ガラシャ
2023-04-29 21:53:03
5811文字
Public 白い結婚
 

籠の中の狂愛 弐―1

まさかの弐ができました。今回のメインは明人×和也になります。年上夫の狂愛でもってじわじわ苦しめられていく年下妻を書きたいな。書けたかな。


 ――初めて森島家で迎える正月は和也にとって非常に忙しないものだった。年末の忙しなさは高見家の居た頃と変わらなかったが、正月は静かに迎えるのが高見家だった。
 森島家本家では元旦に親類などが集まる。地元の名士である上、支流、傍流も多く、和也も迎える側の人間として対応に追われていた。
「和也さん、こちらも広間に」
「そのあと、蔵から湯呑をお願いします」
 普段ならば、和也に遠慮する女中たちも、猫の手も借りたいほどの忙しなさに次々と和也に用を言いつけていく。
「和也さん、こちらにもお客様の席を」
「すいませんが、そのあと出迎えをお願いします」
 和也は席を整えていく。萌黄色の新調した着物は、若い和也によく似合っていた。
 座布団を手に広間に入った和也は、当主である森島克典の隣で客人に対応している森島明人をちらりと見る。こちらも新調した黒紅梅色の着物が上背のある彼によく似合っていた。
 和也の便宜上の夫であり、森島家の次期当主だ。
 明人は広間で女性の相手をしていた。年の頃合いがよくまた美女であった。親しい仲であるのは明白で、酒を煽りながら二人で笑い合っている。
 この女性が森島家の支流にある丸山家の令嬢であることは和也も知っていた。
「みて、明人さんと丸山家のお嬢様のあの寄り添った姿お似合いですこと」
「本当に。明人さんがご婚約される前は婚約者候補だったのでしょう?
 ――それが、まさか嫡男の明人さんが、年下の男の子を伴侶に選ばれるとは思わなかったわ」
 視線をそらし再び作業をしていた和也の耳に、二つの声が聞こえた。
「でも、養子縁組でしょう?なら、そのままお嬢様と結婚されても、何も不都合はありませんわ」
「そうね。でもきっと、明人さんはお優しいから今の方のことをお見捨てにはできないでしょうし。いっそのこと、お嬢様を本妻になされて、今の方はお妾にでもなられたらいいのではないかしら」
「まあ。それはいいわね。今も離れで明人さんのお世話をなさっているのでしょう?高見家とはもう縁が切れておられるのだし、そのままお仕えになって、明人さんと丸山のお嬢様のお世話係になられたらよいのではないかしら?」
 30代後半から40代前半と思われるふたりは、くすくすと笑った。時よりわざとらしく和也に視線を向けて。
いびりのつもりなのだろう。新参者である和也に一族のものとして牽制したい気持ちもあるのかもしれない。
(それはそうだろうな)
 内心苦笑いし、同意した。和也から見ても、明人と丸山家の令嬢はお似合いだといえる。明人は自分の夫であるはずなのに、自分の心は傷ついていない。それどころか、近い将来、そうなってくれればとさえ思っている。
 高見の義父が亡くなり森島家に頼った時、自分が明人の婚約者になるとは思わなかったのだ。明人は既にいずれかのご令嬢と婚約しているとばかり思っていたのに、選ばれたのが自分だったのが信じられなかった。
 だが高見家の玲二の将来を思うと、森島家とのつながりが必要だった。森島克典は和也にとって師ともいえる。『おじいさん』と呼んで孫のように懐いていので、克典の養子となるのだと思っていたのだ。
 それが箱を開ければ、明人の婚約者となったので驚いたが、高見家にとって有益な形で離れることができる。お飾りとはいえ、高見家を無下にすることはない。それが森島家の意志なのだろうと思ったのだ。
 だが実情は
 顔を伏せていると、ふと影が落ちる。
「お姉さん方、本当にちょっと口が過ぎるぜ」
「あら、黒崎くん。お久しぶりね」
 女性たちの前に立ったのは、黒崎享だった。黒崎家も森島家の支流になる。当然、今夜は本家を訪ねていた。
「明人はこいつのことを溺愛してるからな。姉さんたちが変な噂をしてるって聞いたら、驚くだろうな」
「噂なんて、ねえ?」
「そうよ、ちょっとした冗談じゃない」
 女性たちはコロコロと笑いながら、広間を出ていく。享は女性たちを見やると、和也に向き合った。
「和也、年増の言葉なんて聞くんじゃねえぞ」
「別に気にしてない」
 和也は驚いたように首を振る。そんな言葉を享から聞くとは思わなかったのだ。享は眉を上げるが、徐々に疑わしそうな表情に変わった。
「俺の言ったこと、わかってんのかよ?」
「わかってるって」
 享はため息をついた。
「森島家次期当主の嫁はお前ひとりだろ。もっと堂々としてりゃいいんだよ」
「そう、だな
「明人のことも信じてやれよ。あいつは随分と長い間我慢して、ようやくお前を手に入れたんだから」
「かわってるよ
 和也は小さくうなづく。
 堂々とと言われても、いつ終焉するか分からない関係に信頼はおけない。同性同士の和也と明人の間に、目に見える形で何かが残るわけがないのだから。そんな関係はいつか破綻する。和也はその破綻が、今この瞬間でも構わないと思っている。
 明人を信じていないわけではない。その双眸と言葉に偽りはなく、その奥に揺らめく、滾るような感情にも気付いている。
 だが、和也はどうしても明人との未来を想像できなかった。
 昨年の弥生の月に婚姻関係を交わし、そこに肉体関係がついてきたのは水無月のことであった。思いもしない情愛に和也は戸惑い、明人を拒んだこともある。
『やめてくださいこんなの嫌だっ』
 三日と間を置かず繰り返される夫婦としての営みに和也は疲れ果てていた。離れで暮らしているのは二人きりで、寝室も共にしているのだから逃げようがなかった。
『聞き分けのないことをいうのはおやめ』
 明人は根気よく和也を懐柔した。強引に腕を布団に縫い付けられ、快感に蕩かされる夜が続き、和也はどうしようもない熱さに溺れてしまう。
 翌日目が覚めて、明人の腕に抱かれたまま気を失ったのだと気づき、和也はその度に言いようのない苦さを覚えるのだ。
 ――和也はその後広間に留めおかれ、客の酒を注いだり、料理のとりわけなどをしていた。そのお陰で何とも言えない感情は忙殺されていた。

「ようやく落ち着いたな」
 ――ここは森島家本家にある明人の私室であった。本家の二階にあり、和也も幼い頃立ち入ったことにある。本棚や机などが配置も換わらず今もあり、懐かしさを覚え気も緩んでいた。
 正月くらいは泊っていくようにと当主である義祖父に言われ、離れには戻らなかった。
 すでに湯あみは済ませている。厨房で急須と湯呑をもらい受け、ソファに腰掛けゆっくりと二人で茶を啜っていた。
「疲れただろう。すまないな、親戚連中のこともまだ覚え切れていないのに、対応を任せてしまって」
「いいえ、大丈夫です。みなさん、いろいろと教えてくださいましたから」
「そうか」
 大変さなどおくびも出さず、朗らかに返す和也に明人は穏やかにほほ笑む。明人の手は和也の背に添えられ、ゆっくりとさすられる。労わるような柔らかな手つきに、和也は力を抜いた。便宜上の妻としての役割は、今日は熟せていたようだ。
「今日は久しぶりに友人にも会えたよ」
「丸山のお嬢様ですか?」
「ああ、彼女とは学生時代の友人だからな」
「知っています。幼いころから、お二人の姿は俺もよく見ていましたから」
 自分より年嵩である二人が並んでいるところを和也は見たことがある。それも幼いころまだ、義弟である高見玲二との歪な関係も始まる前のことだった。
 森島家に師事していたころ、応接間で数人の学友と明人が集まっていたことが度々あった。その時、丸山の令嬢もおり、二人は一つの書籍をのぞき込んでいた。
 その時の二人は学生服を纏っていたが美男美女であるがゆえによく似合っていた。だから、幼かった和也もよく覚えていたのだ。
「おや、嫉妬はしてくれないのか?」
「俺なんかが烏滸がましい丸山のお嬢様はとてもお奇麗で、素晴らしい女性です」
 事実を述べると、明人はふっと呆れたように溜息を吐いた。
「俺はお前と黒崎が仲睦まじくしているだけで、嫉妬しているんだがな。
 ――お前の夫は嫉妬深いんだよ、和也」
「そんな、まさか」
 冗談だと思った。疲れている和也をいたわりながらも明人らしくない物言いに、和也は苦笑いする。
 そういえば、昔、義弟である高見玲二と同じような会話をしたことがある。和也との関係がありながらも、甘い匂いをまとわりつかせ帰宅したことがあった。寝室で和也は玲二を出迎えたのだが、一瞬嗅ぎなれない匂いに眉をひそめたものの、女性とベッドを共にしたのだろうと思い当たっただけだった。
 再び書籍に目を落とした和也に、玲二が『嫉妬しないのか?』と問いかけてきたのだ。玲二がなぜそんな問いかけをするのか和也は疑問に思い、『なぜ、嫉妬する必要があるんだ?』と問い返したのだ。
 和也の問いかけを受け、玲二にしては珍しく苦虫を噛み潰したような顔をしていた。その夜はひどくしつこくなぶられた記憶がある。
 玲二は和也が嫉妬しないことに対して怒っていたようだが、和也からすれば嫉妬するには余りにも自分の立場は弱すぎるのだ。
 そもそも、同じ土台にはたてない。子を孕むわけでもない和也は、どうやったって高見家を継ぐ玲二の伴侶にはなれないのだから。
 和也はふと、玲二はどうしているだろうかと思った。幼いころから共に育ち、一緒に正月を迎えないのは初めてのことだ。
 家内のことは執事たちが取り仕切っているだろうが、あの広い屋敷の中で、ひとりで過ごしているのかと思うと微かに胸が疼いた。
「和也、何を考えているんだい?」
 低く響く声に、和也は顔を上げる。
 明人の真摯な視線を受け、和也は戸惑う。心の中を見透かされたようで居心地が悪く、和也はすっと視線をベッドに流した。
「もう、休みましょうか?」
 ベッドは一つしかない。広さはあるが二人で眠るには狭いだろう。それに、明人の私室なのだからゆっくりと過ごしてほしかった。
 和也だけでも離れに先に戻ってしまってもいいのだが、きっと引き留められるだろう。ならば、今座っているソファをベッド代わりに貸してもらおう。
「明日は、使用人たちも実家に帰省するものが多くてな。じいさんも早朝から出かけるから、誰も起こしに来ない。だから、二人でゆっくりと眠っていられる」
「それはうれしいですね」
 自分をいたわってくれる明人に和也は笑みを返す。
 ――明人は最高の夫と言えた。離れを和也の好きにさせてくれたし、和也の翻訳の仕事を邪険にすることもない。名門森島家に嫁した和也を、大人の余裕でもって包んでくれる。
 だが
「和也、おいで」
 明人の声が低く響き、和也の頬に手を添える。真摯に見つめ返され、和也は気づく。背に添えられていた手が腰を抱き、和也を抱き寄せようとしている。
「今年も夫婦の仲を深めていこう。
 ――そうだ、温かくなったら旅にでもでようか?誰も知らないところで、二人きりで暫く逗留するのも楽しそうだ」
「でも、お仕事が。忙しいのでしょう?」
 締め切りはあっても自由に自分の仕事の調整ができる和也と違い、明人が自身で起こした事業は忙しい。
「仕事は黒崎にでも任せておけばいい」
 確かに、黒崎享が米国から帰国し、事業の責任者となってから明人の帰宅は早くなった。軌道に乗ったようで、婚姻当初は帰宅の遅さを考えると、今は驚くほど離れで過ごす時間が多くなっている。当然、和也と過ごす時間も長い。夫婦として十分すぎるほどの時間を過ごしているはずなのだが、明人はさらに和也との時間を増やそうとしている。
「そう、ですね
 和也は微かに視線をそらし、曖昧に返す。和也の拒みを明人は許さなかった。
 頬に添えられた手が項に回り、そのまま引き寄せられ口づけられる。軽く啄むように唇だけでなく頬や額にも触れられ、再び唇に戻ってきたときには、深いものになった。
「ん
 深く口づけられたまま腕に完全に封じ込められてしまえば和也は逃げられない。端正な顔立ちに比例せず、上背にあった明人の掌は和也よりずっと逞しい。
 半ば抱きかかえられながらベッドにいざなわれ、和也はいとも簡単にシーツに縫い付けられる。美しくベッドメーキングされた白いシーツの上に、和也の艶髪が広がった。
「あの、あ、明人さんこ、ここでは、ちょっと
 二人きりの住まいである離れとは違い、ここには使用人たちもいる。物音を立ててしまっては、気づかれてしまう。
 明人は和也の艶のある前髪をかき上げて額に口づける。
「そんなことを心配しなくても大丈夫だ。ここは本家でも奥まった場所だし、音も漏れないようになっている」
 情事を断る理由にしようと思ったが、和也の意図通りには進まない。首筋に唇が落ちてくる感触を感じながら和也は硬く目を閉じた。
「場所が変わったからといって緊張しなくてもいい。いつもしていることだろう?」
 首筋を啄まれ、鎖骨から胸元を指でゆっくりと弄られる。押し付けられた下肢には確かに明人の欲望が感じとれる。
 和也が感じたのは間違いなく怖気だった。便宜上の夫が明人が怖い。なぜこんなにも、明人が自分に執着しているのかわからない。義弟である高見玲二と同じく、なぜか和也を自分の欲望を注ぎ込む相手にしている。
 和也とて成人男性なのだ。凹凸がない体は見栄えが悪く抱き心地だってよくないだろうに、嬉々として蹂躙されてしまう。大きな掌で全身を撫でられてしまうと、それだけで和也は陥落する。
 明人は存外に執拗な抱き方をする。大人の余裕でもって和也を陥落せしめたかと思うと、和也が涙を流して哀願する程、どこまでも和也を追い上げて追い詰めようとする。
 大人である明人にとって、和也は取るに足らない弟のような存在ではなかったのか。
 豹変した、いや徐々に追い詰め和也が逃げだそうとしているとわかった途端、手を出してきた。そこにあるのが純粋な愛ではないと和也は分かっている。いうなれば、狂愛だ。
 狂愛でもって自分を翻弄する男に和也はあらがう術を知らなかった。



∞∞∞∞

明人と和也の関係を二次創作している身として言えば、伸びしろがあって今はとても書きやすい感じです。