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Public まほやく
 

Reprise(オーカイ)

月刊オーカイ企画さん2024年7月号に、お題「正装」「ケーキ」「財布」「蹴る」で参加させていただいたもの。オーカイのスイーツデート今昔。

※ 地獄耳のモブ視点
※ 太陽の夢SSRカインカドストの一ミリくらいのバレ



 目の覚めるような、というのはこういう人たちのことを言うのだと思った。カラン、と鳴ったドアベルの音に目線を上げ、彼らの姿が視界に入った瞬間、ぽかんと口が開いてしまって、馴染みつつあった挨拶の言葉が咄嗟に出てこなかった。
 たいそう、うつくしい二人の青年だった。先導していた赤毛の青年が、気さくな笑みにほんのわずかな戸惑いを浮かべて「こんにちは……休憩中か?」と尋ねて、私はようやく意識を取り戻した。
 私の案内で数席しかないカフェスペースに座った二人は、ショーケースに並んだケーキを「片っ端から全部」と、紅茶とコーヒーを頼んだ。

「全部……ですか?」

 思わず訊き返すと、退屈そうに頬杖をついていた銀髪の青年がにんまりと笑って「そう、ぜんぶ」と言った。そこで初めて、ゆるやかな弧を描く彼の左右の瞳の色が異なることに気づいた。今までそんな人に出会ったことはなかった。
 しんと静まり返った雪原のように冷ややかだった美貌が、私の不躾な視線を跳ね返すようにギラついた光を帯びた。太陽に照らされた氷塊のようだった。

「ここにいる男は、騎士の風上にも置けなくてね。根拠もなく人を疑って貶めた贖罪に、財布が空になるまで奢ってくれるんだよ。きみも感謝しなよ、こんな――

 さらさらと、澄んだ川のせせらぎのように流れる罵倒。少年のような無垢さがあるのに、ほのぐらい妖しさをまとって響く、不思議な声だった。
 言葉の中身よりも早口に呆気に取られていると、遮るように、注文を取り仕切っていた赤毛の青年が「それじゃあ、よろしく頼むな!」と言って、私の手にメニューを返した――彼の優しさは伝わったけれど、銀髪の青年がこの店を「場末のケーキ屋」と呼んだのは、しっかり聞こえていた。
 ぎゅっと確かに握らせるように手を重ねられ、そこでようやく赤毛の青年と目が合う。それまで視線が合わないので目が悪いのかと思っていたけれど、こちらの目をまっすぐ覗き込んで微笑んだ黄の瞳は、淡い午後の光を受けて金色に透き通っていた。そのやわらかな色を木漏れ日のようだと思う。不思議なことに、銀髪の青年の左目の色に、とてもよく似ていた。

「ボサッと突っ立ってないで、さっさと注文したものを持ってきなよ」

 銀髪の青年が私に舌打ちをしたのが耳に届く。どうしてか腹が立ったりはしなかった。目の前のどこか非現実的な光景を理解するために、精一杯だったからだろう。
 王都にはこんなにうつくしい人たちが大勢いるのかしら、と思いながら給仕をした。注文されたケーキは本当にすべて銀髪の青年のものだったらしく、この店の小さなテーブルではとても彼の前に皿が並びきらなかったので、いくつか食べ終えたのを確認しては、繰り返しテーブルまで足を運んだ。細身の青年が次から次へとケーキを平らげていくさまも、やはり非現実的だった。
 青年たちのあいだに会話はほとんどなかった。長いまつ毛に白い頬に生クリームをつけて、子どものように夢中で食べている銀髪の青年の姿を、時折コーヒーを口にしながら赤毛の青年が眺めているだけだった。彼は微笑んでいるようだったけれど、それは先ほど私と目を合わせて微笑んだときと変わらない、微温的な微笑に見えた。
 二人はどんな関係なのかしら、と思った。友人同士というには距離があるようだ。けれど、友人でなければ一緒にケーキを食べに出かけたりなどするだろうか? 都会の人たちのことは、よくわからない。
 銀髪の青年が注文したケーキを半分ほど食べ終えたところで、ガチャン! と大きな音がした。ほかのお客様の注文を取っていた私は、びっくりして振り向いた。
 コーヒーカップが、床に落ちて割れていた。いつの間にか銀髪の青年の姿はない。赤毛の青年が額に手をあて、大きな溜息をついた。その手が額から下ろされたときには、先ほど見た、常に微笑を浮かべているような、やさしい表情に戻っていた。

「悪い! 驚かせちまったな」

 彼は私と目を合わせて、礼をとった。くだけた言葉遣いからは想像できないくらい、洗練された仕草だった。
 それから聞きなれない、短い歌の一節のような言葉を唱えた。きらきらと、金色に輝く光の粒がいくつも現れたかと思うと、割れたコーヒーカップを包んで、気づいたときにはコーヒーカップは元の姿に戻っていた。

……ケーキ、美味いって言ってたよ」

 駆け寄った私に傷一つないコーヒーカップを手渡して、彼はそう笑った。



 どうして気がつかなかったんだ?
 閉店後の片づけ中に、店を訪れた印象的な二人組のことを話すと、店長に驚かれた。

「騎士って呼ばれていたんだろう? その赤毛の青年っていうのは、わが国が誇る英雄カインじゃないのか?」

 気がつかなかった理由はいくつかある。
 私が中央の国でも東の国に近い辺境の出身で、王都に出てきたばかりであり、騎士の存在も、賢者の魔法使いの存在も、自分からは遠い、おとぎ話のように思っていたこと。
 街でちらりと見かけた、賢者の魔法使いたちのパレードを描いた正装の姿絵とは違って、彼らが私服姿だったこと。

「それなら、銀髪のかたは?」

 私が尋ねると、店長は首をかしげた。

「銀髪の賢者の魔法使いって言ったら、アーサー殿下か、北の国のオーエンだが……
「ああ、それから、そのかたは左右の瞳の色が違いました!」
「それならオーエンだろうね。しかし……

 オーエンはカインにとって憎き仇のはず、と続けた。それなら、違う人物だったのだろうか、と私も首をかしげた。二人は友人同士には見えなかったけれど、憎み合う敵同士にも見えなかった。
 あとになって、もう一度、賢者の魔法使いたちの姿絵を見てみた。結局、私の目の前に現れた二人組が、カインさんとオーエンさんなのか、確信は持てなかった。
 髪色と目の色は同じだったので、それだけでじゅうぶんと言えばじゅうぶんだったのだけれど――私が二人の正体に気がつかなかった一番の理由。二人は姿絵よりも、ずっとうつくしかったのだ。



「この店、前に来たことがある」

 メニューから顔をあげ、ぐるりと辺りを見回した銀髪の青年が言う。目が合って、私は曖昧に微笑む。青年はつまらなそうに視線を逸らして、前に座る赤毛の青年を馬鹿にするように目を細めると「おまえが新しい店を見つけたって言うから付いてきてやったのに」と鼻を鳴らした。

「え? 来たことあるか?」

 きょろきょろと店内を観察する赤毛の青年の視線が、私を通り過ぎる。二人が来店したあと幸いにも店は繁盛し、数年前にカフェとして新装開店したのだった。お客様の会話に口を挟むべきか迷っているあいだに、二人の話は遠くまで流れていく。

「ケーキ、ここからここまで全部ちょうだい」
「あ、このオペラってのは苦い層があるやつじゃないか? やめといたらどうだ?」
「うるさいな。何を食べるかは僕が決める」
「だって前に食べたとき、ちょっと変な顔してたぞ。もったいないから食いかけを貰おうとしたら、急にまた食べ始めるし。あのときはフォークで手を刺されそうになった」
「一度行った店の場所は忘れてるくせに、なんでそういうことは覚えてるわけ? おまえ、そんなに地理に疎くて本当に軍隊の指揮なんかできてたの?」
「別に、地理に疎いわけじゃない。自分にとって重要じゃないことは、忘れちまうだけで……
「は? おまえは僕に王都じゅうのケーキを奢るんだよ。ケーキ屋の場所は重要なことだろ」

 それで注文はどうなったのだろうか。じっと銀髪の青年の顔を見つめていると、また目が合う。苛立たしげにひそめられていた眉根がほどけて、すんと瞳の奥が冷める。口角がわずかに下がって、私は初めて、それまで青年がほのかに笑っていたことに気づいた。

「ケーキ、ここからここまで全部ちょうだい。もちろん、オペラもね」

 十三個のケーキをケーキスタンドに載せて出した。それからコーヒーと、数年前にはメニューになかったホットチョコレートを。伝票を二人のあいだに置いて、辞儀をして去る。
 あの奇妙で貴重なできごとを忘れたことなんてない。この青年たちは、数年前に来店した二人組に違いない。それにしては――私はお客様から見えないように、小さく首をかしげた。
 背後では、私の置いていった伝票をめぐって、また諍いが起きているようだった。いや、諍いと呼ぶには、ずいぶんと楽しそうだ。
 ホールの隅に控えて、自分を呼ぶお客様の姿がないか目を配らせながら、こっそり聞き耳を立てる。不自然にならない範囲で、二人のテーブルも盗み見る。どうしても、気になってしまう。

「おまえ、ミチルに奢るときには支払う姿を見せないんだってね。僕には財布を開くところを見せるのはどうして? 目下の人間には虚勢を張りたいから?」
「なんで知ってるんだ? 別に虚勢ってわけじゃないが……そうだな、おまえ相手にカッコつけても仕方がないって思ってるのはあるかもしれないな。おまえも俺の財布が空になるところを見れたほうが楽しいだろ?」
……ムカつく」
「え、なんでだ?」

 銀髪の青年は問いかけを無視して、ミルフィーユに勢いよくフォークを突き立てる。白いテーブルクロスにパイ生地のかけらが飛び散る。

「それとも、おまえも本当はエスコートされたいとか? っ痛!」

 ガッ、と椅子の脚が床に擦れる音がした。思わず目を向けると、丈の長いテーブルクロスの隙間から、銀髪の青年の脚が向かいに伸びているのが見えた。

「蹴ることないだろ!」
「あのね、騎士様」

 銀髪の青年がうっそりとした微笑みを浮かべる。声を低めて、ほとんど囁くように話す。

「僕は施されるものには興味がない。奪いたいんだ、おまえからね。いい加減、覚えたら?」
……知ってるよ」

 赤毛の青年の、ぽつりと零した声が甘かった。二人のあいだに沈黙が落ちる。けれど何もかもが静止しているわけではない。銀髪の青年の脚は、前に伸びたまま下ろされることなく、ゆっくりと上下に動いている。まるで、何かを撫でさするような――
 ああ、と思って、慌てて目を逸らそうとする。けれど、目が離せない。赤毛の青年の頬がじんわりと赤くなり、顔が徐々に俯いていく。

「おい、誰かに見られたら……

 先ほどまで溌剌と響いていたのが嘘のように、消え入りそうな声。ハッとする。顔を背けようとするが、遅かった。
 銀髪の青年が前を向いたまま、目だけをこちらに向けた。ドロドロの苺ジャムのように紅い瞳が、私を射る。そのまま青年は、薄い唇をゆっくりと開いた。口中で飴玉でも転がすように言う。

「だいじょうぶ……だあれも見てないよ」

 氷水を頭から掛けられたようにゾッとした。私はホールを早足で去り、厨房に逃げ帰った。以後、二人のテーブルには呼ばれるまで近寄らなかった。
 それは本能的な反応だった。逃げなければならない。さもなければ――真昼の、人の大勢いるカフェでそんなふうに感じるなんて、どうかしていたのだろうか。それでも、あの日の二人のことを誰かに話したことはない。そんなことをしたら最後、翌朝には目が覚めないような気がする。
 会計のときに、赤毛の青年は「また来るよ」と言ってくれた。けれど、もう二度と彼らの姿を見ることはないだろうと思った。
 それとも、私がこのうつくしい秘密を秘密のままにしておいたなら、また会うことができるのだろうか。去り際、銀髪の青年はこちらを見て「ごちそうさま」と言い、くすりと笑ったので。
 言葉の終わりに、極上の甘味でも味わったかのように唇を舐めた、赤い舌。その上に光る、黒百合の紋章のことを、今でも鮮明に覚えている。