ガラシャ
2022-06-09 21:20:20
6187文字
Public libido
 

libido 4-3

過去捏造しています。

――その日はやたら人が多かった。現在の麻原を仕切るサイファの他にも、いくつものチームがひしめき合っていた。
「やたら、人が多いな」
 ゆったりと革張りのソファに座り煙草を吸い、何気なく呟くと、同じテーブルを囲んでいる親衛隊が反応する。玲二がアモーラルに出入りして間もなくの頃、親衛隊と自ら名乗る男たちが現れた。
「今日はアイツが来るんですよ」
「アイツって?」
 ゆっくり紫煙を吐き、玲二が聞き返すと、男たちは不快そうに顔を歪めた。
「ここのオーナーの腹違いの弟っていう男なんですけどね。サイファのメンバーのひとりって、俺たちは思ってるんですけど」
「メンバーって言ったって、月に1回ぐらいしかアモーラルに来ないし、普段は連れ立ってないし、あれはマスコットだろ?」
「マスコット?マスコットが、あのエッジの隣に座るかよ」
「俺はエッジの情人(いろ)って聞いたけど。ほら『弁天』って通り名だし」
「そうなのか。俺はオーナーの兄弟ってのは嘘でつまりは、義兄弟ってやつじゃないかって思ってたけど」
「義兄弟?なんだそれ」
「いやだって、オーナーの森島家って極道の血筋だろ?兄弟ってそっちの意味じゃないかって」
「契りを交わすってやつ?はっ、冗談だろ。アイツのどこにそんな魅力が
 べらべらとよく喋る。余程、話題に飢えているのか、アイツに関する話題を突き詰めてしまいたいのか
「おっと、お出ましだせ」
 男たちを縫うように進みながらひとりの青年が、奥へとやってくる。こんな場所には似つかわしくない、すっきりとした風情だ。
 好青年と呼べるほどの20歳くらいに見える男が歩いてくる。
 玲二はその姿を見た瞬間、衝撃が走った。
「和也
 思わず呟いた声に、親衛隊長であるシュウジが反応した。
「レイジさん、アイツのこと、知ってんですか?」
「ああ」
 玲二は低い声で横柄に堪えながら、和也から視線が外せずにいた。
 ――和也だ。あれは間違いなく、和也だ。
 思わぬ邂逅であった。あの児童養護施設でであったのはもう10年も以上の前のことなのに、玲二にはそれが和也だと分かった。周りに興味がなさそうな澄ました表情、まっすぐな背筋はかわりない。
 玲二の過去の想い出の中で、唯一色が残っているのは、和也という存在だけだ。本来ならば、憎むべき存在だ。だがそれ以上に、和也だけは色鮮やかに何時でも玲二の意識の中に蘇ってくる。
 和也は軽く目配せすると、何かを見つけ、そちらに近寄っていく。そこにいたのは、アモーラルでも異彩を放っているサイファが囲むテーブルであった。
「和也、こいよ」
 サイファのトップであるエッジが自ら立ち上がって招き入れ、自分の隣に座らせる。それだけで、周りはざわつく。
 だがざわついているのは周辺の人間であり、サイファではごく当たり前の光景といった感じだ。
「和也、何呑む?」
「何か、軽めのを」
「シャンディガフでいいか?」
「うん、それで」
「和也、腹減ってないか?」
「大丈夫だよ。さっき異母兄さんと、飯食ってきたから」
 あの誰にも傅かないサイファのメンバーが至れり尽くせりで、和也の世話をする。カウンターに注文に行った連中もいれば、テーブルの上に乗っていたグラスなどを纏め、店員に手渡している連中もいる。5分もせずに、和也の前には、飲み物と軽いツマミが用意されていた。
 確かにエッジだけでなくサイファのメンバー全員があの態度だと、和也は特別な人間なのだと、知らしめているようだ。
 サイファを取り囲むように交わされる声には、和也への羨望や嫉妬が潜んでいる。
「一回しめてやろうかと思ってるやつも多いだろうけど、サイファの報復が怖いし、そもそもオーナーの弟じゃなあ」
「麻原から追い出されるのが目に見えてるもんなあ」
「それどころか、海に沈めらるんじゃねえ?確か、オーナーのじいさんが今は鳴りを潜めてるけどマジの極道者で、そのじいさんがカズヤを可愛がってるってきいたぜ」
 和也を排除したいのに、できない。無視しようにもできない。といったところだろうか。
 だが玲二にとってはそんなことはどうでもよかった。10年ぶりにあう和也から目が離せなかった。
「もう、なんだよそれ
 くすくすと和也の笑う声が、心地良い音になって響いていく。気の強そうな目が、柔らかく細められ、口元が笑みに歪む。
 和也が笑ったことで、周りは得たりといった表情をする。
「お前もそう思うだろ、和也」
「甲斐がどうしてもっていうから、俺たち付き合ったんだぜ」
「なのに、女の子誰もついてこなくってさあ。無駄足だったよな」
「へえ、そうなんだ」
 あの氷のように冷たい表情をするエッジが笑みをこぼし、隣に座る和也の肩を抱き、更に言葉を紡いでいる。
「享、もう、やめろってぇ。甲斐が可哀想だろ?」
 何がそんなに可笑しいのか、和也は更に笑いながら、エッジの肩を押し返している。エッジという通り名ではなく、本名で呼ぶということはそれほど親しい仲なのだ。
 そんな和也が玲二は信じられなかった。あの日、父と自分に興味を見せることはなく、行方を眩ませた和也が、笑っているのだ。
 エッジは肩を押し退ける和也の手首を取り、そのまま背後から抱きかかえ、和也の肩に顎を置く。
「何甘えてんだよ?」
「お前に、悪い虫がつかないように、こうして見せつけてんだよ」
 エッジは、玲二をはじめ他の者たちが遠巻きに和也を見ていることに当然気付いているようだ。
「馬鹿だな。俺に興味を持つ奴がいるわけないだろ?」
 和也は呆れ声ながら、エッジを押し退けることはしない。それどころか、すり寄るように顔を傾けるのだ。
「あんな光景見せられたら、誰だって、肉体関係があるって思うよな」
「まったくだぜ。しかも、オーナーもふたりの中を認めてるんだろ?」
 親衛隊の連中の声をよそに、玲二は完全に怒りに支配されていた。
レイジさん、どうしたんすか?っ」
 その中に一人が、玲二の様子に気が付き、声をかけるが、その顔を見た途端、固まった。普段は何の感情も滲ませていない双眸が、冷たく凍てついているのだ。
 玲二は和也へ向けた視線を、逸らすことができなかった。玲二以外の人間が和也に触れ、そして和也はそれを受け入れているのだ。
 ――そいつは、俺のだ。誰も触るな
 それは生々しく昏い衝動だった。玲二が色を喪ったあの日以来、感じたことのない、はっきりとした欲望だった。
 自分にそんな感情があったのかと思うほど、熱く滾った欲望を、玲二は和也へ向けた。
 ――その後、玲二は頻繁にアモーラルに出入りするようになった。無論、和也と会うためだ。和也は月に一度しかアモーラルにはやっては来なかったが、まず玲二は自分のアモーラルでの自分の存在を確立しようとした。 自ら演じたわけではないが、常連とつるむことなく、ただそこにいるだけで存在感を撒き散らす玲二は孤高の存在となっていった。
 ――その頃には、和也と亡くなった父の関係も知っていた。事情を知る人間となれば、久住の伯母しかいなかったが、伯母を問い詰めると、諦めたように昔話を語ってくれた。
 玲二の父・高見祐介と和也の母・秋葉由美子は婚約していたが、由美子が森島明人の父である森島忍にレイプされ、和也を身籠った。その時点では和也はどちらの子であるかは分からなかったそうだ。
 愛し合ってはいても、結婚できない若い二人を含め、大人たちはそう判断し、ふたりは分かれた。
 由美子にとって、腹に宿った命は希望であり、生きる指針であった。堕胎を望む周りの大人たちを頑としてはねつけ、和也を一人で産み、育てた。
 だが、5歳の頃、由美子が亡くなり、和也は施設に預けられた。
 そして10歳の頃、祐介に伴われて施設で和也と出会う少し前に、森島本家から和也を引き取りたいと施設に申し出があったそうだ。
 今まで私生児と聞いていた和也の父方の突然の登場に施設の職員たちも訝んだものの、DNA検査を行った結果、和也は森島家の血を引いていると証明され引き取られていったそうだ。森島家から、今後和也と接触を持たないようにと、祐介にも忠告があったとのことだった。

 ――アモーラルでその存在を確立したころ、玲二に声をかけてきたのは、アモーラルのオーナーであり和也の異母兄である森島明人だった。
 森島明人に伴われて足を踏み入れたのは、高級クラブであるダークマターだ。見るからにアモーラルとは金の掛け方、また客層が違う。上流階級の大人たちの社交場であった。
「どうだろう、このダークマターで働く気はないかな?」
 森島明人の誘いは思いがけないもので、自分にそう言った需要があったのかというのが素直な感想であった。
「俺はお上品な真似はできないぜ。自分に利益のない無駄な労働もしたくないしな」
 ダークマターの客たちが、玲二に向けてちらちらと視線を送っている。それを感じながら、玲二は言葉を紡ぐ。
「それなりの見返りがなきゃ、この話には乗れないな」
 元から玲二は働きたいわけではない。アモーラルに出入りしたのは、和也に近づくためだ。何度かアモーラルですれ違ったことはあるが、和也は玲二を覚えていないようだった。
「オプションとして、いろいろ考えてはいるんだが」
 明人も思案している様子ではあった。自分の手駒の内、何を提供すれば、玲二が満足するのかと考えているようだ。
「例えば、少し東京から離れるが、週末にゆっくりと寛げる場所を提供するというのはどうだろう?」
「ゆっくり、ね。それはどういう場所だ?」
「私の異母弟が手伝っている旅館がある」
 異母弟という言葉に、玲二は煙草を吸う仕草のまま、口を覆った。
 玲二は無論、その旅館を知っていた。和也が引き取られたのは、森島本家ではなく、高倉別荘という旅館なのだ。
「従業員の教育もできているから、君を煩わせることもないだろうし、食事も気に入ったものを出してくれる。その旅館で、一夜の相手が欲しいのなら、紹介もしてくれる」
「へえ、それは至れり尽くせりだな」
 玲二は興味を持ったように、言葉を返す。すると明人も畳み掛けるように、喋り出した。
「どうせなら、異母弟を接待役につけよう。年も近いから気負うこともないだろう」
「自分の異母弟に『おもてなし』をさせるってか」
「性根が歪んでない、心地の良い子でね。よく気も利くし、事情も弁えている。アモーラルにも出入りしているから、君のことも知っているだろう。あったことはないかな?」
「ああ、『弁天』って呼ばれてるんだよな?」
「本人は嫌がってるんだが、なかなかに的を得ている通り名でね。厄介な男たちを引き付ける星の元に生まれたようだ」
「あんたも、あのエッジも、ついでにサイファの連中も、全員弁天様の虜ってか」
 その言葉に、明人に苦笑いする。
「不思議なものでね。本人は全く意識してないのだが、あの子の周りには、そういう男たちが集まってくる。そういう意味では君と一緒だ。
 ――もしかしたら、案外、君たちは気が合うかもしれないな」
 どこか探るような視線を玲二に向けてくる。
「実は異母弟は外で生まれた子でね。そのせいか、本家ではあまり歓迎されてないんだ。だが、祖父が気に入っていて、いづれかは、高倉別荘を継がせようと思っている。そう遠くない未来、祖父に何かあったら、和也は追い出されてしまうだろう。あの子は欲のない子でね、追い出されることになっても、あっさり森島の名を捨てる。
 ――私としても、唯一の弟だし、できる限りのことはしてやりたい。そこで、あの子の地位を磐石にするためにも、君にはあの子の将来的なビジネスパートナーになってもらえないかと思っている」
「あんたは何もしないのか?」
 足を組み替えて、深くソファに腰掛けて玲二が問いかけると、明人が強い視線を返した。
「あの子の片手は離さないつもりだ」
 つまりは、たとえ和也が誰をビジネスパートナーとして選んだとしても、和也の所有権と成り行きの決定権は、明人にあるということなのだろう。
「それは、随分な小舅宣言だな」
 明人を小舅と評する男など、他にはいないだろう。玲二の豪胆な性格は見かけ通りだった。
「まあ、内輪の話はおいといて、君に良い見返りを提供したいというのも事実だ。
 ――この週末にどうだろう?こちらから予約をしておく」
 明人はこの話を終えるつもりであるようだ。
「今後、高倉別荘に泊まる料金はこちらがもとう。君は気兼ねなく楽しんでくれたら良い」
 その週末、玲二は高倉別荘に訪れた。
 ――東京から2時間弱決して近いとは言えないが、運転するのは元より苦ではないので、良い気分転換にもなった。
  駐車場で車をおり、本館近くの東屋で待つ。
「ようこそ、おこしくださいました。高見様」
 玲二の背に柔らかな声がかけられる。振り返ると、和也がいた。玲二は目を眇める。そんな視線を避けるように和也が頭を下げる。
「本日、お部屋を担当させていただきます、秋葉です。精一杯おもてなしさせいただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ」
 ――この再会が自分に何をもたらすか、玲二はまだわからなかった。
 部屋に案内され、あれこれと和也が仕事をこなしていく。その様を玲二は凝視していた。未だ遠い存在といえる和也が手の届くところにいるのだ。
 女ではない。やわらかな声も、澄ました顔立ちも、そのしなやかな身も、女とは違う。だが、惹きつけて止まない。
 和也への欲望が一体どんな色をしているのかと、玲二は自分で説明がつきかねている部分もあった。
 玲二に真摯に向き合い、自分の知らなかった英語を知っていたという憧れ、幼い玲二の幸せを奪い、父が自分を捨てたのだという事実を知らしめた憎さ、いつの間にか行方知らずになってしまった喪失感様々な感情が入り交じり、今の自分を形成したのは間違いがなかった。
 アモーラルで感じたものは間違いなく和也への独占欲だった。あの目に自分を映したいと思ったのだ。
 和也は決して男たちのように跪きはしない。そして、女たちのように媚びたりもしない。
 だが、意志の強い目を屈服させ、唇から悲鳴を上げさせれば、何かが変わるかもしれない。
 ――その夜、玲二は和也を抱いた。目が恐怖で翳り、涙をこぼしていく。その声が悲鳴を上げ、声を震わせて哀願していた。そのしなやかな体が、玲二を夢中にさせた。
 そして、狂おしいセックスが忘れられなくなった。女とのセックスとは違う、血が滾っていくような熱さだった。
 体を重ねるごとに、玲二の欲望はより深いものになった。和也が玲二を受け入れると、また更に強いものになった。
 和也の身も心も欲しい。次第に玲二はそう思うようになっていった。


※※

明人は一応、高見家との因縁は知っているけど、親世代のことだし、自分たちには関係ない。
今は互いに不干渉ではないかと思っている筈
原作同様、和也に告げる気はない。といったところです。