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こつぶ
2022-12-30 00:24:20
4196文字
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◼️くろアゲハの生島×音遥SS
◼️例の5年後大人になった二人のお話です。
◼️本誌ネタあり。コミックス派の方はネタバレご注意。
◼️すでに付き合ってる設定。
◼️エロはないけどほんのり匂わせ。
◼️誤字脱字あり
大丈夫な方はどうぞ!
「アァ?! くそが、なんでこんなタイミングでンな事になんだヨ!」
「オメーなあ、開口一番病人に怒鳴り付けてくンじゃねーヨ。しかたねーだろ~なっちまったもんは」
発熱してしまったと聞いてすぐに音遥は生島のスマホに通話を繋げ声を荒げた。電話口から聞こえてくる声が僅かに掠れていたがまだ意識もしっかりしているようだ。特に問題ないかのように振る舞っている姿が想像できる。
この日は二人がMAD SPEEDへ就職してから初めての社員慰安旅行だった。クリスマス時期に合わせて松岡社長の自宅で開かれる豪奢なパーティーに呼ばれており、そのままアメリカ各地を観光する予定でいた。当然生島も音遥と共に参加するための準備を進めていたが、出発直前の空港で一向に現れない生島を心配した上司の近藤が連絡を入れた所体調不良が発覚したという経緯だ。
まだ病院には行っていないらしいが高熱が出ているとなればこの時期によくある流行の感染症であることは明確だ。そうなるともう旅行どころではない。
当然社員旅行も欠席として扱われることになってしまった。
「こっちは大丈夫だから気にせず行ってこいって」
「そーかよ
……
わかった」
ブツリと切られた通知音が耳に少し残る。
もっと罵られごねられるかと思いきやあまりにもあっさりと音遥が納得した様子に意外性を感じ、同時に一抹の寂しさを覚える。
「ンだよ、はくじょーな奴」
自ら気にするなとは言ったが仮にも恋人として付き合ってる相手に随分と冷たい態度ではないだろうか。素直ではない性格を知っているとはいえ情の深いタイプの自分と比べると些か音遥は塩対応な所が多い。今回はさすがにもう少し向こうも寂しがるかと思ったが、そうでもなかった様子に生島も残念そうに溜め息をついた。そのまま倒れるようにボスンと布団に体を沈ませる。
また熱が上がってきたのか息が再び乱れ始めてきた。発熱してから何度か熱が上がったり下がったりを繰り返していて身体のだるさは尋常ではない。
思えば物心ついた時からこうして体調を崩す事などほとんどなかった。ましてや高熱を出すなど何年ぶりかすら記憶にない。
病気になる事自体に慣れないため薬を飲んで寝ることくらいしか思い付かずひたすら部屋で大人しくしているしかないのが歯がゆくてならない。
そういえば幼少期に一度だけ風邪を引いたことがあったなと、ふと思い出す。当時は親が多忙でほとんど家にいなかった。その時もずっと一人で耐えて布団に潜りながら天井をずっと見つめていた。
大人になりすでに家を出た今もこうして壁の薄い安アパートで煎餅布団に包まれながら同じように天井を眺めているのが妙におかしく、そして寂しさをやけに増幅させた。
普段病気のひとつもしないからなのか一度不安が広がると落ち着かない。熱のせいか思考もまとまらず悪いイメージだけがわいてしまう。
自分が着いていかずに旅行へ行かせて大丈夫だっただろうか。上司が付いているとはいえ海外でトラブルに巻き込まれないといいが、と不安が沸き起こる。
成人した男相手にこんな心配は杞憂でしかないのは十分に分かっているし同時に保護者ぶるなと怒るいつもの音遥の姿も浮かんできて、まるで目の前にいるかのような錯覚まで起きてしまう。
どれだけ心配性なんだと自嘲しながら薄れる意識の中ただひたすら時が過ぎるのを待つことにした。
*
何時間か経った頃、遠くから聞き覚えのある排気音が響いてきたのが耳に入って意識が戻ってきた。前に腹を刺された怪我で入院していた時にも病室で寝ているとよく似たような音が聞こえてきたのを思い出し、薄く目を開く。
次第にカンカンと住民が外階段を上がる時の足音が聞こえ出す。古いアパート特有の馴染みのある響き方をしたその音を聞いて近隣の誰かが帰宅したのだろうと思い再び目を閉じたが、その足音とガサガサとしたビニール音が自分の部屋の前で止まり鍵をガチャガチャと乱暴に動かされる音で再び意識を扉側に向けた。軋むような家の扉が開いて閉まる音が聞こえる。
「は、しぶてーな。まだ生きてたンかヨ」
体を無理やり起こして玄関を見るとマスクをしながら部屋に入ってくる音遥の姿を見つけて生島は驚きの声を上げた。
「な、なんで、オメーもうすぐ飛行機の時間じゃ
……
?!」
「あー、まあな。これじゃ間に合わねーだろうな」
平然と答える音遥に生島の体から力が抜ける。もうとっくに出発していると思っていたのに今目の前にいるのがまた先程のような幻覚でないかとさえ思い始めた。
「げ、相変わらず冷蔵庫なんもねー
……
買ってきて正解だったな。ったく、いい年して体調管理もできねーのかテメーは」
文句を言いながらも何度も訪れている部屋の勝手を知ったような動作で上着を脱ぎ、あちこち戸棚を開いては買ってきた袋から出した飲み物やパックに入った食料品を仕舞い始める。
「おら、飲んどけ」
威圧的にペットボトルの飲み物を生島の顔面前に差し出すと布団の端に座り込んだ。そこでようやく生島もこれが熱が見せた幻覚ではないと思い知らされる。
「マジか
……
オメーなんで来ちまったんだ」
「アァ? ンだよ、きちゃ悪りーか?」
マスク越しだがそれでもなんとなく分かる表情で拗ねたように音遥が睨み付ける。
「悪かねーけど
……
あんなに旅行楽しみにしてたじゃねーか。俺は別に大丈夫だって言っておいたのによ
……
」
「別にそんな楽しみになんかしてねーヨ。それにどこが大丈夫だ? 病院行くどころか部屋に飲みもんすらねーじゃねーか」
「でもよぉ
……
近藤さんから毎年パーティーに出るすげー旨いケーキの話聞いて食べたがってたろ
……
」
「あ? ンなの、向こうに話合わせただけで」
「
……
ベガスでカジノ行きたいっつってたし、グランドキャニオン見てから麻美さんが完走したルート66も走りたがってたし、タイムズスクエアでカウントダウンするのも楽しみにしてたろーが
……
」
「
……
っ! 俺のことミーハーな観光客みてーに言うんじゃねー! 病気より先に殺されてーンかテメーは!!」
準備期間中にうっかり話してしまった内容を思い出された恥ずかしさからか目元に赤みを増やして音遥が睨む。
生島は唐突に抱き締めたい欲が一瞬わいたが、それよりも熱で関節が痛んで体が言うことを聞かない。力が抜けて起き上がっていた上半身を布団に倒し、寝転んだ。
「へ、そりゃ、殺されたかーねーなぁ
……
」
「下らねー病気なんかで死ぬなよ? テメーはいつか俺が殺してやるんだかンな」
「はは、こえーこえー
……
」
長い付き合いから音遥のこのような荒っぽい言い方に実は心配が含まれている事をよく知っている。体調が悪くなければ即押し倒して色々と素直にさせる所だが流石に移してしまう危険は避けたい。あまり煽らないでほしいと願った。
「そもそもこんなボロい部屋住んでっから体調崩すんだろ。いい加減引っ越せヨ」
冬は寒いし夏は暑いし壁も床も薄くていつも気になるんだよと、ぶつくさ文句を言いながらバンバンと布団ごしに床を叩く。
「ってもよー
……
ンな金ねーし」
それを聞いた音遥がおもむろに立ち上がると鞄から何かを取り出してきた。そのまま寝転がる生島の上に大量の紙の束がバサバサと撒かれていく。
「ぶわっ、てめ、なにしやがんだ急に
……
」
「体治して年明けたらすぐ部屋決めろ。ちょうど更新時期だろ?」
撒かれた紙をよく見ると格安引っ越し業者や不動産の部屋リストがいくつか集められていた。どれも1月以内ならかなりお得に引っ越せそうだ。
「
……
あ? んだこりゃ。家賃たけーと思ったらファミリー物件かよ」
間違ってるだろと言って返そうとしたが音遥が居心地悪そうにジト目で訴えてくる。
「だから、二人で住むなら折半で安くなンだろーが
……
」
その意図を図りきれず熱で頭も回っていなかったがようやく気がつき、思考が一気に巡る。
二人で住むのだと確かに言った。
間違いなく今さっき音遥の口から。
「お、オメー前に一緒に住むのは絶対に嫌だって拒否ってたじゃねーか!」
付き合い始めてから何度か生島から誘った事があったが仕事でも一緒に過ごしてさらに家まで一緒なんて結婚するわけでもないのに意味を見いだせない、それに住所変更して周りに知られたくないとずっと渋られていたのだ。
「ウッセーな。どうしても安くしてーんならもうそれしか方法ねーだろ! そもそもテメーが柄にもなく熱なんか出す
……
か
……
ら
……
」
そう言いかけてハッと口をつぐむ。目元が潤んで一気に耳と顔の色が赤くなった音遥がそれを誤魔化すかのように顔を逸らした。
「もしかして俺、心配され」
その言葉尻が聞こえてくる前に全力で振り上げられた踵が勢いよく生島の頭頂部に落とされる。
「ぃ、でぇ!! て、テメ~ さっきから病人にヒデー事しやがって
……
っ!」
「ウゼー事考えてねーでさっさと治せ! クソが!」
腹立たしさを剥き出しにして叫ぶとそのまま脱いでいたコートを着直し部屋を出ていく。玄関扉の前でふと立ち止まって振り返り、顔色を確認するようにもう一度生島の顔をじっと見つめた。
訪ねる前よりも少し良くなった顔色に安堵の表情を浮かべたが、マスクで半分隠れたそれに生島が気がつく事はなかった。
「じゃあ、また明日な」
バタンと勢いよく閉められた音が部屋に響いて足音が遠ざかる。以前入院先に毎日見舞いに来ていたようにおそらく治るまで毎日この調子でやってくることが予想された。
布団の上に散らばった紙に目をやると間取りがいくつも描かれている。この一つ一つを吟味して選びながら自分との生活を思い描いたのだろうか。
一体どんな顔で、どんな気持ちで。
しかもよく見ると防音や角部屋の条件が多く、そこがまた余計に想像を駆り立てる。意識的なのか無意識なのか、その意味に気がついてしまい別の熱が上がってくるのを感じた。
「くっそ
……
これが治ったら
……
ぜってーめちゃくちゃ鳴かす
……
」
熱が体をまわっていく。鼓動の早さは熱のせいか期待に溢れる喜びのせいか。
生島は薄れる意識の中、再び布団に転がりながらその時が来るのを数えて待つことにした。
END
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