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ガラシャ
2022-06-09 21:42:14
4065文字
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libido
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libido 6-1
最終章にはいります。和也が頑なに玲二との関係を否定する理由を書きました。
そしてダークマターが全く分からないので、なんちゃってです。この時点でlibidoとしては6万字を超えたくらいになります。
――
異母兄が用意したスーツを着た和也は、ダークマターに足を踏み入れた。
和也はこっそりと、カウンター近くに控える。和也の登場に驚いたバーテンが顔を向けるが、シーと黙るように伝えた。
一流の客には一流のもてなしを。調度品も存分に金がかけられ、豪奢という言葉がふさわしい。豪勢に使われている生花も、来る客の傾向によってその日その日によって、違うらしい。今日は白いカサブランカを中心とし、紫や濃いピンクのスイートピーなどが使われていた。
すでにミーティングが始まっているようで、ホスト達がホールに集まっている。いずれも美男子ぞろいで、同性である和也が見ても中々壮観な光景であった。
その中で一層目立っているのが、レイジだ。シャドーストライプのはいったダークグリーンのスーツを纏い、実年齢よりも大人の男といった趣がある。というより、和也の前では年相応の姿を見せることが多くなった。
一番後ろのソファにどっかりと座って、腕を組んでいた。その玲二がふっとこちらに視線を向け、不審げに眉を顰めた。
「では、今日もよろしく」
フロアマネージャーの榊の締めで、それぞれのホストが動き出す。レイジは立ち上がり、和也の元へやってきた。
「何してんだ、お前。今日は東京にいないんじゃなかったのか?」
やや鋭さのあるレイジの問いかけに、和也は肩を竦めた。
「一度は帰ったけど、呼び戻されたんだ
…
。今日は、海外の特別なお客様が来られる。だから、俺が呼ばれたんだよ」
高倉別荘同様、英語の得意な和也は、こうして度々ダークマターで通訳のアルバイトをすることがある。
「和也さん、来られました」
榊に声を掛けられ、和也は振り返る。
「じゃ、そういう事だから」
「まてよ」
和也の腕を掴んで、強く握る。
「話がある。終わったら、俺の部屋で待ってろ。いいな」
「いや、でも俺、これから」
「いいな」
強い声で言い切ると、レイジも去っていった。
その背を見送った和也がダークマターのエレベーターホールに歩いていくと、既にこの人はいた。
異母兄であり、このダークマターのオーナーである明人と握手を交わしている。
「やあ、私のボウヤ。元気かい?」
「お元気そうで何よりです」
海外の著名な作家であり、和也自身も長年愛読しているイギリス人作家、エズラ・バードであった。
エズラとの付き合いは昨年の夏に遡る。著書が映画化となり、宣伝で来日し、接待という形でエズラがダークマターに訪れたのだ。暫くは度々来日することを聞き及んだ明人が、和也がエズラのファンだということを知っており、2回目の来日の際、引きあわせてくれたのだった。
和也がエズラの作品に触れたのは、幼少期に遡る。エズラは元々絵本作家としてデビューをしており、亡くなった母が和也によく読み聞かせをしていたのがエズラの絵本なのだ。
和也が英語を得意としているのは、母の影響によるものだった。
「では、和也。後は頼んだよ」
「はい、お任せください」
名目上は通訳としてエズラに付き添うことになっているが、実際、ホストたちが席につくことはない。
和也の背に手を添え、フロアマネージャーである榊に案内され、エズラは席に着く。
「さあ、ボウヤ。映画の感想を聞かせてくれるかな」
和也をボウヤと呼び、笑みを浮べながら問いかける。20歳も年上のエズラであるが、幼少期の頃からのファンである和也の言葉を聞くのを楽しみにしているようであった。
映画の感想を中心に、そして世界情勢やお互いの近況を話し合い、あっという間に2時間が経った。
「ああ、やはり若い子と話すのはよいね、とても勉強になる」
「ご冗談を」
自分とて十分若いくせに、和也を労うためか、そんな言葉をかけてくれる。和也が苦笑いすると、エズラは和也の頬を両手で掴み、顔を寄せてきた。
「もし、ここから逃げ出したいのなら、NYのわたしの所へおいで。仕事なら、幾らでもあるし、君ならそばにいてくるだけでいい」
髪にキスを落とし、エズラは離れる。
「Good-bye」
エレベーターの扉に消えるまでエズラを見送った和也は、ふうとため息をついて、ネクタイに手を掛けた。
これでバイトは終わりだ。
今日は朝から忙しなくしていたため、エズラが相手とはいえ、少し疲れてしまった。
バーカウンターに近づいて、水を所望する。アモーラルでもバーテンをしている男は、今日も綺麗に髪を撫でつけていた。
「いつもながら、流暢な英語ですね」
「ありがとう。俺の特技はこれだけだから」
素直な賛辞に和也も礼を言う。
「いつから、英語の興味をお持ちになられたんですか?」
「う~ん、子どもの頃から、かな。母親が昔、翻訳の仕事してたみたいで、それこそエズラ・バードの本が家にあったんだよ」
母が亡くなった時に処分されたが、一冊だけ、手元に残ったのだ。その絵本は、施設で住んでいた時も、高倉別荘に引き取られても、手放すことはなかった。
和也と母を繋ぐ、唯一のものなのだ。母の手の温もりが、優しい声が今も蘇ってくる。
だからこそ、あきらめなくてよかったと思う。母のお陰で、和也は自分の生きる道をみつけた。
だがこの事実を、和也は秘してきた。育ての親である冴子にも、祖父である克典にも、異母兄である明人にも、親友である享にも伝えていない。
和也が選んだのは、ひとりで生きていくことだった。
昨年、就職試験を受け、6月に内々定をもらい、それから準備を着々と進めていた。周りの人たちを騙していたという罪悪感はあるが、今でなければきっと、和也はひとりで生きていくタイミングを失ってしまう。
本来ならば、昨日と今日でゆっくりと一人で住むアパートを見に行くつもりだったのだが、来日したエズラから予約が入ったと異母兄から3軒目のアパートの内検中に知らせがあり、慌てて契約をして、国内線の飛行機で戻ってきたのだ。
痛い出費だったが、バイト代がでるので、±0だ。
口を潤していると、続いてバーテンは湯気の立ったグラスを差し出してきた。
「柚子茶です」
くすりと笑う。
「ありがとう」
気遣いをしてくれるバーテンに和也は礼を言い、柚子茶をすすった。喉を滑り落ちていく心地良さに、体が解されていく。
一息ついた和也が何気なくホールを眺めると、玲二の姿が見えた。
この数ヵ月でキングと呼ばれるようになった男は、華々しい中にも更なる逞しさを備えるようになってきている。
玲二との関係は、既に誤魔化しようがないほど、和也の身と心に沁み込んでいた。セックスフレンドと呼べる関係はとっくに過ぎていた。なし崩し的に、高見家に泊まることも増えている。
和也でなければならないと、玲二は言う。人に対して軽薄な男が、和也でなければならないと熱心に囁いてくるのだ。
一方的な肉体関係から始まり、ただのセックスフレンドだったはずが、今は恋人ごっこのような甘ったるさもある。頭と体に纏わり付いてくる玲二の熱情を、和也はもう無視できなくなっている。
それでも和也は玲二を完全に受け入れる気にはならなかった。
タイムリミットは最初から決まっていた。
――
先延ばしすることはできない。自分の願いはごまかせない。玲二が飽きるまでと思っていたが、先にタイムリミットが来てしまっただけだ。
和也はスーツのポケットに手を差し入れると、手に触れたものを握って、バーテンの前に差し出した。
「悪いんだけど、これ。レイジに渡しといてくれないかな」
「これは?」
バーテンは不審げに和也を見る。
「渡してくれたら、あいつは分かると思うから」
高見家の鍵だった。もう、2度と使うことにないそれを、渡してもらえるよう頼む。
「じゃあ、これで」
柚子茶を飲み干した和也はスツールから立ち上がり、静かにダークマターを後にする。上流階級の大人たちがきらびやかに衣装をまとい、美しい男たちに傅かれているこの場を去る。
ざわめきは、パタンと閉まった途端、まるで世界が変わったかのように静かになった。
和也は振り向くことなく、歩いていく。
自分が望んだ未来へと向かい、戸惑いもなく、ためらいもなく、誰にも何にも囚われず、歩く。
そして気づく。やはり自分は『独り』だったのだ、と。
子どもの頃から感じていた孤独感は、この10年間で取り拭うことは、遂にできなかったのだ。
――
その夜、和也が桂ビルの玲二の部屋に訪れることはなかった。
そして、居候をしていたマンションに置手紙ひとつを残して、東京から姿を消した。
※※
このlibidoの和也にとって自立することは、ひとりで生きることです。
この物語の和也は孤独です。肉親がいても、家族のような存在がいても、友人がいても、玲二がいても孤独です。
3章でどこかぽっかりと空いた穴という表現をしたのですがその穴を埋めるのは、このlibidoの中では玲二ではなく、亡くなった母親の面影です。3章から5章まで玲二との関係は良好でラブラブでしたが、そんな関係になっても和也の心の穴はふさがることがありませんでした。
その根本は、5歳で母と死別したことに由来し、玲二と同様愛着障害の状態になっています。
どこかで書いたことがあるのですが、原作の玲二は愛着障害になっている状態だとずっと思いながら創作をしています。愛着関係を和也という存在と築きなおしているので、玲二には和也しか見えていない状態だと思っています。縛恋では愛着関係から一歩踏み出した関係になっているのかなと。
libidoでも玲二の愛着障害は和也との濃密な関係により改善されるのですが、和也はずっと人を拒むことを続けています。必要以上の関係には自分から踏み込まないので和也を愛する人たちにとっては、それがとても寂しくて可哀そうで、必要以上に和也に執着してしまうことになっています。
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