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雪貴
2024-07-12 00:43:54
8130文字
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MHR
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終焔
装備等若干のマイハン設定有り
CP無し、ガッツリ死ネタです
ふと通りがかった場所で、「ああ、ここが良いな」と思うことがある。
例えば大社跡の崖を翔蟲で登って行って、珍しい草花や鉱石をたくさん集めて。なんとなくやり切った気持ちで山のてっぺんから広々とした山野を見下ろした瞬間。
例えば灼熱の溶岩洞を駆け抜け、轟々と燃え滾る溶岩の滝壺を目にした瞬間。
────最期を迎えるときは、ここから身を投げ出したいな、と。
今の生活が嫌なわけじゃない。ハンターの仕事は命懸けで、痛かったり辛かったり恐ろしい目に遭ったり、正直何度も逃げ出したくなった。でもハンターの道を目指したのは自分自身だし、クエストが成功したときの達成感は何物にも代え難い。
それに里のみんな。まるで本当の家族のように優しくてあたたかくて、大好きだ。百竜夜行の脅威が続くなか、大切な人々を力のある自分が守らないといけない。
決して義務感だけで生きているわけではないし、休みのときだって好きにさせてもらっている。百竜夜行が落ち着いたら、里の外に行くことだって許されている。
それなのに、唐突に「自由になりたい」と思ってしまうことがある。
こういうのを希死念慮と言うんだろうか。よく分からないけれど、常に死と隣り合わせで生きているというのに、なんでもない瞬間にそう思ってしまうのが不思議だ。
むしろどんなことで命を落としてしまうか分からないからこそ、自分の意思でこの生を終わらせることに憧れてしまうんだろうか。
息を切らせて高い崖を登り切り、小さな社に少しだけ身体を預けながら眼下を見下ろす。
叶うなら、この光景を目に焼き付けて終われますように。
◇◇◇
嫌な予感がした、ということも無く。その日はごく普通の、ありきたりな一日だった。
愛弟子が大社跡へ探索に出かけた。特に欲しい素材があるわけでもなかったようで、単なる気晴らしに出て行ったようだった。
百竜夜行が落ち着いたとは言え、長年モンスターの巣窟となっていた場所だ。大型のモンスターはなりを潜めたが、油断は禁物だ。もちろん愛弟子はちゃんと心得ていたようで、携帯食料や回復薬も持って行った形跡があった。
おかしいと思ったのは、夜が更けてからだった。気晴らしに出たにしては帰りが遅いと思った。
そこで様子を見に行けば、結末はまた違っていたのかもしれないと、今にして思う。
その時は、愛弟子のことだから採取に夢中になって遅くなっているのかもしれない、今ごろキャンプで寝ていることだろうと考えていた。遅くとも明日の昼前にはお腹を空かせて戻って来るだろうと。みんな、そう思っていた。
そして────それきり愛弟子は、姿を消した。
夕暮れ前から捜索隊が組まれた。偵察に長けた自分や、失せ物探しが得意なガルクやアイルー、里守の面々で班を組んで大社跡へ向かった。
古龍をも退けたハンターが簡単にやられるわけがない。もしかしたら怪我を負って帰還が遅れているだけかもしれない。皆が皆、誰にともなくそう言い聞かせて、薄暗くなってきた大社跡を進んで行った。
モンスターを刺激しないよう最小限の人数であちこちを探し回ったけれど、鼻のいいガルク達も彼女の痕跡を追えずにいた。
夜が更けてからも、夜目の利く面々は捜索を続けた。滝壺や崖下、モンスターの巣もくまなく。
捜索隊が焦りを見せ始めたころ、ようやく彼女が身に付けていたと思われる装備の一部が見つかった。
毒クモリから作られた装備には独特の光沢が有る。鈍い濃紺色に染められたそれは、彼女が気に入って身に付けていたものに間違いない。小川の流水草に引っかかっていたことから、捜索拠点を川辺りに移し、範囲を徐々に広げて行くことにした。
しかし夜が明けてもそれ以上の成果は得られなかった。
ギルドに確認を取ってもらうも、未確認の古龍が出たとか、ヌシのような特殊な個体が現れたという情報も無い。少しでも情報を得られるよう、ゴコク様やミノトさんを中心にして、捜索隊とはまた別に集会所へ詰める人員も決めていった。
それなのに、懸命の捜索から二日が経ち、三日が経ち、とうとうひと月が経ってもなお、彼女の行方は掴めなかった。
それから更にもうひと月が経ったころ────里はようやく、彼女の死を受け入れた。
悲しい話、彼女の捜索のために人員や時間を割くにも限度があった。比較的穏やかになったとは言え、大なり小なりモンスターの被害はあちこちで起こっているのだ。彼女のことを実の孫のように可愛がっていたゴコク様も、憔悴し切った顔ではあったけれど、後任のハンターを急遽育成するよう指示を出した。
突然の姉弟子の失踪にかなり落ち込んでいたタイシ君も、「センパイみたいに
……
いや、センパイ以上にすごいハンターになるッス!」と新たな目標を定めて以前よりも真面目に訓練に取り組むようになった。
タイシ君を育てるにもまだまだ時間がかかる。それまで里長やゴコク様は近隣のハンターを臨時で雇うことにした。
それでも皆、時間を作っては大社跡へと足を運び、彼女の痕跡が無いかを調べていた。
────それからもう、五年が経った。
タイシ君はめきめきと力を付け、当時の愛弟子に並ぶほどまでになった。最近では古龍の討伐も間近では、と言われるまでに成長していた。
彼女がいなくなってからというもの、笑顔の減ったゴコク様や里長達も、成長著しいカムラのハンターの活躍に心の傷が癒えつつあった。
この日の俺は、偵察のために里の外にいた。特に大型モンスターが暴れているなど物騒な案件もなかったので、たまにはゆっくり里へ戻ろうと思い、少しだけ寄り道をした。寄り道と言っても、タイシ君が大社跡へ精算品の納品へ向かったので、少し様子を見ておこうと思っただけだった。
翔蟲を使ってタイシ君がいるであろうエリアへ向かう。しかし自分にしては珍しく、なかなか彼を見付けられない。行き違ってしまっただろうかと首を傾げたとき、頭上のかなり高いところから「教官!」と大きく呼ぶ声がした。
「タイシ君、そんな高いところに登ってどうしたんだい?」
「そんなことは後ででいいッス! とりあえずこっちに来てください!」
声がした方を見ると、タイシ君は切り立った崖の僅かな足場に佇んでいた。たいした草木も、ましてや精算品もろくに無いような場所なのにどうして
……
。
そうこうしているうちに、タイシ君は翔蟲を使って更に上まで翔け上がって行った。慌てて自分もタイシ君を追って急斜面を登って行く。
先に登り終えたタイシ君が待っていたのは、この大社跡でも一番の高さの山頂だった。ずっと昔に登ったことは有るけれど、任務に就いて忙しくなってからは全く来ていなかったことを思い出す。昔と変わりのない荘厳な景観に思わず嘆息した。
それにしても、小さな社が有るくらいで他に何が有るわけでもないこんな辺鄙な場所へ、いったい何の用だろうか。そう思ってタイシ君を振り返れば、普段は賑やかで笑顔の絶えない彼が、なんとも苦しそうな表情で更に上へ向けて翔け上がる。
誰が何のために造ったのか、何を祀っているのかすらよく分からない小さな社。その背に伸びる石柱の上で、タイシ君はようやく動きを止めた。
彼に倣い、僅かなその距離を登り切る。
男二人が立てば窮屈に感じるような狭い足場には、変わった風合いのものがあちこちに散らばっていた。それはかなりぼろぼろで、原型などろくに留めていなかった。
しかし俺は直感で、『それ』が何であるかを把握した。────鈍く光る濃紺色の欠片たちは、もう何年も前に姿を消した、俺の愛弟子のものに間違いない、と。
不測の事態にも動揺せず、冷静に。そう教え子達に説いてきたくせに、俺は一瞬にして頭が真っ白になった。
呆然となりながらも、頭の片隅でこの状況を整理しようともがく。しかし早鐘を打つ心臓と、どくどくと鳴り響く脈動が思考の邪魔をした。
なぜこんなところに彼女のものが有るんだろうか。あの子は自力でここまでやって来たのだろうか。あの日こんな場所までいったい何をしに来たのだろうか。なぜ
……
どうして
……
。
加工された跡が残るナルガクルガの鱗片。里特有の編み方で組まれた篭手紐の切れ端。そして、薄茶けた白い小石のようなものは、おそらく彼女の
……
。
そっと膝を付き、震える指先で風化しかかった彼女の欠片を手に取る。からからと乾いて軽いのに、手のひらにずしりと沈み込むように重い。
これまで静かに俺の様子を見守っていたタイシ君も、いつの間にか同じように膝を付き、顔面をぐしゃぐしゃに歪ませて涙を流していた。
ひりひりと灼け付きそうなほど喉が渇くのに、反対に視界はとめどなく潤む。拍動が鳴り響いて今にも破裂してしまいそうだ。
あまりにも小さくなってしまった愛弟子の欠片を握り締めながら、俺達は込み上げる感情のまま泣き叫んだ。
◇
タイシ君がここを見付けたのは偶然だったそうだ。
愛弟子の行方が分からなくなる数か月前のこと。一緒にヨモギちゃんの茶屋でうさ団子を食べながら、二人は他愛もない会話をしていた。やれ寒冷群島の山々は滑って登りづらいだとか、水没林の遺跡は湿っぽいだとか、本当になんてことのない話題だった。
その中で不意に、彼女は「高いところが好きだ」と零した。なんとかと煙は高いところが好きって聞いたッス、と元気に返したタイシ君は、姉弟子にうさ団子を没収されたらしい。
「高いところって、またえらく大雑把ッスね。気に入ってるところが有るッスか?」
「んー
……
例えば、溶岩洞ならゴクエンチョウがたまに現れるエリアとか。熱くて眺めるのが大変だけど、溶岩の滝が珍しくてついつい長居しちゃうな。あとは
……
大社跡とか」
「大社跡なんて高いとこばっかりじゃないッスか」
「確かにね。でもその中でも一番のお気に入りが有って
……
いつかタイシが一人前になったら教えてあげるよ」
「ほんとッスか!?」
よくある平凡な会話だ。
それきり百竜夜行の慌ただしさに追いやられ、ついには姉弟子の姿が消えてしまった。
それからもハンターになるための修行に明け暮れ、就任後も様々なクエストをこなして忙しなく過ごしていたため、そんな話題が有ったことすら忘れかけていた、ある日。
タイシ君は精算品であるホオズキの採取のため、大社跡を訪れていた。ガルクの背に乗って岩山をあちこち跳び上がりながら、それにしても高い山ばっかりだなあと思ったそうだ。そしてそこで唐突に、いつかした姉弟子との会話を思い出し、疑問に思った。センパイが言っていたお気に入りの場所ってどこだろう、と。
クエストの合間を縫っては、当時彼女が言っていた「お気に入りの場所」を探していたそうだ。自力で探し出して、センパイと同じ目線に立ってみたい。そう思って、俺や里の誰にも相談せず、独力で大社跡を駆け回った。
そんなある日、彼の連れていたフクズクが青色の石のようなものを咥えてきた。
はて、こんな鉱石が有っただろうか。珍しいものなら高値で買い取ってもらえるだろうと、タイシ君は精算品の納品を手早く済ませ、フクズクの案内で岸壁を登って行った。
フクズクに連れられてやって来た場所は、たまに希少生物であるハクメンコンモウが現れる場所にほど近かった。
ガブラスの毒液を避けながら辺りを見回すもそれらしいものは見当たらず、ならもっと高所を探そうと翔蟲を飛ばす。
そういえばこの辺はまだ来たことが無かったなと思いながら岩山を登り、そこで小さな社を見付けた。こんな高い場所に作るなんて酔狂なもんだと思いながらも、何か珍しいものは無いかと社へ近付いた。すると、フクズクが咥えてきたものと似たような欠片があちこちに散らばっていた。
散らばったそれらを見て、最初はガラクタか何かだと思ったらしい。それこそハクメンコンモウがどこかから拾ってきたものだろうと考えたそうだ。
しかしそこで、彼はどこかでこれを見たことが有ると思い直した。
散らばる欠片を拾い集め、絵合わせのように断面を確認しながら並べていく。すると、歪ながらも防具の肩当の一部が完成し、そこで────彼は絶句した。
まるで鉱石のような色合いをしたそれは、ハモンさんが手掛けたナルガクルガの装備に似ていると思ったのだった。
ナルガクルガは凶暴な竜だ。それだけに高性能だが装備を作っているハンターは少ない。しかも着彩の技術は特殊なため、上位以上のハンターだけが行える。
真っ青に染まった肩当の欠片をぼんやりと見つめながら、彼は昔の記憶を掘り起こす。ああでもないこうでもないと、ハモンさんに細かく着彩の注文をしていた姉弟子。完成した装備を見て、やっぱりハモンさんはすごいですね、と笑っていた姉弟子。
「センパイ
……
こんなところにいたんッスか
……
?」
震える膝を叩き、呼吸を整える。
まだこれが姉弟子である彼女のものと決まったわけではない。とりあえず自分以外の誰かに確認を取ってもらおうと、彼は一度その場をあとにした。
そして里に向かう道すがら、偶然立ち寄った俺を見付け、そして────。
◇
鼻声で泣きじゃくるタイシ君を宥めながら、これまでの経緯を聞き出した。
社の上までは確認していなかったそうだが、もしやと思ったそうだ。案の定彼女が身に付けていた装備の欠片や、更には『彼女だったもの』が散らばっていた。
まさかこんな場所で彼女を見付けるとは、思いもよらなかった。当時の俺達は、ずっと彼女の足元を探し回っていたのか。
「
……
君はこんなに隠れ鬼が得意だったかな、愛弟子よ
……
」
時折彼女がずっと遠くを眺めているのを知っていた。ぼんやりと、しかしどこか熱を宿した瞳を見て、俺は彼女が里の外に出たいのではと思った。
彼女はハンターだ。クエストで里外に出ることも多くなり、カムラ以外の場所に興味を持つのも仕方がない。当時は百竜夜行の騒動で里を出ることは止められていたものの、落ち着いた暁には自由にして良いのだと、里長は彼女に約束していた。
この里を出るも出ないも彼女の自由だ。彼女が里を出て行くことを望んだとしても、俺は大手を振って送り出したことだろう。
……
もちろんその後、思い切り泣いてしまっただろうけれど。
彼女がお気に入りだと言っていたこの場所を、改めてぐるりと見回してみる。
結局どれだけ考えても、彼女がなぜこの場所を気に入っていたのかは分からない。それに、どうしてあの日突然に消えたのか、何が有ったのかも全く分からない。分からないけれど。
「後悔は、無かったかい
……
?」
────未だ決して褪せることの無い、俺の唯一の猛き炎。
せめて君が最後に見たこの光景が、君の望むものであったことを、心から願う。
◇◇◇
その日はなんてことないごく普通の一日で。緊急のクエストどころか納品依頼すら無い平和な日だった。
里にいてもすることが無いし、どうせなら大社跡にでも散歩に行こうと思い立った。
散歩と言っても行先はモンスターが棲まう土地だ。軽装で向かったと教官に知れたら、あの溌剌とした笑顔で雷を落とされてしまう。面倒だったけれど、普段身に付けている防具を纏い、念の為に回復アイテムなんかも持って行くことにした。
大社跡に着いてからは、渓流をゆっくり散策したり、何か珍しい鉱石が無いか調べたり、本当にただの散歩気分で歩き回った。
だからこそ、お気に入りの『あの場所』へ向かったのも自然なことだった。
繁った蔦を慣れた動作で伝い、剥き出しの岩肌へ足を掛ける。野生の翔蟲に手を貸してもらい、高い高い山頂へ向かう。
一気に翔け上がったせいで乱れた呼吸を、大きな深呼吸を繰り返して無理矢理落ち着かせた。少しだけ空気が薄いけれど、ひんやりして気持ちがいい。
こんなに高くて不便な場所なのに、誰が何のために造ったのかも知れない小さな社が存在する。たまにハクメンコンモウが寝床にしているようだけど、まさかそのためだけに造られたわけじゃないはずだ。
中に何もいないことを確認し、心の中で非礼を詫びながら社の屋根を足掛かりにてっぺんへと到着する。
眼下に広がる岩肌と緑の境が綺麗だ。
その場に座り込み、すっきりとした心持ちで荘厳な景色を眺める。陽光の暖かさと山頂の冷気が心地よく、気付けば私はそのまま眠り込んでいた。
目を覚ますとすっかり日が暮れていた。太陽は沈んで、谷底は暗闇と化している。
眠っているうちに冷えたのか、幼い子供のように身体を丸めていたようだ。変な体勢で眠っていたせいで身体のあちこちが痛んだ。
冷えた身体を起こす気にもならず、ごろりと寝返りを打つ。とそこで、日除け代わりに使っていた頭の装備が無くなっていることに気付いた。風に煽られてどこかへ飛んでいってしまったのだろうか。毒クモリの光沢は独特だから探しやすい。ハモンさんに怒られる前に探し出さないと。
そんなことをつらつら考えながら、不意に天を仰ぐと、
「わあ
……
」
真っ黒い川面と月に照らされて青く輝く波紋が果てまで続いて、まるで希少な鉱石を散りばめたような白い光が瞬いていた。
思わず手を伸ばしてみる。まるで自分へ向けて星が降ってくるようだ。いや、むしろ私が夜空へ吸い込まれているような、そんな不思議な感覚に囚われた。
こんなに美しい光景を、なぜ私は今まで知らなかったのだろうか。
里から見た夜空はモンスター避けの煙が立ち込めてまだらだった。たたら場から漏れる炎の明かりも理由だったかもしれない。
何も遮るものもないただただ雄大な空は、純粋に美しかった。
そこで唐突に、「ああ、今しかない」と思った。
冷たく澄んだ空気に包まれて、私はいま、地と空の狭間にいる。
満点の星空があまりにも深くて、遠くて、眩くて。まるで悠久の時を浮遊しているみたいだ。
視線は夜空に向けたまま、そっとポーチから目当てのアイテムを取り出す。それは大型モンスターすら眠らせる強力な麻酔薬で、人間が服用するものではない。いつもの癖でアイテムポーチに忍ばせていたそれが、まさかこんな形で役に立つなんて。
心残りが無いと言えば嘘になる。どうせなら里のみんなとしっかりお別れをして、家を綺麗に片付けて、後腐れもなく去りたかった。
ある程度落ち着いたからと言って、モンスターの脅威が無くなったわけでもない。ハンターを目指す弟弟子もまだまだ未熟だ。急に私がいなくなることで、里のみんなに迷惑がかかるだろう。それに。
「泣かれちゃう、かな」
もしも私が里を出ることになったら泣いてしまうかもしれないと言っていたヒノエを思い出し、少し心が痛んだ。
他にも私を孫のように可愛がってくれたゴコク様や、情に厚いウツシ教官の泣き顔も容易に想像出来てしまった。
それなのに、早々と決心したこの手は止まらない。
麻酔薬の蓋を開け、少しだけ息を吸って、止めて──ひと思いに中身を飲み下す。濃くて甘ったるい匂いが辺りに立ち込めて、頭ががんがんと痛む。
思っていたより苦しいものなんだなと、どこか冷静な頭で、無意識に抵抗しようとする身体を押さえ付ける。どうやら肉体はまだ生きたがっているらしい。
ああでも、ごめんなさい。こんなにも美しい光景の中で終えられることなんて、きっともう無いから。
薄らぐ意識に比例して、痙攣する肉体も落ち着いてきた。思っていた終わりとはまた違ったけれど、これもまた悪くない。
さようなら、世界。この身を遥けき自然に委ねます。
「
……
気焔
……
万
……
丈
……
」
────願わくば、私も夜空に瞬く焔のひとつになれますように。
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