ガラシャ
2023-11-03 22:41:45
7090文字
Public libido
 

libido 7-6・終

終わります。


 ――和也は、二度と訪れることがないだろと思っていた扉の前に立っていた。桂ライフ・ビルディング異母兄の持ち物だ。
 そのビルに入り、見慣れた扉の前にたった。玲二と和也の登場に、扉の門番である黒服たちも驚いた様子を一瞬みせたが、すぐに表情は元に戻る。
「いくぜ」
 黒服たちによってアモーラルの扉が開かれる。和也は微かに緊張していた。
「ほら」
 玲二に肩を抱かれたまま、扉をくぐる。程よくざわついていたアモーラルにいた男たちは、和也の姿をみ、驚愕の表情をする。ざわめきが静まり、誰もが凝視する中、玲二は和也を連れて一つのボックス席にすわった。
「なんで、俺をここに連れてきたんだ?」
 和也が居心地に悪さを感じていた。もともとアモーラルで自分の存在が受け入れられていたわけではなかったが、こんなに視線を向けられたら、眉を潜めたくなる。
「その話はあとで、上でしようぜ」
「上って?」
 和也が首をかしげると、
「和也っ」
 鋭い声が響き、エッジこと黒崎享が近寄ってくる。彼らしい余裕はなく、その顔は怒りの形相になる。
思わず立ち上がった和也に右手を伸ばしてくる。
「お前、どこいってたんだ。」
 和也の後頭部を掴むと、そのまま自分の方に押し付ける。
「享
「俺に黙っていなくなるなんて、お前、ふざけてんじゃねえぞ。今までどこにいた」
 恫喝に近い声だった。基本的にエッジは和也に甘い。和也が傍にいれば和也の事しか見ないし、自分以外を見させないようにする。
 和也は親友だった男の顔が、なぜか怖くなった。この男もなぜか、和也に執着している。それをずっと友情だと思っていたが、それだけではない気がした。
「こい、和也。俺の部屋でとことん吐かせてやる」
 エッジが和也の手首を掴み強引に引っ張っていく。その力の強さに、和也は思わず声を上げる。
「享、いた
「やめろよ、和也が嫌がってるだろ。強引に連れて行こうとすんな。そいつは俺と来たんだぜ」
 それをとどめるように言ったのは玲二だった。享は振り向くと、和也を自分の腕に再び抱き寄せ、低い声を出した。
「なんでてめえが、和也の側にいやがる」
 エッジは無論、玲二の存在に気が付いていたが無視したのだ。だが、和也と連れ立ってアモーラルに来た理由ぐらいは、問いたださなくてはいけない。
 エッジがその名に相応しい鋭い目で睨みつける。だが玲二は涼しい顔で、座っているだけだった。
「んなもん、俺だけが和也の居場所を知っていたからだ」
 一気にその場が殺気立ったものになる。
 プラズマが奔っているかのような。和也でさえも息を飲むほどの殺気が奔っていた。
――和也さん」
 その空気などものともせず近づく者がいた。奇麗に髪を撫でつけたバーテンは、恭しく和也の前で頭を下げる。
「どうぞ13階へ。オーナーがお待ちです」
 当然のことのように玲二が立ち上がる。
「和也、いくぜ。お迎えだ」
 アモーラルでの騒ぎを異母兄が知らないはずがない。和也は鼓動がひとつ大きく波打つのを感じた。
「俺もいくぜ」
「いえ、お二人と伺っていますので」
 エッジはちっと舌打ちをする。森島明人の言葉は『絶対』だった。
「和也。13階での話が終わったら、俺のところに来い。この半年間、どこで、何してたかきっちり吐かせてやるからな」
わかった」
 和也の顔を真摯な目で見下ろしながらエッジが言う。この半年間、おそらく酷く親友を傷つけてしまっていた。
 真摯な目の奥は、微かに揺らいでいる。どこか不安げに。エッジというあだ名がつく程、鋭利な性格をしている男にそんな目をさせてしまったのは自分なのだ
  罪悪感が和也を包む。おそらく他の人たちに会えば、この罪悪感は大きなものになるのだろう。

 ――先導したバーテンは、玲二と和也がエレベーターに乗り込むのを見届けるとスロットにカードを差し込む。
 すぐに13階の表示が点灯され、エレベーターが上がっていく。チンと音が鳴り、扉が開かれる。
 高級ホテルのエントランスを思わせる広々としたエレベーターホールから奥へ進むと、一つの扉の前に立った。異母兄のプライベートルーム半年前までは定期的に訪れていたこの場所は、和也にとっては東京で数少ない心安らぐ場だった。
 バーテンがインターフォンを押すとすぐさまコンシェルジュが扉を開ける。
「どうぞ」
 和也も顔見知りであるコンシェルジュは当然のように、和也と玲二を招き入れた。大理石の廊下を歩いた先、最奥の扉をコンシェルジュが扉を開く。
 少しの躊躇いののち、和也は足を踏み入れた。
「和也、よく戻ったな」
「異母兄さん
「なぜお前が彼といるか。その理由を問いたださなくてはいけないが、まあ、座りなさい」
 明人に促され、和也は玲二と共に革張りのソファに座る。ゆっくりと体が沈みこむ感覚に、息を吐く。
 ローテーブルを対称に、目の前に座った明人は和也に視線を向ける。
「まずは、なぜ俺たちの元を離れたか、言い訳を聞こうか」
 異母兄の見たこともない怖い目をまっすぐに受け止めることができず、和也は微かにうつむいた。黒々とした双眸は和也だけを見つめていた。
 和也は誰にも告げたことのなかったことを語りだす。
 いつも『孤独』を感じていたこと。高校生になることにはすでに離れることを決めていたこと。そのための準備をしてきたことをだ。
「なるほど。だからお前は頑なに『森島』を名乗ることを拒み、学費でさえも出させなかったのか。そういえば、高校に入った途端、アルバイトも始めたな。
 ――その頃から、お前は、俺たちから離れるつもりだったんだな。冴子さんの元からも離れ、ひとりで見知らぬ土地で暮らすつもりだったと」
「そうです。俺は最後には、ひとりきりになってしまうってわかってるから。最初から一人になることに怯えるより、いっそのこと、ひとりっきりで生きようって」
「愚かなことを。なぜ、自ら『孤高』を選ぶ?」
「『孤高』であるつもりはありません。でもただ、施設にいたころから母親が死んだ頃から、俺は一人だったから。
 ――自分でもわかってるんです。俺は誰とも、心を通い合わせて長い間一緒にはいられない」
 誰といても埋まらないのだ。寂しいと、哀しいと母と亡くした時の5歳の頃の感情のまま、今もずっと生きている。
「ではなぜ、隣の彼が、お前の居場所を知っていたんだ?お前が何もかもを捨てるつもりだったのなら、彼も必要ではなかっただろう?」
「それは
 和也はちらりと玲二を見る。玲二との関係は、自分が望んだものではない。それをここで言ってしまっていいのか、躊躇ってしまった。
 そもそも玲二の意図が分からないのだ。和也をここに連れてきて、問い詰められる和也をみて、玲二が何を得たいのか分からなかった。
「そりゃあ。俺たちには肉体関係があるからだよ」
 和也のためらいを十分にわかりながら玲二が言い切る。招き入れられた時点で、玲二との関係を探られるだろうと思っていたが、玲二は何のためらいもなく和也との関係を暴露した。
「礼を言うぜ。あんたが高倉別荘で引き合わせてくれたお陰で、俺は和也を手に入れることができたんだからな」
 玲二は冷たく笑う。
「では、関係はあの頃からあったと?」
「そうだ」
「なるほど、君たちがそういう関係だということは分かった」
 気になる報告は上がっていたが、まさかそこまでの関係だとは思わなかった。タラシのレイジは健在で、和也がいないこの半年間も女性関係のうわさは聞いていた。
 そんな男が和也と肉体関係を持っていたとは
――だがそれは、君が一方的に和也に執着していたからではないかな?」
 明人から発せられた声も冷たかった。
――君も分かっているだろうが、和也は人を欲することがない。言い方を変えれば、誰にも執着することはない。そんな和也が君を選ぶとは思えないんだが?」
 流石は半分血の繋がった兄だ。和也のことをよくわかっている。和也が自分で言ったように、和也の心の中は誰にも満たされない。12年前、児童養護施設から祖父に引き取られた異母弟は、その年に似合わないほどの冷静さでもって大人たちを見ていた。
 5歳から和也は一人で生きてきたのだ。庇護されるものとして育てられたが、和也の心にぽかりと空いたものは埋まらない。それがいじらしくて、愛おしくて。明人にとってはそれが和也に執着する理由にもなっていた。
「まあ、そうだろうな。こいつのことを知っている人間なら、誰だってそう思うはずだ。だから証拠を見せてやるよ」
 玲二がスマホを取り出し、操作をする。
「これを見れば、俺たちがそういう仲だって、わかるだろ」
「玲二。なに?」
 玲二はスマホをローテーブルの上で滑らせる。和也は胸が騒いだ。
「再生しろよ」
 明人が操作すると、まもなく再生された。
『っ、あ、あん!』
 和也は固まる。この声が自分のものだと知って
『あ、ひん、あそこばっかりやだぁ
「やだ!やめろっ」
 和也は手を伸ばしてスマホを掴もうとする。その手を玲二が取った。画面には和也が乱れている姿が映されている。
 それが異母兄の前で晒されていることに慄く。
「玲二っ。はなせ!」
「なんでだよ。今日だって、朝までずっとこうしてくっついてただろ?」
『れい、ん、ひゃあ!』
 和也は玲二を睨みつける。
「玲二、なんで!動画は全部消したっていってただろ!?なのに、なんで
 高見家に週1回のペースで行くようになってからしばらくの頃、玲二にスマホの動画を消すように頼んだのだ。玲二は案外すんなりと頷き、和也の前でスマホを操作していた。和也は安心していた。痴態は全て消し去られたと思ていたのに
「ああ、消したぜ。あの時の動画はな。けど、その後も、何度もふたりで楽しんだじゃねえか。それを残しておいて何が悪い?
 ――言っただろ?お前とのハメ撮りを残すのは、お前との思い出を残しとくためだって」
 事も無げに言う。同じセリフを1年以上前からきいていたが、まさか本当に和也との思い出のものになっていたのだろうか。
「お陰でこの半年、お前を抱かなくても耐えられたんだぜ。逆に感謝してほしいくらいだ。動画がなかったら、すぐに追いかけてやって、犯してた」
 和也は絶句する。
「それよりほら、覚えてるだろ。あの夜の事
 玲二は和也の肩を抱き寄せて、耳に軽薄そうな唇をよせる。
『ココがいんだろ、和也?』
 甘い声は、いつだって和也にのみ注がれていた。
『う、あれいじ
 和也の声も悩ましく響き、互いの名前を呼ぶ声の甘さに二人の仲の深さが伺いしれる。
「お前、俺が焦らしてやったら、どんなことしたか覚えてるか?」
お、覚えてないそんなの、忘れ」
――嘘つけ。自分から乗り上げてきて、腰振ってじゃねえか。初めての騎乗位だっただろ?」
 確かにあの日は、酷く玲二に焦らされたせいか、自分から腰を落として玲二の怒張を受け入れた。
『れい、じほし、いちょうだ』
 その時、ふっと音が途切れ、和也もハッと気づく。いつの間にか玲二が作ったものに支配されていた。
 自分のあられもない姿と声決して誰にも知られてはいけない、自分の姿だった。
 和也はぎこちなく、明人へ視線を向ける。この場において、一番、冷静であろう異母兄を
「なるほど、な」
 明人の声はやはり冷静だった。
「和也。お前はなぜ、レイジとの関係を、黙っていた?」
……
 異母兄の冷たい声に、和也は答えられず、片手で顔を覆うとソファに背を預けた。
「お取込み中のところすみません。お客様が来られました」
 その時だった。コンシェルジュが声をかけてきたのだ。
「入ってもらってくれ」
 和也はソファに身を沈めたまま、異母兄の声を遠くに聞いていた。
「和也くんっ」
 和也はその声に、思わずソファ越しにその声の主を辿る。
 ――現れたのは、篠宮冴子だった。いつもきれいにウェーブしている髪が乱れ、顔にも焦燥感が漂っていた。
「冴子さん
 和也は呆然とソファから立ち上がった。その和也の元へ駆け寄ってきた冴子は、和也に縋り付く。
「どうして、どうして、出て行っちゃったの!」
 シャツにじわりとしみこんでいく冴子の涙に、和也も眉を顰める。
「突然、私の元からいなくなるなんて
 冴子が和也の腕の中でふらつく。咄嗟に抱きとめたが、冴子の顔は苦しそうだった。
「和也。ドクターを呼ぶから、ゲストルームで冴子さんを介抱してやってくれ」
「はい。冴子さん、こっちへ」
 冴子を支えながら、和也は執務室を出る。途端に静けさが戻った。
「さて、話をしようか」
 今までのことは全て前座であると、明人は分かっていた。
「君の真意は何だ?和也を連れ戻したということは、当然、和也は君だけの相手をしているわけにはいかない。本来なら、和也の居場所を我々に知らせたくなかったのではないか?
 ――それでも、ここに連れてきた真意はなんだ?」
 玲二の口ぶりでは、既に半年前から、玲二は和也の居場所を知っていたことになる。
 全てはこの男の手の内なのだろう。この男が何を望むかによって、おそらく、何もかもが変わる。
「単純なことだ。『キング』の隣には『クイーン』が必要だ。そうだろ?」
 ただの比喩ではない。『キング』は玲二の通り名になっている。その『キング』が求めるのは和也ただ一人。つまりは、『クイーン』は和也のことなのだ。
 身内が認めるだけでなく、対外的にも和也が玲二のパートナーであることを知らせろというのだ。
 誰も叶えられなかった『キング』の隣の座に、突如として『クイーン』が座る。それはスキャンダルといっていいだろう。
「あんただって、元々望んでたんだろ?高倉別荘で裏方のようなことをするのではなく、和也を表舞台にたたせてやりたいって」
 確かに、和也を表舞台に出してやりたい気持ちは、森島家当主である祖父も、異母兄である自分も思っていたところだ。
 大学進学と共に東京に住まいを移した和也が、アモーラルに定期的に訪れるようになってすぐに厄介な男ばかりを惹きつけ、いつからか『弁天』という通り名がついた。稀有な素質を持っていると見抜いていたが、まさか目の前の男までも虜にするとは思わなかった。
 自分のことを平々凡々な人間であると信じている和也に、相応しい場を与えてやりたかった。
 和也は恐らく、自分たちから離れようとしたのと同じく、玲二からも離れようと思ったのだろう。一方ならぬ  『執着』を向けられ、和也は恐らく慄き、拒もうとしたのだろうが、逃れきれなかった。
「なるほど、わかった。
 ――ならば、和也を君に授けよう。君がどうやって、ステージを上っていくつもりだったのか、興味があったからな。そこに和也を巻き込むつもりなら、まあこちらとしても願うところではある」
 考えようによってはチャンスといえるのかもしれない。
 ――和也が目の前からいなくなり、味わってしまったのは喪失感だった。その喪失感を2度と味わいたくない。
「俺は誰にも従うつもりはねえが、あいつが傍にいるなら、少々のことは受け入れてやるさ。
 ――俺なりのやり方で、ステージを上ってやる。あいつを腕に抱いたまま、ふたりでな」
 ――和也を誰にも奪われないため。和也自身が逃げないようにするため。鎖をぐるぐるに巻き付けて、動けないようにしてやる。
「そのうち、森島本家にもふたりで挨拶に行くつもりだ。あいつのことは生涯に渡って俺が面倒を見るって、老い先短いジジイに教えてやらなきゃなあ」
 覇気を見せる男を目の前にして、ふとエッジの言葉が蘇る。
『男の純情を舐めてやがると、今に痛い目に合うってな』  
 玲二の和也へ向ける感情はある意味で『純情』といえるのだろう。ただ、度が過ぎた『執着』を孕んではいるが
 読み違えていたのは、明人であり、和也だったのだろう。
 いや、もしかしたら、玲二自身でさえも、こんなに凄まじい執着を和也に向けるとは予測していなかったのかもしれない。
 凄まじい執着の果てには、何が残るのか。誰にも分からない。
 ――ただ言えるのは、和也はもう雁字搦めな執着から逃げようがないということだけだった。



終焉


∞∞∞

libidoを書くきっかけは、「和也が性接待しないかな~絶対しないな~」から始まって、本来なら1章ぐらいで終わる話だったのですが、いつも何やら10万字書いてました
昨年の6月にアップし始めてからも、加筆・修正を繰り返して、最終章が始まってからも加筆したという

2章でサイファのシーンであった「クイーンの席はキングの隣」が伏線です伏線になってるかな?
あと和也のエロ動画を見せびらかすってのも伏線かな?
なんか、いっつも同じ話書いているような気がする・・ごめんね。

和也はこの後、やっぱり一人で生きると言って逃亡先?に帰ろうしてまたブチ切れた玲二に抵抗したり、玲二に連れられて森島のおじいさんのところに言ったり、ダークマターや政財界のパーティで玲二に伴われたりする予定です。

次のお話はどうしようか~。