溶けかけ。
2024-07-18 20:54:22
2037文字
Public ほぼ日刊
 

特別席をキミに。

クレープ食べるヌヴィフリのお話。

「わあ……これが噂のクレープか……みんなどうやって食べているんだろう……?」

 フリーナは手渡されたクレープを片手で持ち、全方位から観察する。アイスクリームと生クリーム、バブルオレンジのソースと果実がふんだんに使われている分、値段も少し張ったがいい買い物だったと言えるだろう。

「ナイフとフォークの方が食べやすいと思うんだけど……

 辺りをきょろきょろと見回せば、みな一様に大口を開けて美味しそうに頬張っている。

 (あんなに口を大きく開けて食べるなんてお行儀が悪いって思われないかなぁ?……でも、みんな美味しそうに食べているし……よぉし……!)

 フリーナは意を決して口を大きく開けると、ぱくりとクレープに齧りついた。
 アイスクリームの冷たさと生クリームの甘さ、バブルオレンジの爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。

「わあ!美味しい……!」

 思わず声に出してしまい口を手で覆う。

 (いけない、いけない。大口を開けて食べているところを記者に見られたら大変だ……

 今度はより注意深く周辺を見回すフリーナ。心臓が緊張でパクパクと音を立てている。

 (こうしているとなんだか、いけないことをしているみたいだ)

 逸る心臓を押さえつけて、もう一度クレープを口に入れる。一口、二口と夢中になって食べ進め、気がついたころには、巻いていた紙だけが残っていた。

 (今まで、こんなふうに大きく口を開けて食べたことはなかったんだけど……案外悪くないものだね)

 パレ・メルモニアを出て半年、フリーナは新たな発見に心を躍らせた。



「やあ、ヌヴィレット……迷っているのなら、シンプルにチョコレート味なんかどうだい?……いや、キミならバブルオレンジの方が水気がある分、食べやすいかな?」

「ふむ。ならばそれを」

 ヌヴィレットの注文に店員が「かしこまりましたー」と間延びした返事をした。丸い鉄板の上にクレープの生地が垂らされ、専用の道具でくるくると伸ばせばあっという間に外側の完成だ。店員は慣れた手つきで出来上がった生地の上に生クリームや果物、ソースをかけると丁寧に巻き上げ、ヌヴィレットに手渡した。プロの早業にあっけに取られるヌヴィレットを肘で小突く。
 出来上がったクレープと店員さんを見比べる彼は小さな子どものようで、僕も初めの頃はああだったなぁ、と懐かしさを覚えた。

「して、フリーナ殿。これはどのように食べたらいいのだろうか?」

 ヌヴィレットがクレープを見ながら小首をかしげた。

「ふふんっ……これはこうやって食べるんだよ!」

 大げさなくらい口を開けて、クレープに齧り付いた僕を彼は目を丸くして見ていた。

「ほら、ヌヴィレットも」

 ヌヴィレットを促せば彼も躊躇いがちに口を開けた。恐る恐る口をつける。

「ふむ……君の言う通り、バブルオレンジのソースのお陰で食べやすく感じる」

「それはそうだろう!なんて言ったって、僕のイチ押しだからね!」

 未だ、慣れない食べ方に苦戦する彼を横目にクレープを頬張る。僕よりずっと時間をかけて、ヌヴィレットはクレープを食べきった。

「ついてるよ」

 食べ終わった彼の口の端についてるクリームをハンカチで拭う。クレープはこれがあるから気が抜けないのだ。

「む?……ああ、ありがとう。フリーナ殿」

 大人しく僕に口元を拭われるヌヴィレットは子どものようでなんだか気が抜ける。いつも厳格な彼がこうして心を許してくれていることが今は素直に嬉しい。

「はい、おわり」

「なんだか嬉しそうだな」

「え、僕、そんな顔してた?」

 思わず頬に手をやる僕にヌヴィレットが頷く。彼のことを小さな子どものようだと思っていたのが見透かされてやいないかと少々焦る。

……君はそんな表情も出来るのかと意外に思うほどに」

「そうかな?……うん、そうかも」

 確かに、以前の僕はこうして生活を楽しむということはしてこなかったように思うし、隣でヌヴィレットとおやつを食べるなんて、与えられた役の延長上――神として仕事を円滑にするための手段としか思っていなかった。だから、彼との交流や休憩を名目とした茶会の際はボロが出ないように努めなければならなかったし、罪悪感で胃が痛くなることもあった。

 全てが終わった今、取り繕う必要もないのだから彼が見たことがない僕がいても不思議ではないのかもしれない。

「なら、これからはもっと見られるかもしれないね」

 僕の言葉に彼が目を丸くした。その後、僅かに目元を和らげる。

……そうか。ならば、君の新たな舞台を見せてもらうとしよう。期待していいのだろうか?」

「ああ。勿論だとも!この僕、『フリーナ』の物語は始まったばかりだからね!最高の舞台になることを約束しよう!」

 お辞儀を一つ。
 顔を上げれば、期待に満ちた目をした彼と目が合った。