どうも真澄が何か思い悩んでいるらしい。そう察した一番は声をかけるべきかどうか迷い、意を決して口を開いては噤む、ということを数十分繰り返していた。
東城会に入ってそろそろ一年、一般人よりは強いかもしれないがヤクザとの喧嘩はまだ頼りなく、本日は掃除や買い出しなどの雑用くらいしかできる仕事がない一番は事務所で真澄と二人きりになっていた。そして真澄はいつもより多く煙草を吸い、しばしばため息を漏らすのだ。
一番が声をかけたところで解決できる可能性は低い。しかし、尊敬する大好きな人間の辛そうな顔をただ見ていることしかできないのももどかしい。
今度こそ、何かあったんですかと声に出そうと決めて小さく口を開く。
「イチ」
「は、はい!」
が、先に真澄が声をかけてきた。視線が煩かったかと慌てながら駆け寄る。真澄が座る椅子の真正面に立ち次の言葉を待つ。視線を逸らして言い渋る真澄の様子から、もしや自分が何か粗相を起こしてお叱りを受けるのかと身構える。
あのな、と重々しく切り出した真澄の声に一番はごくりと生唾を飲み込んだ。
「最近の高校生は、何をして遊ぶんだ?」
「………え?」
思いもよらない質問に、意味を理解できなくて間が空いてしまった。よくよく咀嚼して、どうやらお叱りではなさそうだと胸を撫で下ろす。
「えっと、俺は高校行ってないし、友達らしい友達もいないんで正直あんまり……わかんないっす」
「そうか……中学の時は? どうしてた?」
空いた時間はだいたい店の手伝いをさせられていたし、あるいは神室町をうろつくことが多かった数年前を思い返す。そんな中で唯一の遊びらしい遊びと言えば。
「ドラクエ……ですかね?」
「ドラクエ?」
「テレビゲームです。勇者が仲間を集めて敵を倒す物語の……」
「へぇ、面白いのか」
「俺は楽しかったです! 新しいのは買ってもらえないんで、古いのを何回もやり直してました」
「古いのと新しいのがあるのか?」
「同じドラゴンクエストってタイトルなんですけど、シリーズというか……あ、続き物ってわけでもないんで、最新のだけ買っても問題なく遊べます。……若へのプレゼントですか?」
真澄が高校生の遊びに興味を持つとすれば、息子の真斗が関係してるだろうことは予想がつく。顔を合わせることも電話で話すこともあるそうだが、あまり会話が弾まないのだと苦笑しながら教えてもらったことを一番は思い出す。
一番が真斗の付き人になってから半年ほど経つが、真斗が遊んでいるところは見たことがなかった。学校のない日や放課後は本を読むかニュースを見るか。一人で気軽に外を出歩けないため、自ずと自宅でできることばかりするようになったらしい。
真澄が車で連れ出すこともあったようだが、最近はそれもほとんど断られる。一番も真澄の提案で近々免許を取るため教習所に通うことになっており、真斗を乗せて車を走らせる日を夢見ていた。
「もうすぐ真斗の誕生日でな。現金でいいなんて可愛くないこと言いやがる」
「えっ、いつなんです?」
「一月一日だ」
一番は目をまんまるに見開いた。自分と同じだ。
同い年で、盃を交わした真澄の子供というだけで勝手に兄弟のように思っていた真斗が、生まれた日にちまで同じだなんて。
「ありがとなイチ、参考にさせてもらうよ」
「はい!」
数日後、真澄に呼び出された一番は事務所に訪れた。沢城もそこにおり、鋭い目つき見られるが怯まずに挨拶をする。
笑顔で一番を出迎えた真澄は立派な紙袋を差し出した。
「イチ、すまねぇがこれを真斗に届けてやってくれねぇか」
「もしかして誕生日プレゼントですか?」
「ああ、ちょっと早いけどな」
「親っさんが直接渡した方が若も喜ぶんじゃ……」
「いや、どうだかな。俺はゲームのことは分からねぇし、イチが一緒に遊んでやってくれ」
「お、俺もやっていいんですか?」
「当たり前じゃねぇか。これからも真斗をよろしくな」
優しく微笑む真澄に一番は目頭が熱くなるのを感じた。この人は自分のことも本当に息子のように可愛がってくれているのだ。こんな父親がいて若は幸せ者だ、と頬を緩めながら頭を下げ、こちらこそよろしくお願いしますと声を張り上げる。
早速届けにいこうと紙袋の中身を覗いた一番はヒュッと息を飲み固まった。箱に入った新品のゲーム機は包装紙がなく、それがプレイステーションであることがわかった。そしてその横にはドラゴンクエストの最新ソフト。
「イチ? どうした?」
一番はこれまでの人生で最も脳みそを回転させた。真澄のメンツを潰すわけにはいかない。しかしこっそり自分でゲーム機を買うほどの金は持っていない。だが、このままではドラクエをプレイすることはできない。
よろよろと数歩下がった一番は、真澄を見ることができないまま勢いよく頭を下げた。
「親っさんすみません! 俺の説明不足で……ドラクエをやるにはスーパーファミコンっつーゲーム機が必要で、このプレイステーションではできないんです!!」
「そうなのか?」
「はい! あ、あの、レシートがあれば返品できるかもしれないんで、俺が買い替えに……」
「その必要はない」
成り行きを見守っていた沢城が急に口を挟む。何事かと思えば、真澄が用意したプレゼントの横に紙袋に入った何かが置かれた。
「これは、俺から若に」
どういう感情なのか一番には読み取れないが、眉間にぎゅっと皺を寄せた沢城が言う。そっと覗いてみると、スーパーファミコンが入っていた。
真澄も覗き込み、ゲームにも種類があるんだなぁと感心したように言う。
「丈が買ったのか?」
「はい。ソフトは……若が欲しいものがあればあとから買おうかと」
「これでドラクエができますよ、親っさん!」
「そうか。とりあえず最新のをくれと店員に言っちまったのが良くなかったな。助かったよ、丈」
「いえ、私が勝手にしたことですので。ところで、そろそろ次の予定の時間では?」
「ああそうだ。じゃあイチ、頼んだぞ」
「はい! 任せてください!」
真澄が事務所を出ると、一緒に出ようとしていた沢城がドアの前で足を止めて一番を振り返る。一番がきょとんとしていると、真澄が遠かったのを確認してから戻ってきた。
「それも親っさんからだと若には言っておけ」
「え? でも」
「分かったな?」
「は、はい!」
返事の途中で沢城は踵を返し真澄を追いかけていってしまった。一気に緊張した空気が弛緩して、一番は知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出す。
沢城の真意は分からないが、一番は紙袋を両手に持ち、真斗がいるマンションに向かった。
道すがら買った小さな手土産に一度目をやったあと、一番は大きく深呼吸した。余計なことをしてしまったかもしれないと思うが、少ない金を叩いてもう買ってしまったのだからあとはなるようになれだ。
真斗の住むマンションに着き、預かっている合鍵で玄関を開け中に入る。この時間に来ることは事前に連絡済みで、勝手に入るように言われていた。
リビングと寝室のどちらにいるかはその時によって半々だが、今日はリビングにいるようでテレビの音が漏れ聞こえてくる。
ソファで寝ていることもあるのでそっと扉を開けると、座ってニュースを見ていたらしい真斗が一番を見る。
「お邪魔します、若!」
「でかい荷物だな」
「あっ、これ親っさんからです! 早めの誕生日プレゼントだそうで」
「二つともか?」
「そ、うです」
嘘をつけない一番の顔がわかりやすく強張り、真斗がじとりと細めた目で見つめる。ぎこちない笑顔で誤魔化そうとするが、大きくため息をつかれてしまった。
「沢城だな」
「えっ、知ってたんすか?」
「何年か前に親父が言ってた」
なんだもうバレてるんじゃないかと一番は肩の力を抜いて真斗の前にゲーム機の入った紙袋を並べた。今さらだが、これは一番の欲しいもので真斗の趣味ではないんじゃないかと気付いたが、やれば好きになるかもしれない。
しかし、あまり興味を示さずに真斗の視線はニュースに戻る。
「開けないんですか……?」
「現金でいいって言ってんのにな」
「えーっと……俺が昔遊んでたゲームの最新版なんすけどぉ……」
「なんだ、俺の誕生日にかこつけて自分が欲しいものをねだったのか?」
「そ、そんなつもりじゃ」
「まあいい、ゲームなんて俺はやらないからな。なんなら売ってきてお前の小遣いにしてもいいぞ」
「そんな、せっかく親っさんがプレゼントしてくれたんすから一回くらいやってみましょうよ! 俺、セッティングするんで!」
真斗が上機嫌なところなど見たことないが、それにしても今日は機嫌が悪そうだ。体調さえ良ければそれで構わないと一番は思っているが、ゲーム機を取り出す間も視線がチクチク刺さって居た堪れない。
「あっ、そういえば組に新しく誰か入ってくるらしいです。若ももう聞きました?」
「……ああ」
「俺よりは年上らしいっすけど、結構若いらしいっすね。俺も箔つけるためにパンチパーマでもあてようと思うんですけど、どう思います?」
「……」
手を動かしながらも無言にならないよう世間話を持ちかけるが、真斗が押し黙ってしまった。一番が真斗を見ると、鋭い目つきで睨まれていた。
「パンチパーマ、似合わないっすかね……?」
「お前の髪型なんてどうでもいい」
「若ぁ……」
「……新しいやつが入ってくるのが、そんなに嬉しいか?」
「えっ?」
「随分はしゃいでるじゃないか、先輩風吹かせるつもりなのか? まだ下っ端のくせに」
「いや、そんなつもりは」
「これで俺の世話係もせずに済むもんな」
「………えっ!?」
あまりにも驚いて馬鹿でかい声が出てしまい、真斗が眉を顰める。口をぽかんと開けた一番の顔が間抜けで普段なら鼻で笑ってやるところだが、今日はそんな気分ではない。
「お、俺、若のお付き、辞めさせられるんですか……?」
「はあ? こんなの下っ端の新人がやる仕事なんだろ」
一番は手に持っていたコントローラーを放り出して真斗ににじり寄る。怒っているのか悲しんでいるのかよくわからない表情の一番に真斗は一瞬たじろぐが、すぐに険しい顔つきに戻った。
「なんだよ」
「俺、若のお付き辞めたくないっす!」
「……ああ、他にできる仕事がないから、稼ぎがなくなって困るって?」
「そんなのどうでもいいっすよ!!! 俺は、若といるのが好きなんです!!!」
「………はあ?」
真斗は自分でも、お世辞にも性格が良いとは言えないと思っていたし、上司の息子の介護なんて面倒極まりないだろうと考えていた。
実際過去に来た連中は、ただ学校の送り迎えをするだけの人間だった。通学以外でわざわざやってくるのも、真斗が呼び出したのも、一番だけだった。
「お、俺、親っさんに頭下げてきます。若のお付き、辞めさせないでくださいって……あ、でも若が……俺だと不足って言うなら……いやそれでも! 俺の至らないところは直しますから……!」
「…………俺から親父に言っておく。せっかくいろいろ仕込んだのに、また新しいやつに一から教えるのは面倒だからな」
「わ、若ぁ〜!!!」
飼い犬が尻尾を振っているかのようなわかりやすい喜びっぷりに真斗は溜飲を下げた。
ファミコンの準備を整え、真斗に許可を得た一番はテレビをゲーム画面に変える。無事にドラクエが遊べる状態になった。
「できました! プレステはソフトを買ってからにしましょう。言えば買ってくれるらしいっすよ」
「考えておく」
「ドラクエの主人公の名前は自分で決めれるんすよ! マサトにしましょうね!」
「一番にしとけ、どうせお前が来た時しかやらない。それより」
真斗はゲーム機が入っていた紙袋の隣にある小さな箱に目をやった。
「それはなんだ?」
「あっ、忘れてた! えーっとですね……」
一番が目を泳がせ、しばらく黙ったあとに何かを覚悟したかのように大きく頷き、箱を開けた。そこには飾り気のないシンプルなショートケーキが入っていた。
「若がもうすぐ誕生日って聞いたんで、俺も何かプレゼントしたいと思いまして……若の口に合うか分かりませんが……」
「……ふーん。お前の誕生日はいつなんだ」
「え?」
「借りは作らないようにしてるからな」
「借りだなんて……」
「いいから、いつなんだ?」
「……一月、一日です」
「は? お前同い年って言ってたよな? 日にちも一緒なのか?」
「みたいっすね……」
自分と一緒なんて若は嫌がるだろうか、と一番は苦笑いしながら答える。真斗が黙ってしまったので、また機嫌が下降してしまったかと冷や冷やしながら様子を伺った。
「イチ、欲しいものを言え」
「え、いや別に何も……」
「なら……車の免許を取ると言ってたな? それに協力してやる」
「協力って、教えてくれるってことっすか? 若は免許持ってませんよね?」
「教えるのは免許の取り方じゃない、勉強のやり方だ。効率よく点数が取れるように育て上げてやる」
「べ、勉強にやり方なんてあるんすね……頼もしいっす! 免許取れたら最初に若を乗せますね!!」
「それは遠慮する」
きっぱり言う真斗に一番は、へへっと笑った。一緒に遊んで、一緒に食べて、一緒に出かける。これは間違いなく『友達』がやることだろう。これからの輝かしい日々を想像し、一番は期待に胸を膨らませた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.