長い長い旅の末、俺たちは人類を苦しめていた魔王を倒した。世界に平和が戻ってきた。世界中が歓喜に沸き、人々の笑顔は希望に満ち溢れている。素晴らしいことだ。いつかこんな日が来ることを夢見て俺たちは旅に出た。
ただ、俺にはひとつだけ問題があった。これで魔王を倒すという名目で集まった俺たちのパーティーは解散ということだ。これからは皆、それぞれ違う道を行く。
“魔王を倒した勇者一行のメンバー”俺と太宰の間に存在する関係はそれだけだ。このままでは、きっと一生後悔する。“勇者”である俺が、そのままで終わらせるわけにはいかない。
俺たちの帰還を祝う祭りが落ち着いた頃を見計らって太宰の家を訪ねた。太宰は相変わらずの憎まれ口を叩きながら迎え入れる。初期の頃は追い返されることも少なくなかったが、随分と打ち解けたものだ。
「手前はこれからどうすんだ?」
「旅を続けようと思ってるよ」
「新たな自殺法を見つける旅か?」
「よくわかってるじゃないか。特にすることもないし、いい加減生きるのにも飽きたからね」
太宰は悠久の時を生きるエルフだ。俺と出会った時点で、既に千年以上の時を過ごしていた。本人が趣味と言い張る自殺が成功しない限り、まだそれと同じかそれ以上の時を生きるだろう。そんなにも長い時を生きれば、「いい加減飽き飽きしてる」という本人の主張も致し方ない気がしてくる。
俺と一緒に旅をした十年は、こいつにとってはきっと取るに足らない時間だ。俺にとっての十年は、そんなちっぽけなものではないというのに。
「じゃあ、その旅に俺も連れてってくれねぇか?」
「正気? 君、自殺なんて興味ないでしょ。つまんないよ」
「つまらねぇかどうかは俺が決めるさ。手前だって1人よか同行者がいた方がいいだろ」
「そりゃそうだけど」
太宰は言葉に詰まったように、もごもごと歯切れ悪く答えた。
太宰に嫌われていない自信はあった。出会った時から喧嘩ばかりで、口では「嫌い」「合わない」と言い合っているが、今はそれが軽口の一環であるとお互いに理解している。でなければ魔王討伐なんて偉業を成し遂げられるわけがない。苦楽を共にした仲間として、他の知り合いとは異なる特別な感情もあるだろう。けれどその特別の中身が、俺と太宰の間で決定的に違うことも理解していた。
エルフという種族には、恋愛感情というものが存在しない。知識としては知っていても、太宰が俺に“大事な仲間”以上の感情を向ける可能性は、ないに等しい。
長い旅路で、何度もその話をされた。手を変え品を変え、幾度となく繰り返された。それが何を意味しているのかわからない程、鈍感ではないつもりだ。
「やめた方がいいと思うよ。私は君に、君と同じ種類の感情を返すことはできない」
「そんなこと要求してない」
「でも」
「手前が嫌だっつーなら諦めるけど、」
「じゃあ嫌だ。君と一緒に過ごすなんてごめんだ」
間髪入れずに返されて、言い争いが始まった。
「そんなので俺が諦めると思ってんのか」
「私が嫌なら諦めるって言ったじゃないか!」
「ンな口だけの言葉で騙される程単純な性格してねぇよ! 知ってんだろ!?」
けれど続くかと思われた口喧嘩は、思いの外簡単に収束した。
「私は冗談で言ってるんじゃないんだよ。君のためを思って言ってる。……君と同じようなことを言った人は、今までにも何人もいた。『好きにさせてみせる』って息巻いた人も、『ただ隣にいてくれればいい』って言ってくれた人も。……みんな私が不幸にした」
太宰の顔に暗い影が落ちる。名前も顔も知らない、俺が生まれるより遥か昔に太宰と出会って共に時間を過ごした奴等に怒りが沸いた。いつか好きになってもらえると信じて、いつまでも返されない無念はわからないでもない。俺だって太宰に懇々と説かれなければいつかは必ずという期待をしたかもしれない。けれどそんな不理解の者たちの所為で、太宰は人間から距離を置こうとしている。
太宰は恋愛感情を抱かないだけで、他人の全ての感情を理解できないわけでも、想像できないわけではない。相手が自分に向ける失望を感じ取れないわけではない。
「俺と同じ気持ちを返してほしいなんて望んでねぇよ。俺はただ、手前との冒険の日々を終わらせたくない。相棒との時間をこれからも続けたい。それだけだ」
「後悔しても知らないよ」
「しねぇよ。するとしたらここで手前に言い包められた時ぐらいだ」
「そっかぁ」
その日初めて、太宰の顔に笑みが浮かんだ。
程なくして、俺たちはかつての仲間たちに見送られ、旅に出た。今度はパーティーではなく、たった二人で。
◇ ◇ ◇
――八十年後
すっかり年老いて俺の腰が曲がっても、太宰はあの日と変わらぬ姿で俺の隣にいた。その瞳には大粒の涙が浮かび、今にも決壊して溢れ落ちそうだ。数日前に倒れたのを最後に、ベッドに寝たきりになってしまった。もう最期が近いとわかる。
俺にとっては一生分の時間が、太宰にとっては十分の一にも満たない。それは悔しかったけれど、今更そんなどうしようもないことを嘆いたって意味がない。だから俺は持てる時間の全てを使って、太宰に俺の想いを伝えたつもりだ。俺が死んでからも、太宰の中に残り続けるといい。そして、時々でいいから思い出してほしかった。
「なあ、俺、手前に一個だけ言えてないことがあんだけど」
「なあに?」
「愛してる」
建前上はただの相棒だったから、この言葉を口にしたことはなかった。その分、言葉以外の全てでそれを表現してきたつもりだった。
太宰はくしゃりと顔を歪ませた。その拍子に、涙がぼろぼろと落ち始める。泣かせたいわけじゃない。でも泣いて貰えるくらいには太宰の中で大きな存在になれたことが、嬉しかった。
「知ってる。私もだよ」
思いもよらぬ言葉が聞こえた。それで満足だった。
俺の人生最大の偉業は、世間的には魔王討伐だろう。でも俺にとっては――
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