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アルビレオ

10月に出したい漫画本の序盤プロット代わりの文。
捏造が多い盗賊時代がメインの話です。
含まれる(予定)→喫煙、暴力、近親相姦、娼館の女性

 ふう、と吐いた煙が細く空に立ち上っていくのをぼんやりと眺める。大きく窓を開けて短い夏のぬるい風を室内に通すと、背後でもぞりと動く気配がした。
「なんだ、まだ夜じゃねえか」
 さすがに仕込みするにも早過ぎるだろうがとぼやかれて、そのまま伸びてきた手に葉巻を奪われる。
「まず」
「薬だからな。あんたが普段飲んでる煙草とは違えんだよ」
 卓上の酒瓶を引き寄せて、奪われた葉巻と交換で差し出す。琥珀色の液体は、僅かな月明かりでも拾ってきらきらと光った。
 するりと腹の包帯を撫でられる。なんだよと視線を向けると、しみじみと「塞がってよかったなあ」と言われた。
「さっきまであんだけ動けてたんだ、もう大丈夫だろ」
「最悪だな、あんた」
 昼間と違ってひっそりと笑うこの男の、他の奴らは知らない部分を、この先一生暴かれたくないと思う。



 怒号、悲鳴、何かが壊される音。昔から馴染みのあるものだったから、初めて連れ出された現場で自分の様子を見た古株は「落ち着いてんな」と微妙な顔で背中を叩いてきたのを覚えている。
 盗賊団とは言っても、皆が皆生まれや育ちが悪いものばかりではなかったようだった。そんなばらばらの奴らをひとつのところに引き寄せてしまう、星のような男がブラッドリー・ベインだった。

 「家」と呼んでいた場所には、自分より歳上に見える子供はいなかった。とはいえ、自分も含めて発達が良いとは言えない子供達ばかりだったから、実際のところはわからない。お互いを兄や姉、弟や妹と呼ぶことはなかったし、そもそも名前すら知らないままいつの間にかいていつの間にかいなくなるような奴もいた。
 母親だと名乗る女は、元は別の屋敷にいたという。だから、どうも自分の父親らしき男は他にもいくつか「家」があるようだった。
 少なくとも自分の居た「家」はひとりの父親と複数の母親、そのいずれかの血縁の子供達で構成されていたようだった。もっとも、父親がほとんど「家」に顔を出すことはなかったので、きっと他のところが本拠だったのだと思う。

 自分が魔法使いだとわかった時に、初めて父親らしき男に頭を撫でられた。
「お前はもしもの時の予備だが……ある程度の便宜は図ってやる」
 その言葉通り、決して満たされてはいなかったが、嫌なこともやらずに済むような、安全な穴蔵の生活が与えられた。周りでそれを良く思わない奴らもいたが、自分が魔法使いだからか何も言ってくることはなかった。

 自分の身長がぐんと伸びた頃、父親らしきがぴたりと来なくなった。半年ほどはそのまま留まってみていたが、やはり姿を見せない。だから死んだのだろう、と思って自分も「家」から出た。
 誰かと特別親しくしていたわけでもなかったし、魔法を使って他の奴らのために何かをしていたわけでもなかったから、きっと「家」の奴らもすぐに自分のことを忘れただろう、と顔も思い出せなくなった彼らのことを時折思い返す。



 空が徐々に白んできて、部屋全体が薄明るくなってきた。寝台の周りに紗幕をかけて、身支度をする。部屋の主はくうくうと呑気に寝たままだ。
 気を許されていて喜ばしい気持ちと、他人がいるのに寝てんじゃねえよという呆れた気持ち、両方とも本当のものとして胸の奥をずっしりと重たくさせてくる。実際のところ、ブラッドリーは自分以外がいる場なら目を閉じていようが眠ることはないというのを知っているだけに、窘めるのも変でそのままにした。少なくとも、自分が彼に何か危害を与えるなんてことはないのだから。

 自分の城として作り上げた厨房は、今では下手すると寝室よりも落ち着く場所になっていた。
 釜戸に火をいれて、保存庫の中をあらためる。頭の中で献立を組み立てさせしまえば、あとは単調な作業の積み重ねだ。
 今年の夏は保存食を多めに確保しようか。冬季に入ってからでも肉類は確保できるものの、食に関して不自由は感じさせたくないと思う。だから、ブラッドリーから隣に並んで名を呼ぶことを許された後も、この城を誰かに譲る気はなかった。



 薄暗闇に浮かび上がる、ブラッドリーの白い背中に触れる。背中側には大きな傷が多い。命を賭けて自らよりも強いものに挑みたがるこの男は、それでいてどこか冷静に引き際を見極めている。背を向けて受けたものはどれも命を奪わんとしたものだが、彼が生きて戻ってきた証でもあった。
「今日はもうやんねえぞ」
「そんなんじゃねえよ、馬鹿」
 あやすような声音で見当違いのことを言われて、肩に拳をぶつける。やけに柔らかな笑い声が返されて、どうしようもない気持ちになって掛布を巻き込むようにして隣に横たわった。
 傷だらけの男と違って、自分の身体には傷を残していない。「綺麗な身体」が便利なこともあるから、これからも傷は残すつもりはない。だけど、なにかひとつくらい、この男と同じ形の傷があればいいのに、そう考えてしまった。
布越しに頭を撫でられる。寝かしつけるような動きにガキじゃねえんだとぼやいたが、どうも甘えるような声にしか聞こえず、いっそ、と開き直った。
「なあ、子守唄でも歌ってくれよ」
「どうした、母親が恋しくなったか?」
「あんたに母親を見出す要素はねえだろ」
「そりゃそうだ」
 顔だけ外に出して見つめると、少しだけ考えるようなそぶりの後にゆったりとした旋律が紡がれ始める。
 どこかで聞いたことがあるようなその音に安心して、瞼を閉じた。



「それで、本当に寝ちゃったわけ?」
 もはや呆れたように眉を上げる女に、苦笑いで返す。
「死の盗賊団ブラッドリー・ベインって聞いたら、この辺りの女の子たちみんなが指名されるのを心待ちにしてるってのに、あなたって贅沢ものすぎるわ」
「おいおい、俺だってそこのナンバーツーだぜ」
「あなたのレシピは人気よ、ネロ」
「つれないこと言うなよ、アンナ」
 縄張り近くの娼館は、どこも貴重な情報源だ。そういった中のひとつで、この女が仕切るこの場所は使える情報やひとが多く、重宝していた。
「だいたい、あなたのことは小さな頃から知ってるもの。今更お金をもらってもねえ。子守じゃないんだから」
「まあ、俺も母親より歳食った魔女とは寝たいと思ってないけどな」
 軽口を叩き合える程度には馴染んでいる相手だから、一度何かを勘違いしたブラッドリーから苦々しい顔で「ガキこさえる気なら先に教えろ」と言われて、結果殴り合いの喧嘩になったこともある。後日当人にその話をすると、ケラケラと笑いながら聞いてくれて、そういうところが好ましい相手だ。
「で、その子守唄を知らないかって話?」
「そう。俺もどっかで聞いたことあるなとは思ったんだが、どうも思い出せなくて」
 先日ブラッドリーが歌ったそれを数度繰り返してみせて、アンナと一緒に口遊む。歌詞はほとんど覚えていなかったから音だけにはなるものの、知っている人が聞けばわかるだろう。
 少し待っていてね、とアンナが離れた間、どうしてこの歌がそんなに気になっているのかを考える。知るべきだと思ったが、知らない方がいいのかもしれないとも思った。そんな曖昧な直感の元、ブラッドリーに直接訊く気にならなかったのも、特に明確な理由は浮かばなかった。
「今いる子たちに聞いてみたけど、知ってる子はいなかったわ」
「助かる。……今日ここに俺が来たことは、ブラッドには言わないでくれるか」
 色々なところから集まって来ているこの場所でも分からないなら、やはり知らないままでいいのかもしれない。念のために口止めを頼むと、女はにこりと笑って次回の手土産に菓子を要求してきたので、それで手を打って帰路に着いた。



 しばらく大きな怪我もないような(ブラッドリーに言わせたら生ぬるい)仕事が続いて、蓄えは増えたもののどうにも団内の空気が良くない。食事の場だけは喧嘩するなよと言い含めていても些細なことで喧嘩が絶えない状態に、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「俺とブラッドはしばらく出るからな! 飯はてめえらで用意しろ!」
「いや、俺もかよ」
 ぼやくブラッドリーの腕を掴んで、ついでに用意していた菓子もまとめて、脇目もふらずアジトから出る。後ろから情けない悲鳴がいくつか聞こえた気もしたが知ったことではない。
「で、どこ行くんだ」
「アンナのとこ」
「ガキの家出じゃねえんだぞ」
「厨房借りれんのあそこくらいなんだよ」
 納得したのかしてないのか微妙な顔で腕を引かれるままになっているブラッドリーに対して、完全な八つ当たりで一発脛を蹴ってから手を放す。
 新入りの前でやると卒倒されかけるやりとりも、自分たちにとっては日常だった。

「あら、ブラッドリー!」
「よう、アンナ。でっかいガキの家出に付き合わされてんだ、笑えるだろ」
「だから家出じゃねえって……アンナ、これこないだ言ってた菓子」
 菓子の包みをアンナに渡している間に、ブラッドリーはずんずんと店の奥……いわゆる「お得意様の部屋」に進んでいく。慌てて追いかける案内役の娘に内心で同情していると、耳元にアンナの顔が寄せられた。
「この間の歌のこととは別件……だとは思うのだけど。あなたに会わせたい人がいるわ」
「なんだそりゃ」
 片眉を上げて問うと、彼女にしては珍しく躊躇するようなそぶりを見せてから、続きを告げられる。
「先代のベイン……ブラッドリーの父親ね、その頃に取引をすることがあったっていう商人が来たのよ。それで、昔話になったときにね。昔のあなたを知っているようなことを言っていたから」
「俺を? いつ?」
 ブラッドリーの父親の話はそう多く聞いたことはなかったが、だいたい自分の物心がつくかつかないかの頃に亡くなっていたのではなかったか。もしその頃に見ているというのであれば、あの「家」にいたわけだから、商人と会う機会などなかったはずだ。

(続)