ナスカ
2024-07-12 23:31:27
5154文字
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無数の無名が有名を食らう〜ジーザス・クライスト=スーパースター感想〜

劇団四季による「ジーザス・クライスト=スーパースター エルサレムバージョン」の感想文です。完全初見の上、キリスト教の信者ではないのでご了承ください。

皆さんグッドハーブニング! ナスカです!

今日(2024/07/12)は、やっとやっとや〜〜〜〜っと!!! ジーザス・クライスト=スーパースターを観てこれました!!! 念願!!!

実は2月に東京公演を観に行く予定だったんです。二階最前を取れていたんです。けれど公演日の2日前に発熱。インフルエンザにかかってしまっていたのです。四季でのチケット譲渡サービスが利用できる期間も過ぎてしまい、泣く泣く席を空けることになってしまいました。本当に辛かった……

今回観に行ったのは、初めての『全国公演』です。四季の専用劇場でないところで、一体どんな風に舞台が繰り広げられるのか、とてもワクワクしました。
とある市民文化会館での開催で、入場したときには既に舞台の上に荒野が広がっていました。オペラ座や美女と野獣、ノートルダムの時のように複雑なセットという印象は受けません。けれど四季の舞台なんだから、きっとすごい仕掛けが用意されているんだろうなぁと考えながら着席しました。

ではまず今回の演目『ジーザス・クライスト=スーパースター』についてサラッとご紹介を。

この作品は私も大好きな『オペラ座の怪人』を手掛けた巨匠アンドリュー・ロイド=ウェバーのブロードウェイデビュー作です。ジーザス・クライストとはイエス様のこと。彼が十字架にかけられるまでの7日間を描いた、音楽と歌曲のみによるロック・オペラです。

私は親戚にカトリック信徒の方がいて、その昔クリスマスの時に『ノアの方舟』の絵本をいただいたり、『メサイア』というイエス様の生涯を描いた超分厚い漫画をいただいたりしました。また、小学生の時は伝記を読み漁り、その中にはもちろんイエス・キリストもありました。なので彼の有名なエピソードは一応把握しているかな?という感じです。この舞台を楽しむ土台はある程度出来ていたと思います。


※注意※ナスカはキリスト教の信者とかでは無いので、色々バッサバッサと切り倒していきます。


続いては登場人物のご紹介。メインの三人です。

ジーザス・クライスト……みんなよく知ってるイエス様。ロン毛。奇跡を起こしまくった結果『神の子』だのなんだのと祭り上げられている。大変そう。以下ジーザスと呼びます。

イスカリオテのユダ……みんなよく知ってる歴史的裏切り者。けどこの話だと『民衆がジーザスを潰してしまう』と悩んでいる。大変そう。以下ゆだっちと呼びます。

マグダラのマリア……聖母じゃない方のマリア。民へ応えるのに疲れたジーザスを愛し、癒やしたいと思っている。大変そう。以下マリアちゃんと呼びます。


すんごくざっくりしててすみません😇いや本当、三人とも三人なりに大変そうで……うん……

けれど個人的に最も目を引いたのは、この三人の内誰でもありませんでした。もちろん! 皆さん素晴らしい歌唱と演技です! しかしそれ以上にこの舞台を魅力的にしていたのは、他でもない『アンサンブル』の皆さんでした。

それを印象付けたのは最初の場面。会場も舞台も暗転し、少しずつ荒野に照明が当たります。すると、先程まで誰もいなかったはずの荒野に、横たわる人々の姿が……。彼らは例えようもない不気味な動きを繰り返しながらジーザスに群がり、その様子は一種の不快感すら抱くものでした。
いえ、個人的には不快感を抱かされて良いんです。ひとりの人間を過剰に崇め奉り、『奇跡を』『奇跡を』と望み続けている。誰か一人を特別視し、英雄視し、自分たちが望む姿をその人物に押し付けている。全くひどいものですし、悍ましさを覚えます。それと同時に、自分もそんな群衆の一人になっていやしないかと思い返しました。そう感じさせてくれる演技、本当に素晴らしいです。

アンサンブルの皆さんが活躍するシーンは他にもまだまだあります。
舞台の真ん中でまっすぐ二列に並び、群衆の手には食べ物や衣類、愛玩動物などの商品が握られています。賑やかな市場を表しているものかと思っていると、だんだん歌唱が荒く激しく、熱気ある興奮気味のものになっていきました。
これはもしや? と思っているとそこにジーザスが現れ「ここは我が父の家だ!」と大激怒。そう、かの有名は『神殿で店を出すな』の場面だったのです。蜘蛛の子を散らすように、群衆は慌てて去っていきました。

一番不気味さを感じたのは、『The Temple』のシーンですね。ジーザスが起こす奇跡を求めて、見るもぼろぼろな人々が群がる場面です。「目が見えません」「口が聞けません」「血だらけです」「だから助けてくれ!」と……。今にもジーザスは群衆に埋もれていきそうで、それでも彼は人々を助けようとします。やめとけやめとけもうやめとけ! ジーザスが死ぬってば! ここは本当に観ていて苦しくて 、うぐうぐしながら息をするのも忘れていました……

民の掌返しってやっぱひどいな、っていうのはジーザスが鞭打ちの刑に処されてる場面ですね。何回だったかな……39回くらい背中をベッチンベッチンされてました。ジーザスに裏切られた(と思い込んでいる)群衆たちは「こいつを殺せ!」だの「十字架にかけろ!」だのと口にします。石も飛び交います。鞭打ちの間、無秩序な群衆たちをやっとの思いでローマ兵が抑え込んでいると……ジーザスを取り囲む彼らが赤く染まっていることに気づきました。
もちろん、これはただのライティングです。実際に赤くしているのではありません。けれど気づいたのです。この赤は、ジーザスの血の色だと。
鞭打たれ、引きずり回されて血を流すジーザス。群衆たちは彼の血を浴びていると気づいていないのです。なんてむごいシーンなんだ……

とにかくとにかく、この作品は「ジーザスやその使徒たち」を無数の名も無き人々が追い詰めていった物語だと、私はそう思うのです。ジーザスの死も、ゆだっちの死も、それ故の悲劇だと。


ではそんな無名の無数によって、波乱万丈な人生を送った二人の男の感想を綴っていきたいと思います。

まずはゆだっち。彼は最初の場面でジーザスが群衆に群がられているのを見て苦しんでいるように見えました。そしてそれは彼の歌曲『彼らの心は天国に』でも語られていました。自分たち使徒があまりにもジーザスを持ち上げすぎたせいで、群衆たちが彼のことを神の子と崇め奉り、果てはジーザス本人まで自分をそうだと思ってしまっている。その先にある破滅がゆだっちには見えている。ああもう既にここで辛い。
ゆだっちはジーザスをひとりの人間として愛していたんだと思います。そうでなければ、彼もまた群衆たちのように彼を『神の子』としてしか見なかったように感じるのです。彼はジーザスを人間だと知っていた。それ故に生じた熱狂を危険視し、その反動を恐れ、結果的にジーザスを『売り渡す』という道を選んでしまったと……
ここでのゆだっち、「金なんかいらない!」と頑なな態度を取るんですけど、司祭たちから迫られて「あの人は木曜日に一人になります」と敬語になってるのが辛かったですね。屈してしまったと、そう感じてしまいました。
そんなゆだっちは後悔の念に苛まれ、ジーザスと出会ったことすら悔いているようでした。「あなたは私を利用した」「何故私を選んだのですか」と、まるでジーザスが「神よ、何故私を見捨てられたのですか」と問いかけている姿と重なります。この時のゆだっち、荒野をフラフラしたかと思ったら崩れ落ちてゴロゴロ転がっていって、めちゃくちゃ心配になりました。すげぇジーザスのこと好きじゃん、アンタ……
最終的にゆだっちは、荒野の真ん中に吸い込まれるようにその姿を消しました。地獄に落ちた、ということなのでしょう。けれどここでナスカ、びっくりです。あれ!?!?!? そんなところに穴があるんですか!?!?! どうなってんの!?!? 暗転したあと、穴は跡形もなく無くなっていて、四季の大道具や舞台の仕掛けってマジでわからないなってなりました😇
ゆだっちはもういなくなってしまった……と思っていました。場面は自分をかけるための十字架をゴルゴダの丘へ運んでいるジーザスと、彼を監視するローマ兵たち。ところが右からゆだっちが、左から謎のセクシー美女三人が現れて『スーパースター』を歌い始めたのです。
しかもこのゆだっち、ロック歌手みたいな格好をしてて!!!😂
えええええここでこの曲!? と驚きました。まさかジーザスが十字架を運んでいる時の曲だとは思いません。なんかもう死んだゆだっちがジーザスを『ちょっと急ぎすぎたよアンタ』『時代が悪かったよね〜』と茶化しているように見えました🤣死んで相手からは見えないからってやりたい放題🤣結局ゆだっちの登場はここが最後でした。これあんたの歌だったのね……

そしてジーザス。舞台に上がったときから感じていたのですが、彼はライティングが為せる技なのか、群衆やゆだっち、他の登場人物たちと比べてどこか存在が薄ぼんやりとして『人間でない』ように感じる場面が多くありました。ジーザスを人間らしく描いていながら、そんな風に感じてしまうのは不思議ですね🤔
この作品での彼は『神の子としてのジーザス』を追い求めすぎてしまったように思えます。それ故に疲れ果て、自分に救いを求める人達に「自分で治せ!」と叫んでしまったり、「もう殺してくれませんか」と神に嘆いてみたり、もうストレス溜まりっぱなし。『神の子』と呼ばれる彼が頼れる者は神しかおらず、けれどその神も本当にいるか怪しいものです。ゆだっちに裏切られたあとは、ローマ総督やヘロデ王の前に差し出されても黙殺を貫くばかり。ゆだっちに裏切られたのがショックだったのでしょうか。無気力状態です。
鞭打たれるシーンも、あんな演技がよく出来るなと感心してしまうほどエグくて……。もちろん、本当に打ってるわけではないはずです……そのはず……。打たれる度にひどく痛むのか、棒に吊るされたジーザスの身体が仰け反って、服が破れて背中は血で真っ赤です。荒野を引きずり回され、あーあーもうやめてくれよ見てらんないよこっちまで痛くなってくるよぉ……😭
十字架にかけられることが決定した瞬間、群衆たちはジーザスに群がってその服を引き裂き、彼をパンイチにさせてしまいました。もう私には群衆が化け物のようにしか見えませんでしたね。けれど彼らからすればジーザスの方がよっぽど化け物だというのが恐ろしいところ……。誰かこれはリンチだって言ってくれよぉ、時代が悪かったんですかゆだっち……
ジーザスの場面は、似た構図で正反対な状況というのが印象的でした。木を組んだ神輿のようなものに乗せられ祭り上げられる場面があれば、ローマ兵が槍を組んだものに乗せられて連行されていく場面もあります。群衆に囲まれて歓呼する場面があれば、群衆に囲まれて罵られる場面もある。対比がエッグい……
十字架を背負い、ゴルゴダの丘へ向かうジーザスは、運びきったところで地面に転がってしまいました。疲れてるんだよう、もうやめたげてよ……。ローマ兵たちはジーザスを十字架に乗せ、手首に釘を打ち付け(痛い痛い痛い!!!)、足首を交差させてそこにも釘を……ぎゃーーーーっ!!!!
ゆっくりと立ち上がる十字架。そこにぐったりとした様子で磔られているジーザス。なんでこの人がこんな目に遭わなきゃいけなかったんだ……
その後特に三日後復活するシーンもなく、十字架にかけられた状態で暗転して、劇は終了……でした……


いや、濃密ッ!!!! 他にも語りたいこといっぱいあるんですよ!!!! おにゃのこ侍らせてるヘロデ王が超ごきげんな王様だったとか、司祭たちの「ジーザスは、死ね!」という身も蓋も無さとか。本当にたくさん語りたい! けど言葉にできない気持ちがあっていいかなと思っていたりします。

ただ、良くなかったことがひとつだけ。
それは、私がロック・ミュージックに全く詳しくなかったことです!!!🤣🤣🤣🤣音楽的な技法とか、そういうのものをなんにも知りません!!! それにどんな効果や意味があるのかとか、なんにも!!! まったく!!! 知識が多いほうがあらゆる娯楽を楽しめるんだな、と再確認しました……😇ウギャン

というわけで、ジーザス・クライスト=スーパースター、楽しんできました! 楽曲の予習も何もしていない、完全初見だったのでまたどこかの機会で二回目を観れたら良いなと思います😌もちろん、ロックの勉強もして🤭

長文感想お読みくださりありがとうございました!🙌