イブシマキヒコを喰らい、それを取り込んだ百竜の淵源たる鳴神、ナルハタタヒメ────その骸。動かなくなった巨体を見つめながら、私はその場にがくりと膝をついた。
身体のあちこちがズキズキと痛む。武器を握っていた手は痺れて感覚が無いし、手甲の内側は悲惨なことになっているに違いない。穴の底は薄暗くてよく見えないけれど、おそらく防具もところどころ破損しているし、切り傷や打撲痕もあちこちに有ると思う。
────でも、その程度で済んで良かった。
緊張の糸が切れて頽れた身体をそのままに、災禍の要因であった『彼女』の隣りへ横たわる。さっきまでの死闘が嘘のように静かだ。自分の弾む息と、どくどくと脈打つ拍動だけがやけにうるさく感じる。
思わず辺りを見回すと、補助をしてくれたオトモ達が体力回復のために各々寝そべっているのが見えた。見たところ大きな怪我は無いようで安心した。
固い地面に仰向けに寝転がり、ぽっかりと丸く開いた青空を見上げる。
「……登るの、面倒だな……」
同じことを考えていたであろうオトモ達と目が合い、思わず皆で苦笑いを浮かべてしまった。
◇
緑生い茂る豊かな森の中をオトモ達と進む。
翔蟲を駆使して穴の底から這い出た私達は、キャンプ地で待機していたフクズクにギルドへ向けた書簡を託し、その後迎えのアイルー達を伴って龍宮砦跡を去った。
道中軽く仮眠を取って僅かに回復した私達は、迎えに来てくれたアイルー達を先に帰し、里の入口までの僅かな距離を歩いて戻ることにした。
百竜夜行の根源を断ったとはいえ、何か無いとも限らない。少しだけ周辺の見廻りをしてから戻ると彼等に言伝をし、怠さの残る足を叱咤しながら山道を進んだ。
まあ見廻りなんて単なる建前で、本当は帰るまでの少しの時間、ゆっくり考え事がしたかっただけなのだけれど。
さわさわと風に揺れる木立を眺めながら、先程までの激戦を振り返る。
対を求めていた風神と鳴神。あんなにも激しく互いを求め、巡り会わんとしていたのに、最期は無関係の人間に討ち取られてしまった。
ごくたまに、身勝手なことをしていると思うことがある。
モンスターと呼んではいるけれど、彼等は私達人間と同じ世界に生きている、ただ生態や理が違うだけの同じ生命なのだ。依頼を受けてそれで活計を立てている身ではあるけれど、彼等だってただそこに彼等たらんとして生きているだけなのになと、ふと考えてしまう時がある。
でもどうしたって彼等はモンスターで、私は人間だ。生活を脅かされれば、脅威を除くために武器を取るしかない。
今回も五十年前も、風神と鳴神は対を求めて流離っていただけだろう。しかしそれによって数多のモンスターが威風に惑い、里へ向けて大挙するという事態に陥った。
私は聖人君子ではない。彼等を憐れんだとしてもこの身を差し出すことなんて出来やしないし、まして里や、そこに住む人々を危険に晒すなんて以ての外だ。そのために、私は勝たないといけなかった。
今にして思う。英雄とは、勝ち続けてきた勝者のことだ、と。
倒してきたモンスターの屍を礎に、人々の平和を築く。それが英雄と呼ばれる、私の使命なんだ。
────いや、使命だなんて、烏滸がましいにも程があるか。
本当は……本当は恐かった。自分の何倍もあるモンスターに相対する度、身体が震えた。いつ死んでしまうかも分からない恐怖。どうしたって慣れない怪我の痛み。そして、命を奪うという行為そのもの、全てが恐ろしかった。
息絶える寸前に聞いた『彼女』の慟哭のような咆哮。あれは見知らぬ女に我が子共々葬り去られる怒りか、はたまた嘆きか、それは分からないけれど。あの水晶玉のような瞳から感じた恨めしさは、果たして私の疚しい心からだろうか。
母になるはずの者を手にかけてしまったことが、今になってずしりと重く伸し掛る。
けれど結局、勝って生き残るか、負けて死ぬかの二択しか無いのだ。そして────私は勝った。生き残った。
肺に入る空気が痛いほど胸に沁みる。今になって、五体満足でここに在れる至福を思い知らされた。
ぐるぐると考えていたけれど、私は単に今まで自分が成してきたあれこれに理由を付けたいだけなのかもしれない。折り合いを付けてやってきたこれまでを正当化して、自分なりに納得したいだけなのかも。
きっとこれからだって、私はハンターとして生きて、クエストをこなし、日々を生きていく。私に出来ることは、それしか無いのだから。
とぼとぼと山道を歩き続けたところで、馴染みのある門扉が見えてきた。
少しだけ歩みを止めて防具の汚れを叩く。かなりボロボロだからあまり意味は無いけれど、そんな意味の無い行動が私らしさなのかもしれないと思ったら、不意に笑みがこぼれた。
「だんニャさん、どうかしたですニャ?」
「クゥン?」
なんでもないよと、大きな大きなどんぐり眼で見上げてくるオトモ達を軽く撫でる。
かなり疲れているだろうに、オトモ達は私にあわせて律儀に隣りを歩いている。ふさふさだった毛皮がことごとく毛羽立ち、あちこち焦げたり禿げたりとなんとも可哀想なことになっていた。帰ったら怪我の手当をして、たくさん労ってあげないと。
「帰ろう、カムラへ────」
私が守りたいもの、変わらないでいてほしいものが、あの先で待っている。
せめて礎となった『彼女』達を踏み台にするようなことはすまいと心に誓い、私は門扉に手を掛けた。
- 英雄の帰還 -
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