東経
2024-05-06 20:34:30
3034文字
Public 新ゲ
 

あか

※怪我、流血描写があります※

「ッ
ずきっ、と指先が発した痛み。
持っていた段ボール箱を床に置いて痛みを発する左手を見れば人差し指の先に一筋の赤い筋。
直ぐにその筋から赤い玉がぷっくりと現れる。
段ボール箱を注視すれば、角の部分からかすかに光るものが見えた。
つまりあれが犯人だろう。
大した傷ではないと思っていたが、傷は深かったようで血が指から伝い、手のひらまでいっていた。
血が床に落ちそうで咄嗟に指を口の中に突っ込むと少し懐かしい血の味が広がる。
口から指を出すと再び指先は赤くなる。出血はまだ止まりそうにない。
さしたる傷ではなければ作業服の裾で拭って段ボール運搬に戻ったがそうかいかなさそうだ。
困ったことにこの段ボールの中身が冷凍保存が必要なものだと言われている。
氷のようにすぐ溶けるわけではないだろうがここに置いて医務室に行って戻ってきたら恐らく中身は駄目になってることだろう。
無理矢理持って行くと箱が血まみれになるのは容易に想像できる。

「どうすっかなぁ」
静かな廊下に竜馬の声が響く。
生憎ここはあまり人が通りかからない倉庫区域だ。
もう一度、指を見るとまだ血は止まらない。
そう悩んでいる竜馬の耳に、こちらに近づくひとつの足音が聞こえる。
「(今近づいている奴に手当か、代わりに荷物を運んでもらうか)」
と、そう竜馬は考えた。
静かな廊下に響く足音を竜馬は待つ。
だが小さく反響しているその足音に、竜馬は"聞き覚え"があるような気がしてきた。

■□■□■

どこにいるんだアイツは」
思わず漏れる文句のような呟き。
隼人は竜馬を探して廊下を早足で進んでいた。
感情が滲み出ているのか、足音もいつもよりかやかましく聞こえる。
機体メンテナンス中、整備班からパイロットの意見が欲しいという話が出た。
その場にいた隼人や、食堂で他の職員と談笑していた武蔵坊はすぐに連絡がついたが竜馬の姿が見当たらない。
所持しているはずであろう個人連絡用端末で連絡を取ろうにも反応はない。
恐らく自室に放置しているのだろうと隼人は確信に近い考えを持っていた。
竜馬の部屋でベッドと壁の隙間でバッテリー切れを起こした端末を何度か発掘したことがあったからだ。
その度に竜馬に「ちゃんと持っていろ」と言ったが当人はどこ吹く風だ。
今日もきっと隙間に挟まっているが、コックピットに置き去りにしているか。どこかに置き去りにしているのはほぼ確実だろう
更に隼人を苛立たせるのは「普段竜馬がいるところに竜馬がいない」ということだ。
訓練や緊急時ではない時に竜馬がいる場所をおおよそ把握している。
だからそこに行けば竜馬がいると思っていたが、今回に限ってどこにもいない。
早乙女研究所は孤島にある。
故に島の外に出たわけではないのは確実だが、研究所は広大である。
更に竜馬が好んでいる場所は人気のない場所。
つまり、研究所外れの倉庫やタンク室など遠い場所が多い。
今日一日で数日分の運動をした気分になっている隼人。
今向かってるのは複数ある倉庫エリアのひとつ。
減圧保存や冷蔵保存など保管に気をつけなければならない薬品などのエリアだ。
隼人の記憶の中では竜馬はこちら側へはあまり足を向けていない気がするが
もうここぐらいしか探していない場所はない。

………!」
ふと視線を向けた先は通路の曲がり角。
丁度倉庫セクションを示す看板が見える。
その看板にかかる影がある。
本来そこに影ができるようになるものはなかったはずだ。
もしや、と少し足を早めて角を曲がる。
そこにいたのはやはり竜馬だった。

「お。やっぱり隼人だった」
隼人の姿を見て笑う竜馬と、

「こんな所にいたのか
竜馬の姿を見てようやく見つけた、と力が抜ける隼人。

「お前、どうした」
竜馬の足元に置かれた段ボールも気になるが、指を咥えているのが一番気にかかる。

「ん」
ジンジンと痛む指を見えるように差し出すと、隼人の眉間のシワがひとつ増えた。

「手当ぐらいちゃんとしろ」
「したくてもできねえんだって」
足元の段ボール箱に視線をやりつつ状況を説明する竜馬。
説明を聞き終えて、ため息をつく隼人。
来た道を戻り、案内板の上の壁を触ると小さな音を立てて壁の一部分が開いた。
それを見ていた竜馬の「えっ」という声が少し遠くから聞こえる。
中には応急セットが入っている。それを手にとって竜馬の元に戻った。

「手、出せ」
言われたとおりに手を差し出す竜馬。
その手をとって手当を始める。

「なんだよ、それ」
目を丸くしつつ、隼人が持ってきた応急セットを見る。
包帯、ガーゼなど怪我の応急手当に使うものから、軽度の鎮痛剤なども入っている。

「各セクションの入口近くに非常用に保管されてる。前に聞いただろ」
…………
竜馬からの返答はない。恐らく忘れていたか、聞いていなかったの二択だろう。
出血が続いたせいか指先は白くなっている。
消毒液を染み込ませたガーゼを軽くあてると、小さなうめき声が聞こえる。
白い肌と鮮やかな赤。
何かと赤に縁がある男だな、と隼人は思う。
搭乗機体も赤を基調にしたカラーリングだ。
生身で鬼と戦闘し、返り血まみれになったこともあった。
重く漂う血の匂い。
その匂いは隼人の"大人しかった"部分を刺激する。
脊髄を泡立たせるような感覚。
人の血の匂いのせいか、それとも"流竜馬"の血の匂いだからか。
この今掴んでいる膚の下にあるもの。
""果たしてそれは自身と同じものがあるのか?""
感情が渦巻き、混ざり、濁流となろうとしていた時だ。

「おい」
なんだ」
上から落ちてきた声で意識が勢いよく引き戻される。
見上げれば竜馬が口をへの字に曲げていた。

「こっちの台詞だっての。話しかけても黙り込みやがって」
「悪い。なんの話だったんだ」
「あー、なんで俺を探してたんだよって」
「あぁ
探していた理由を話しているうちに、手当は終わった。
これからどうすればいいかはお互い理解していた。
隼人が竜馬の代わりに段ボール箱を運び、竜馬は整備班のところに行く。

「あ、そこの角で切ったから気をつけろよ」
「わかった。格納庫に行く前に医務室にいけよ。あくまで応急手当だ」
「このままで大丈夫じゃねぇ?」
隼人が巻いた包帯を眺めつつ、ぶんぶんと手を振る竜馬。

「悪化しても知らんぞ」
「わーったよ
いつもよりか冷ややかな声で言ったのが功を奏したのだろうか。
面倒くささは表情に残ったままだが竜馬は渋々と承諾した。
そんな会話の後、別れようとする。
その時ふと隼人の目を赤が引っ張った。
先程、出血た指を咥えてた時についたのだろう。
竜馬の下唇に血がついていた。まるで口紅のように。

ッ」
引っ込んでいた感情がまた顔を出そうとしてくる。
深呼吸を一度して感情を押し込む。
これを表に出すのは"まだ早い"と言い聞かせて。

竜馬」
「あ?」
「唇、血がついてる」
「んー、取れたか?」
くすんだ赤が指で拭われる。

「あぁ
それを最後に別れる。
遠ざかっていく背中と足音が見えなくなるまで隼人はそれを見送った。
揺れる自身の心臓と一緒に。