ガラシャ
2023-06-24 23:12:06
4183文字
Public オメガバース
 

皆さんお察しの通り、変化が起こっていきます。


「ねえ知ってる。αは番いたいΩの項をかむんだって」
 ――ふと耳に届いたセリフに、和也は思わず振り向く。視線の先には、和也と同世代と思われる二人の女性がいた。客は他にもいるが席はさほど離れていないせいか、会話が聞こえてくる。
「項を噛むなんて痛くない?」
「それがΩの友達に聞いたんだけど、最初は痛いけど、気持ちよくなってくるんだって」
 会話から察するに彼女たちはβなのだろう。βの中には、αとΩの間にある特別な絆をうらやましがる者たちもいる。
「自分だけを求めてくれるって思うと、嬉しくて泣いちゃったって」
 相愛の二人が番えば、それは幸せな物語になるのだろう。αは優れた容姿と立派な体格の者が多い。潜在能力が高く、世界の首脳陣はαが占めているといっても過言ではない。αが世界を支配しているのだ。そのαが選ぶΩも嫋やかで麗しい者たちが多かった。
 世界中でαとΩの美しい恋愛模様は持てはやされている。
 『運命の番』という言葉は悲劇の恋を題材にしたドラマでもよく使われている。
 彼女たちの会話が和也の耳から離れない。和也は無意識のうちに、指先で項をさする。痛みは引いたが、そこには玲二の歯形が消えずに残っているのだ。
……い、おい、和也っ。和也!」
 和也ははっと振り返る。そこにいたのは、玲二の従兄である高志だ。
「え、高志
「いきなり黙って、明後日の方向を見だすから心配したぜ」
 ――今日は高志に付き合って映画を見に来ていた。いつも、どちらともなく連絡をし、予定が合えば落ち合うのが最近のパターンだ。
 今日は既にランチを済ませているので、上映時間にあるまでカフェでコーヒーを嗜んでいるところだったのだ。
 元々同い年ということもあり気の置けない仲ではあったが、玲二との関係も知られている今となっては、和也の強力な味方といってもいい。
 それでも、一時は和也も高志を避けていた。
 義弟である男に抱かれるという屈辱を味わったあの春から高見家に戻る秋までのことだ。
 玲二につながるものが忌まわしく感じられ、連絡を自分からしない時期もあった。だが、今はまたこうして会うようになった。
 高志の目が案じるように和也を見つめている。妙なところで心配性なのだ。
「悪い、最近なんか熱っぽくて
「大丈夫か?体調悪いなら、映画やめとくか?」
「平気だよ。風邪気味なだけだと思うし」
「本当か?」
「本当だよ。心配性だな、高志は」
 そういえば、高志もαである。高見家の血を引くものは全員がαだと聞いている。高志の実家である久住家もαの家系と聞いているし、尋ねるには高志は最適かもしれない。
「高志、聞きたいことがあるんだけど」
「ああ、なんだ?」
 アイスコーヒーを飲み干す姿はやはり玲二に似ている。顎の輪郭や喉のラインなど、そこだけ見れば、どちらかわからないほどだ。
「『運命の番』ってさ、本当にいるのか?」
 和也の疑問に片眉を上げた高志はあっさりと答える。
「はっきりいって、眉唾物だけどな。現実的なことをいやあ、Ωはαより極端に数が少ない。
Ωが少ないってことは、αは完全にあぶれてるんだよ、実際。そんな状況で『運命の番』なんてあったもんじゃねえよ。
 ――俺の親父とお袋もαっていうタイプが一緒なだけで、結局、βの夫婦とかわらねえしな」
 高志はいったん、そこで言葉をとめる。
「けどそんな相手が本当にいたら、俺たちαは溺れ切っちまうんだろうな」
 どこか深さを感じらせる声色は、βである和也では理解できないαの苦労があるのだろう。
「どうしたんだ?お前、昔から全然、そんなこと興味なかったくせに。――玲二か?」
 高志の確信めいた声に、和也は苦笑いをする。無意識に項に回っていた手に和也はその時気付いた。それをゆっくりと剥がす。
「あいつさ、なんか最近、俺の項ばっかり噛んでくるんだ」
「全くアイツはしょうがねえな」
 溜息を吐きながらも、高志は和也を見やる。
「確かに項を噛むのはαの求愛行動って言われてるけどな」
 玲二の執着は相変わらずのようだ。自分の運命の相手は和也なのだと、玲二は本気で信じている。上位αの家系に生まれた、血も涙もない男がだ。
 和也に対する歪んだ感情は、肉体関係をもったことでその意味が変わった。
 激しい独占欲と執着は、どうしたって和也を離さない。
 和也を番に据えてしまいたいという気持ちは分からなくない。Ωではないのに、和也はなぜかαを惹きつける。
 βの中に魅力的な人間はいないわけではないが、どこかしっくりこないというのが本音だ。そういう意味ではαに好まれる和也は稀有なβと言えた。
 だが、番が欲しいのならば、和也ではなくΩと呼ばれる人間の項を噛むべきだ。αとβは本当の意味で結ばれない。
 タイプの違いは、ずっと平行線のまま交わるわけではないのに、玲二はそれを許そうとしないのだろう。
 和也とは番になれない。玲二がそれを望んでいても、和也はそれを望んではいない。
 常々思うことだが、なぜ玲二という男は和也の意志を無視しようとするのだろう。一方的な執着と独占欲は、なぜあんなにも従弟を急き立てるのだろう。
 一時期は落ち着いてきたように思えたのに、先ほどの和也の発言を聞くと、抑えきれない激情は留まることがないようだ。
 どこか不安げな顔の和也に高志は朗らかに言い放つ。
「まあ、あいつもそのうち分かるだろ。αとβじゃ、どうやったって番にはなれないってな」
「そう、だよな」
 玲二の重すぎる執着が、いつか爆発しないかと高志としては注意深く見ていたが、やはり行動に出てしまっている。
 番いたい相手の項を噛むαの本能ともいえる。
 高志はアイスコーヒーを再び煽りながら、未だ不安げな表情の和也を見やる。和也自身の戸惑いをおそらく玲二は分かりながら項を噛んでいるのだろう。
 愚かともいえる玲二の行いに、高志は溜息をつくのだった。

 ――和也の体調の悪さはその後も続いていた。どこがというわけではないのに、微熱が続き、気だるさが続いているのだ。
 ついには玲二にさえも『さっさと医者に行ってこい』と言われるほどだった。
 風邪をひいたときに通っている近所の個人病院に訪れた和也は、簡単な検査を受けた後、診察室に通された。医師からはいつから体調不良になったかという聞き取りだけでなく、家族のことや、なぜかバース性まで聞かれ、和也は眉をひそめた。
 和也の母・由美子はΩであったのは確かだが、和也は思春期の頃の診断でβと証明されていた。それを告げると、40代前半と思われる医師は、掛けていたフレームのない眼鏡をはずして和也に向き直った。
「非常に珍しいことなのだが、君のバース性はβからΩに変質したようだ」
 和也は瞠目し、信じられないというように医師を見返す。
「正確には今君はΩになりかけているところだ」
どういうことですか?」
 和也の声は震えていた。
「非常に珍しい事例ではある。100万人に一人程度ではあるが、他のバース性に目覚めてしまうことがあるのだよ」
 和也は絶句する。
――もしかして、君がお付き合いしている相手は、αではないかな?性的に接触があると、αの影響でΩに変わりやすいという事例は世界中で報告されているんだ」
……
「君のお母さんはΩだったとのことだし、13歳の頃にβと診断されているようだが、君にもΩとしての素質はあるのだろう。それがαによって引き起こされた可能性はある。しかも君の相手は、上位αと呼ばれる人じゃないかな?かなり力のあるαでないと、他のバースへの変質はさせられないとも言われている」
 上位αが何を示すかわからないが、玲二はそれに当たるのだろう。つまりは玲二によって和也のバース性は変質させられたということなのだ。
「君はまだβの部分が残っているようだし、ちゃんと検査をした方がいいだろう。総合病院へ紹介状を書くよ。久住病院はどうだろう?」
「え、あ、そこで
「紹介状の他に、薬も処方しておこう。弱い抑制剤だが、君はまだΩに目覚めたところだからこれでも効果はあるだろう」
「抑制剤って?」
 聞きなれない言葉に和也は医師に問い返す。医師は、「ああそうか」といって、机の中から冊子を取り出して、和也に手渡す。
 かわいらしい絵が描かれたものは、明らかに低年齢の子どもが読むような冊子であった。
「すまないね、君ぐらいの青年にバース性の説明をする機会がないから、こういった子ども向けの物しかなくて」
 前置きをしながらも、もう一冊、冊子をとりだして、医師はあるページを差し出す。そこには、Ωとみられる男女のイラストが描かれ、顔を紅潮させたり、熱がある症状を訴えているイラストだった。
「Ωは3か月に一回、ヒートがやってくるんだ」
「ヒート?」
「ああ、ヒートとは発情期のことだよ。Ωはαの種を孕む性と言われているのは君も知っていると思うが、Ω女性はともかく、Ω男性に関してはいつでもというわけではない。妊娠が可能となるのはヒートの期間だけ。その間、αと性交渉をすれば高確率で妊娠すると言われている」
「妊娠
 あまりにも聞きなれない言葉に和也は医師を見返した。
「βであった君には受け入れがたいことかもしれないが。
 ――君は、これから3か月に一度、ヒートと呼ばれる発情期がやってくる。ヒートは避けようがないが、抑制剤を飲むことで軽く抑えることができるんだ。まあ、君には相手がいるようだし、不要かもしれないが。だが望まぬ妊娠をしないためにも、気を付けた方がいいのは確かだ」
 医師によって和也は抑制剤の説明を受ける。
 久住病院への紹介状と、7日分の抑制剤の処方箋をもらい和也は病院を後にした。家までは歩いて10分もない見慣れた景色だというのに、どこか遠く感じる。
 和也は自宅までの道を呆然と歩きながらも、わが身に起こったことが信じられなかった。




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プライベッターに上げた作品数が多くなってきたので、まとめたいなと思っています。
でもせっかくスタンプいただいたのに、消すなんて!と思いながら迷っています。