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東経
2023-08-31 23:25:43
4254文字
Public
新ゲ
陰翳を追う
週間天気予報にはギラギラとした太陽マークのみが並ぶ。
その下の予想気温はどの日も見るだけで熱く感じてしまう数字。
報道機関は猛暑について温暖化だの異常気象だの騒ぎ立てていた。
どれだけ騒ごうが暑さがやわらぐわけでもなく。
酷暑。その言葉がそのまま具現化したような夏のある日。
海上の孤島に建てられた早乙女研究所も暑さは本土と変わりやしない。
まだ鉄筋コンクリートのビルに囲まれていないだけましだろう。
蝉すら鳴くのを躊躇うような暑い朝、ひとつの悲劇が早乙女研究所を襲った。
「
…
なんでこんな日に」
ひとりの職員が熱気がこもる廊下を気だるそうに歩く。
誰に当てたわけでもないその言葉は近くを歩いていた隼人の耳に届いていた。
当の職員は隼人には気づかず室内へと入っていった。
「(まあ、そうも言いたくなるな)」
心の内で職員に同意しながら、頬を伝う汗を指で拭った。
早乙女研究所では全施設に冷暖房を完備している。
格納庫など大規模な場所は少し効きが弱いが、それでも似たような施設に比べればとても行き届いていると言えるだろう。
それに不具合が起きたのは夜中のことだ。
冷房システムが突如停止した。
老朽化か、それとも度重なる鬼の襲撃のせいかはわからない。
空気循環システムまでは壊れなかったのが幸いだったが、その夜は熱帯夜。
冷却システムを通さずに徐々に外からの暖かく湿った空気を施設内に送り込んだ。
朝になる頃には外気とさほど変わらない状態になっていた。
異変に気がつき、すぐに修理しようと取り掛かるも原因はパーツの物理的破損のだった。
予備パーツがあればすぐに解決する話だったのだが、数時間後の研究所が暑さに苦しんでいるということはそういうことだ。
予備パーツは無い。直ぐに取り寄せしようと本土から取り寄せようにも時間がかかる。
少なくとも夕方まではこのままだ。
日を跨がないだけでもマシと考えたほうがいいだろう。
普段は塞ぐように閉められた廊下の窓も流石に今日は開かれている。
部屋のロックを解除しながら横目に見た。
そこから見えるのは眩しい日差しに焼かれる草木。
外には出たくないな、と思いながらドアを開けるとこもった熱気が出迎えてくれた。
隼人は熱の籠もった自室で作業を続ける。
足元にあるのは倉庫から発掘した扇風機。だが送られてくるのは温風で体温は下がらない。
無いよりはましなのだが不快指数が少し下がったくらいだろうか。
「
…
、はぁ」
この暑さでは流石の隼人でも集中力を維持できない。
今日はまともに作業はできなさそうだ。
水が欲しくなったので部屋に備え付けられた冷蔵庫を開けるが、中身は空だった。
仕方ない、と食堂に向かうため部屋を出た矢先に意外な人物と鉢合わせる。
「いいところにいたな」
「
………
」
早乙女博士だった。
いつもと変わらない白衣姿だが、やはり暑そうだった。
博士が出会いしなにいった「いいところに」という言葉が引っかかる。
問おうとする前に博士が手にしてるビニール袋を差し出し、流れでそれ受け取ってしまった。
「それを竜馬に持って行ってやってくれ」
「なんで俺が」
「お前のほうがヤツのことを知っているだろう」
「
……
」
一瞬納得しそうになるも、そういうことじゃないと反論しようとしたが博士は既に立ち去っていた。
やられた、という気持ちの中で渡されたビニール袋の中を覗くとアイスがいくつか入ってた。
意外な中身に少し面食らうが、そういえば朝方ミチルが買い出しにいくどうこうの話をしていたのを思い出した。
恐らくミチルが買ってきて、それを配るように言ったのだろう。
渡されたものは仕方ない。
早乙女研究所は建物含めかなり広い。
竜馬を探すのはこんな気温の中でやるのは辛いものがある。
だが隼人にはひとつ"心当たり"があった。
■□■□■
外に出ると室内以上の熱気が襲いかかってくる。
手にしたビニール袋には保冷剤がいくつか入ってる。
そのお陰でアイスは直ぐには溶けやしないだろうが、長時間は持たない。
隼人の足は研究所のそばに建てられた倉庫郡に向かう。
緊急用の備蓄や、日常的な消耗品など。
大抵のものはここに保存されている。
その倉庫群を進むと瓦礫の山が顔を覗かす。
元々は戦闘により倒壊してしまった倉庫だった。
だが修理されないままでいつの間にか瓦礫置き場になってしまっている。
そこは丁度周囲の建物が影になり、それでいて風通りもいい。
恐らく研究所の人間の誰もがただの廃棄場所ということしか知らない場所。
竜馬は時折ここで暇をつぶしているようだった。
隼人がここを知ったのはいつだったか。
ある日、ふらりと研究所の外を歩く竜馬を背を見た瞬間"追わないといけない"とそんな考えが身体を動かした。
そのまま竜馬のあとをつけて、この場所を知ったのだ。
ただ程よい休憩場所に向かっているということを知って不思議なことに安堵したことは覚えてる。
照り返しのきつい中歩くと瓦礫の山のうちの日陰に寝転がっている姿が見えた。
推測は当たっていたようで、瓦礫の山を登る。
「
………
」
竜馬は案の定昼寝中だった。
直ぐ側に立つ隼人にも気づかず眠っているようだ。
寝ている場所は日の下よりかは涼しいが、暑いことには変わりない。
無意識にやったのか、それとも風か、作業服が少し捲れて腹があらわになっていた。
それを見るや無言で持っていたビニール袋を竜馬の腹の上に置く。
「っ
……
ッめってぇ!!!」
少しのラグの後に隼人の想像通りの反応をして竜馬は叫び声と共に跳ね起きた。
「なにしやがんだ、おめぇは!」
「配達を頼まれただけだ」
「配達
…
?」
腹の上に置かれたビニール袋を手に取り覗き込むと怪訝な表情から一転、明るくさせる竜馬。
が、顔をあげると少し怪訝な表情をしていた。
「
…
どうしたんだ。急に」
「博士からだ」
「ジジィから
…
?」
竜馬の中では隼人からというだけでも不審なポイントが高まるのに早乙女博士からという言葉で更に不審ポイントが増えていた。
「俺たち以外にも配ってるだろうから大丈夫だろう」
「まあ
…
今更毒盛る理由もないな」
そういうと竜馬は、けろりとした笑顔でビニール袋の中を探り出した。
切り替わりのはやさはわかり易いなと思いながら隼人も腰を下ろす。
日陰といえど、コンクリートから衣類越しに熱をじんわりと感じる。
それでも吹き抜ける風は身体を少しだけ冷やしてくれる。
時刻は午後二時。一番気温が上がる時間帯だ。
蝉の声も遠く感じる。この暑さでは蝉も活動できないのだろうか。
「ほれ」
差し出された棒アイス。
思わずきょとんとしてしまった隼人に竜馬は言葉を続ける。
「ん。これ隼人の分じゃないのか」
「
…
俺のだ」
「だったらとっとと食っちまえよ。溶けちまう」
竜馬の口からはまだ言葉が出てきそうで、その言葉を安易に想像できたので、言葉が出てくる前にアイスを受け取る。
「
……
」
ビニール包装を破りアイスを取り出す。
竜馬の言う通り表面は溶け始めていた。
特に好んでいる訳でもないがその甘さと冷たさが染みる。
「そういや、ここよくわかったな」
かじかじと棒アイスに食いつきながら竜馬は呟く。
「この環境で行ける場所なんて限られてる」
「まあそうだけどな。研究所から見えねえだろ、ここ」
「いつだったか後をつけた」
「なんでつけてんだよ」
さも当たり前のようにぶん投げられた隼人の言葉に少し呆れたような声であったが、竜馬の表情は笑っていた。
手にした味のしなくなったアイスの棒をビニール袋に投げ入れる。
"なんで"と聞かれたら実際のところ隼人本人にもはっきりとした理由は出せない。
『竜馬がいなくなるかもしれない』
いつからだったか隼人の中で根拠のないそんな考えが思考の片隅にあった。
気がついたら消えてしまいそうな、薄い危機感。
共通パイロットという少し変わった関係に、肉体関係が加わったことで余計に考えてしまうことが増えたのかもしれない。
いくら考えようとも明確な根拠は見つからないままだ。
今この世界で"流竜馬"を一番理解している、と隼人はそう思っている。
けれども竜馬は隠している。本人も知らない最奥の底の感情を。
「なに湿気た顔してんだ」
意識が思考に向いていたのを竜馬の声が引き戻した。
思ったよりも距離を縮めていた竜馬がこちらを見ていた。
「
……
していない」
そこまで言って、なんで竜馬がそばに寄ってきたのか。
「お前、狙ってたな」
そう言われた竜馬はバレたかと笑う。
博士に渡されたビニール袋にはアイスが三本入っていた。
先程隼人、竜馬で一本ずつ。残りは一本。
「どうする?」
じゃんけんでもするか?と手をひらひらとさせていた。
「
…
いや、いい。やる」
「おっ。ならありがたくもらうぜ」
そういってアイスを取り出して口に運ぶ。
「なにをそんなに考え込んでるかは知らねえが、悪いことにはならないだろ」
竜馬も隼人が考え込んでいる時間が増えていることに気がついていた。
ゲッターのことか、今の戦況についてか、それとも竜馬の考えが及ばないことか。
どれにせよ聞いたところで何できるわけでもないし、隼人なら答えを見つけることができるだろうと、そう思っている。
「
………
」
竜馬を見る隼人の表情にはなにか物申したげなそうだったが言葉を発しはしなかった。
「あんだよ。アイスはもうねえぞ」
一口分が残った棒を見せた後に口に運ぶ。
「
…
まだ、あるだろ」
竜馬の腕を掴み、身体を寄せ、アイスで冷えた竜馬の唇に触れる。
冷たさと甘さが舌に伝わるがアイスは既に竜馬の口内に消えていた。
「ん
…
、っ」
唇以上に冷えて甘い味のする舌。
食べていたアイスはバニラだったがバニラの風味は感じれずただの甘さだけが隼人の舌の上に乗る。
密着していないのにお互いの体温が伝わる。
触れる吐息も熱い。
「は、ぁ、」
舌から甘さが無くなっても竜馬の舌を弄んだあとゆっくりと離れた。
せっかく冷えた口内は熱を取り戻しつつあった。
「っ、は。遅かったな」
濡れた唇を指で拭い竜馬はどこか楽しげに呟く。
ふたりの間から落ちた雫がコンクリートに模様を描いていた。
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