ガラシャ
2022-06-09 21:47:36
3322文字
Public libido
 

libido 6-3

顔と声はすこぶる良いのに性格はどうしようもない男たちの競演です。

 ――アモーラルに訪れた高見玲二は、何の感情も持たない顏で奥に進んでいた。ダークマターでキングと呼ばれ、その存在感を発揮している玲二の噂は、アモーラルにも広がっている。
 その玲二が久しぶりに訪れたのだ。アモーラルの扉が開かれた途端、ざわめきが広がったのは当然と言えるだろう。
 しかも一人ではなかったのも、客たちをざわめかせた要因かもしれない。
「へえ、ここがアモーラルか」
 朗らかだが、低い声が周りに響く。いつも座っているソファに玲二が座ると、斜め向かいのソファに久住高志が座った。
 首を廻してぐるりと見渡すと、詰まらなさそうにつぶやいた。
「本当に女っ気がないな」
 ふたりの並外れた体格の良さと、端正の顔立ちは目立っていた。玲二と双璧といえるほどの見かけと体格の高志の登場に、客たちが驚いている。
 ふたりの注文を取りに勇気のあるアモーラルの店員が近づく。そこには高志が何者であるか、伺う視線が合った。
「コニャック、ストレート」
 玲二は興味がなさそうに横柄に注文する。
「俺はモヒートで」
 探るような視線に、高志はにっこりと笑いながら、注文する。その笑みに、周りがざわめいた。
ダークマターで勤務しはじめアモーラルに訪れることが無くなった玲二が訪れた理由、それはこの高志からも申し出であった。
『一回くらいはどんなとこか見学しないとと思ってたからな』
 見学という言葉で言い表しているが、結局は偵察と好奇心だろう。
 いつもならば、そんな願いなど鼻で笑うが、玲二としても確かめたいことがあったのだ。
「こんな暑苦しい男ばっかりだったら、確かに和也が『弁天』って呼ばれるはずだよな」
「なんだ、あいつの通り名知ってたのかよ」
「そりゃあ、俺にだって情報網があるからな」
 高志は一を知る前に十を知る男だ。
 さわやかなイメージで売っているらしいが、玲二からすればこの従兄が自分に劣らぬくらいの激しい気性を持っていることを知っている。
 親にさえもうまく隠しているらしいが、玲二の前では、取り繕う必要がないと思っているのか、明け透けにものを言う。
「あいつの清潔感というか、あの感じは抜け出せないよな。何事も丁寧だし、律儀だし、よく気が付くし。料理炊事洗濯、何でもできるし。
 ――お前が本気であいつにドハマりしてるって分かった時はどうしようかと思ったけど、巧くお前の手綱も握ってるみたいだし」
 高志はふたりの関係を既にしっている。最初は肉体関係があるとは思わなかったが、玲二の態度があからさま過ぎた。自分の所有物のように和也を扱い、独占欲を滲ませていた。
 何時だったか、母の用事で高見家に朝に訪れた時、和也がパジャマ姿でリビングにいたのだ。和也は高志の登場に驚愕し、慌てていたが、階下の騒ぎに気付いた玲二がリビングに入ってきた。
その時、ふたりが色違いでお揃いのパジャマを着ていたのだ。
『お前らお揃いって』
『いや、これはたまたま
『んなわけねえだろ。そんな言い訳で、高志が騙せるわけねえだろ』
 その会話だけで察した。和也は更に言葉を紡ごうとしたが、
『和也、俺は誰に知られてもいいっていっただろ?』
 という一言に押し黙ってしまった。
 和也は仕方がないというあきらめの表情だったが、恐らくふたりの始まりは玲二が強引に迫ったのだろうと予測できた。
「で、和也はどこだよ。最近、高見の家にも来てないみたいだし、お袋がお茶会ができない嘆いてたけど。まさか、別れたんじゃないよな?」
 高志の言葉に、玲二はコニャックを飲んでいたグラスを置いた。
「んなわけねえだろうが。俺があいつを手離すと思ってんのかよ」
「じゃあ、なんで和也が高見の家にいないんだよ?あんなに小まめに掃除やら洗濯がする奴が、あんな散らかり放題の高見の家を放置するわけないだろ」
 昨年の秋以降、和也は高見家の家事をこなしていた。他人の家なのだから、気にしなくても良い筈なのだが、和也は小まめに玲二の世話をやいているのだ。
 それが数か月続いていたが、ここ最近、和也が高見家の訪れている様子がなかったのだ。
――お前の情報網も大したことねえな」
「どういう意味だ?」
 高志が訝ると、ふたつの影が近寄ってきた。その登場を、玲二は予測していた。
 ――オーナーである森島明人と、サイファのエッジであった。またアモーラルの客たちがざわめく。
麻原のフィクサーである明人と、その手足となって動くエッジが、連れ立って行動することはない。滅多なことではありえないことが目の前で起こっているということは、それだけの事態が起こっているということなのだ。
「少し、いいか?」
 明人の問いかけに、玲二は視線で促す。明人は、玲二の正面のソファに座り、エッジはソファの後ろに立ち、腕を組んだ。
 明人は深く腰掛けると、ゆっくりと口を開いた。
――和也がどこにもいない。高倉別荘にもだ。どうやら、東京を出たようだ」
 オーナーから吐き出される言葉に、アモーラルが静まり返った。和也の名をアモーラルで知らぬ者はいない。
 暇つぶしのネタや、嫉妬や羨望の対象の名として、一番に出てくる。
「和也が?」
 思わず反応したのは、高志だった。玲二ではなく高志が返したことで、明人とエッジの視線が高志に向く。
「すいません、俺、玲二の従兄で、久住といいます」
「久住家の御曹司だろう?噂は聞いている。御母堂に異母弟が随分とお世話になっているようだね」
「いえこちらこそ。和也には、お袋の相手から、高見の家のこともいろいろしてもらっていて、感謝しています」
 『高見の家のこと』という一言に、明人は眉を上げる。玲二とは確かに関係を繋げとは言っていたが、高見家に関わるほど関係が深くなっていたのだろうか。
「おい、悠長に話をしに来たんじゃないだろ」
 エッジが苛立ったように声をかける。
「和也が、どこにいるか、知らないか?」
 玲二に対して、鋭い視線で睨みながら問いかける。
だが、たっぷりと間をとって玲二が返したのは、予想できたものだった。
「俺が、知るわけないだろ」
 玲二の声は常日頃と変わらぬ何事にも関心がないかのような声色だった。
「俺はあんたらと違って、あいつのキョウダイでも、オトモダチでもないからな」
 無機質な声が返される。取り繕うでもなく、煙草に火をつけて吸っていた。
 その玲二の態度に、明人とエッジは目配せした。何も収穫がない。ふたりはそう判断したようだ。
ため息を吐き、明人は席を立った。
「そうか、邪魔をしたな」
 去っていく明人とエッジに、アモーラルのざわめきが大きくなった。『カズヤがいなくなったってよ』『マジかよ。どっかのチームが関わってんじゃないか?』と混乱が広がっていく。
玲二は去っていくふたりを一瞥すると、スラックスのポケットから自分のスマホを操作し始めた。
 高志はその行動を訝る。和也がいなくなったことに対し、玲二の反応を奇妙に感じた。即座に反応するかと思ったのに、無反応であることに違和感を覚える。
 ――玲二の父と和也の母の因縁はどうあれ、ふたりが互いに納得し、向き合っているのならば高志はそれでいいと思っていた。
 高見家に一緒に住む話までしているとなると、和也も玲二との関係に納得し、良好に行っているのだとばかり思っていた。
 玲二自ら、和也のためにいろいろと用意しているのを高志は知っていた。和也の関心を得るため、和也を自分に縛り付けておくための準備だ。
 ストイックなまでの一途さというべきなのだろうか。一途さなどという言葉は玲二に無縁だったのに、和也を前にした玲二の姿は、その言葉がしっくりとくる。
その和也がいなくなったのだ。玲二としても冷静でいられるはずがない。
 なのに、和也がいついなくなったのか、それも聞こうともしない。
 気味が悪いほど冷静だった。
「玲二、お前何か知ってるだろ?」
 高志の確信めいた声に、しかし玲二は答えなかった。玲二の視線はスマートフォンの画面に向き、離れなかった。


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