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haru_haru0704
2024-07-15 13:29:21
4223文字
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幸福に慣れるには時間がかかる
カカロ×忌炎 全年齢
今日は、残党狩りのために石崩れの高地へと赴く予定だ。
鳴式が倒れた今、残像は徐々にその数を減らしていた。だが、ゼロにはほど遠い。
夜帰には、最後の敵が倒れるその日まで戦い続ける責務がある。
「よし」
忌炎は装備を整えると、カカロの元へと向かった。
いつも通り、幽霊猟犬は夜帰に協力してくれることになっている。彼らは、これ以上ないほど信頼できるパートナーだ。
幽霊猟犬の団員たちは輪を成すように集まっていて、その中心にカカロはいた。
「カカロ、準備はできたか?」
「ああ」
そう答えるカカロの頬には、僅かに赤みが差していた。
忌炎は訝しむ。どこか、様子がおかしい。
「・・・?もしかして、体調が悪いのか?」
「そんなことは・・・」
忌炎はカカロに近付き、額に手を当てた。少し熱い。
「やっぱり、熱があるじゃないか」
「熱・・・」
カカロは驚いているようだった。
どうやら、自分の不調を自覚していなかったらしい。
きっと、無理をすることに慣れきってしまっているせいなのだろう。この程度のことは無理をする内にも入らず、問題ないと無意識に思い込んでいるのだ。
「今日は休め。幽霊猟犬の指揮は俺が執る」
「・・・分かった。お前たち、忌炎の言うことをきちんと聞くように」
幽霊猟犬の団員たちは頷いたが、中には不安げな顔をしている者もいる。
忌炎は普段のカカロの真似をして、「整列!」と声を張り上げた。
団員たちは、条件反射のように素早く整列する。
「今日はよろしく頼む。俺なりに、君たちのことは理解しているつもりだ。あれやこれやと細かく指示されるのは性に合わないだろうから、普段通り各チームの判断で動いてもらって構わない。ただ、要所では俺の指示に従ってくれ」
「イエス、ボス!」
団員たちは、声を揃えて返事をした。
皆、いい顔になった。これなら問題ないだろう。
忌炎はカカロの方へ向き直った。
「カカロ、ぜひ夜帰の医務室を使ってくれ」
「ああ、そうさせてもらう・・・」
彼の顔は先程よりも赤くなっていて、少し呼吸が苦しそうだ。
自身の体調不良を自覚したことにより、症状が悪化したのだろう。病は気から、という言葉はあながち嘘ではない。
「大丈夫か?医務室まで送ろうか」
「いや・・・大丈夫だ。1人で行ける」
そう言うと、カカロは歩き出した。
足取りはしっかりしていて、ふらつく様子もない。
あまり大袈裟に心配するのは、却って失礼になるだろうか。
忌炎はカカロの背が見えなくなるまで見送ってから、出立の号令をかけた。
✦✦✦
医務室に行くと、まず熱を測られた。
体温計が示した数値は、37度8分。思ったよりも高い。
体の怠さと頭痛を訴えると、医者は解熱剤と鎮痛剤を処方してくれた。
薬を飲むために腹に入れる粥も出そうかと言われたが、それは断った。携帯しているゼリー飲料で充分だ。
カカロは案内されたベッドに座ると、手早くゼリー飲料と薬を飲んだ。そして、適当に装備を緩める。
後はもう、寝るだけだ。
カカロはベッドに横になり、目を閉じた。
体が重い。睡魔はすぐにやってきた。
✦✦✦
目を覚ますと、外はすっかり暗くなっていた。
ずいぶん長い間、眠っていたようだ。
寝ている間に薬が切れてしまったのか、先程よりも体が重くなっている。
カカロは、ぼんやりと天井を見つめた。はあ、はあ、と自身の荒い呼吸のみが聞こえる。
しばらくそうしていると、ノックの音が聞こえた。
「失礼する。カカロ、具合はどうだ」
忌炎は医療チームの制服を纏い、マスクを付けていた。
手には大きな盆を持っていて、その上には色々なものが載せられている。
「・・・、・・・っ」
カカロは返事をしようとしたが、口から出たのは掠れた呼吸音だけだった。
そういえば、喉がひどく乾いている。
「辛そうだな。一度、熱を測ろう。あと、服もそれだと窮屈だろう」
忌炎はカカロを起き上がらせ、服を着替えるのを手伝った。
ぴちりと体にフィットする作戦服から入院着のような服に変えただけで、少し呼吸が楽になった気がする。
「ほら、体温計。水も飲むか?」
手渡された体温計を脇に挟む。
熱を測っている間に、差し出されたコップを受け取って、中の水を飲み干す。乾いた体に水が染み込む感覚が心地いい。
しばらくすると、ピピッという音が聞こえた。
「38度7分か・・・高いな。粥を持ってきたから、それを食べて、薬を飲んでくれ」
忌炎は小鍋から茶碗に粥をよそい、カカロに差し出した。
それを受け取り、少しずつ口に運ぶ。熱のせいで味覚が鈍くなっているのか、ほとんど味はしなかった。
「食べられる分だけでいいからな」
忌炎にそう言われ、頷く。
一応腹は減っていたようで、茶碗によそわれた分は完食することができた。
薬を渡され、水と一緒に飲み込む。
「お疲れ様。あとはゆっくり休んでくれ」
カカロは再びベッドに横たわった。
忌炎はしばらく彼を見守っていたが、不意にある事に気付いて眉根を寄せる。
「カカロ・・・お前、呼吸と咳を抑えていないか?なぜそんなことを・・・」
カカロはふと、幼少期の記憶を思い出した。
熱を出してぐったりとしていたら、『うるさい』と蹴り飛ばされたのだ。『もっと静かにしろ』と言われ、口を塞がれたこともある。
だから、息を浅く、短く吸って、静かにする術を覚えた。咳を抑えるコツも掴んだ。
もうあの頃とは違うのに、今でも無意識にやってしまう。
「ほら、もっと深く息をして・・・」
忌炎に促され、大きく息を吸い込む。
ひゅう、と喉が鳴って、咳が出た。
一度出てしまえばもう止められず、激しく咳き込む。
「ああ、酷いな・・・咳止めの吸入薬があるから、それを使おう」
忌炎は再びカカロを起き上がらせ、簡易な吸入器を彼の口に当てがった。
「ゆっくり吸ってくれ。吸い込んだら、何秒か息を止めて」
言われた通りに薬を吸い込むと、喉と肺がすうっと冷えたような気がした。
その感覚が心地よく、目を細める。
「よし、もう息をしてもいいぞ。よく頑張ったな」
忌炎はカカロの頭を撫で、優しく微笑んだ。
ふと──遥か昔に亡くした、母の面影がちらつく。あの人もこんな風に、俺を看病してくれたのだろうか?
あの人の記憶は酷く掠れていて、ほとんど何も思い出すことができない。
昔は、それを寂しく思ったこともあった。だが、今は違う。
俺には、幽霊猟犬の仲間がいる。
そして、忌炎という恋人もいる。
「カカロ?どうした?何かしてほしいことがあるのか?」
忌炎が、心配そうに顔を覗き込んでくる。
カカロは咳払いを何度かした。今度は声が出せそうだ。
「暑い・・・」
「そうか。なら、俺の青龍を貸そう」
忌炎が腕を上げると、青龍が現れた。くるくると忌炎の腕を伝った後、カカロの首に巻き付く。
青龍の体はひんやりとしていて、火照った体に心地よかった。
「涼しくなったか?」
「ああ・・・すずしい」
カカロは青龍を撫でた。初めて触ったが、思ったよりすべすべしている。
青龍は嫌がるでもなく、むしろカカロの手にすり寄ってくるような仕草をした。
「他には?何か必要か?」
「いや・・・必要ない。・・・もうすこし、寝る」
「ああ、分かった。おやすみ」
✦✦✦
「・・・忌炎、そろそろ帰らせてくれないか」
この部屋で過ごし、丸3日が経った。
とっくに熱は下がったというのに、いつまでここにいなければいけないのだろうか。
「駄目だ。まだ咳が出ているだろう」
「たまにな・・・だが」
「駄目なものは駄目だ。あと2日はここにいろ」
「・・・・・・」
カカロは押し黙った。
忌炎は頑固だ。何を言ったところで、絶対に意見を変えないだろう。
カカロは溜息を吐くと、サイドテーブルに置かれた本を手に取った。
その本は、忌炎が暇潰しにと持ってきてくれたものだ。
カカロは読書が嫌いではなかったが、読書しかできない時間というのは、少し退屈だ。
「将軍!急ぎ確認させていただきたいことが!」
不意に、部屋の外から声がした。
「ああ、今行く」
忌炎は立ち上がり、部屋の外へと出ていった。
──好機。
カカロは部屋の端に置かれていた籠を漁り、彼が普段履いているズボンを取り出した。
忌炎が洗濯に回してくれたらしく、微かに良い香りがする。
ズボンを履き替え、ブーツを履く。籠の中には装備一式が揃っているが、これ以上着替える時間は無さそうだ。
カカロはその籠を抱え、窓を開けた。
✦✦✦
部屋に戻った忌炎は、ぽかんと口を開けたまま固まった。
カカロがいない。そして、窓が開いている。
「まさか、脱走した・・・?」
忌炎はハッと我に返り、慌ててデバイスを起動した。そして、カカロに通信を繋ぐ。
数コールの後、彼は応答した。
『忌炎、そう怒るな』
「まだ何も言ってない!いや、怒ってはいるが!」
はは、と笑う声が聞こえた。それから、軽い咳の音も。
ほら、まだ治りきっていないじゃないか。
『看病してくれたことには感謝している。本当は、お前の言いつけ通りあと2日、そこにいたかった』
「なら、どうして・・・!」
『いや、何というか・・・居心地が良すぎて、居心地が悪かった。優しくされすぎると、落ち着かない気持ちになる』
カカロは、滅多に自分の気持ちを口に出さない。だから、その言葉は忌炎をひやりとさせた。
良かれと思って看病していたが、彼にとっては余計なお世話だったのだろうか。
「・・・それは、不快だったということか?」
『違う。落ち着かないと言っただけだ。もっと正確に言うなら・・・そうだな、平穏すぎてむず痒い。お前には分からない感覚かもしれないが』
カカロの言う通り、それは忌炎には理解できない感覚だった。
だが、彼の気持ちを否定するつもりはない。
彼の感性は、忌炎とは違う。まったく違う環境で育った他人なのだから、違って当たり前だ。
「分からないが、分かった。・・・気をつけて帰れよ」
『ああ。ありがとう。持ってきてしまった備品は、今度返す』
その言葉を最後に、通信は切れた。
開けっぱなしの窓から、涼しい風が流れ込んでくる。
誰もいなくなった部屋を見て、忌炎は少しだけ寂しく思った。
カカロの感性を否定するつもりはない。ないのだが、やはり、病気が完治するまでの間は傍にいたかった。
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