なだらかな丘を登っていく。生い茂る草を踏み分ければ、青い香りが鼻を掠めていった。顎に垂れた汗を右手で拭い、突き刺すような陽光を遮る。視線を上げれば、緑の先には深い青空ばかりが広がっていた。その中で、彼女だけが異彩を放っている。
「リンク!」
からりとした風が吹き抜けて、ゼルダの赤いワンピースの裾を攫った。咄嗟に視線を逸らした俺に気付くことなく、先に丘を登り切った彼女は目的の物を見つけたらしい。無邪気な声で俺を呼んだかと思えば、まろやかな稜線の向こう側へと走って行ってしまった。
慌てて追いかける。緑の大地を駆け上って、頂点まで来ると一気に視界が変わった。
青と緑の境界を埋める、黄色。
群生するひまわりが風を受けて波打つ。黄色く大きな花は上ばかりを向いていて、俺や彼女には目もくれないようだった。
「実物を見たのは初めてですが、こんなに背が高いのですね」
風に飛ばされないよう帽子を押さえながら大輪の花を見上げる彼女の背中が、まるで誘われるように緑の中へと飲み込まれていく。
駆け寄って飛び込むと、日が陰ったように視界が薄暗くなった。自分達の背丈よりも幾分高い茎に阻まれて彼女の姿はよく見えない。人に管理されているわけでもないらしいひまわりは、自然のままに生い茂って俺の目を覆ってしまう。
そう離れていなかったはずなのに、と焦りが胸に湧いた。
「ゼルダ!」
「ここです」
声はまっすぐ正面から聞こえた。茎を折らないよう慎重に進んだのだろう、思いの外近くにあるそれは、けれど足音と共に遠ざかろうとする。
「奥の方に少し空間があるようなんです」
「待って、置いてかないで」
思いの外必死な声が出てしまって、少し後悔する。それでも足音は止まった。葉をかき分け進んだ先に、白い手が見えて掴む。ぎゅ、と握り締めると、薄く汗ばんだ掌が握り返してくる。
「すみません、つい」
ようやく間近に見えた翠は、恥らうように笑っていた。
「いや、遅れてごめん。……行こう」
手を引いて進む。確かに茎の向こうには光が見えた。ふたりで緑のカーテンを開く。
あまりの眩さに目を細めた。白く飛んだ視界の向こうに、日を受けて輝く花が見える。自分達を覆うそれより幾分背の低いひまわりが、一面に広がっていた。
「すごい……」
ようやく目が慣れたらしいゼルダの呆然としたような声が響く。
周囲を見回すと、丘上の平原はほとんど花で埋まっているようだった。まるで背の低い花を守るように、背の高い花がぐるりと周りを囲っているのが見える。以前ここに来た時は中まで入らなかったから、中央部がこんな風になっているとは思わなかった。
「これは……異なる種類、なのでしょうか」
魅入られたようにゼルダが花の中へと進んでいく。胸の高さまである大きな花に照らされて、ゼルダの顔が鮮やかに彩られていた。
「ハイラルには多様な花が咲いていますが、ひまわりはあまり多く見られないのです。それがこんなにたくさん、それも高さの違うものが寄り添うように……。よく見つけましたね」
ゼルダの言葉に曖昧に頷く。嬉しそうに微笑むゼルダに、白龍を追いかけるうちに見つけた、なんて言えなかった。
「俺が見つけた時は、もうほとんど枯れてて……項垂れてる人みたいに見えたんだ。だからまさか、こんなに咲いてるとは思わなかった」
夏に盛りを迎えるその花は、秋の入り口には枯れて種を落とすのだという。俺が彼女を追い求めていたのはまさにそれくらいの時期だったから、俺が花を見た記憶がないのも当然と言えば当然だった。
それでもゼルダに「ひまわりを見てみたい」と言われてこの場所を思い出せたのは、彼女が俺にたくさんの知識をくれたからだ。人よりも背の高い植物であること。黄色い大きな花を咲かせること。中央の黒い部分にはびっしりと種が詰まっていること。それは俺が見た枯れかけの姿でも変わらない特徴ばかりで、だから。
あの頃よりもずっと濃い色彩で、溌溂と咲く花を、ふたりで眺められた。
「綺麗ですね」
ゼルダが笑う。日を向く花に負けないくらい、綺麗に笑う。
「……そうだね」
噛みしめるように漏らした俺の返事は、風にざわめくひまわりに溶けて消えていった。
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