ナスカ
2024-07-12 18:24:27
4419文字
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千寿菊に誓う②

前回のお続き。いかにダギを見識あるおじさんに描くかがめちゃくちゃ難しいです😇

その後、リンクさんは首位の成績で特別科にやって来た。通常科から特別科への編入にあたっては、特に式などは無く生徒の移籍だけが行われる。特別科の変化は、人数の増減のみで感じることができた。
リンクさんだけでなく、近衛の候補生として選ばれた十数人の生徒が特別科のある棟へ出入りするようになった。私の懸念は、以前彼女のことをやっかんでいた貴族の子弟らが同じ建物にいること。無論、不当な暴行や言動は我々教官らが咎めていくべきだ。しかしコソコソ隠れての行為は発見できなければどうにもできない。その上、あの手の甘ったれ小僧たちはなかなか教育に手を焼く。私の経験則だ。
編入を許された生徒たちの調査書を読む内、リンクさんは私と同じ庶民生まれだと知った。つまり、彼女も並々ならぬ努力の末に今の立場にいるということ。そんな努力を、ここで、軽薄な者共に打ち砕かれてなるものか。
私は、彼女に出来ることを探したい。
しかし何も起きていない内から私が彼女に絡むのもどうかと思う。私は教官である前に、四十半ばのおじさんだ。安易に近づいて余計に彼女が傷つく事態は避けねばならない。もしも彼女が私に助けを求めてくれるならば、全力で応えよう。そうならなければ、私は彼女に危害が及ぶのを間接的に阻止する。
それが今の最善だ。

✽✽

新規編入生たちを迎えた最初の授業が終わり、私は次の授業へ向かうべく教卓の上を片付けていた。候補生たちの休憩時間は様々だ。予習復習に勤しむ子もいれば、お喋りに花を咲かせている子もいる。一風変わった行動としては、ダンベル片手にツルギバナナを食べている子もいた。鍛錬への余念の無さに思わず感心していると、「教官」と声をかけられた。
リンクさんだ。
「おや、リンクさん」
「教官、改めて先日はありがとうございました」
教室であることを踏まえてか、リンクさんは敬礼せず会釈も浅めだった。あまり畏まりすぎては怪しまれると思ったのだろう。他人は意外と周りを見ていないものだが、私はリンクさんに応えるように軽く頭を下げた。
「いえこちらこそ。成績首位で編入とは素晴らしいですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。教官の授業、大変わかりやすく勉強になります。これからもよろしくお願い致します」
「えぇもちろん。皆が立派な近衛となるよう、私も努めさせていただきますね」
そう告げて私は教室から出て、右へ曲がったところで……足を止めた。忘れ物がないか確認する素振りをしてトラブルが起きないかと耳をそばだてる。悪辣な言葉が飛ばなかったことに安堵して、私は次の教室へ向かった。このまま彼女に何も起きないでほしい。それを望むばかりだ。


編入から一ヶ月ほどが過ぎ、生徒たちの現段階での実力もだいぶ掴めてきた。特別科への編入を許されただけあってか、確かに皆能力としては高い。けれどリンクさんが抜きん出て優秀だということは、やはり変わらなかった。特に剣技に関しては、来年の春に卒業を控える彼女の先輩に当たる候補生たちに勝るとも劣らず。強いて言うならば、力任せで荒削りな部分が残る。それを如何に洗練していくかが彼女の課題と言えた。
「では本日は対剣舞の訓練を行います。誰か、対剣舞の説明をできる者はいますか?」
今日の授業は野外だ。快晴ではなくやや曇りで日光も厳しくない。あまり暑くなく、このくらいの天気がちょうどいい気がする。挙手を躊躇う生徒が多い中、腕が一本上がった。やはり、リンクさんだった。
「二人以上で行う、決闘の形式を採った剣舞のことです。女神ハイリア様へ奉納するものであり、その際に国王陛下や王女殿下も参列されます」
「ご回答ありがとうございます。その通りです。この対剣舞の起源は諸説ありますが……それは皆さん予習済みですよね?」
私がそう訊ねると、生徒たちのうちの何人かが気まずそうな顔をした。予習をしていない者がいるらしい。
「組分けはこちらで指定しましたので、この通りでお願いします。各自ここにある木剣を持っていってから始めてください。練習の後にはそれぞれ発表していただきますね」
えーっ! とややブーイングが飛んだが、対剣舞とは人に見られるものである。人目に慣れておかなければ話にならない。
組分け表を見た生徒たちは、相手が仲の良い人で喜ぶ者もいれば、「どうやればいいんだ?」と訊ねている者もいる。さて、予習をしてこなかった生徒はどう切り抜けるだろうか。
生徒たちは組み合わせごとにそれぞれ距離をとって、彼らなりの対剣舞の練習を始めた。生徒の大半は諸説ある内の有力なものを引用している。これならばどのハイリア人が見てもわかるだろう。知名度を踏まえているのは良いことだ。
「なんだと!? もう一度言ってみろ!」
激しく怒鳴る声に私はそちらの方を見た。練習中の他の生徒たちも思わずそちらへ視線が釘付けになる。生徒二人が言い合いをしており、ひときわ大きな声の主はリンクさんだった。
「どうかされましたか?」
事を荒立てないよう、ただ純粋に疑問を浮かべて私は訊ねた。リンクさんと組んでいたのは、彼女とトラブルを起こしたことのない男子生徒。だからこの組み合わせにしたというのに。
「教官、申し訳ないのですが組み合わせを変えていただけませんか? 恥知らずな女と対剣舞なんて、オレは嫌です」
リンクさんは男子生徒の目の前でどんどん怒りのボルテージを上げている。けれどこの状況は間違いなく彼の煽りによって生まれたもの。リンクさんの方を引き離せば、彼女が悪いわけではないのに傷つけてしまう。
「何を以て、そのように仰るのでしょう?」
「近衛の始まりは女神様の生まれ変わりである巫女を、悪しき者から救った剣士様です。そんな映えある近衛を、女などが……
「それ以上言ったら、ボコボコにする!」
リンクさんが叫びながら木剣を振りかざす。
「上等だ! やってみるがいいさ!」
男子生徒がそれに真っ向から斬りかかる。いくら木で出来ているとは言え、マトモに喰らえば骨折も考えられる。
私は教官権限で帯剣が許されている真剣を二振り引き抜き、両者の木剣を切り落とした。ぼと、ぼと、と情けない音を立てて木剣の先が地面に落下する。呆気に取られている二人を前に、私は納刀した。
……落ち着きましょう、二人とも。今回は両者に非があります」
「きょ、教官……
私はまず、リンクさんの方を見た。
「貴女は少々直情的過ぎます。彼の言ったことは不当ですが、だからと言ってそれに怒り、実力行使に出てはいけませんよ。王国軍に所属する以上、それは咎められるべきことです」
……はい、教官」
「そして貴方」
今度は男子生徒の方を見る。同じ考えを持つ、他の生徒も牽制するように語気を強めた。
「何故女性は近衛になってはいけないのでしょうか? かの勇者が振るった剣は、かつては女神ハイリア様が所持し扱ったといいます。女性が剣を振ることに、何もおかしいことは無いと思うのですが」
思わず私的な怒りを滲ませてしまったことに少しばかり反省した。私は『らしいこと』を口にして男子生徒を咎める。
「特別科は実力ある者だけが来れる場所。その実力を見定めるのは国王陛下です。近衛の候補たる者が、陛下の決定を蔑ろにするつもりですか?」
「そ、そういうわけでは……
「では今後はそのような発言を控えるように。お二人とも、此処にいる意味をよくお考えになってくださいね」
リンクさんと男子生徒は『一応』といった様子であったが互いに謝罪し、その場はなんとか収まった。
その後はいつものように授業を続け、完成度の良し悪しはあったものの及第点以上の出来栄えであった。特別科にやって来ただけはある。
だがやはり目を引いたのはリンクさんだ。彼女たちのペアは、数ある起源の中のひとつ『女神の騎士と魔剣の精』と戦いを再現した。
この対剣舞は三幕で構成されるのが面白さである。ただの青年に過ぎなかった人物が魔剣の精との戦いを通して成長し、ついには女神の騎士となって勝利を収める、というものだ。
女神の騎士は男子生徒が、魔剣の精はリンクさんが演じる。最後には打ち負かされてしまう魔剣の精だが、必要とされる身のこなしは優雅にして大胆。演じるのが非常に難しい部類に入る。リンクさんは魔剣の精を見事に演じきり、負ける場面ですら堂々として拍手喝采となった。
「お二人とも、実に素晴らしい対剣舞でした。こちらは互いの技量があってこそ成立するものです。『弱く見せる』というものの難しさを皆さんはよくご存知のことと思いますが、それを素晴らしく体現してくださりました。ではもう一度お二人に拍手を」
私がそう促すと、再び割れんばかりの拍手が起こった。

✽✽

「教官! 先程はご指導ありがとうございました!」
わざわざ私の背を追いかけて、リンクさんはそう言った。今日の授業はこれで終わり。急ぐ理由も無いので私は振り向いて微笑んだ。
「いえ、素晴らしい対剣舞を見せていただいて私は感動致しましたよ。ありがとうございます」
「その……そのこともあるのですが」
リンクさんは恥じるように目を伏せた。どうやら直情的なのは彼女自身が一番理解しているらしい。
「私、どうすれば自分をコントロールできるのかわからないんです。嗤われたり、非難されたりすると、どうしても怒ってしまって……そのせいで揉め事も幾つか……
「なるほど。それで、貴女自身が困っているのですね」
「はい……
直情的故に悩んでいたのは、過去の私でもある。正義を信じ、道徳的な間違いには正面から反論を唱えた若い自分。上官や同期とぶつかったことも少なくない。そんな経験と共にそれは鳴りを潜めていったが、決して消えることのない私の根っこだ。
「問題を引き起こしてしまうというのは辛いでしょう。それをよく教えてくれましたね」
「教官が仰った通りなのです。私はまだ全然ダメで、技量に自信があっても心が伴っていません。私は、近衛に相応しい心根の持ち主にならねばいけないのに」
「リンクさん……
「教官、私に、近衛としての在るべき姿を教えてください!」
この子は藻掻いている。目指す理想と、自分という現実に。昔の私と、同じだ。
けれどそれはただの私情でしかない。そんなものを理由にこれ以上距離を縮めれば、周囲は何と言うか。安易に予想はつく。
……えぇ、これからも教えていきますよ。貴女は充分に能力がある。それを開花させることが、私の務めですからね」
リンクさんは嬉しそうに顔を綻ばせ、「はい!」と答えた。その様子に安堵する。私の返事はこれで良かったのだ。教師として彼女の実力を認めつつ、彼女が『なりたい自分』へ変わるのを支えていく。
彼女が真に近衛となれるまで、見守っていこう。


続く