小椋
2024-07-15 15:19:46
4566文字
Public
 

【kiis】マーキング

kiis版ワンドロライに参加したもの。
BM所属未来if。kiがisにマーキングをするお話。
第3回目のお題「スーツ」「デート前日」「うさぎ」をお借りしました。執筆時間は約2hです。



 まずは気づくか気づかないか。次に気づいた上で怒っているか怒っていないか。
 ミヒャエル・カイザーの予想は、気づかないまま帰ってくる、というものだ。ただ、どんな展開が待ち受けていようとも、最終的には自分の思惑通りに事を運んでやることに変わりはない。
 ソファに座ってワインで舌を湿らせていたカイザーのもとに、合鍵を使って開錠する音が届いた。まもなくドアが開閉して、ゆったりとした足音が近づいてくる。空になったグラスをテーブルに置いて腰を浮かせたところで、待ち人がリビングのドアから顔を覗かせた。
「カイザー! ただいまっ」
 想定より遥かに弾んだ声色が響く。目を丸くしているうちに潔世一が飛びついてきた。とっさに腕を広げて抱きとめたものの、いつにない行動に喜ぶ前に戸惑いが勝ってしまう。
 あらかじめ聞いていた時間よりも少々遅い帰宅であるがゆえに、それだけ早く会いたいと焦がれていたということなのだろうか。
 ぴったりと寄り添ってくるさまを名残り惜しく思いながらも、顔を見たいという欲求に抗えず潔の肩を掴んで優しく距離を取った。
「おかえ――あ?」
 浮つく心をそのままにすっかり慣れ親しんでしまった日本語のあいさつを返そうとしたところで、目に入ってきた異物に低い声音が漏れ出る。
 潔の右鎖骨と首元の狭間にあるくぼみが、無粋なもので覆われていた。皮膚の薄いそこに陣取っているのは、鮮やかなピンク色をしたばんそうこうだ。万人受けするようにデフォルメされたうさぎのキャラクターがプリントされたそれが、いささか不格好にしわの寄った状態で貼られている。その愛らしいうさぎの下に隠されているものを、カイザーはよくよく知っていた。
「なあカイザー。これ、なんだと思う?」
 視線の先に気づいた潔が、挑発的な笑みを浮かべながら自身の首元に貼られたばんそうこうを指さす。
 どうやら、カイザーの行為に対する潔の反応とそのあとの行動に関しての予想はことごとく外れていたらしい。そう悟りながらも、カイザーは応戦するように薄い笑みを形作ってみせた。
「ばんそうこうだな」
「そうだよな。ばんそうこう。これって、なんのために貼るものだと思う?」
「傷を治すためなんじゃないか?」
「そう、そうだよな。なあ俺、なんでこんなところに傷なんてあるんだろうな?」
 なんでもなにもない。そこに傷があるのは、ほかならぬカイザーのせいだ。
「見えるとこにつけんなって、俺言ったはずだけど?」
 キスマーク。またの名を鬱血痕。それはすなわちカイザーによるマーキングであり、身勝手な独占欲の表れだった。
 でも、そもそもは潔が悪い。せっかく二日続けてのオフをともに過ごせると思っていたのに、急遽パーソナルスポンサー主催のレセプションパーティーに招かれたことを、前日の夜になって打ち明けてくるのだから。
 遠出してのデートを計画していたカイザーに水を差すのを悪いと思っての行動だったらしいが、完全に悪手だ。最悪に最低を上塗りしている。もっと早くわかっていたのなら、瞬時に損なった機嫌を自分なりに飼いならす手立てもとれた。でも、あまりにも唐突だったから。
 結局、なにかしてやらなければ気が済まなかったカイザーは、翌日の予定にぎりぎり差し障りが出ない程度に潔を抱いた。そうして、蕩けた瞳をそのままにくったりと横たわる肢体に、赤い薔薇の花びらを散らしたのだ。もっともそれは時間が経過したことで、いまや青と入り混じった紫に姿を変えているのだが。
 見えるところに痕をつけるな、という潔の主張を反故にしたつもりはない。これでも最後に残した理性とひとかけらの良心でもって、脱いだり脱がされたりしない限りは視界に収まらない位置に留めてやった。そのつもりだったのだ。
 拗ねた様子で唇を尖らせる潔を見下ろしながら、カイザーは笑みを深めてみせた。
「どうやら俺の見立てが甘かったらしい。スーツを正しく身に着けた世一くんなら、そんな場所を俺以外の誰にも見せないでくれると信じていたんだがな?」
 寝過ごしたと叫んで一緒に眠っていたベッドから抜けだすなり、慌ててレセプションパーティーに出かける準備を進める潔を呼び止めて、よれたネクタイをしっかり締め直してやったのはカイザーだ。見えないように整えてやったというのに、どうしてそんなことになっているのだろうか。
 自分でそこにあるものに気づいて、ばんそうこうを調達した可能性もなくはないが、潔がまっさきに選ぶものだとは到底思えない。もっと無難で地味なデザインのものなど、いくらでもあったはずだ。
 なによりよくよく観察してみれば、シャツの襟元にしわが寄っていた。まるで、誰かにそこを強く掴まれでもしたかのような。
 徐々に推理のピースがそろっていく感覚に、カイザーは身内から沸きあがる憤りを抑えられなくなる。
「誰に貼られた? ――いや、誰に貼らせた?」
 不快感も露わに迫れば、途端に潔が噴きだした。ひとたび限界を迎えてしまえば歯止めが利かなくなったのか、眉根を寄せるカイザーをよそにひとりで笑い転げている。
「あー、やば。カイザー必死すぎだろ」
「おい。世一」
「こんなかわいいばんそうこうな時点で、お前が心配することなんてなーんにもないことくらい、わかんない?」
「一般的に市販されているものなら、誰が持っていたっておかしくはないだろう」
「あー……まあ、一理あるか?」
 まあ落ち着けって、とうそぶきながら、ぽんぽん、とあやすように肩を叩かれる。余計に苛立ちを煽られている気がして、カイザーは潔の腰を抱き寄せた。ぐっと縮まった距離にひるんだ様子を見せながらも、潔は覚悟を決めた様子でカイザーと視線を絡ませる。やわらかな煌めきを宿したミッドナイトブルーに、カイザーはちいさく息をついてわずかに緊張をゆるめた。
「トイレに行ったら、ホールの場所がわかんなくなっちゃってさ」
「また迷子になったのか?」
「うるせぇ。……で、適当にうろうろしてたら、前から女の子が泣きそうな顔で歩いてきてんだよ。両親とはぐれちゃったって言うから、とりあえず抱っこして一緒に探してたんだけど」
……それで?」
「よっぽど不安だったんだろうな。ぎゅって首元んとこ掴んできてさ。最初のうちはぐずってたけど、話してるうちに落ち着いてきたみたいで……そしたら、見つけられちゃったんだよな」
……なにを?」
 言われずとも知れた答えを確かめようとすれば、おい、と鋭く釘を刺された。
「すっとぼけてんじゃねぇぞ。お前がつけたヤツのことだよ」
 むすっと吐き捨てる潔に、今度はカイザーが耐えきれずに笑い出してしまう。クソが、ふざけんな、と息巻く恋人を抱き寄せて、さきほどのお返しとばかりに背中を、ぽん、ぽん、と叩いてやる。カイザーの意図など見通せているだろうに、潔は抵抗するそぶりを見せなかった。それどころか、カイザーの背中に腕を回して身を寄せてくる。
「初対面のちいさな女の子にこれを見られて、『ケガしちゃったの?』『痛そう。ばんそうこう貼ってあげるね?』って言われたときの俺の気持ちがお前にわかるか?」
「そのときのお前はさぞかし見ものだっただろうな。居合わせられなくて残念だよ」
「クソが。マジで腹立つ」
 ごす、と頭を胸元にぶつけられたものの、手加減されているおかげで痛くもかゆくもない。じゃれあいのような抗議の仕方に、カイザーは自然と口元をゆるませた。
「それで? その女の子をエスコートしてたせいで帰りが遅くなったのか?」
「えーと……とりあえず、無事に両親と会えたんだよ。ずいぶん探してたみたいですげぇ感謝されて。そこからいろいろ話してたら、その人たちが俺のスポンサーになってくれることになったんだよね」
「あ?」
「一般用医薬品と衛生材料の製造販売会社を夫婦で共同経営してるんだって。このばんそうこうも、そこの製品ってわけ」
 思わぬ展開と着地点に、カイザーの胸のうちにさまざまな感情が去来する。それをそのまま目の前の相手に浴びせる代わりに、耐え忍ぶような溜息をついた。
 帰ってきたときの上機嫌な様子だったのは、どうやってカイザーに仕返しをしてやろうと胸を弾ませながら目論んでいたからだけでなく、新たなスポンサーが得られたからでもあったのだろう。
 新たな人間が潔世一の魅力を知り得たという事実に落ち着き払っていられるほど、いまのミヒャエル・カイザーに余裕などないのだ。
「な。安心しただろ?」
 こちらの内情などまるで察していないらしい潔が、のんきな顔をほころばせている。
 まったくもって安堵からはほど遠い。むしろ悋気が増すばかりだ。
 双葉の生えたまんまるな頭を撫でてから、カイザーはつるりとした頬を両手でしっかりと包んでやった。
「どこが。世一くんがまた性懲りもなく他人をたぶらかしてきたって話を聞かされて、この俺が穏やかでいられるとでも?」
「はあ!? なんでそんな話になるんだよ!」
 カイザーは潔の腰をあらためて抱き寄せると、有無を言わさず一歩を踏みだした。たたらを踏んだ身体を支えながら、なおも足を進めていく。
 え? は? おい、ちょっと待てって。そんな制止の言葉などまるきり無視をして、バスルームへと直行した。
「昨日もした、だろ」
「ああ。直前まで秘密を抱えていた世一のおかげで、最低で最高の夜だったよな?」
「う……あ、明日こそ、デートするんだ!?」
「そうだな。手を繋いで歩きたい。ああ、キスも許してくれるか?」
「ぐ……ひとけのないところ、なら……じゃなくて! だったら!」
 でも、その前に、と潔の首元に触れる。自身で刻んだ情痕に成された蓋を、爪でかりかりと引っかいてやる。
「ちゃんと確かめて、上書きしたいんだ」
 カイザーがマーキングを施したのは、なにもここだけの話ではない。心臓の上と、二の腕の裏、そして。順番にたどって行き着いた最後の場所である内腿の奥、臀部に近い脚の付け根を指で押してやれば、腕の中に囲った身体がびくりと跳ねた。
「お、まえ……こ、んなところにも?」
「ここなら、俺にしか見えない。はず、だよな?」
……っ」
 不安を滲ませたカイザーに、潔が声を詰まらせる。そんな素直な反応にカイザーは手ごたえを感じながら、なあ、世一、と言葉を重ねていく。ついに唸り声ばかりが届くようになったころあいで、耳元に唇を寄せた。
「おねがい、よいち」
――っ、だ、から、ずりぃんだって、それ」
 昨夜も同じ言葉に陥落してくれた恋人が、御しやすすぎていっそのこと心配になる。そのぶんだけ感情を揺さぶられて、それなのに愛おしくて離れがたくてたまらない。
 いまとなっては邪魔でしかない衣服を脱がせるまえに、首元に添わせていた手を動かす。そこに貼られた愛らしいうさぎのばんそうこうを、けっして痛みなど与えないように、ゆっくりと剥がしていく。これから待ち受ける展開に不安と期待を抱いているのだと容易に窺い知れる顔つきでそれを待つ潔に、カイザーは意地の悪い笑みを浮かべずにはいられなかった。



小椋@OgrYtk