高梨 來
2024-07-15 11:15:35
6207文字
Public ときメモGS2/小説
 

やさしい夕暮れ

氷上くん親友告白エンドのその後、ヒロインの胸中についての自分なりの補完。ヒロインデフォルト名は「海野あかり」

 燃えるような茜色に染まる夕陽が、波間に溶けていくように静かに飲み込まれていく。幾度となく繰り返し見てきたそのはずの――それでいて、いまこの時、いままでならきっと知ることもなかったはずの新たな感慨をもたらしてくれるその景色にうっとりと見惚れながら、淡く滲んだあたたかな色に切り取られた横顔をじっと見上げる。
 あの日、あの時と同じ光景だ――それでも、その瞳に宿る光はまるで異なった色合いを見せてくれるから、じわり、と染み渡るような安堵は心をまるごと包み込んで、これまでならきっと知ることのなかったあたたかないとおしさを教えてくれる。

……海野くん」
 すっかり耳に馴染んだやわらかくて穏やかな声が、優しい波音にくるまれるようにしながらこちらへと届けられる。
「どうしたんだい、ぼんやりして」
 とっさに頭を振り、打ち消すように、わざとらしいほどの明るい口ぶりで私は答える。
「ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃってたみたい。ねえ氷上くん、自転車はどこに置いてるの?」
「あぁ、それなんだが――歩いてきたんだ、きょうは。こんな日なんだし、と思って。すまないな、きょうは君の荷物を入れてあげられなくって」
 ぎこちなく俯きながら掛けられる言葉に、こらえようのないいとおしさがたちまちにあふれ出すのを感じる。
「いいよ、そんなの。私も嬉しいから、氷上くんと同じペースで歩いていけるんだなあって」
……うん、」
 まっすぐにこちらを見つめながらこくり、と小さく頷いて見せてくれるその顔に、これまでの三年間で共に過ごしたいくつもの時間がふわりと覆い被さる。
「そろそろ帰ろうか……送っていくよ、いいだろう?」
 きっぱりと告げられる言葉に、深く頷くことで答えて見せる。


 何度も歩いたはずの帰り道を、いままでとはまるで違う気持ちでこうしてふたりで並んで歩けば、たちまちに様々な時間が蘇る。
 一緒に帰ろうと初めて誘った時のひどくぎこちなくこわばった態度のこと。お茶に誘った時、当たり前のように風紀委員の腕章をつけたままでいるのがなんだかおかしくって、でもそんな〝らしさ〟がたまらなくいとおしかったからこそ、ついぞ言い出せなかったこと。運動会を休めないかと真剣に悩んでいたこと。学園演劇の練習をふたりで公園で行ったこともあったよね――氷上くんのよく通る綺麗な声に、思わず居合わせた子どもたちとそのお母さんたちが拍手をしてくれた時のことはいまでも忘れられない。
 ほんとうに、かけがえのない時間をいくつも過ごしてきた――氷上くんは頭がよくて面白くて優しくて、私の知らない世界のことを沢山教えてくれるとっても素敵な人――大切なお友達のそのひとり。
 そんな無邪気な気持ちが、いつしか氷上くんを傷つけてしまう羽目になるだなんて、あの時の私はすこしも気づけなかった。
……あのね、氷上くん」
「なんだい?」
 うんと優しい色を宿した、透き通った宝石みたいに光り輝くまなざしをじっと見上げながら、おそるおそると私は切り出す。
「私も少しだけいい? さっき氷上くんが打ち明けてくれたみたいに――ちゃんと話しておきたいなって思って、きょうの内に」
「あぁ――、うん」
 まっすぐにこちらを捉えてくれているまなざしがわずかに翳りを帯びる。緊張しているのかもしれない。そうだよね、そうさせたのは私だから。そっと息を吐き、気持ちが伝わるようにと、きっぱりと言葉を告げる。
「私もね――本当は思ってたの。あの日の浜辺に戻って、やり直せたらなって。あの人のことが気になってたのは本当なの。思うたびになんだか息が苦しくなって、ちょっとしたことで一喜一憂して――氷上くんといる時に感じる安心感とはどこか違って、それがきっと恋なんだって思ってた。だから……氷上くんが応援するってそう言ってくれた時はすごくうれしかった。氷上くんが支えてくれるんなら安心だな、男の人の気持ちってきっと女の子とは違うから、頼りになるなって。調子がいいよね? でも、その時は全然気づけなかった」
「うみの」
 気遣うように掛けられる言葉を遮るようにと、勢いよく首を横に振って言葉を続ける。
「初めはね、本当によかったって思った――氷上くんが助けてくれるおかげで、安心して〝本番〟も迎えられて、うまく行かない時には慰めてくれて――氷上くんって本当に素敵な人だなって思った。こんなに応援してくれるんだからがんばらなくっちゃって。でもね、いつからか気づくようになったの。あの人といる時の私はいつも必死だった。少しでも振り向いてもらいたくて、嫌われたくなくて……自分を曲げてでも気に入ってもらいたいって、そう思うようになってたの」
「あぁ、」
 消え入りそうな淡く優しい相槌に促されるようにしながら、続く言葉を打ち明ける。
「氷上くんはね、私がどんなことを聞いてもまっすぐに答えてくれたでしょう? 初めは本当に『ああ、氷上くんらしいな』って思うような言葉の連続で、それが嬉しかった。でも――段々気づくようになったの、氷上くんも誰かに恋してるんだなってこと。きっと私とはまるで違う、しっかりもので優しくて気遣い上手で頭の良い、うんと素敵な女の子に」
「そんなことあるわけない! 僕は君のことだけが、ずっと」
 慌てたようすで答えてくれる姿に、むせかえるようないとおしさがこみ上げる。
「氷上くん、落ち着いて?」
 くすりと小さく笑い、たぐり寄せるような心地で私は答える。
「氷上くんは言ってくれたでしょう? 恋してる私に自分の気持ちを重ねてたって――私もね、気づいたらそうだった。手の届かない星を見上げているって教えてくれた氷上くんみたいに、氷上くんはうんと遠くで瞬いてる星みたいに思えた。こんなにまっすぐに気持ちを向けてもらえる人はすごく幸せものだなあ、私もこんな風に誰かを好きになれたらいいのになぁって」
 私はきっと、氷上くんに憧れていたのだと思う。氷上くんのまっすぐな純真さに、嘘のつけない誠実さに、自身の信念を貫き通せる強さに、いつでも思いやりに溢れている心の温かさに。
……気がついたの。私は恋に恋してただけなんだ、私が一緒に何気ない時間を過ごして笑い合いたいのはあの人じゃなくって氷上くんなんだって――でもね、そんなこといまさら言われたってって言われるんだと思った。怖かったの、氷上くんに失望されるのが。身勝手だよね? 本当に。だからね、さっき氷上くんがいままでのことを話してくれた時……本当は、謝らなきゃって思った。いままでひどいことばかりしてきてごめんなさい。私は氷上くんみたいな素敵な人には相応しくありませんって」
 答えながら、どうしようもない息苦しさに胸が詰まらされる。
 胸が張り裂けそうって、こんな気持ちのことを言うんだね? 初めて知る感情が、見る見るうちにいびつに震えた心の色を塗り替えていくのを私は感じる。
「海野くん、君は……
 こちらをじっと見つめるひどく痛ましい色をしたまなざしに魅入られるような心地になりながら、きっぱりと決意するかのような口ぶりで私は答える。
「でもね、おかしいよね? 氷上くんの言葉を聞いた瞬間、そんなこと全部吹き飛んでいった。だって、氷上くんがこんなにも大好きなんだもん。氷上くんと両思いなんだって思うとそれだけで……本当に嬉しくて……嬉しくて」
 もつれた言葉を口にするたび、鼓動がぐっと早くなる。息が苦しい、瞼の奥が熱い――それでも、こんなにも嬉しい。自分の正直な気持ちに向き合うことが、それを伝えようとすることがこんなにも息苦しくて、それでいて何よりもいとおしいだなんてことを、こうして氷上くんと出会って初めてしることが出来た。
「氷上くん……私ね、子どもだった。ううん、まだ子どもなんだと思う。それでも……だから、氷上くんがくれたこの気持ちを大切に育てていきたいの。いままでは身勝手なわがままだったんだと思う。でも、私たちはこれからはもう、相思相愛でしょう?」
 まったくおなじ方向、おなじ夢を見ることは出来ないだろうけれど、それでも。
『二人でこの気持ちを大切に育てていこう。大人になってもずっと』きっぱりと、それでいてうんと優しく告げられた言葉が、胸の奥で優しく鳴り響くのを私は感じる。
「これからも一緒に――ずっと」
 大人になってもきっと、変わっていく気持ちのあり方をふたりで何度も結び直して、そうやって――いつか、この幼くて身勝手な〝恋〟をふたりで振り返ることが出来るその日を迎えられるように。
「ねえ、ひか」
 口に出した言葉を咄嗟に飲み込み、どこか照れくささを抑えきれないまま、私は囁く。
「ねえ、格くん?」
 そっと上目遣いに見上げるようにしながら名前を呼べば、途端に気恥ずかしそうな色が宿る。
「どっ、どうしたんだい、いきなり!?」
 ……らしいよなあ、こういうところ。すごくかわいい、本当に。どこか得意げな気持ちでにっこりと笑いながら私は答える。
「ずっと呼びたかったの、〝格くん〟ってすごく素敵な名前だなあと思って。私たちもこれからは恋人同士でしょ、だからその、恋人の記念に」
 面食らったようなようすの真っ赤に染まった顔には、隠しきれない歓喜の色がにじむ。
「あぁ……そうだね。うん、そうしよう。ありがとう……あかりさん」
「うん、どういたしまして」
 女の子のことは勿論、男の子のことだって苗字でしか呼ばないのに――そんな彼に名前で呼ばれることはうんと特別な色を帯びていて、途端に誇らしさとしか呼べない気持ちがふつふつとこみ上げてくる。
「あのね、格くん?」
 ぱちぱちと、ゆっくりの瞬きをこぼすアイコンタクトを送り、手の甲をそっと重ね合わせる――ひどくもどかしいおねだりめいたサインを前に、私のそれよりも一回り大きい長くて綺麗な指先は、包み込むような優しさでこちらに触れてくれる。
「あの、あかりさん……その」
「うん、」
 少し汗ばんだ指先はもどかしげに震えると、しっかりとこちらの指を絡め取るようにする。
「その……やりすぎだと思ったなら済まない、君をもっと感じたくて、それで――
 いままでの、子ども同士の戯れめいた〝それ〟とはまるで違う――より密接にお互いを感じるふれあいはまるで、ふたりで過ごす新たな時間の始まりの象徴のようにも思えて。
「ううん、そんなことない。すごく嬉しい」
 きっぱりと答えれば、安堵の色を宿したほほえみに包み込まれる。

 すれ違いざま、手を繋ぎ合った幼い女の子と男の子が風のように軽やかに走り抜けていくのが見える。
 ああ、私にもいたな。まだうんと小さい頃、この街で一度だけ出会った、どこか大人びて見えた男の子。
 もしかしたら――だなんて出会いはあったけれど、私はもうあの頃とはちがう〝いま〟にいて、あの子もきっとそうで――そんなふたりの星は再び近づくことはないまま、気づけば三年の歳月が過ぎていた。
 道を違えて遠ざかる星もあれば、一度離ればなれになってしまっても、またこうして巡り会える星々もある――ねえ、こんなロマンチックなことを考えるようになったのなんて、きっと格くんの影響だと思わない?

「よかったなぁ、でも。格くんがはば学に合格してたら、私たちこんな風に出会えてなかったんでしょう?」
「まぁそれは――そうだが。いや、でも生徒会の集まりがあるぞ。君もはば学の生徒会長の赤城くんとは会ったことがあるだろう? 彼とはあれ以来、生徒会の活動以外でも何度か会ったことがあるんだよ。彼も星に興味があるらしくってね、一度、うちのマンションで一緒に天体観測をしたことがあって――バーガーショップにも一緒に行ったんだ。君には話したことがなかったな、そういえば」
「へえ、そうなんだ」
 一度か二度、校門の前ですれ違いざまに挨拶を交わした如何にも〝名門はば学生〟然とした悠々とした姿を瞼の裏に思い浮かべる。
 親しげに話すふたりの様子を目にした時にはなんだかひときわ眩しくも感じたけれど、まさかそこまで特別な間柄になっているだなんてことは思いもしなかった。
「どうやら佐伯くんとも仲がいいらしいな。僕たちと同じ一流大学に進学するらしいから、これからは顔を合わせる機会も増えるかもしれない――だからほら、高校が違っていたって、どこかで出会うチャンスはあるということだ」
「そうだけど……でも、同じ学校で過ごした三年間は特別でしょ?」
 体育祭の二人三脚にフォークダンス、校内ですれ違った時の何気ないやりとり、生徒会演説、文化祭――どれひとつ取ったって、かけがえのない青春の宝物だ。
「佐伯くんに赤城くん、それに千代美ちゃん――学部は違うけど、みんな同じ大学なんだよね。なんだか心強いよね。それに、これからだってきっと、いままではと違う出会いがたくさんあるんだろうし」
「あぁ、……そうだな」 
 高校生活の三年間はきょうで終わってしまうけれど――それは同時に、あらたな始まりへのスタート地点に立った証でもあるのだ。
……楽しみだね、すごく」
「うん、そうだな」
 感慨深げに洩らされる言葉は、心の隅々までを温かで優しい色に染め上げてくれる。


 暮れなずむ空の色に包み込まれていく町並みを見つめながら、様々な思いがこみ上げる。
 私たちはまだ子どもで、お互いの心の距離を計りかねることだなんていくつもあって――完璧な振る舞いで傷つけ合うことを避けることは出来ない。それでも――恐れずに向き合えば、心からの思いを伝えられるようにと努力を惜しまなければ。
 そうすればきっと、どんなに遠回りをしたって、あるべき場所にたどり着けることがきっとある。

「格くん、あのね。私のこと、好きになってくれてありがとう」
「それはその……同じだ、僕も」
 照れながら笑い合えば、絡め合った指先が微かにもどかしく震える。

 羽ヶ崎学園を――〝親友〟を卒業した私たちは、きょうここから、まっさらな恋を新たに始める。



あとがき
親友モードは意図的に生み出す泥沼(だと思っているので、何も知らずに偶然設樂先輩と琉夏の親友モードに突入してしまった某実況者さんはGSの神に愛されていると思います)、という感じで二人の男の子を手玉に取って弄ぶ罪悪感がひどくて冷静に振り返れなかったのですが、氷上くんつながりの皆様と親友エンドを考察する機会を得たことで、改めて親友告白エンドを見つめ直したことから生まれたのがこちらのお話です。
ヒロインから氷上くんに「友達の卒業証書」を渡す場面があるのならこんな感じになるのかな。

自己投影によって没入してもらうために個性は薄味/『卒業式に告白される』というゲームの特性上、ヒロインは自分に向けられる恋心に異様なまでに鈍感
というヒロイン像はプレイヤーと主人公の気持ちが乖離しがちになってしまいがちなものですが、作中では描かれることのない彼女の深い部分にある気持ち=彼女を通して氷上くんに恋したわたしたちが氷上くんに伝えたいこと を形にするのも二次創作という表現の可能性なのかもしれない、と書いていて思いました。