ガラシャ
2023-10-28 23:22:46
5280文字
Public libido
 

libido 7-5

いよいよ終わりに近づいてきました。長かった。


 ――そして日曜日の朝、ダイニングテーブルで向き合って朝食を終えた後、玲二は和也に告げた。
「今日の午後の便で東京に戻る」
そう、か」
 和也は安堵した。どうやら玲二は、満足したようだ。時間はかかってしまったが、ようやく解放される
 これで明日から、ひとりきりの生活に戻れるのだ。
「どっかで昼めし食って、空港までいこうぜ。流石に見送ってくれるんだろ?」
「わかった」
 和也は内心の悦びを隠しながら頷いた。
 午前中は昨日手が付けられなかった家事を片付けた。洗濯をし、掃除をし、玲二というものぐさな男によってたった一日で散らかってしまった部屋を片付ける。玲二はどっかりとソファに座り込んだまま我関せずで過ごしていた。苛立たしさは感じたが、どうせ言っても無駄だ。ものぐさな男であるのは十分承知している。ゴミ箱にゴミを入れただけでも良しとしよう。
 自分は自分のいつもの生活に戻るための行動をするのだ。日常生活に戻るための。和也の生活を取り戻すための準備だった。
 ――11時半ごろ、玲二は来た時と同じブラックスーツに着替え、和也を伴ってアパートを出た。古ぼけたアパートにはやり玲二という男は似合わない。
 アパートから10分ほど歩くと駅前の賑わいが広がっていく。洒落たレストランでランチを食べる。東京にいたころは度々玲二につられていたが、外でふたりでこうして食事をするのは久しぶりだ。地方都市では滅多にお目にかかれない美形に、ひそひそと囁かれる声が届くが、和也は目の前の食事に集中することにした。
 ランチ後玲二に連れていかれたのは、商業施設の駅ビルだった。エレベーターに乗り、20階まで登る。
 広いエントランスがあり、カウンターがある。その前で待っていた人物がふたり。ひとりは壮年の男で、もう一人は和也たちと同世代と思われる女の子だった。
 ビジネススーツを着込んだ二人は、玲二を見ると深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました、高見様。本日は我々がご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、頼む」
 玲二は横柄な態度で応える。高慢な態度は、どこにいても変わらない。案内されたのは、このビルの最上階である25階の一室だった。会話から察するに、どうやら二人ともコンシェルジュのようだ。
 モデルルームなのだろう。家具が配置よく置かれている。
「いかがでしょうか?」
 壮年の男が玲二に尋ねると、玲二は頷いた。
「ああ、いいな。立地も、部屋の雰囲気も」
 その態度に、もう一人のコンシェルジュが尽かさず声をかける。
「他のお部屋も、とっても景色が良いのですよ。どうぞ、ご案内いたします」
 従業員二人と玲二はリビングルームを出て、他の部屋を見に行った。
 和也は大きなガラス窓に近づく。下をのぞき込むと、和也が見たことがない光景が広がっていた。
 この街に住んで半年がたつが、こうやってこの街を上から見下ろすことはない。
 ――この駅ビルが完成したのは確か1か月前のことだ。商業施設と分譲マンションが併設され、駅前再開 発の目玉としてニュースにもなっていた。
 5分ほどして、リビングルームに3人が戻ってくる。
「暫くゆっくり見たいから、外してくれ」
「承知いたしました。20階の事務所の方におりますので、お声かけください」
 コンシェルジュの二人は玲二の言葉に従う。玄関の扉が閉まる音が耳に届くと、途端に静けさが広がっていった。
 玲二は和也に近づく。
「どうだ。和也。ここでいいか?」
なんで、俺に聞くんだ?」
 知りたくないものを知ってしまう気がしたが、玲二が何をしようとするのか真意だけは知りたかった。
「決まってんだろ?ふたりで、ここに住むからだよ」
 さも当然と言った風情で玲二は告げる。
「ここに住むってどういうことだよ?」
「お前がここから離れる気がないんだったら、俺がこっちに住むしかねえだろ。まあ、仕事があるからこっちに住むのは週末だけになるけどな。セカンドハウスと、こっちの家と今はやりの二拠点生活ってやつだ。平日はここでお前ひとりなんだから、お前もしっかり見ろ」
「なん、で?『セカンドハウスと、こっちの家』って。高見の家はどうするだよ?」
「お前が東京に戻って俺と高見の家に住む気がないんだったら、高見の家はいらない。今だって、ほぼ帰ってねえしな。近々、売り払う手配は済んでる。
 ――それとも、お前のアパートで一緒に住むか。狭いけど、あれはあれでいいよな」
 息遣いがわかるほど近く、手を伸ばせばすぐに抱き寄せられるぐらいに狭い。二人で何もせず、だらだらと過ごす東京にいたころ、高見家でもできなかった時間の過ごし方を玲二は気に入っていた。
 和也は頭が覚醒していくのを感じた。金曜日の夜に玲二に犯されてから、どこか遠い物語の中にいるような、非現実な感覚で過ごしていたが、今ようやく目が覚めた。
 これ以上はだめだ。玲二を自分に執着させるわけにはいかない。
「玲二」
 自分でも信じられないほど、冷静な声が出る。
「もう、やめよう。こんな不毛な関係。お前との関係は恋とか、愛とかじゃなかったけど、俺なりに大切に思ってた。
 ――でも、違う。俺は東京を出たんだ。俺が選んだのは、お前との関係じゃない」
 和也はまっすぐに玲二を見上げた。嘘偽りのない、和也の答えだった。
 玲二に表情はない。いつも通りの無表情で、和也を見下ろしていた。
「勝手に居なくなったことは悪いと思ってる。もっと早く『一緒に住む気はない』って言えばよかった。あの夜だってちゃんとお前と顔を合わせて、『お終いにしよう』って言えばよかった。
 ――真剣にお前と向き合えなかった俺の弱さだよな。誰とも真剣に向き合えなかったから、また逃げたんだよな、俺
 ずっと人との繋がりを避けて生きてきた結果がこれだ。中途半端にひとりの人間を弄んでしまった。
「だから。もう、こんな関係はやめよう。俺はここで生きていくし、お前も東京で自分の人生を
――和也。これ以上何かしゃべったら、この場でぶんなぐって、頭押さえつけたまま犯す」
 その台詞に和也が玲二と凝視すると、完全に色を落とした玲二の顔があった。冴え冴えとした美貌が凍てついていた。
「お前がまたそうやって、俺を『捨てる』気なら、もう遠慮なんかしねえ。譲歩してやったのに、それでもお前は、俺を受け入れるつもりがないんだな」
「『捨てる』んじゃない。お前との関係はそうのじゃないって、言ってるだろ?」
 金曜日の夜の言い争いのような会話に戻っている。
 ――『捨てる』のではない。今の関係を『終え』て、それぞれが新しく『始める』のだ。
 和也は深々とため息を吐いた。図体も態度もでかいのに、こういう時は玲二が年下のように感じられる。
 その和也の様子を玲二は瞬きもせず見つめていた。
――もう、いい。お前が俺から離れる気なら、骨も残らないほど、全部、俺が貪り食ってやる」
「おい、ちょっと玲二!」
 玲二に腕を掴まれたまま、玄関を出てエレベーターに乗りこんだ。
 20階で止まるが、玲二の手は変わらず和也を掴んだままだった。玲二と和也が現れたことに気付いたコンシェルジュがカウンターから出てくる。
「お客様。どうかされましたか?」
「ああ、契約はいったん、保留にする。今日はこれで失礼する」
「そうですか。まだ、他の部屋もご案内はできるのですが何か不手際があったのでしょうか」
「いや、こっちの都合だ。どうやら、こいつが自分に相談もなしに連れてこられたせいで、ご機嫌斜めみたいでな。今すぐに誤解を解かないと、フラれそうだ」
 強い力で掴んでいた腕から手を放し、今度は和也の肩を抱き寄せてくる。親密に見えるその態度に事務所から覗き込んでいた女の子がきゃあと声を上げる。
――そうでしたか。安い買い物ではございませんものね。どうか、お二人でゆっくりとご相談なさってください」
 さり気なさも装いながらも、若い美貌の男が纏っているものは一級品であるとコンシェルジュの男は見抜いていた。そんな上客を返してしまうのは気が引けるが、あまり押しすぎてもいけない。
「ああ。いくぞ、和也」
 和也の肩を掴んだまま、玲二は20階以下に降りるエレベーターに乗り込んだ。商業施設ということもあり、途中で何人かの客が乗り込んできたが、みな美貌の男とその男に肩を抱かれている和也に興味津々だった。
 1階に降り、駅のロータリーへと向かう。自分が先にタクシーに乗り込み、和也の手首を掴んで無理やり乗り込ませた。
「空港まで」
 突然の行動をとめられなかった和也であるが、玲二の口から出た言葉にほっと溜息をつく。
「東京に帰るんだな?」
 和也の穏やかな声に、玲二は口を歪める。
「ああ、お前も一緒にな」
「なんで?」
「なんで?さっき自分が言った言葉を思い返してみろ。俺がそんなこと、受け入れると思ったのか?」
 和也は絶句する。このままでは頑なに帰らないと誓った東京に戻ってしまうことになる。それだけは嫌だった。
 和也にとっては、もう『終わった』ことなのだ。だけど、この男はそれを理解して、受け入れようとしない。

 ――自分がこの男を狂わせてしまったのだろうか。
 なぜ、そんな力など、自分にはないのに。特別な何かを持っているわけではないのに。
 玲二が執着する様を和也はただ受け入れていただけだ。
 それなのに、なぜ。玲二はなぜ、和也自身が求めると思っているのだろう。
 終焉に向けて自らキスをしたあの高見家の夜のようにふるまえばいいのか。偽るために、『愛してる』とでも囁けば、玲二は満足するのだろうか。
 わからないこの男が何を求めているのか。和也に何を望むのか。

 ――硬い表情を見せる和也を横目に、玲二はこの後の打算をつけていく。もっと早く行動に移せばよかった。遠慮などせず、自分の全てをかけて、和也を奪い去ってしまえば良かった。
 和也にも少しの休息が必要かと、半年間待ったが、何も変わらなかった。
 ――だったらもう、自分のしたいようにするだけだ。

 ――森島明人は執務室でいつもと変わらず事務処理をしていた。この後、ダークマターを見に行こうかと思っていたが、どうも気が進まない。
 ふうとため息を吐き、煙草に火をつけた。目の前にはカーテン越しに麻原の喧騒が感じられるが、以前と比べて色を失ってしまったような気がする。
 そう感じているのは恐らく自分だけではない。何気なく日常を過ごしているが、何かが違う。物足りないたった一人の人間がいなくなっただけで、こんなにも物足りなさを感じてしまうのだろうか。
日々の物足りなさは、他の人間も一緒だろう。
 刃の異名を持つ黒崎享は常に苛立ち誰も近寄らせなくなったし、祖父は当初怒り狂っていたが、今は腑抜けになっている。篠宮冴子も今は退院したが心労でまたいつ倒れるか分からない。
 ふと物思いにふけっていると、デスクの上に置いたスマホの着信音が鳴る。
「はい」
『オーナー、執務中にすみません。ご報告を
 ダークマターとアモーラルのバーテンを兼務し、常に客たちの動向を探っている。明人の優秀な部下のひとりだった。
『キングがアモーラルに来ているのですが
「珍しい。最近は、全く出入りがなかったのに」
 出入りがあったのは、もう半年も前のことだ。突如、居なくなった和也の行方を尋ねて、エッジとふたりアモーラルに行ったのだ。
『私も驚いているのですが、もう一つ衝撃的なことがありまして
「なんだ?」
 もったいぶっているというよりは、何と報告すればよいか迷っているという感じだった。この男にしては珍しい。明人にとって有益なことだと自分で判断すれば、あらゆることを報告に上げる男なのに。
 ややためらいがあって報告された内容は、明人にとっても思わぬものだった。
和也さんもご一緒なんです』
「なんだと?」
 部下から出た名に、明人は眉を顰める。
「どういうことだ?」
『それが私にもさっぱりただ、お二人が連れ立って、来られたんです』
 それが何を意味するのか、明人には理解がし難い。まずは、整理が必要なのだろう。この現状を受け入れるための情報が
「ふたりをここへ」
『はっ』
 明人が命じる声に、バーテンは頷いた。
息を整えるため深い息を吐く。明人は吸っていた煙草が短く鳴っていることに気付き、灰皿に押し付けもみ消した。



∞∞∞

ブチ切れ2回めです。
堂々巡りの会話をずっとしていると思うのですが、どうやっても重ならないそれぞれの思いや願いがあって、ぶつかっていく様は玲二と和也らしいかなとは思っています。
この物語を書き始めたころは二拠点生活って言葉はなかったような気がします。
次の話で終わります。