仮にあの時ジェイドが頷いて『そういう意味』で付き合い始めたとして、しばらくして「これは恋愛感情ではない」と気づいた時には「だが自分から告白したのだから」などと無駄に悩むだろう。それはさすがに可哀想だ、と考えたのは本当だった。
 監督生からのじっとりとした視線はまだあったが、ジェイドはそれを無視して続けた。
「あのとき了承していればよかったのかもしれない、などと考える反面、あのとき了承しておかなくて良かった、とも思います。了承していれば、今のアズールの妨げになったでしょうから」
「妨げ?」
「仮に僕がそのとき『そういう意味』で了承をしていたとして。そうなれば、はたしてアズールは今ほど鮮烈に在れたかという話です。アズールは誰も信用しなかったからこそ、今ここまで進めたのでしょうから」
 ナイトレイブンカレッジに進学し、『黄金の契約書』で他者の能力を少しずつ手中に収め、寮長の座を手に入れて、モストロ・ラウンジを開き――それらはアズールが誰にも心を許さず、全てに警戒しながらいたからこそ出来たことだ。その警戒心が無かったなら、アズールは果たしてここまで来れていたのか。
 そのことを説明すると、監督生は片眉をはねあげるようにした。
「でも、そのときに了承していれば良かったかも、と思えるのって、そのときに既に告白を受け入れるかどうかを考える『余地』があったからじゃないかと思うんですよ。だって、後から好きになったなら『あの時は有り得ないと思った』とか感じません?」
……そうかもしれませんね」
「つまり、アズール先輩からの言葉を受け入れるか考えるくらいの『余地』はあったんですよね? なのに、なんでそのとき誤魔化したんですか?」
……そのときはアズールからの言葉にあまり何も感じなかったので……
 やっぱり最低ですよ先輩、と悲鳴のような声がキッチンに響き渡った。
 今ではジェイドも失恋のショックがわかるぶん、それなりに罪悪感もある。
「そうですね……もう今更どうにもならないことですが、思っていたよりも色々と感じるものがあったようです」
 罪を認めるようにして呟けば、監督生はムッとした表情を見せたもののそれ以上の叱責を止めたようだった。
 沈黙が生まれ、しばらくそのままだった。
 少しして、下味を絡める工程が終わったらしく、監督生の手が完全に止められる。ボウルから離れ、監督生はジェイドに向かって口を開いた。
「自分からすれば、アズール先輩とジェイド先輩ってかなり仲が良さそうに見えるんですが」
「仲は悪くない、とは自負していますよ」
 ジェイドは答えたが、監督生は少し黙ったあと、少しばかり言いにくそうに続けた。
「いえ、その……何ていうか。もう充分気心が知れている関係というか……
「気心は知れていると思います」
「そうじゃなくて……
 監督生の言葉は珍しく曖昧だ。意味が汲み取りきれずジェイドは首を傾げたが、監督生はじっと黙ったのち、話題を変えるようにして口調を明るくさせた。
「その……ジェイド先輩は、もし、アズール先輩と付き合うことになった場合、自分がリードしたいんですか?」
 突然具体的なことを尋ねられ、ジェイドは一瞬思考と言葉に詰まった。少ししてから出来るかぎり考えを巡らせ、それに答えた。
「それが、僕にもよくわからないのです。想像がつかない、と言った方が良いですね。何せこの感情を自覚したのがつい最近ですから」
「それもそうか」
 監督生はあっさりと納得したようで、うんと一人頷いた後、解説を足すようにして言った。
「何というか……その、もしジェイド先輩がリードしたい側なら、ジェイド先輩からアプローチしてみるのも有りかな、と考えたんですけど」
「有り得ませんね。僕はアズールが望みもしていないのに迫るつもりはありませんので」
……ジェイド先輩って、そういうふうにアズール先輩のこと結構大事にしてるわりに、しょっちゅう嫌味言ったり揶揄ったりしてますよね……
 その変な関係なんなんですか、と呆れたように言われて、ジェイドは自らの口元に手を当てて視線を上にやった。「そうですねぇ……」考えてみるが、『何』と説明できるようなものでもない。
「あれが僕たちの『遊び』のようなものになってしまっているんです」
「うわ……ってことは、今までじゃれあい見せつけられてたんですか……?」
「ふふふ」
 そうかも知れない。そうであればいい、とジェイドは思う。果たして自分たちの悪態や嫌味のやりとりが「じゃれあい」であるとアズールは思ってくれるのかどうかは別として。
 
 結局、ジェイドがオンボロ寮を出たのはそれから30分以上が経過してからだった。「もう少し」とジェイドを引き止めた監督生は、出来上がったチンジャオロースを一人分ほど、ジェイドが持ってきた容器に入れて、ジェイドに持たせた。
 つまりジェイドは、本来ならば今日返すはずであった容器に再び食べ物を入れられ、またもや持たされたことになる。監督生は最初からそのつもりであったらしく、だからこそジェイドが「空の容器」を返しにきたのを確認したらしかった。
「自分がいた世界では、場合によっては貸した容器にまた別の食べ物を入れて返されることもあるんです。お返し、ってやつですけど……それをされると延々と食べ物のやりとりが続きかねないので、自分は苦手でしたね」
 そう言ったわりに監督生がそれをしてみせたのだから、ジェイドとしてはいまいち納得しがたい。だが渡されたものは仕方がなく、何よりも監督生はあくまで「味見のために! 味見のためにお願いします! あ、グリムのことがあるのでニンニクは抜いてますから!」ということであったので、ジェイドは仕方なくチンジャオロース入りの容器を手に寮へと戻った。
 モストロ・ラウンジのシフトは入っていたが、ジェイドは今日も遅番だった。だからこそジェイドは今日オンボロ寮に訪れたわけだが、はからずも間食を手に入れることになったため、間食らしく、勤務前に腹におさめてしまうことにした。
 寮服に着替えた後、容器を持って、モストロ・ラウンジのキッチンの奥、休憩室代わりのそこへと入る。寮服のハット、ジャケット、ストール、グローブを取った状態で、容器の蓋を開け、立ったままでそれに手をつけた。ちょうどそこにあったからと、面倒がってフォーク1つでそれを突き刺したが、それを咎める者もいない。
 ひとくちぶん口に入れれば、まだ十分に温かったそれは肉の旨味と野菜のほろ苦さを広げ、たけのこの食感が面白い。店で提供されるような素晴らしい味、というわけではないが、家庭的な味として充分に「美味しい」と言えるだろう。これはこれで悪くない、とジェイドは思う。
 思い出してみればマスターシェフでも麻婆豆腐という東の国の料理は出たのだし、食堂の日替わりメニューにおいても、多国籍である生徒達に応えられるよう、世界の様々な料理が出される。そう考えれば、何らかのフェアとうたってこういった異文化の料理をモストロ・ラウンジのメニューに取り入れてみるのも良いかもしれない。あまりに雰囲気の違う料理は「店のイメージに合わない」としてアズールに却下されるだろうが、匙加減を誤らなければ企画として悪くないのではないか――などと考える。
 咀嚼のために口を動かし、二口目、と手を動かしたところでツカツカとした足音が聞こえた。他とは僅かに違う靴音と歩調を意識を留め、ジェイドは大きく開いていた口を閉ざす。持ち上げかけていた手を下ろしたところで、やはり想像通りの人物が姿を見せた。
「ジェイド? ここで何を……あぁ、食事ですか?」
「アズール。お疲れ様です」
 寮服姿で現れたアズールは、ジェイドの手元を見た後に少しばかり怪訝そうな表情を見せた。
 それに答えるように、ジェイドは自らの手にあるものに視線を落とした。
「あぁ……オンボロ寮の監督生さんからいただいたんです。素朴な味ですが、悪くはありませんよ」
 ジェイドとしては事実だけを述べたつもりだった。だがアズールはジェイドの言葉に僅かに眉を寄せ、口を開いた。
……最近、やけに他寮と関わっているようですが」
 どこか不満なような、あるいは怪しむような声。
 やはり何かを疑われているか、と諦めのような、それでいておかしくなるような気持ちを抱え、ジェイドはアズールへと笑いかけた。
「ええ。言ったじゃないですか。レシピの交換が楽しくて」
「それだけですか?」
「それだけですよ」
 他に何があると思われているのだろう、とジェイドはますますおかしくなる。止めていた手を動かし、肉を突き刺した状態のフォークを持ち上げ、あ、と口を開いた。
「僕に何か用が?」
 問いかけて、返事を待たずに今度こそ二口目を口に入れた。あまり行儀の良いことではないと理解しながらも、アズールを見やったまま咀嚼をする。
 案の定、アズールはむすりと顔を歪めた。美しい顔が途端に年相応のような少年さを持って、ジェイドはひっそりと目を細めた。
……
 ジェイドが咀嚼中であるため口を開けないと判断しているせいか、アズールは何も言ってこない。ジェイドも無言だった。奇妙な沈黙の中でただ見つめ合いながら、ジェイドは肉と野菜を味わう。
 食べながらなせいか、あるいは日数が経ってさすがに感情が落ち着いてきたのか。アズールの顔を正面からまじまじと見つめても、ジェイドの胸中に感傷らしきものは生まれなかった。
 ――良かった。
 ごく自然にそう思った。
 良かった。自分の感情との折り合いはつけられはじめている。大丈夫。
 自らを宥めるような言葉が、脳内に浮かんでジェイドの中にすとんと落ちていく。
 その言葉を飲み込むように、咀嚼しきったものを嚥下した。こく、と飲み込む仕草を確認したのだろう。アズールが口を開いた。
……料理に興味を?」
「興味なら以前から持っていましたよ」
 あなたが教えてくれたことですから。ときちんと付け加え、微笑む。
 アズールは反応らしい反応をせず、問いを重ねた。
「レシピの交換が楽しいんですか、他寮に行くのが楽しいんですか」
 一瞬だけ、ジェイドは言葉に詰まった。どちら、と言えばアズールは納得するのか。そんなことが頭を過ぎる。
……どちらも。いえ、両方あってこそでしょうか」
 結局そう答えた。ジェイドからすれば事実でもある。少なくとも嘘は言っていなかった。
 アズールはジェイドの返答に眉間を寄せたかと思うと、うろうろと視線を彷徨わせた。その唇が薄く開かれ、けれどまた閉ざされる。
 何かを言おうとして逡巡したらしかったが、アズールがどんな言葉を迷ったのかはジェイドにはわからなかった。
「アズール?」
「いえ……
 声をかければ、ごまかしの返事だけがある。
 数秒の沈黙があり、ジェイドが先に口を開いた。
「そういえば、僕に用があったのではないですか」
……いえ、その……今日来る予定の依頼人に対して、必要があれば『お話し』をしてほしいのですが……
 アズールの言葉の歯切れは悪かった。ジェイドはそれに気付いたうえで、アズールの言葉を塗り潰すようにして応じた。
「かしこまりました」
 途端、アズールが顔を顰めて視線を上げる。
 その視線を受け止めたうえで、ジェイドは心のままに微笑んだ。
「ふふ……アズール、そういう時は『お願い』をするべきではありませんよ。こうしろ、と命じればいいのです。僕は副寮長であり、モストロ・ラウンジ内ではただの従業員。対して、あなたは寮長でありモストロ・ラウンジの支配人なのですから」
 言葉に棘を含ませたつもりはなかった。アズールに投げかけた言葉は、ジェイドにとって単なる事実だ。だというのにアズールはぎゅっと眉根を寄せて、とっさに咬みつくようにして答えた。
「僕はそんな風に考えていません。ジェイドのユニーク魔法はジェイドのものであり、今はジェイドがそれを使って僕に助力してくれているだけだと……
 慌てて並べられるようにして言われた言葉には、どこか切実な気配がある。実際、アズールからすれば本心なのだろう。それはジェイドも理解している。だからこそアズールはジェイドにユニーク魔法の使用を『命じた』ことは無い。それはいつもアズールからの依頼というかたちだった。
……そうですね」
 同意と見せかけた相槌をうって、ジェイドは自らの左目を指し示して見せた。
「そう心配されずとも。アズールが望んだときには、僕はこのユニーク魔法を使ってさしあげますよ。よほどのことが無い限り、拒否をする理由が無いのですから」
「だから……そんな風には思わなくて結構です。……本当は、僕の意思でジェイドにユニーク魔法を使用させること自体、すべきではないと考えています。……僕にそれが出来れば、ジェイドに負担をかけずとも自分で出来た」
「お気になさらず」
 悔し気に唇を引き結び視線を落としたアズールに、ジェイドは笑いかける。
「これを食べ終わったら、すぐに行きます」
 手元にあるものに視線を向けて答えれば、アズールはぶすりと黙り込んだ後、やがて背を向けて去っていった。
 その背を見送りながら、ジェイドは、はたして今回のユニーク魔法は上手くいくだろうかと考える。
 ジェイドのユニーク魔法は状況や心理的なお膳立てをすればするほど成功率が上がるが『絶対的な成功』は無い。そういう意味でも危ういものだった。ユニーク魔法が成功しなかった時の対応方法は色々と用意されているが、確実性が無いという時点でそれは不確実、あるいは不安定なものに変わりない。
 先程より少し早いペースで手元のものを食べ進めながらも、ジェイドはやはり、ジャミルのユニーク魔法の方が便利だ、と思った。



ハートフル5daysレシピ
(水曜日に思い出を集めて、)