ヒデライカ
2022-02-16 22:12:42
5477文字
Public 🧛SS
 

Dom/subドラロナ(続き)


 DomのドラルクとSubのロナルドがパートナーになって数週間が経った。甘やかしたい質のドラルクは今まで以上に気合いを入れて食事を作り、ロナルドの自宅でもある事務所を綺麗に保ち、構い倒していた。
 できるだけ一緒に過ごす時間を増やすために退治についていくこともあるが、ロナルドはドラルクにおかえりと言われるのが好きだと言っていたので、家で待って出迎えることもある。そういうときは食事が豪勢なことが多い。
 頭を撫でられるのが好きとも言っていたから、仕事を終えてはお疲れ様と頭を撫で、原稿を書き上げてはよく頑張ったねと頭を撫で。照れ隠しで払いのけるどころかドラルクを殺してしまうことも一回や二回ではなかったが、徐々に頻度は減っていく。
 ロナルドは言葉にしないが、甘えたい質なのだろう。
 天下の吸血鬼退治人ロナルド様とあろうものが、自宅で吸血鬼にでろでろに甘やかされているなんてプライドが許さない、とでも思っているのだ。
 そんな君の意図もちゃんと汲んであげるよ、とドラルクは思っている。いつか、殺される回数が限りなくゼロに近づいて、そして自分から甘えたいのだと擦り寄ってくるようになればいい。時間をかけて攻略するのは得意なのだから。
 自分とロナルド、DomとSubの関係は、非常に良好である。ドラルクはそう思っていた。
 だから、ドラルクは知らなかった。Subという性を急に開花されてしまったあの日からロナルドが、Sub用の薬を飲んでいない日はないということを。本当は苦しくてつらくて、昼間に眠るドラルクの棺桶に声をかけようかどうか迷ったまま一人で何時間も過ごした日があったことを。
 ドラルクは知らない。ロナルドが、ドラルクが思うよりずっとずっと、寂しがりで意地っ張りだということを。



 Sub用の薬は高い。DomもSubもそれほど多く存在せず、薬を飲む者が少ないからだ。診てくれる病院も限られている。
 たまたま退治した吸血鬼がDomで、たまたま威嚇されてしまって、それまでは自分がSubだと自覚できるようなことが何も起きていなかったロナルドにとってはまさに青天の霹靂だった。
 兄が薬を預かってくれていることは知っていた。兄に頼りたくない、弱いところを見せたくない、心配させたくない、そんな気持ちをすべて上回るほどにロナルドは怖がっていた。自分が自分じゃなくなるような感覚と、それを解消できるのは自分ではなく他者であることを。
 Domの吸血鬼に遭遇し、ドラルクとパートナーになった翌日にはもう兄であるヒヨシを訪ねた。
 やっぱり薬は持ち歩くことにするよとだけ言って、ヒヨシから薬を受け取る。本当はお金も払おうとしたのだが、それは断固拒否された。
 件のDomの吸血鬼のことはヒヨシも把握している。まだ昨日の影響が残っているのか、と聞こうとして口を閉ざした。もしもそうだとして、弟が正直に言うはずないと分かっていたからだ。
 困ったことがあったらちゃんと頼ってくれと言うヒヨシに、ロナルドは「大丈夫」とへらりと笑って見せ、その場を去った。
 薬が入った箱を持ったまま人気のない路地裏に行き、確認する。一回一錠、服用間隔は四時間以上空けて、一日三回まで。痛み止めのような文言を目に通しながら中を見ると、三十回分入っていた。
はあ、とロナルドはため息をつく。

「これがなくなったら病院にも行かなきゃいけないのか……

 自分がSubであることは、なるべく知られない方がいい。もしDomの吸血鬼に知られ、威嚇されて動けなくなってしまったら、退治人は続けられない。先日の吸血鬼はロナルドがSubだと知って威嚇したわけではなく、本当にたまたまだった。ロナルドもその場はなんとかやり過ごしたので、今も知られていない。
 吸血鬼だけじゃない、普通の人間の中にもDomは稀にだが存在する。それに、Subであることを依頼人に知られて不安にさせるわけにもいかない。
 もし病院に入るところを誰かに見られたら。考えただけでロナルドは胃が重くなるのを感じた。
 本来、パートナーと上手くいっているDomとSubは薬がなくても心を安定させたまま生きていける。ロナルドは生まれ持った性格と、Domにいきなり攻撃的な態度を取られてしまったことで、より不安定になりやすかった。その上、頼ることも弱みを見せることも良しとしない。パートナーである、ドラルクにでさえも。

……考えてもしょうがないよな」

 ロナルドは薬を一錠飲み込んだ。
 初めは毎朝一錠、しばらく後には夕方にも一錠、そして今は毎食後。どんどん中身が減っていく箱を見て胸がざわざわし、観念して病院にも行った。セキュリティがしっかりしているから、ここに誰が来ているかなんてまず分からないから大丈夫だと言われたが、いつどこで誰が見ているかなんてわかりはしない。
 職業柄通うのは難しいから薬を多めにもらえないかとお願いしたが、保険の都合上限度があると言われ、だったら自費でも、と詰め寄ったがダメだった。これ以上言うと、用法用量を守らずに飲むんじゃないかと疑われるかもしれない、と思ってひと箱だけもらって引き下がる。
 また様子を見せにきてくださいと言う医者に曖昧な笑みを返してから数日、兄からもらった方の薬は尽きていた。
 ドラルクはとても良くしてくれている。パートナーになる前からだが、毎日美味しい食事を用意してくれるし、褒めてくれるし、甘やかしてくれている。
 わかっている、わかっているのだ。だからこそロナルドは「もっと」と言えないのだ。
 こんなに尽くしてもらっているのに。こんなにしてくれているのに。なのに、足りないだなんてとても言えない。
 自分はこれほどまでにわがままで浅ましかったのか。欲深かったのか。
 夜の間に散々ドラルクと過ごしているのに、昼間に起きてほしいなんて。
 仕事をするという当たり前のことをしただけで褒めてくれるのに、もっと褒めてほしいだなんて。
 誰も出迎えることのなかった事務所でおかえりと微笑んでくれるのに、全然足りないだなんて。
 夕方、ロナルドはリビングのソファに横たわっていた。今夜はドラルクと共にギルドに行き、依頼を待つ予定だ。だから昼のうちに寝ておきたかったのに、まったく寝られなかった。
もうすぐ日が落ちる。頭の中でずっと誰かが責めてくる。うるさい、と大声を出してしまいそうになるのを堪える。
 起き上がる。隣の棺桶の中ではジョンと共にドラルクが眠っている。薬を飲む。
 気持ち悪くて、惨めで、愚かで、どうしようもなく叫びだしたくなって、だけど悪いのは自分だから、薬を飲む。最初のうちはそれで少し落ち着いた。だけど今はもうダメで、喉がぎゅっと詰まって、退治の仕事中にも不意に思考がぶれるときがあって、何も考えたくなくて、足手まといになりたくなくて、強くありたくて、現実は違って、薬を飲む。
 ぼろぼろと涙が出てくる。こんなことにお金を使いたくないのに。
 どうしてこうなってしまったんだろう。Subとして生まれたから? 退治した吸血鬼がDomだったから?
 違う、自分が弱いからだ。ダメだからだ。薬を飲めば治まるはずなのに、ドラルクがDomとして甘やかしてくれるのに、なのに全然自分をコントロールできないからだ。
 薬を飲む。
 薬を飲む。
 薬を

「ロナルド君……?」

 急に名を呼ばれてロナルドは薬を落とした。いつの間にか起きたドラルクがこちらを見ている。
 ばれた、薬を飲んでいること、知られたくなかったのに。

……泣いてるの? それ、Subの薬だよね。どうして?」

 ドラルクの言葉からは感情が読めない。どうして、と聞かれているから答えなければと思うのだが、何を聞かれているのか分からずロナルドは閉口した。
 棺桶から出てきたドラルクが立ったままロナルドを見下ろす。ロナルドは顔を上げることができず、握りしめた薬の外箱がぐしゃりとひしゃげた。

「どうして薬を飲んでるの」
「あ……
「薬、ずっと飲んでなかったんでしょ。私とパートナーになったのに、なんで飲んでるの」

 薬を飲む理由を聞かれている。落ち着かないから、不安だから、俺がダメだから。様々な言葉が脳裏に浮かぶが、上手く言葉にできず、呼吸音だけが漏れた。
 薬無しでは自分をコントロールすることもできないダメなSubだと思われるんじゃないか、ドラルクに見限られるんじゃないか、そんな思いも心に渦巻き始める。

「どうして何も言わないの。私には言えない?」

 少し、怒気が含まれているように感じる。胸がざわざわする。ドラルクが怒っている。指先がどんどん冷えていく。

「答えてよ」
「あ、の……飲まないと、なんか、俺、変で」
「私に言えばいいんじゃないの」
「ど、らるくには、言えない」

 失望されたくないから、とまでは声に出せなかった。呆れられると思ったからだ。今のロナルドは何よりも、ドラルクに捨てられるのが怖い。

……は?」

 温度の低い声に、ロナルドは固まる。

「何それ。私には言えない? パートナーなのに? パートナーになってくれるってロナルド君言ったよね。Subの困りごとはDomのパートナーに相談するのが筋なんじゃないの。それを私に黙って薬を飲んでた? そんなに私は頼りない? 信用できない? 天下のロナルド様はすぐ死ぬクソ雑魚吸血鬼ごときには頼りませんって?」
「ち、ちが……
「違わないでしょ。ロナルド君が喜ぶだろうと思っていろいろやってたけど……とんだ見当違いだったみたいだな。ロナルド君はパートナーになってから私に何かをねだったこと、一度もないものね。初めてのスペースが気持ち良すぎて、パートナーになることをつい了承しちゃっただけ? Domに出会うチャンスなんて早々ないからね」
………
……私たちは上手くやってるなんて思ってた私が馬鹿だったよ。今からでもパートナーは解消……
「ヌーッ!!」

 ドン、と背中に大きい衝撃を受けてドラルクは死んだ。棺桶から飛び出したジョンが、そのまま砂の上を転がりまわる。もとに戻ろうにも、死を繰り返している状態だ。
 ジョンはパニックを起こして転がりまわることはよくあるが、これはきちんと自分の意思でやったことだ。パートナー関係の二人に口を出すまいと寝たふりを決め込んでいたが、これ以上は絶対にご主人が後悔すると分かっていたから。
 ドラルクも、自分でも気付いていないうちにDomとして欲求不満になっていた。一方的に与えるばかりでいたからだ。ロナルドが、どうでもいい要求は簡単にするくせに本当に求めていることはなかなか言えないことは知っていたし、素直にお礼を言えなくても本当は感謝されているということも理解していたから、与えるだけでも満足できていると思っていた。
 しかし、ドラルクも初めてSubのパートナーを持った身。さらに、ロナルドがドラルクを殺す回数が減り、すなわちデスリセット回数が減ったことで、Domとしての欲求も募りやすくなっていた。
 ようやく形を取り戻したドラルクは冷静さを欠いていたことを自覚し、大きく深呼吸した。一方的ではいけない。もっと話し合うべきなのだ。

「ロナルドく……

 砂から戻ったばかりのドラルクは床に座り込んでいて、ソファーに腰掛けているロナルドを見上げる形になった。そこで初めてロナルドの表情を見て、言葉を失う。
 見開かれた目は忙しなく右に左に動き、涙が次から次へ零れ、小さく開いた口からはハッ、ハッ、と短い呼吸。
 ヒュ、とドラルクは息をのむ。ロナルドは薬を飲んでいた。つまり、心が不安定だったということ。そんな彼に、自分はどんな言葉を浴びせた?

「ロナルド君!」
「ご、ごめん、なさ……
「ロナルド君、謝るのは私の方だ。君の気持ちも聞かずに、ひどいことを言った。すまない」
「おれ、が、ダメなんだ、おれが、ダメだから、ダメなSubだから」
「ロナルド君、ダメなんかじゃない。ごめんね、落ち着いて……
「ドラルクはいっぱい甘やかしてくれてるのに、たくさん与えてくれるのに、おれはなにもできないのに、それなのに、もっと、って、なんで、こんなにもらってるのに、どうして」
「つい最近Subを自覚したばっかりなんだから仕方ないさ。気付いてあげられなくて申し訳ないことをした」

 ロナルドの耳にドラルクの声は届いていないようだった。通りすがりのDom吸血鬼ならともかく、パートナーである自分がここまで追い込んでしまったことに後悔の念が押し寄せる。
しかしそんな場合ではない。とにかくロナルドをなんとかしなければ。ドラルクは、以前やったように自分のマントをロナルドにかけた。

「ロナルド君は何も悪くないよ。大丈夫だから」
「どうして、こんな、いやだ、きもちわるい、いっぱい、なのに、おれなんか、なんで、こわい、すてられる、いらない」

 段々言葉の羅列が意味を成さなくなっていく。薬はもう飲んでいるのに。救急車を呼ぶ? それともヒヨシに連絡?
 ドラルクが考えを巡らせている間に、ロナルドの手が自身の首に伸びる。息が苦しいのかと思ったが、その手は首を絞め始める。

「ロナルド君!!!」
「しんじゃえばいいのに」

 ロナルドは意識を失った。