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ガラシャ
2022-06-09 21:39:47
4768文字
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libido
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libido 5-3
異母兄弟のほのぼの木曜日です。明人と和也が兄弟なら、度が過ぎた兄弟愛というか執着を持っていてほしいですね、明人に。
――
2月中旬の木曜日、森島明人は愛車であるベンツを運転し、所有しているマンションに向かった。
24時間コンシェルジュが駐在しているいわゆる高級マンションであったが、今、ここに住んでいるのは異母弟である和也ひとりであった。
地下駐車場に車を止め、エレベーターの前で、部屋番号とパスワードを押す。すると間もなく扉が開き、明人は足を進めた。
最上階のフロアに降り立ち、最奥の扉まで進み、インターフォンを押した。
『すぐ、あけます』
するとすぐに、柔らかい声がインターフォンごしに明人にかけられる。
実はわざわざ開けてもらわなくても、カードキーは持っているのだが
…
だがその事実を、明人は和也に知らせていなかった。
ガチッという開錠される音が鳴り、扉が開かれる。
「おかえりなさい、異母兄さん」
柔らかい表情と声に、明人は微かに安堵した。年始から何かと予定がすれ違い、こうして顔を合わせるのは久しぶりだったのだ。
招き入れた和也は、明人からコートを受け取り、ハンガーラックにかける。リビングルームに入った明人はネクタイを解き、小さくと息をつく。
同じくリビングルームに入った和也は申し訳なさそうに言い出した。
「ごめんなさい、まだ夕食の準備が全部できていなくて」
「別にかまわない。この後は、仕事に戻るつもりはないからな。ゆっくりと、夕食を食べることにしよう。
――
それと今日は泊っていく」
その言葉に、和也が目を丸くする。普段は気の強そうな印象があるが、ふとした表情は幼い。
今日はもう仕事に戻るつもりはない。ダークマターもアモーラルも、それぞれに任せてきているし、滅多なことが無ければ電話もしないようにと言いくるめてきた。
明人の多忙な仕事ぶりを知っている部下たちは二もなく頷き『お疲れ様でした』と見送ってくれた。
「先にシャワーを浴びて、着替えてくるよ」
リビングから出入りできる寝室には明人の着替えが揃えてあった。ひとりで仕事をしたい時に所有していたマンションであるが、和也が大学に通うまでは、ほぼ放置している状態であった。
寝室も好きに和也に使っていいと言っていたが、居候だからと遠慮し、書斎としていた部屋を私室として使っていた。
私室といっても必要最低限な物しか置いていない。週末は高倉別荘に戻る生活を送っているため、着替えの他には、大学の教材や、翻訳のバイトのために使っているパソコンや辞書、資料集が置いてあった。
明人はスーツを脱ぎながら何気なく寝室を見渡すが、相変わらずホコリひとつないし、ベッドメイキングは完璧だ。空気の入れ替えもほぼ毎日行っているのだろう。曇った空気は全くなく、持ち主が快適に過ごせるよう配慮がなされてある。
流石というべき律義さだ。22歳という年齢にそぐわぬ程の思慮深さが見える。
――
明人が16歳の頃、本家に引き取られてき6歳年下の異母弟は、凶悪だった父親にも、森島家の面影さえも一切ない少年だった。気まぐれで祖父が引き取ってきた少年は、何にも興味がなさそうな冷めた目をしていた。
明人からしても、突然の異母弟の登場に驚いたが、何の感慨もなかったはずだった。だが、明人は手を差し出した。そして和也もその手を取った。
触れた瞬間、奇妙な感情が溢れていく。これが血の為せるものなのかと思うほど、不可思議な感覚
…
、唯一、同じ男の血を引いているという同胞への寂寥があった。
その後すぐに和也は祖父の愛人である篠宮冴子の元へ送り出されたが、異母弟として和也とかかわりを持ってきた。
大学進学をきっかけに、マンションに住むことを進めたのも、明人なりに和也が可愛かったからだ。毎週木曜日の夜に食事を共にすることもその一環だった。
できれば手元に置いて、一から和也に様々なことを教えたかったが、和也がそれを望まなかったため、明人は手を引いた。
だが片手は離さない。和也の行動は常に知っておきたいという支配欲もあり、自分の手足となって動くエッジこと黒崎享に会わせた。
エッジが和也に傾倒していく様子ははた目から見ていて面白かった。その性格の鋭さからエッジと呼ばれていた男の切っ先が丸くなっていく様は、いっその事、滑稽だった。
今やエッジは和也の虜だ。エッジだけでなくサイファの連中にも広がり、アモーラルではその物珍しさ見たさに、和也がアモーラルに訪れる夜は、男たちが鈴なりだという。
次の手段として高見玲二と引きあわせたのも、和也の地盤を盤石にしていくためだ。和也はいずれ、高倉別荘を継ぐことになる。それは祖父の意向でもあった。
明人が優秀な部下たちを手駒として使う様に、和也も自分にとって価値のある人間を傍に置き、利用すればいいのだ。
それを度々告げると和也は眉をひそめているが、利用される側からすれば、和也の役に立てるなどなど喜びでしかないだろう。
和也の歓心と信頼が自分に寄せられるのだ。これ以上の喜びはない。
ある種の人間にとって、和也は溜まらない餌になる。目の前に差し出されたら涎を垂らして欲してしまう餌に
…
。
だが、貴重な餌は食べられてはいけない。無闇に差し出されて喰われそうになろうものなら、それこそ阿鼻叫喚の殺戮が繰り広げられるだろう。
和也は自覚がないのだ。どれほど自分が、稀有な存在であるか。
自分の価値をわかっていない和也を守れるのは異母兄である自分だけだ。その為にも片手は離さない。何かあれば、いつでも両腕に抱き込んで、閉じ込めてしまえるようにしておくのだ。
過保護だとエッジは揶揄するが、自分こそ和也を腕に囲んで、サイファのメンバーにさえ触れさせまいとしている。
だが今日は、和也に尋ねなければならないことが二つあった。素直に応えるかどうかは分からないが、戸惑う和也を徐々に追い詰めるのも良い。
意地悪く笑いながら、明人はシャワールームの扉を閉めた。
――
和也は寝室に脚を進める明人を見送ると、リクエストである焼きブリ大根の仕上げに取り掛かる。フライパンに臭みをとるために湯通しした鰤と、厚さ5ミリほどのイチョウ切りにした大根を並べ、焦げ目をつける。そして、合わせていた調味料を絡め、煮立たせていく。
その間にワカメと豆腐の味噌汁を沸騰しない程度にあたためた。明人が来る前に仕上げておいた九条ネギいりのだし巻き卵を食べやすいように切れ目を入れて盛り付け、先に作っておいたホウレン草の浸しに鰹節をかけ、箸休めのための赤と黄の色鮮やかなパプリカのマリネも用意した。
明人が再びリビングに現れた時には、全ての料理が揃っている状態だった。
「それでは、いただこうか」
「いただきます」
ふたりで手を合わせて、食事を食べ始める。
「今日の鰤は脂がのっていておいしいな」
「そうなんです。いつもお願いしてる魚屋さんが連絡をくださって、取り置きをお願いしたんです。まだ身が残っているので塩焼きも作るつもりなんです。もしよかったら、明日の朝はそれにしましょうか?」
「ああ、頼む」
「はい」
和也は嬉しそうだ。愉しく会話をしながら、食事を終えた。
――
和也は片づけをしながら、ソファに座り、経済新聞を読んでいる明人を見やる。
今日は本当に仕事に戻るつもりはないらしい。黒のニットと、履き心地のよさそうな光沢のある鈍色のスウェットに着替え、寛いでいる。
実業家としていつも気を張っている異母兄が、とてもリラックスしているように見える。
和也は片づけを終えると、ポットで湯を沸かし始める。フードストッカーから、メルヘンの絵柄の缶を取り出し、その中にある茶葉を、ティーポットに入れた。
缶を片付けるついでに貰い物のジンジャークッキーを取り出して、皿に並べた。
湧いた湯を注ぎ入れたティーポットと、ジンジャークッキーの乗った皿、マグカップをふたつトレーにおき、リビングのローテーブルに運ぶ。
「珍しい、紅茶かい?」
「はい、頂いた物ですけど、とてもおいしいので。ジンジャークッキーも一緒にいただいたんです。よかったらどうぞ」
そういって、皿もトレーからテーブルの上に置く。
「頂いたのはもしかして、久住病院の副理事長かな?」
マグカップに紅茶を注いでいた和也の手元が微かに狂う。
「新しい医療センターの祝賀会に、レイジと出席したのだろう?」
「
…
どこでそれを?」
「ダークマターの客からだ」
明人は新聞を閉じ、テーブルの端においた。
「久住病院といったら、地域医療の拠点モデルにされているくらいだからな。しかも国が推し進めている目玉の脳外科専門のセンターの竣工式となれば、それは壮大なものだろう。その客も招待されて、出席したらしい。
――
レイジは久住病院と親類関係なのだから、出席はまああり得るが、その同伴の相手がお前だと知って驚いておられた」
どこにでも人の目はあるものだ。今更ながら、それを感じた。
「
……
久住病院の副理事長が、良くしてくださっていて、招待してくださったんです」
和也は言い淀む。内輪のパーティと聞いてのこのこと玲二についていった自分の行動が、今更ながら恨めしくなった。
紅茶を注ぎ入れたマグカップを明人の前におく。シンプルなマグカップであるが、異母兄弟でお揃いにしているのだ。
「和也、怒っているのではない」
見抜いた明人が否定した。
「お前もようやく表舞台に出る気になったのかと感心しているくらいだ。やはりレイジをビジネスパートナーにという俺の目論見は、間違いではなかったということだな。
――
和也、そのままレイジを利用すればいい。お前のためになるのだから」
いつも告げられる言葉に和也は、眉を顰める。利用する利用しない以前に、和也がそんな気がないのだ。今回の久住家のパーティはたまたま玲二の同伴という形になっただけで
…
商売っ気がないと言われてしまえばそれまでだが、玲二を利用して、求められる見返りが自分だと思うと、もう和也は何も考えたくなくなる。
難しい顔をした和也に明人は満足すると、もうひとつのことを口にした。
「
――
ところで、朝帰りのお相手をいつ紹介してもらえるのかな?」
今度こそ和也は息をのんだ。
「せっかく異母弟がお世話になっているのだから、一度、お会いしてみなくては」
「ま、まだ、それほど深い付き合いではない、です
…
」
「おや、そうなのかい?最近は朝帰りも頻繁みたいだから、何か進展があると思ったのだが」
「そっそれは。それに、あちらの意向もあるので
…
」
相手は先の話題に出た玲二なのだが
…
。
しかも最近は、意向どころか、いつの周りの人々に言うのだと急かされているくらいだ。和也が高見家に住まいを移すことも、しつこく急かされている。
だが、玲二との関係を周りに知らせるつもりはない。終焉は見えているのだ。わざわざ醜聞を曝け出すことはしたくない。
自分の言いたいことを言った明人は、ジンジャークッキーを口に含んだ。スパイスがよく利いた味は、なかなかに美味い。
ソファに座った和也はマグカップを複雑そうな顔で啜っている。
まだ異母弟を手放すつもりはない明人は、次々と変わる和也の表情を意地悪く楽しんでいるのだった。
※※
次の話から、最終章に入ります。
和也がなぜ、玲二との関係を望まないか、その理由を元に話が展開します。
すいません、料理の手順方法は自信がないので、なんとなく~で読んでください。
和也はうっかりさんなので「これは、異母兄さんが好きで」とか「エッジもよく食べてる」とか言いそう
…
その度に玲二は嫉妬してそうです。
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