ヒデライカ
2024-06-21 21:56:20
1709文字
Public 🐉SS
 

生存イチ若とナンちゃん

刑期については無視しています

「ゲッ」

 目的地まであと二十メートルというところで難波は小さく声を漏らして足を止めた。
 異人三のあれこれやら青木遼もとい荒川真斗殺人未遂事件など慌ただしい日々がようやく少し落ち着き、一番から「久しぶりに釣りに行こう」と誘われてホームレスの頃によく行った川に来たのだが、先に着いていた一番の隣にもう一人男がいたのだ。それは先日退院したと聞いていた、真斗だった。
 難波は一番と真斗が『仲良く』やっていることは知っているし、それにとやかく言うつもりはなかった。思うところはあるが、一番がそうしたいならそれでいいと思った。
 しかし、自分がお友達になれるかと言うと微妙なところだ。真斗のしてきた事に同情する部分もいくらかはあるが、それ以上に許せないことの方が多い。命が助かってよかったとは思っているが、進んで関わりたくはない相手だ。

「おっ、ナンバ〜!」

 どうしたものかと立ち止まったままでいると、難波に気付いた一番がブンブン手を振りながら大声で名を呼ぶ。真斗はちらりと一瞥しただけだ。いったいどういうつもりで一緒に来たのだろうか。
 仕方ないので持っていたバケツと釣り竿を握り直し、難波は再び歩き出した。

「若が釣りやったことないって言うからよぉ、連れてきちまった」
「いや、それは構わねぇけど……

 スーツ姿しか見た事がなかった真斗はポロシャツにジーパン、帽子をかぶっていて前髪が眼鏡にかかり、パッと見で青木遼だと気付く人はいないかもしれないと思えた。難波も、『一番の隣にいる、そういう背格好の人』だから真斗だと判断しただけだ。
 世間を騒がせた人物がこんなところで釣りをしているなんて誰が思うだろうか。
 川に釣り糸を垂らしている間、喋っているのはほとんど一番だった。真斗はそれに「ああ」とか「そうだな」と返すばかりで難波は少し呆れたが、その日に限っては難波も同じような反応しかできなかった。
 一緒にいるのが足立や紗栄子ならこうはならないが、とにかく真斗をどう扱えばいいか分からないのだ。
 何匹か釣れた魚を焼いていると、あの日のことを思い出す。一番が、普通の飯が美味いと言っていた日。と、一番がコッペパンを取り出して、そこに焼けた魚を挟んでニカッと笑顔を浮かべて難波に差し出した。
 ホームレスじゃなくなっても、時が経っても、一番にとってもこれが思い出の味なのだろうと難波は少し嬉しくなる。難波が受け取ると一番は同じように真斗にも渡そうとしたので、思わず難波は「えっ」と声を上げてしまった。

「これが、俺がムショから出て以降食べた中でいちばん美味かったもんです」

 いや食わねぇだろ、骨を全部取ってある高級魚しか食わねぇだろ!
 さすがに声に出さなかったが、難波は心の中で盛大に突っ込んだ。そんな難波の思いとは裏腹に真斗はそれを何も言わずに受け取り、躊躇いなく一口食べてよく咀嚼して飲み込んだ。
 難波が唖然と眺めていると、真斗は手に残った質素な焼き魚サンドを見つめたままふっと柔らかく微笑んだ。

「これがイチを救った味なんだな」

 もしここがゲームの世界なら、画面端で好感度ゲージが上がる表示が出ただろうと難波は思った。
 難波にとって真斗は、人を人と思わない、命を軽く扱う得体の知れない存在のように思えていた。だが今、目の前で笑みを浮かべているのは間違いなく自分と同じ人間という感情がある生き物だった。
 当たり前のことだし頭では分かっていたが、急に腑に落ちたのだ。この男が、一番が特別に想っている相手なのだ。
 難波が見つめている間に真斗も一番も食べ終えた。美味かったでしょ、いや美味くはない、なんて和気藹々と話している。

「ん? ナンバ、食べないのか?」
「いや、食べるよ」

 波瀾万丈な人生を送ってきた二人だ。せめてこの先はもう少し穏やかに過ごせたらいい。難波は祈るような気持ちになる。

「お前らが結婚式でも挙げる時には、俺が友人代表スピーチをやってやるよ」
「おっ、いいなそれ!」
「挙げないが?」

 どうか大切な仲間が、いつまでも明るく笑っていられますように。