ガラシャ
2021-12-12 20:08:05
4896文字
Public 渇愛原作軸
 

(仮)贖罪 ①

2021年Xmas小説。渇愛原作軸を元に。バックアップがわりに。


 ――可愛らしいオルゴール音でクリスマスソングが流れる店内で、高見和也はグラスを片手に昔話に花を咲かせていた。
 クリスマスイブの夜、クリスマスパーティーと託けたイタリアンレストランでの飲み会で、中学時代からの友人である真田や佐久間といった連中と久しぶりに飲むことになったのだ。
 参加人数は30人ほどで、幹事である野上愛子の友人を中心としていたため、小学校から大学までずっと和也にとっても懐かしい同級生たちが集まっているのだった。
「そうそうそれで、真田があの店でさ」
「懐かしいな~」
「あの店、まだ残ってんのかな?」
「今度行ってみようぜ」
 集まればまるで中学時代に戻ったように話せる。和也が母の再婚相手である義父の高見の性になる前から、ずっと友人でいてくれた彼らの顔を見ると、変わらない自分に戻れたようで安堵できる。
 30分くらい話し込んでいると、真田も佐久間も別の友人たちに誘われていった。一人になり、新しい飲み物をもらおうとカウンターに近寄ると、影が近寄ってきた。
「和也、ここにいたのか」
「お、高志」
 従兄弟である久住高志が和也を見つけ、近寄ってきたのだった。
「女子に囲まれてたな、お前」
 高志ほどの男前で体格も良ければ当然モテる。和也と共に店に立ち入り席に座る前に高志は女子に囲まれ、和也はそっとその場を離れたのだった。
「変に気を使って、離れんなよ」
「いや、別に気を使ったわけじゃないって」
 この飲み会では、同伴も可とされていたため、カップルできているものや親しい友人を連れてきている者もいた。
 和也も最初はひとりで来るつもりだったのだが、ふと高志と年末の話になった時、このクリスマスイブの飲み会の話になり誘ったのだ。
 ふたりでそのままカウンターの席に座る。それぞれ、シャンディガフとモヒートを頼み、一口飲んだところで高志が話しかけてきた。
「玲二とはどうだ?落ち着いてきたか?」
 玲二との日常を尋ねられ、和也は軽く頷く。
「ん、何とかというか、変わらず。あいつも仕事が忙しいし、俺もバイトと大学あるし。まあまあかな」
高志には、玲二との関係を最初から知られていた。酷く凌辱され、気を失っていた姿さえ知られていたのだ。
思い返せば、その時に施されていた手当に訝しんだものの、玲二への恐怖に支配されていた和也はそれを気に留める余裕がなかった。
いつも、高志には助けられている。
「まあ、殴り合いの喧嘩でもしなけりゃ、それでいいさ」
 高志からしても、玲二に殴られ蹂躙され、息をしているかさえ不安になったほど尽き果てた和也をもう二度とみたくない。
「あいつ明日から年明け2日まで休みみたいだから、暫くめんどくさいだろうけど。まあ喧嘩はしないようにするかな?」
「あいつを殴りたくなったら、構わず連絡して来いよ。おふくろの使いに託けて、お前んちに居座ってやるから。ついでに大掃除も手伝ってやろうか?」
 久住家始め高見家親類の和也への信頼は厚い。玲二の父が亡くなった後、親戚内でも超問題児とされていた玲二を高校まで卒業させたのは和也の尽力によるものだ。
 二十歳を迎えた玲二の保護者としての役目も義務もすでにないが、今更、和也が高見家から籍を抜けることなど誰も考えていない。例え和也が申し出ても、誰もが説得をするだろう。ずっと高見家の人間でいてほしいと思っているのは、高志や高志の母・加奈子だけではなく、親戚内では共通の思いだった。
その感謝ではないが加奈子を窓口にして、和也の元には親戚筋からお裾分けが届けられることがある。正月の支度も加奈子がそれとなく用意して、気を使わないように高志が持って行くのだ。
「いつも悪いな。助かるよ。大掃除は、まあ、頼りにしてる」
 高志の台詞に和也はくすりと笑い、シャンディガフを煽った。そんな和也を見て、高志はあるものを差し出したのだった。
「ほらこれ、クリスマスプレゼント」
 高志が手渡してきたのは、美しいグリーンの装飾がなされた一冊の洋本であった。
「っ、これってエズラ・バードの新刊!嘘だろ、まだ日本には入荷してないのに。しかも、イギリスで発売したのもつい最近なのに」
 和也はやや興奮し驚きながら高志を見上げる。その顔に得たりと、高志は笑う。
「あっちに知人がいてな。結構話題になってたし、お前が好きな作家の本って思い出して、送ってもらったんだ」
 和也は亡き母・由美子の影響もあり、英語が堪能だ。それこそ出会った中学時代から洋書を愛読しており、この本の著者もずっと読んでいるのだ。
「すっごい読みたいけど、今は駄目だよな?」
「別にいいんじゃないか。誰も気にしないって」
 高志に促され、和也は指先で表紙を開く。そして、そこに著者のサインを見つけさらに驚いた。
「すっげえ、うれしい」
 微かに目元を紅潮させ、和也にしては珍しく幼いくらい高潮を表出した表情だ。余り何かを好き嫌いと選別することの少ない和也への贈り物は難しい。
 だからこそ、和也の心に嵌るプレゼントを贈ると、滅多に表れない表情を伺うことができる。
 叔父の再婚相手の連れ子である和也を、内輪だけの結婚式で出会ってから気に入り、ことあるごとに構ってきたが、その関係性も玲二のお蔭で随分変わってしまった。
 一時期は長年の関係性まで破綻しそうなほどだったが、最終的に和也は高志の非常口としての役目を受け入れた。
 和也が自分を頼りにして気を許していることを知っているが、玲二との関係性の延長ではなく、新しい関係を作ってしまうのも愉しそうだ。
真剣に読み込んでいる和也の表情を見ながら、モヒートを飲み干していく。
「もう、また二人で集まっちゃって」
「野上さん、幹事お疲れ」
「久住さん、来てくれて、ありがとう。高見くんもありがとね。みんな、久しぶりに高見くんに会えて喜んでるみたい。
――ん、高見くん?」
 和也の左隣に座った愛子は、和也に話しかけるが和也が視線を向けることはない。訝しむ愛子は和也の手元を覗き込む。
「高見くん、何読んでるの?」
「ああ。和也の好きな作家の新作。俺が送ったんだ」
 応えない和也のかわりに高志が告げると、愛子は納得したように頷く。
「久住さんも高見くんには結構尽くしてるわよね」
 ――あのブラコンほどじゃないけどと続けたくなるが、こんな楽しい夜にあのエゴイストのことは思い出したくない。
「まあね」
 ふたりの会話中も和也はアルファベットを追うことに夢中になっていた。
「ねえ、高見くん。聞いてほしいことがあるんだけど、高見くん!高見くん!!」
 愛子に腕と肩を同時に揺すられ、和也ははっと愛子の方を見た。
「え、野上?お前、いつからいた?」
「隣に座ってずいぶん経つわよ。もう、高見くんって意外とそういうとこあるわよね。
――ねえねえ、それより聞いてくれる?姉貴がさ、二人目できたのよ」
「へえ、おめでたいな。姉さん、元気?」
 続きを読みたいが、愛子を無視したら恨まれそうだ。仕方なしに、ページを閉じると愛用のリュックのなかにいそいそと本をしまう。
 愛子とは小学校からの付き合いである。なので、愛子の姉とも顔見知りである。
「それがさ、悪阻がきついみたいで。一人目の時もそうだったけど、今回はさらきついみたいでね。母も手伝ってるんだけど、私もちょっとした買い物とか、妊婦検診の間、子ども預かったりして結構呼び出されてるの」
「大変だな。姉さん、野上のこと、こき使ってそう」
 愛子も性格はさっぱりとしているが、姉も似た性格をしている。小学校の頃、野上姉妹が小さな喧嘩をしているのをよく見ていた。
 和也の一言に、愛子は大きく頷く。
「そうなの、大変なの!こき使われてるの!いまはチビがいやいや期にはいって、何もかも『いやー!』『あいちゃん、いや!』って言われたら、こっちもやってらんないわ」
 家族の愚痴を家族に言うことはなかなかできない。その点でいえば、和也は小学校の頃からの幼馴染であるし、お互いの家庭事情にも通じているため、何かと愚痴りやすい。
「まあ、でもちょっとした時に『だいすき』って抱き付いてくるし、かわいいことはかわいいんだけど」
「いい叔母さんじゃねえか。姉さんだって、野上に感謝してるって」
 和也がねぎらいの言葉を掛けると、愛子は照れ臭そうにする。
「お腹の子も順調みたいだし、姉貴の旦那にも感謝されてるし、まああと数か月のことなんだけどね。
――喪われる命もあれば、生まれる命もあるそういうことよね」
 微かに目を眇めて呟く愛子に、和也頷く。
――麻美は?元気にしてるのか?ちゃんと、食べてるか?」
 その台詞に、驚いたのは愛子と見守っていた高志であった。
 津村麻美の名に、和也は何のアレルギーも示していない。あれ程の修羅場だったのにも関わらず、和也は最後には『母となる決意が違えることがないように』と祈っていた。
「ええ、大学も通ってるし、バイトも頑張っている。好きな映画も見るようになったし、女子会もできるようになってきたわよ。この間なんて、私あんまり甘いもの得意じゃないのに、スイーツ店ハシゴさせられたわよ」
「そっか、元気なら良かった」
 安堵した和也の声に、愛子と高志はお互いに顔を見合わせて苦笑いした。
 和也という人間はやさしい。和也自身が自分をどう思っていようと、あの玲二でさえ和也をやさしいといったほどだ。
 安易な優しさではなく、人の痛みを思いやり、どんなに傷つけられても、自分を傷つけた人間のことを最後は見捨てない。
 和也はそういう人間だ。
 ――気まずくはない、しかし落ちかけた沈黙を遮ったのは、高志の朗らかな声色だった。
「そうだ、野上さん。こいつの小学校時代教えてよ。こいつ自分のことあんまり話さなくてさ、俺知らないんだよね」
 そういって高志は和也の髪を乱雑に撫ぜる。
「ええ、いいわよ。何でも教えてあげる。――そうね、入学式でクラスメイトと喧嘩した話から始める?」
「なにそれ、面白そうだな」
「おい、やめろよ。そんな昔の話っ。あいつ、今日来てんだろ?」
「そうよ、後から高見くんに話があるって言ってたわよ。小学校の頃以来でしょ?あいつ、ずっと高見くんと会いたかったみたい。
――で、久住さん、その時のことなんだけどね」
 和也の焦り声をBGMに愛子はその時の出来事を語る。そこから始まり、数々のエピソードを暴露されてしまい、和也はひとりため息をついた。

 ――22時、飲み会が終わり、店内から出てきた和也は高志に支えられていた。
「大丈夫か、和也?」
 高志は和也の背を撫でながら、問いかける。顔は酔いによりやや紅潮しているが、足取りは何とか大丈夫だ。
「あいつ、未だに時のこと恨んでるんじゃないだろな」
 和也の小学校入学式での喧嘩の話をした後、その喧嘩相手だった同級生も飲み会に参加しており、飲み比べを挑まれてしまったのだ。
 普段ならあまりそういう事に乗らないのだが、なんせ小学校や中学校からの同級生も多いため煽られていまい、つい乗せられてしまった。
「どっかで吐くか?」
「いやいい、そこまでじゃない。――俺、この後、他の奴と飲む約束してんだよ。またそこで飲まされそう
「ほどほどにしとけよ」
 ふたりで並んでイルミネーションで彩られた賑やかな歩道を進む。あるスペインバルの前で和也は立ち止った。
「俺ここで待ち合わせだから」
 和也が立ち止まると、高志が向き直る。
「高志、新刊ありがとう。すっごい、嬉しかった」
「おう、喜んでくれて良かったよ。あのシリーズ、映画化も決まってるらしいし、一緒に見に行こうな。
――じゃあな、和也。無理すんなよ」
 また乱雑に髪を交ぜると、高志は駅のロータリーで賑わっている中に紛れていった。和也は大柄な背が見えなくなるまで見送ると、スペインバルの扉を開いたのだった。