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ガラシャ
2021-12-13 20:45:11
3929文字
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渇愛原作軸
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(仮)贖罪 ③
まだ続く会話。バックアップ代わりに。
――
いつの間にか、スペインバルは半分ほど席が空いていた。とはいっても、閉店時間には2時間弱あり、やや静かな店内は静かなBGMに変わっていた。
「遅いから心配したぜ。もうとっくに飲み物も食べ物もきてる」
「何もいらないといったのに、追加で頼んだのか?」
追加した飲み物の他に、チーズとドライフルーツの盛り合わせと生ハムが並んでいた。
「あんたのおごりだっていうし、なんか腹減ってきたんだよ。
――
ほら和也、生ハム食べてみろよ、美味かったぜ。酒との相性もよさそうだ」
享に勧められるまま生ハムを口にした和也は、和也の前におかれた華奢なグラスの中身も口にすると、思わず声がでた。
「あ、合う」
「だろ?」
享は笑う。その顔は、何の含みもなかった。
「そういえば、そのボックスは?」
机の端に置かれたものに明人が目を止めると、享が応じる。
「ああ。俺から和也にクリスマスプレゼントだ。ワイヤレスイヤホン。
――
そういえば、和也、動画ってどんなのみてるんだ?」
「大学の海外講師のオンライン講習とか。あと動画サイトで料理とかかな。作り置きとか流行ってるだろ?チャンネル登録してあるやつとかたまにみてる、ほらこれ」
ボアブルゾンのポケットに入れてあったスマホを取り出し、机の上に置き、動画サイトを見せる。そこにはずらりと、美味しそうな料理の画像があった。
「はあ?流行りって、そうなのか?」
「時短やら、作り置きとか、けっこう流行ってるだろ?」
「俺らみたいなのがそんな主婦が好きそうな話題なんて知るわけないだろ?なあ?」
「ああ、少なくともこの五年は、飲み物意外をキッチンにおいたことはないな」
そういえば、真田のアパートにかくまってもらった時も、調味料がなくて買い足した覚えがある。ついでに洗濯や掃除をして、真田の彼女に疑われたのを思い出した。
幼い頃から台所にたつのは当たり前だった和也にとって、そんなことで嫉妬され、追いだされるのは不可思議に思っていたが
…
。
「普通じゃないのか?」
不思議そうな和也に、享は呆れ、明人は肩をすくめた。
「まあ、人により得意不得意はあるだろうが、一般的には得意だという男はあまりいないだろうね。
――
実際、君の弟である玲二は料理どころか家事もしないだろう?」
「
…
しませんね、一切」
玲二がキッチンに立つのは大概、飲み物を取りに行くときだけだ。それどころか和也がいれば、飲み物でさえも取りに行かせようとする。
「そりゃあ、和也がするんだから、あの玲二がやるわけないだろ。
――
いいよなあ。そうやって世話してくれるのか、ラッキーなことに本命なんだから。そりゃあ、他に目移りする暇なんてないよな」
「世話って、そういうのじゃない。単に家族として
…
」
「そうか?玲二からすればかなりの環境だと思うぜ。自分の本命が、自分のために色々してくれるのって。しかも、胃袋もしっかり捕まれてるんだから、そりゃあ、執着するだろうな」
「だって仕方ないだろ?いきなり親が死んで、高校生のガキを餓えさせるわけにはいかなかったんだから」
事故死した両親の代わりに高校生だった玲二の保護者となった時、和也なりに苦心したのだ。
「そんなもん、あいつくらいの面とガタイだと、女がほっておかねえだろ。それを懇切丁寧に世話やいてたんだろ、お前。そういうところが、質が悪いっていってんだ。あと、コンビニでのバイトもお手軽すぎだ。もうちょい、自覚しろ」
「はあ?バイトは関係ないだろ」
先ほどからの言い分に腹を立てた和也は不機嫌な声を出すが、享が腕を組んで踏ん反り返った。
「関係あるんだよ。お前があそこでバイトしてるせいで、甲斐が率先して買い出しにいきやがるから、下に示しがつかねえんだよ」
確かに甲斐はよく買い出しだと言って、和也がアルバイトをしているコンビニにやってくる。
「知ったことかよ」
険悪なムードになりかけた雰囲気を明人が諌める。
「それくらいにしておけ。せっかくの夜にケンカ別れするつもりか」
年長者である明人に諌められ、享は酒を煽り和也はスマホを弄った。
「
――
あ、これか
…
」
「どうしたんだい?」
「いえ、好きな作家の本が映画化するみたいで、ニュースに」
思わず呟いた声に明人が反応する。和也の手元を覗き込んできた明人にスマホを見せると、ああと頷いた。
「もしかして、エズラ・バードかな?」
「知ってるんですか?」
「ああ、大学時代に流行っていたから2巻まではうろ覚えだが読んだよ。確か、それ以降は翻訳されてないはずだが」
「そう、なんです。三巻以降は日本語訳されてなくて」
「和也。お前、英語得意なのか?」
「母親が翻訳の仕事してたことがあって、小さい頃から、たまに通訳の仕事に一緒についていってたんだ。絵本とかも貰い物が多くて、ほとんど英語でさ。その延長で母親が仕事で使ってた辞書は持ってたんだけど。中学の頃、本屋でたまたまエズラ・バードの日本語版と英語版、両方見つけて、翻訳の仕方に興味をもつようになって。ミステリーだけど、歴史的な背景をもりこんでるから面白くてさ。ずっと好きなんだよ」
いつになく饒舌に話す和也に、興味を持った享も身を乗りだす。
――
愉しい話題に酒がすすむ。和也は口当たりが良い甘い酒で、すっかり酔ってしまっていた。
「眠い
…
飲み過ぎた」
両手で顔を覆いながら和也はつぶやく。バイトで疲れた後に、懐かしい同級生たちとの飲み会、そして今は話し上手で聞き上手な二人と呑んで、すっかり酔いが回ってしまった。
いい加減帰らないと、玲二も帰っているだろう。
このスペインバルから家はそう遠くないが、駅の反対側にある住宅街を千鳥足であるくのは危険だし
…
いや、しゃがみ込んで立てないかもしれない。
「悪いんだけど、タクシー」
『呼んでくれ』と続けようとしたところで、肩を抱き寄せられ、頬に肌触りの良い生地があたる。
「少し眠ってしまえばいい。その後で送ってあげるから」
耳触りの良い低い声
…
なぜか、安心感を覚え、和也は全身の力を抜く。すっと寝入ってしまった和也を明人はさらに抱き寄せた。
「やっぱり、似てないな。あんたにも玲二にも。」
目を閉じた和也と穏やかな明人の顔を見比べ、享はつぶやく。
「どちらかの血筋に似てたら、ことは簡単だったんだろな。しかし、兄弟であるはずの俺とも、玲二とも似ておらず、身内を見渡しても面影が似通っている者さえいない」
親たちが亡くなった今、一番近い肉親であるはずのどちらにも似ていないのだ。
「和也は知ってるのか?どっちかが兄弟だって」
「知らないだろう。玲二も知らせる気はないようだ」
「だろうな。長年、ひとりだけ享受できている兄弟って地位を誰かに取られるなんて、ぶちギレるだろうしな。
――
なあ、もしかして他人ということは?」
「それはないだろう。むしろ、この件については、じいさんの方が徹底的に調べたようだ。まあ、じいさんにとっては孫のひとりやふたり増えようが関係ないだろうが、興味が湧いたらしい」
「老い先短い人生で、興味ねえ。怖いよなあ、本物の極道者だもんなあ、あんたのじいさん。そんな男に見込まれたら、いよいよ和也は逃げようがなくなるな。
――
身内っていやあ、玲二の従兄弟っていう男みたぜ」
「久住病院の御曹司だろう。確か、令嬢の方が後を継ぐと噂で聞いたが」
都内でも大病院といえる久住病院が玲二の身内というのは、玲二の身元調査票にも記載されている。
「和也には随分甘い顔みせてたぜ。振り返っ途端、冷たい顔してやがったけど。
――
で、トイレで和也を口説いて、なんか収穫はあったのか?」
「玲二と和也の関係も一枚岩ではないらしい」
「そりゃ、そうだろ。お互いブラコンだけど、和也のそれと玲二のそれは明らかに差があるぜ」
享はふたりの真実の関係をしらない。お互いをブラコンだといい放つ享には、そこに肉体関係があるなど思いもしないだろう。
「付け入る先を見つけてしまったようだ」
「それはあんたとって、良いことなんだよな?」
「ああ、勿論」
明人はグラスを煽る。和也に飲ませたものとは違い、辛口のシェリー酒だ。
「サイファのエッジとしてはどうしたい?」
「そりゃあ、サイファに和也が欲しいぜ。俺の隣に弁天として立たせる。頭も切れて、喧嘩もいけて、この性格だぜ?最悪、サイファを乗っ取られるかもな。まあ、それでもいいさ。そうなったら、この女神さまに全てを捧げてやるよ」
うっそりとエッジが嗤う。和也には消して見せない、獰猛な目をした、本来のサイファのエッジとしての顔だ。
しかし、その視線の先にいる和也はすこやかな眠りの中にあった。
「じゃあな、俺はサイファの方に戻る」
――
手配したハイヤーに酔いつぶれた和也を乗せ、享は駅とは反対の方向に足を向ける。
「なんだ、乗っていかないのか?」
「竜一が迎えをよこしてきたからな。
――
ま、今回は送り狼はあんたに譲ってやるよ」
和也との逢瀬のために、サイファが仕切るパーティーを抜け出してきたのだ。会場に戻るようにという催促を無視していたが、いよいよ迎えを寄越されてしまった。
軽く手を上げると、道路に寄せられているBMWに向かって歩き出す。明人もハイヤーに乗り込み、運転手に行き先を告げた。
「厄介な男ばかりに見込まれて、本当に可哀想に」
シートに身をうずめるようにして眠っている和也の額にかかる髪を指先でかき分け、明人はつぶやく。
イルミネーションに彩られた街は、未だ人々が多く、クリスマス前夜を賑わせていた。
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