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小椋
2024-07-21 11:41:27
2941文字
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【kiis】魔法使いじゃなくても
kiis版ワンドロライに参加したもの。
BM所属未来if。単行本未収録話の内容を含みます。isがkiとの夢を見るお話。
第4回目のお題「チェス」「ロケット」「虹」をお借りしました。執筆時間は約1.5hです。
シャツの襟元に結んだリボンタイの両端に、羽根の模様が刻まれた飾りが揺れる。サスペンダーつきのスラックスは、裾を編み上げブーツにしまいこんでいた。ふくらはぎの半ばほどまであるマントを羽織り、鍔の広い三角帽子を被っている。極めつけに、木の枝から造られた短い杖を持っているとなれば、もはや自己紹介が済んでいるようなものだろう。
潔世一は魔法使いだ。手になじんだ杖をひと振りするたび、思い描く通りに品物を出現させ、事象を操ることができる。
いま潔の目の前には、ひとりの少年が蹲っている。彼の名を、潔はよく知っていた。
「ミヒャエル・カイザー」
フルネームで呼びかけてみれば、カイザーはぴくりと身体を震わせた。そうして、交差した腕に伏せていた面をゆっくりと上げていく。
ざっくりと切りそろえられたプラチナブロンドは、見慣れたグラデーションブルーに染まっていない。目元に朱を差しておらず、青薔薇の
刺青
タトゥー
も見受けられなかった。顔や頭には殴られてできたのだろう痛ましい傷が刻まれていて、首筋には絞められたことでてきた指の痕が窺えた。ろくに湯を浴びれていないのか肌は薄汚れている。そんな彼が、ぼんやりと潔を見上げていた。
幼さの残る面差しには、なんの感情も浮かんでいない。それをすこしでもほころばせたくて、潔は杖を振りはじめた。
「なあ、お前はなにが好き?」
きらきらと光の粒が舞って、両者の傍にさまざま物品が現れる。
トランプやサイコロ、リバーシ、チェス、といった、ルールを正確に理解していなくても触れているだけで楽しめるような、ゲームに用いるカードや駒の類。電車やロケット、飛行機や潜水艦を模したおもちゃ。ぬいぐるみや人形、積み木、花や木の実。
子どもの興味を惹きそうなものをあれこれと見せてみても、カイザーは反応を示さない。
それならばと、潔は天窓に杖を向けた。晴れを曇りにし、降りだした雨に雷が混じって、やがてみぞれが雪へと転じていく。朝を昼に変え、昼を夜にした。
天候を操る強大な魔法を使ってみせても、カイザーの心が動くことはない。
「お前のほしいものってなんだ?」
万策尽きた潔が問いかけても、カイザーは口を開こうとはしなかった。
すると、膠着状態に陥った両者の合間に物音が割り入る。てん、てん、と弾みながら近づいてきたそれが、だんだんと勢いを失くして足元にころころと転がりこんでくる。
突然の闖入者に身動きできずにいるうちに、ちいさな手が伸ばされた。ぎゅっと抱き締めて、まんまるなそれを丁寧な手つきで撫でている。
その光景を見守っていた潔は、きゅうと胸が締めつけられるような感覚を抱いた。
少年の姿をしたカイザーが大事に胸に抱えこんだものの名前を、潔はよく知っている。
サッカーボール。あらゆるものに怯えて泣いてばかりいた幼いころの潔が、ほしいと強く望んだもの。
潔とカイザーのふたりを引き合わせたスポーツに必要不可欠な存在。
そうだよな。ほしいものなんて、とっくに知っていた。
気づけば潔は、芝生の上に立っていた。薄青に染まった天上には、雲が幾重にもたなびいている。すっかり見慣れてしまったミュンヘンの空が広がっていた。
そうして潔が身を包んでいるのは、さんざんに着倒しているバスタード・ミュンヘンのユニフォームだ。
「世一」
目の前には、使いこまれたスパイクを履いた足をサッカーボールに乗せたカイザーがいる。鮮やかなグラデーションブルーに染め上げられたプラチナブロンドが、穏やかな風に揺れている。朱の入った目元は細められて、少年から青年へと成長を遂げた端正な顔立ちに挑発的な笑みが浮かんでいた。
「カイザー」
応じるように名を呼んで、潔も口角を持ち上げる。きっと、挑戦的な笑みを返せているはずだ。
こうして、互いに戦場と定めた場所で対峙し、先に立ってはあとを追いかけて、ときには隣に並び立ちながら、世界一という唯一無二の高みを目指して鎬を削りあうことに無上の喜びを覚える。それでこそ、ふたりの本懐と呼べるものだろう。
試合開始のホイッスルが鳴り響く。カイザーの蹴ったボールを受けた潔は、芝生を蹴って力強く駆けだした。
はっとまぶたを押し上げた潔は、やがて現状を把握するなり、夢か、と息をついた。
いつもなら目覚めた途端に散漫になっていくその内容を、いまの潔はほとんど記憶できている。
我ながら単純な夢を見てしまった。ゆるく己を囲う腕の中で、潔はもぞもぞと体勢を動かした。なんとか見上げた先では、カイザーが静かな寝息を立てている。
昨夜、自身が経験してきた過去を打ち明けてきたカイザーに、潔はひとつの問いを投げかけた。
「俺になにか、してほしいこととか、ある?」
対照的と言ってもいいほどかけ離れた境遇に対して、ふさわしい言葉を見つけられなかったのだ。そんな潔がどうにか繰りだした、のんきで無神経で軽率な質問を受け取ったカイザーは、なにかを言い淀むようにはくりと唇を動かした。それからしばしの逡巡ののちに、ぽつりと答えを返したのだ。
「なにも。
……
世一は、そのままでいい」
あのときのカイザーがなにを言いかけてやめたのか、いまの潔にはわからない。答えの真意も計り知れなかった。
潔世一は魔法使いではない。いや、たとえ夢の中とはいえあらゆる力を行使できる魔法使いになったって、全知全能にはなれなかった。きっとカイザーの求めを察することも、望みを叶えることも、十全にできるときは訪れないのだろう。
過去を知った潔が、なにもかもを慮って、ことごとく尽くすことを、カイザーはきっと欲していない。
潔は健やかな寝顔から視線を落とすと、鍛え上げられた胸板に顔を埋めた。触り心地のいいナイトウェアの中、張りのある皮膚と充実した筋肉、強靭な骨格の奥から届く、澄んだ鼓動の音に身を委ねる。そうしていったんは手放した眠気を引き寄せようとしたところで、抱き締める腕がもぞりと動いた。
「よいち
……
?」
やわらかくゆるんだ呼び声に、潔はきゅっと唇を引き結んだ。返事できずにいるうちに、後頭部に添えられた掌に優しく抱き寄せられる。そうして、髪を梳くように頭を撫でられた。
きゅう、と胸が締めつけられる感覚は、夢で味わったものよりも痛くて甘い。潔はたまらず息をついた。ミヒャ、と密やかに紡いだ愛称がシーツに溶けていく。
再び鼓膜を震わせはじめた寝息に意識を託すようにして、潔はそっとまぶたを伏せる。そうしてさらにカイザーに身を寄せると、背中に回した手に力を込めた。
朝になって目覚めたら、今夜見た夢の話をしよう。カイザーは笑うだろうか。それとも呆れるだろうか。
ボールを大事に抱き締める姿を愛おしく思いながらも、そうして大事にされるボールをうらやましいと感じてしまった。そう打ち明けたら、カイザーはどんな反応をするだろう。
いつもなら恥じらって押しこめてしまう気持ちも、明日はきっと、素直に言葉にできる気がするから。
新たに迎える朝を心待ちにしながら、潔は再び夢の世界に旅立っていった。
小椋@OgrYtk
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