ヒデライカ
2024-07-11 00:58:31
2645文字
Public ⚖️SS
 

東八

付き合ってないけどすぐいい感じになりそうな東八

 八神はその日もシャルルでガチャガチャを回していた。一応何度か後ろに子供が並んだりしていないか確認したりもしたが、本日十個目のカプセルの中身を見終わってもその場にいるのは八神だけだった。
 そして目当てのマグロはまた出なかった。シークレットでさえもう事務所に二個飾られているのに、マグロだけが出ない。
 一回が三百円、今日だけで三千円。酒が何杯か飲めるし煙草が何十本か吸える金額だ。今月分の家賃と海藤の給料は渡したが、またいつ仕事が途切れるか分からない不安定な職業。しかし、もし次に回した誰かの手にマグロが渡ったら……

「おい」

 思考の海に沈んでいた八神に男の声がかかる。通行の邪魔だっただろうかと謝るためにそちらへ目をやると、そこにいたのは東だった。
 八神はまあまあの頻度でシャルルに訪れていたが、東には会ったり会わなかったりだったので少し久しぶりに感じる。

「どんだけやってんだよ、そのカプセルの山は全部お前のか?」
「まだ十回しかやってないよ、今日は」
「しか、って回数じゃねぇだろ」
「いいじゃん、自分で稼いだ金で親の許可を得る必要もなく回せるガチャガチャ楽しいよ? 出すまで回せば実質排出率百パーセントですぞって九十九も言ってた」

 財布を開こうとする八神の手を東が掴む。やればやるだけシャルルにとっては収入になるのだから止める必要ないのに、と八神は思う。兄貴と慕う海藤の給料が未払いになるのを防ぎたいのだろうか。

「缶コーヒー奢ってやるから、こっち来い」
……もしかしてガチャガチャずっと回してる人がいて怖いとかクレーム入ってる?」
「ヤクザが店員のゲーセンに今更そんな文句言うやついねぇよ」

 店内にはいつもの店員が一人いるだけだった。平日の昼間だから普段ここで遊んでいるような子供たちは小学校にいるのだろう。
 カウンターの店員に会釈して、東に続いて奥の部屋に入る。東は八神に缶コーヒーを手渡すとソファに座り、煙草に火をつけた。

「本当に奢ってくれるんだ。もしかして仕事の依頼? 雑用?」
「んなもんねぇよ」

 東が吐き出した煙を眺めながら缶コーヒーを開け、一口飲む。八神が東と話す時はだいたい海藤もいて、二人きりになるのは珍しいなと思い当たる。
 東は八神を嫌っていて、用もないのに話したくないだろうと八神は考えていたのだが。

「東さ、海藤さんからなんか聞いた?」
「なんかって?」
「俺の昔の話とか」
……まあ」
「別に聞かれたくないわけじゃないから。反応に困るだろうし言う必要もなかったから言ってなかっただけで」

 バツの悪そうな顔をする東をフォローするように八神は言う。なんでカタギのお前が、と松金組の連中に散々言われてきたが、「親が殺されたからここで面倒見てもらってる」と言ったところで納得してもらえるとは思えない。
 東は優しいから、納得まではいかずとも厄病神扱いはしなかったかもしれないが。
 八神はまたコーヒーを一口飲み、少し迷ってから口を開く。

「今でも思うんだよ。あの日、俺が家にいたら親父もお袋も死なずに済んだんじゃないかって。そしたら俺は松金組の世話になることもなくて、あんなに疎まれることもなかったのかなって。それで、回り回って絵美ちゃんも……
「お前がどこで何してても羽村のカシラはモグラと繋がってんだ。救った命の方が多いだろ。だいたい、お前がいくら腕に覚えがあったって、大人二人殺してテメェも死ぬなんてやつ相手にして十五のガキが無事でいられたとは、俺には思えねぇよ」
「そうかな」
「そうだろ」

 八神の缶を持つ手が、指先から少しずつ冷えていく。むせかえる血の匂いを今でも思い出すのに、最後に交わした言葉は覚えていない。

「お袋たちに、恨まれてるかな」
「それはないだろ」

 被せるように否定されて、八神は東を凝視した。眉間に皺を寄せた東が灰皿に煙草を押し付け、強い視線を八神に向ける。

「お前の親がどんな人間か俺は知らねぇけど、無事で良かったと思ってるだろ。家にいなくて良かったと、犯人がいる間は帰ってくるなと思ってたはずだ」
……
「少なくとも俺は、八神が生きてて良かったと思ってる」

 目を見開いた八神は何か言おうと口を動かし、しかし言葉は出なかった。両親を殺され、死に物狂いで手に入れた弁護士の立場を失って、親父と慕う人を殺されて。
 東の言うように厄病神なのかもしれないと考えたこともある。確かに救えたものもあったかもしれないが、手から溢れていくものが多すぎて。
 ずっと心の隅でもやもやと居座っていた思いがあったのだ。あの時、死んだのが自分だったならば。だけど。

「俺、生きてて良かったのか」
「当たり前だろ」
……当たり前、か。そっか」

 東の言葉が胸にじわりと広がって、なんでそんな当たり前のことを今まで疑問に思っていたのかと不思議な気持ちになる。
 別に死のうと考えていたわけではないが、心が晴れた。

「八神、ガチャをコンプリートしたらもうここには来ないか?」
「えっ? あー、どうだろ。考えてなかったな」

 急な問いに八神は首を傾げる。言われてみればシャルルにはガチャガチャをしにくるばかりで、中の筐体では遊んだことがなかった。となると、新しいシリーズが入るまでは用がなくなるということになるだろうか。
 東がスーツのポケットから何か取り出し、八神に差し出す。それは八神がずっと狙っているマグロだった。
 話の流れからして、これをやるからもうここには来るな、という取り引きだろうか。それは少し、寂しい気がする。

「特に用がなくてもここに来るってんなら、これはお前にやる」
……え?」
「探偵だろ? 察しろ」

 ガチャガチャを回すでも、ゲームをするでもなくここに来る。それはつまり。

「東に会いに、ってこと?」

 東は肯定しなかったが否定もしない。依然マグロは八神に向かって差し出されたままだ。
 八神は手を伸ばし、それを受け取った。

「東も事務所に遊びにこいよ、海藤さんも喜ぶし」
「そこは『俺に会いにこい』って言え」
「東も言わなかったくせに」

 これで念願のデコレオーシャンシリーズが揃った。事務所のスピーカーの上は大賑わいだ。
 手のひらのマグロを見つめて微笑む八神を見て、東もこっそり笑った。傷付いた八神少年の心を、今からでも癒せたらいい。