2024-07-21 08:01:02
7200文字
Public 元セフレエメ光
 

夜よ、君を忘れるなかれ2.1

Rか?Rではない……?

 狭いアパートメントで二人共同生活は、ずっと変わらずに日々が流れていった。体の深いところまで知ってるのに、相変わらず同じベッドで少しだけ触れ合うように寄り添って眠るだけだ。ベッドを増やす?と聞いてもこの狭い部屋にか?と返されてしまって終わりで、まあいいか、とそのままエメトセルクとの二人暮らしが続いている。
「また傷を付けて、お前はヒーラーも出来るんだろう」
 いつも通り依頼を受けてモブを倒して帰れば、呆れた顔をしながらもエメトセルクは頬についた傷に触れて治してくれる。他は、と私の腕を掴んでその目で見て、エーテルの僅かな乱れから傷を癒してくれて、そうして触れる熱が、エーテルが、堪らなく心地いい。
「ありがとう」
 そうやって笑ってみせて、気付かないで、と願う。わざと細かい傷を治さずに帰ってるなんて、知られたらもしかしたらこの暮らしすらも終わってしまうかもしれないから。
 エメトセルクと共に暮らすようになって、半年が過ぎていた。


「もう、本当に格好良くて……どうすれば好きでいるのやめられるのかしらもう〜っ!」
 わぁん、とテーブルに突っ伏して泣き真似をしたところで、ここに私を慰めてくれる人はいない。ヤシュトラはちらりと横目で見ながら読書を続け、サンクレッドは呆れた顔でガンブレイドを磨いて、ウリエンジェはタロットを巡りながら何かを考え込んでいる。
「ちょっと! あなた達のかわいい英雄が困ってるんだから知恵を貸してよ! ねえ、どうやったら好きでいるの辞められると思う?」
「無理ね」
「ヤシュトラってば、即答やめて! じゃあ、どうやったら後腐れなくエメトセルクとえっちできると思う?」
「頼むから常にアルフィノとアリゼーがそばにいると思って喋ってくれ」
「いいじゃない、あの子達やラハの前ではちゃんと隠してるでしょ?」
 頭を抱えながらサンクレッドが溜息をつく。彼だって諜報の為に女の子と過ごすことがあるくせに、と睨めば、仕事の一環で趣味ではない、と返される。
「やだぁ、もう一年近くえっちしてない……セックスしたい……後腐れなくサラッとえっちしたい……
「連呼するのやめろ」
「ねえ、サンクレッド〜、今晩どう?」
「絶対に嫌だ」
 べちん、と額を叩かれる。振られたぁ、とヤシュトラに抱き付けば、慰めないわよ、と、引き剥がされた。
……私達よりも、かのご友人ならば貴女の魂と同じ色をした方と親しい仲だったのでしょう。その方に相談する方が、何かしらのの答えは得られるかと」
 ぱちん、と瞬きをする。なるほど、と頷いて私は彼に持たせたリンクパールへ繋げる。
「あ、ヒュトロダエウス今どこいる? おっけー、今から行ってもいい? よかった。ちょっとエッチして欲しいだけだから着いたらまた連絡する!」
 よし、と通信を切ってちょっとリムサ行ってくるね、と笑えば、三人は思い思いに頭を抱え、どうにでもなれ、と手を振ってくれた。


 さて、リムサで指定したのはレストランビスマルクで働いていたシェフの一人が独立して構えた小さなレストランだ。ほんの少しだけ背伸びした金額でとびっきりの料理が食べられて、静かで個室もしっかりしている、お気に入りのお店である。
 キミの名前で先に入ってるよ、と言われて顔見知りのシェフに個室ありがとうね、とチップを渡して中に入って、あれ、と私は口を押さえた。
「なんでエメトセルクがいるの?」
 呼んでないのにー、と言いながらエメトセルクの隣の椅子に腰掛ければ、なんとも不機嫌な顔の彼が私を睨んでくる。ヒュトロダエウスは泡立つ桃色の液体を流し込みながら、にっこりと笑った。
「ワタシはまだまだこの世界が見ていたいからね。とんでもない巻き込み事故で冥界行きなんてごめんさ!」
「巻き込み事故……? まあいいわ、エメトセルクにも聞きたかったから」
 ヒュトロダエウスと同じロゼのスパークリングをお願いして、彼らが頼んだものをフォークで摘みながらエメトセルクを見上げる。彼の星色の綺麗な瞳は、私を見ていた。
「最近やっぱえっちしたい欲が凄いから、後腐れ無さそうだし絶対恋愛とかに発展しないと思うから、ヒュトロダエウスからオッケー出たら彼とえっちしてもいい?」
「オッケーなんて出さないからね」
 即座の否定に、えー、とヒュトロダエウスを睨む。
「私、めちゃくちゃ気持ちよく出来るわよ?」
「う〜ん、キミをそういう目では全く見れないし、命が惜しいから……
「えー……こんなに可愛い女の子なのに」
「お前のその自信はどこからくるんだ」
 私を睨んでいたエメトセルクが溜息を吐く。でも、私の顔がまあまあ綺麗な方であることはちゃんと自覚してるつもりだ。その分だけ努力して、似合うメイクに似合う服を着ているのだから、そうでなくては困る。
「まあそりゃ、あなたにとってはそうでもないかも知れないけれど」
 ダメかぁ、と私はロゼを飲み干す。今日はとことん酔ってしまいたい気分だ。レモンとジンの甘いお酒を注文して、私は息を吐く。
「どうしよう、なら今日どこかの宿に行こうかな」
「一人で?」
「そ。さすがにエメトセルクがいるところで自慰なんてできないわよ! そこまで女捨ててないもの」
「ウーン、キミのその基準が全くわからない!」
 ワハハ、とヒュトロダエウスが笑う。彼が次に頼んだお酒は綺麗な星色で、まるでエメトセルクの瞳みたいだ。次は私もそれを頼もう、と決意して新しいグラスを傾ける。ひんやりとしたらレモンに甘いシロップの香りで、するすると飲める。そんなにアルコールも強過ぎないし、美味しい、と笑った。
 運ばれてくるサラミやサラダ、チキンソテーを取り分けながらちらりと隣を見る。彼は最初に飲んでいたのと変わらないロゼのスパークリングをまた頼んでいて、意外に可愛らしいものを飲むんだなぁ、と眺める。新しいグラスは置いておいて、取り分けたチキンを丁寧に切って、口に運んで、咀嚼して、飲み込んで。その喉が動いたのを見て、ドキドキしてしまう。彼の唇がうんと優しくて甘くて熱かったことを、まだ覚えている。あれから誰とも夜を重ねていないから、最後の夜達がずっとずっと、私を苦しめる。
「なんだ」
 ちらりとエメトセルクが私を見る。綺麗な目だなあ、と思いながら遠慮なくその顔を眺めて酒を一気に流し込む。
「おい、ペースが速い」
「いいのいいの。酔った勢いで男拾ったりしないわよ。ねえ、ヒュトロダエウス。それ美味しい?」
「これかい? さっぱりして飲みやすいよ」
「じゃあ、次それにしようかな」
 店員を呼ぼうとベルに伸ばした手を掴まれる。相変わらず大きい手だな、と思いながらエメトセルクも何か頼む?と聞けば溜息を吐きながら彼の前に置いてあったロゼを渡される。
「飲む種類増やすと悪酔いするんだろう。それにしておけ」
 ぱちん、と瞬きをする。確かに、お酒には強いけれども、三種類以上飲むとぐらぐらして、酷く酔ってしまう。けれどそれは、もうずっと前、共に過ごした夜になんとなくした会話だ。
 それを、覚えていてくれた。
 ああ、もう。イヤになる。顔が赤いのは、酔ったせいってことにして欲しい。
 覚えていてくれたことがこんなにも嬉しいなんて。そんなの、まだまだ彼のことが好きだ、ということに他ならないじゃない。
……あなたって、本当に酷い人」
 胸が痛い。好きになるって、こんなに苦しかったなんて知らなかった。知りたくなかった。知らなくたって、生きていられたのに。
…………酷いのは、お互い様だ」
 ぽつりと聞こえた呟きになによ、と睨む。しかし彼は静かにこちらを見つめ返して、その瞳を見つめるだけでこちらの胸が苦しくなってきてしまう。いつまでも見ていたいのに、その瞳の熱が自分に向けられていると勘違いしてしまいそうで、苦しい。目を逸らしてはぁぁぁ、と長く長く息を吐く。
「キスしたい……足腰くたくたになるキスがしたい……ヒュトロダエウスどう?」
「残念だけど、キミとはそういう関係になれないかな」
「なんでよー! ねーエメトセルク! ヒュトロダエウスとキスしていい?」
「嫌がっているだろうが」
 唇を尖らせながらロゼを飲んで。美味しい。エメトセルクはまた綺麗な桃色を頼んでいる。そして私が飲み終わったら私が他の酒を頼む前に握らせる。酷い。酔わせてもくれない。それなのに好きでいることをやめさせてもくれない。
「ねえ、誰とだったらあなたは許してくれるの」
 流石にじんわりと酔いが回ってきた。くらくらと世界が揺れてるみたい。いいや、とエメトセルクの肩に頭を乗せれば、意外に振り落とされなかった。
「許していないわけではないだろう」
「じゃあ、サンクレッドとか、ウリエンジェとちゅーするわ!」
「あちらが良いと言ったらな」
「言ってくれなかったの……
「なぜ拒否された相手とキスしようとする」
 だって。ああ、言いたくないことと、言おうとしていたこと、わかんなくなってきた。
「だって、あなた以外は、おんなじだもの」
 落ちかけた瞼の向こうで、ヒュトロダエウスが笑っている気がする。ああ、眠い。こんなに簡単に眠くなるっけ、なんて思いながら。あなたの肩しっかりしてるなぁ、と口が勝手に呟いた気がした。


 エメトセルクの肩に頭を乗せて眠り出した彼女を見ながら、ヒュトロダエウスは笑い過ぎてこぼれた涙を拭った。
「いやあ、誰かにキスを迫るのを見たくないからって、お酒に眠りの魔法を混ぜるのは良くないと思うよ」
「うるさい」
 エメトセルクは溜息を吐きながら眠る彼女を抱えて立ち上がる。その触れる柔らかさに、優しさに、見下ろす視線の甘さに。もし彼女が目の当たりにしてしまえば一発で彼の気持ちなんて丸裸になるのに、と思うのだが、どうやら眼前の親友は真っ先に体の関係を持ってしまったことを苦く思っているらしく、どうにか真っ当に関係を進めたいらしいが、残念ながら彼らのもう一人の親友の魂を継いだ彼女は、彼女らしく破天荒で思い通りにはならないだろう。
「出るぞ」
「えー。ワタシ払っておくから、先帰ってて良いよ。ここ美味しいし。それにキミ、早くその人を持ち帰ってしまいたいんだろう?」
 にこり、と聞かれてエメトセルクは友人を睨む。いくつかの硬貨を置いていけば、ヒュウ、と口笛と共にひらひらと手を振られた。
 店主に声をかけてから店を出て、指を鳴らして転移すればあっという間にいつの間にか「我が家」と呼ぶようになったせまいアパートメントだ。ただの居候のつもりのはずだった。こんなにもだらしなくどうしようもない女の癖に、本の趣味は中々のもので、しかし床に平積みされ山になる蔵書に我慢ならず、手を出してしまえばここはもう、二人の城になってしまった。
 時々本棚に知らない間に増えてる本の背表紙に触れながら、これ面白そうね、と目を輝かせる彼女を見たくてあちらこちらと本を探す旅に出ていることを、きっと彼女は知らないだろう。
 腕の中で眠る彼女をひとまずソファーに下ろして服に手をかける。彼女の服は全て彼女自身が作った物で、彼女の体格に合うように計算された物だ。それをエーテルに解いてしまうのは惜しかった。となればこうして丁寧にボタンを外し、革紐を解いてホックを取って、丁寧に丁寧に布と皮を剥がしていく。下着の線が浮かないようにとベビードールにTバックと、自分を魅せる努力を惜しまないのは好ましいが、ならばこんな風に簡単に男の手に堕ちるな、と願ってしまう。
 始まりは愚かだった。アゼムの魂を持つ人間がまたもや英雄と囃し立てられて持ち上げられているのは知っていた。それは必ずアシエンたる我らの敵になるだろう、と思いながら時々目を向けていた。
 彼女は夜の町で花のようにいろんな蝶を引き寄せ受け入れているのも知っていた。アゼムの魂を持つものがなんとだらしないことか、所詮なりそこないなのだと失望した。けれども胸に残るざわつきはどうにも御し難く、ソルが床に臥せている合間に適当に落ちた人間の身体を拾い上げ、見に行ってみた。偶然だったのだ。その体を狙う複数の男を相手に、美しく立ち向かい、相手を選ぶのは私なのだと、言い放つその女を、気紛れに助けてしまった。拾い上げた古汚い体をかつてと近しい容姿にして魔法を放てば、彼女は驚いた顔でこちらを見る。その手を掴みエーテルの波を眺めながら人気の多い場所へ辿り着いて、そこで終わりにすればよかった。いっそ、このまま彼女を縊り殺してもよかった。
「本当に、今夜の予定を入れてみない?」
 そうやって誘う彼女のその笑みに、面影が重なってしまった。重ねてしまって、どうしようもなかった。本当に愚かな始まりだった。

 彼女の肌は何度も見て、触れてきた。その柔らかさを、滑らかさを、甘さを、よく知っている。下着を脱がせて完全に何も纏っていない状態で指を鳴らして彼女の体を清潔にして。ここまでされてもなお、彼女はまだよく眠っている。どこか幼く見える表情に込み上げるものを抑え込み、少し悩んで彼女が毎晩塗り込んでいる保湿剤を手元に持ってくる。くるりと蓋を回して手に取れば、柔らかな花とハーブの香りがした。
 体温で柔らかく溶けていくそれを、指先から腕へ、肩へ、伸ばしていく。風呂上がりにいつも鼻歌を歌いながら指を滑らせているのを知っている。それこそ、夜を重ねていた時もまた、朝方にシャワーを浴びたあと、背中塗ってくれる?と頼まれたこともある。自分で作ってるのよ、と誇らしげに笑って聞いたのは、何度目の夜だったろうか。
 指を滑らせ、肩から胸へ手を回す。豊かな胸は柔らかくて、ゆっくりと保湿剤を塗り込んでいく。
「ん、ぁ……
 微かに漏れる吐息に甘さが乗っていた。自分で塗り込む時は声なぞ上げたことないだろう、と文句を言ってやりたい。時々震える体に苛立ちながら、胸から肋へ、腹へ、指を滑らせる。臍の下を撫でればまた悩ましげに吐息が漏れて、体が揺れる。柔らかな甘さの香りに、たいして飲んでいないアルコールが今頃回ってきたようだった。
 背中の背骨をなぞるように手を滑らせて、程よくしまった尻を撫でる。もっと大きい方が揉み心地はいいと思うんだけれど、筋肉になっちゃってるのよね、と聞いたのもいつかの夜だった。太ももの付け根を触れればまた体が震える。吐息の甘さに湿度が籠っていて、遅効性の毒のようだった。エメトセルクは深く息を吐きながら足の先へと手のひらを滑らせていく。足の指の先まで、丁寧に磨くように塗り込んでいるのを知っている。肌に残る傷跡を薄れさせる効果もあるのよ、と笑うその体は、確かに冒険者だった。
 クローゼットから新しい下着を取り出して着せていく。シルクのワンピースのような寝巻きは肌の保湿に役立つの、と彼女のお気に入りのものだ。それも着せてから抱えてベッドへ運ぶ。ゆっくりと下ろして息を吐いた。ぬるめのシャワーでも浴びるか、と思いながらもベッドに腰を下ろし、眠る彼女の頬に触れる。
 彼女に好意を寄せ出したのはいつからか分からない。けれどももう誤魔化せない、と思ったのは宇宙の果てで死にかける彼女に生きてほしいと願った時だった。好きだと乞われて初めて、アゼムではなく彼女を好ましく思っていると気付いた。彼女の旅のその先を、見ていたかった。叶うならば、彼女の口から彼女が歩む旅を聞きたいと、思ってしまった。
「ん…………
 ゴロリと寝返りを打った彼女の体がエメトセルクにぶつかる。彼女はベッドについていたエメトセルクの手に触れると、その袖を指先で握った。
「おい、離せ」
 思ったより指の力は強く、やはり彼女は戦う者なのだと思い知る。その指を一つ一つ剥がしていけば、代わりにエメトセルクの指に絡まって繋がれてしまう。彼女の名前を呼べば、んー、となんとも寝ぼけた返事が聞こえて、夢と微睡みの狭間で泡のように眠っているようだった。
 もう一度、名前を呼ぶ。絡まった指先に力を込めて繋いで、シーツに押しつけて。反対の腕を彼女の頭の横に立てて、落ちた髪のカーテンの中に彼女の顔を閉じ込める。
 もう一度。名前を呼んで、無邪気に「好きだった」と恋を過去にしようと他の男との夜を提案する、その残酷な唇に、やわくやわく、触れて、口付けた。
 ふわふわと柔らかく、すべらかで。ああ、久しぶりだな、と思いながら少しだけ離して、もう一度触れて。
 始まりは最悪だった。だから今度は慎重に、丁寧に、大切にしたいのに。それなのに彼女は恋を過去にするのだという。親しい友人には拗ねてないで素直になりなよと言われ、彼女のお節介な仲間達にまでさっさとなんとかしろとせっつかれる。彼女だけが気付かず、無邪気に残酷に夜を切望している。それが赦せなくて、けれども伝える言葉を探せずにいる。
 ゆっくり唇を離すのと、夢の泡が弾けるのはほとんど同時だった。彼女だけが持つ色彩にエメトセルクが映り込む距離で、彼女は不思議そうにゆっくりと瞬きをした。
……えめ、と…………?」
「いい子だから手を離せ」
「どこか、いくの?」
「シャワーを浴びたら戻ってくる」
「ん……
 一度ぎゅ、と強く握られた後に手の力が抜けていく。そのまま指を抜き取れば、彼女はエメトセルクを見つめたまま、またゆるゆると瞼を落としていく。
 エメトセルクは何度目か分からない溜息を吐いた。いい加減素直になりなよ、と笑顔で毒を吐く友人の声が脳裏に響いた気がする。それができたら今も昔も苦労していない、と呟いた声は到底、誰に届くこともなかった。