東経
2024-02-24 23:22:14
3272文字
Public 新ゲ
 


 早乙女研究所は本土と隔絶された場所にあるがゆえに不便なことが多々ある。
生活に必要な物資の輸送もだが機密資料などデータ化が出来ないものの移動も一苦労だ。
今隼人が本土に来ているのもそういった機密書類の受け渡しのため。
そしてついでにと言わんばかりに物資の買い出しなどの用事もちゃんと押し付けられた。
研究所にいるのは根っからの研究者が多い。
ゲッター線関係の研究に必要なものならば勿論研究所側で購入してくれる。
だが個人で使うものは個人で入手しないといけない。
そして機密保護の関係上通販なんてできやしない。
そんな中で専門知識を持った隼人が出かけるとなれば皆こぞって"おつかい"を頼む。
A4のコピー用紙数枚にもなる買い出しリストを渡された時は隼人の眉間の皺はひとつ増えた。
資料の量や買い出しの数を考えひとりで一日で終わらせるのは難しいと判断し、暇を持て余していた竜馬に声をかける。
丁度立ち寄らなければならない場所がかつての竜馬の生活圏にかかっていたのも頼んだ理由でもある。
断る理由もなく二つ返事で了解した竜馬と隼人は朝早くに研究所を発った。
その後本土に到着してメインの目的である資料の受け渡しを済ませたのが丁度昼頃。
迎えが来る午後8時までの残り時間は買い出しに費やすことになった。
土地勘があるがゆえ何を扱っているかは分からずとも「そんな感じの店ならあっちにあったぞ」といった竜馬のアシストもあり買い出しは順調に進む。
そうしているうちに時刻は午後5時になろうかとしていている。
日は落ち、空は黒に染まっているが、それをかき消さんとする街の灯り。
明るい夜はある意味久しぶりに感じる。
あと買うものは数点というときに隼人の携帯が鳴った。相手は早乙女博士。
側にいた竜馬にもそれは見え、ふたりの脳裏には一瞬"襲撃"という二文字がよぎり空気が張り詰める。
だが、その連絡は危惧していたものではなく新たなおつかいの追加連絡だった。

「どうするよ」
駅の路線図をながめるふたり。
博士からのおつかいは「とある企業の人間から荷物を受け取って欲しい」という至極簡単なものだが、受け渡し場所が現在地から少し離れているというのが問題だった。
ふたりで受け取り場所に行って戻ってくると残りの買い物をしている時間がない。
ならば二手に分かれるのが一番得策であろう。

「あとなに買ってくればいいんだ」
「これだ」
大量の赤線が引かれたリストを竜馬に渡す。
竜馬にとって見覚えのない文字の羅列。読めるのに意味が判らない。
赤線の引かれてないものを見ていると見覚えのあるものがあった。

これってよ、確かこんな形のものじゃなかったか」
リストの残されたものの一つを指さして、もう片方の手でシルエットをなぞる。
大雑把なそれでは判別がつかないので隼人は携帯で画像を検索して竜馬に見せた。

「これか」
「あー、そうそうこれ」
「心当たりあるのか」
「俺の知ってる奴の店で見たことがあったんだよ。結構な値段がついてたから覚えてた」
"こんなもの"を扱っている店はまともな店ではないのだろうと隼人は思うが、そこに突っ込むのは野暮なので黙っておいた。
そもそも『何か』があっても竜馬なら大丈夫だ。

「なら決まりだな。俺が残りの買い物に行って、お前は荷物の受け取りで」
そうだな。これを扱ってる店なら残りの物も扱ってる可能性が高い。店員にリスト見せれば出してくれるだろ」
「うっし。なら終わったら……××ビル前で落ち合う、でいいか」
「あの眩しいやつか」
「おう、それ」
集合場所と時間を確認して別れようとした時、ふと隼人は竜馬の言葉を思い出し呼び止めた。

「竜馬。お前の用はいいのか」
今朝の移動時に「俺も行きたい場所があったから丁度よかった」と言っていたのを思い出したのだ。

「ん?ああ。今から行くついでに行く」
ちなみにどこに行くつもりだったんだ」
「家だよ」
いつもの調子でそういった竜馬は今度こそ踵を返して歩いていく。
隼人もぼやっとしている場合ではないと駅の改札へと向かった。

■□■□■

「あいつ、どこに行きやがった」
待ち合わせ場所のビルの前で隼人は文句をこぼした。
荷物を受け取り、ビル前まで来たが竜馬の姿は見えない。
時刻もそろそろ約束の時間になろうかとしている。
生憎竜馬は携帯を持っていない。
下手に動くのもいいことではないし、どうすべきかと考えながらビルの周辺をふらつく。
すると沢山のビルの隙間の薄闇に明るい箇所があるのが目に入った。
すこし気になり、そちらに足を向けるとすぐに小さな公園が姿を表す。
待ち合わせ場所のビルで出来た影を消そうと狭い場所に街灯が何本か立っている。
薄闇を切り取るその街灯の明かりの下に一匹の野良猫が座っていた。
野良猫の視線から公園に誰かがいるようなのだが隼人の位置からでは公園の垣根で見えない。
いつもの癖で気配を消してそっと公園に近づく隼人。
近づけば垣根からひょっこりと見える髪ですぐにその誰かはわかった。

「人懐っこいな、お前ら」
聞こえてくる竜馬の声。当人はひとりごとのつもりなのだろう。
隼人が最初に見た野良猫以外にも数匹がしゃがんだ竜馬の足元でじゃれていた。
竜馬は猫たちを片手で頬杖をついて眺め、もう片方の手で撫でていた。
猫たちも楽しいのか、にゃあにゃあと鳴き声が聞こえてくる。
ひとまず直ぐに竜馬が見つかって安堵した隼人は、声をかけようと更に近づこうとしたその時。

「にゃー」
と、竜馬の"鳴き声"に隼人の動きがびたりと止まった。
竜馬は後方の隼人に気がついていない。
勿論、竜馬が今まで見たことのない表情をしていることにも。
竜馬の足元にいた猫たちの一匹が隼人に気が付き、そちらを見る。
その猫の視線で竜馬も振り向いた。

「わりい。もう時間か」
「─あ、ああ」
じゃあな、と言って立ち上がる竜馬と名残惜しそうに足に擦りつく猫。
手を伸ばして猫の額を軽く掻いてやると、満足したのか猫は小さく鳴いた。
公園のベンチに置いていた荷物一式を手にとって隼人の側まで来る。

「どうした?」
そういって覗き込んでくる竜馬の顔を今の隼人はまともに見れなかった。

………いや、別に」
「ならいいけどよ。迎えがくる場所ってどこだ?」
◯◯ビルの屋上のヘリポートだ」
「あー、ならこっちのほうが早いぜ」
そう言って竜馬は隼人が向かおうとしていた方向とは別の方へと歩きはじめ、隼人もそれに続いた。
表の道を歩けば眩しいほどのネオンが輝いている。
この路地はネオンの明かりは殆どがビルに遮られて暗い。
だが、こちらのほうが性に合っているような気がした。
自身も、前を歩く竜馬も真っ黒と言う程ではないが日の当たる人間だとは思ってない。
そしてそちら側に行きたいか、と言われれば自身も、そして恐らく竜馬も否定するだろう。
好きでこうなった訳ではない。けれども間違いなく今の環境の方が"満ち足りて"はいるのだ。
突然暗かった足元が薄っすらと明るくなる。
人工的ではないその明かりは月だった。
見上げると雲の隙間から月が姿を表している。
まだ満月には数日かかりそうだが、それでも月明かりは地上を照らしていた。

!」
明るくなったからかもしれない。
先程までは見えなかったものが見えてしまった。
前を歩く竜馬の丁度襟首付近。てんてんてんと猫の足跡がはっきりとついていたのだ。
先程猫にじゃれつかれていた時に足が汚れていた猫がいたのだろう。
あまりにも綺麗についた足跡は服の模様にも見えてくる。
そして再び隼人の脳裏で再生される"鳴き声"
思わず竜馬に手が伸びそうになるも、それをぐっと堪えた。
せめて、研究所まで我慢だとそう言い聞かせて。