けーだい
2024-07-10 01:13:50
1858文字
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甘味

初出24/6/2 甘い話を書けというので

懐かしい香りがしてゼルダはペンを止めた。紙面から顔を上げて身を乗り出し、机越しに階下を覗き込んだが下の様子は良く見えない。
リンクが何かを作っている音は聞こえていたものの、ゼルダはてっきり夕食の準備だと思っていたのだ。しかしこの香りからしてどうやら違うらしい。今まで彼がそういったものを作っているところは見たことがなく、そもそも材料がある事さえ彼女は知らなかった。
どうして、と思いながらペンを置き一階へと降りる。袋やボウルの犇めく食卓の上で焼き上がった生地にクリームを塗っているリンクが、ゼルダに気付いて笑った。
「ああ……ちょっと待ってて。もうできるから」
そう言ったリンクは脇に置いたボウルから薄くスライスされたイチゴやリンゴをクリームの上にたっぷりと並べ、その上からもう一度クリームをかけていく。
作業を続けるリンクの向かいの椅子に腰かけ、その存外慣れた手つきを眺めながらゼルダは首を傾げた。
「急にどうしたんですか?」
「んー……
更に重ねた生地の上でクリームを均しながら、リンクは考えるような顔をする。それでも迷いのない手は止まることなく作業を続け、フルーツを飾り付けていく。
端の切れた袋に手を伸ばし、中にクリームを入れるとようやく彼は口を開いた。
「やりたいことがあったから、かな」
中心を彩るフルーツを絞り出したクリームですっかり囲い切ると彼は満足そうに頷く。会心の出来だったらしいそれは、ゼルダの記憶の中のフルーツケーキそのままだった。
「やりたいこと?」
「そう」
ゼルダの質問にもリンクは微笑むだけだった。食卓の上を片付け、水の入った鍋を火にかけると代わりに持ってきた包丁でできたばかりのケーキを六つに等分していく。
「ちょっと大きいかな」
棚から出した皿にケーキをひと切れサーブすると、フォークを添えてゼルダの前に差し出した。ゼルダが伺うようにリンクを見つめるのをどう思ったのか、彼は「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」と訊いてくる。
「では……紅茶を」
一つ頷くと今度はポットと茶葉を持ってくる。ゼルダの気に入りの茶葉は蓋を開けただけで香り立ち、ケーキの甘い匂いと混ざっていった。
まるで百年前の研究室にいるようだ、とゼルダは思う。城にいた頃も研究に行き詰まると紅茶と共にこのケーキを食べていた。甘味によってすっきりと冴えた頭で研究に戻ると捗ったものだった。
「食べてみて」
湯が沸くのを待ちきれないようにリンクが勧める。戸惑いを残しながらゼルダはフォークを手に取ると、フルーツの間を縫うようにクリームへと差し込んだ。指先に帰ってくる生地の感触はふわふわとして、よくできている、とゼルダは感心する。掬い取った分を口に収めれば、蕩けるように彼女は笑みをこぼした。
「おいしい……
じっくりと味わってからやっと感想を漏らしたゼルダの様子を、リンクはしばし嬉しそうに見つめた。そのまま二口目へと進むゼルダを眺めながら湧いた湯をポットに注ぐ。
「よかった。……城でこのレシピを見つけた時から、絶対作ろうって決めてたんだ」
しばし蒸らした紅茶をカップに注ぎ、ゼルダの皿の横に置いたリンクはそう言った。けれど彼の手つきは初めて作ったそれではない。どういうことかと視線で問うゼルダに、立ったままのリンクはテーブルに手をついて、切り分けたホールの内の一つにフォークを刺す。
「好きなんでしょ? このケーキ」
ゼルダのそれと比べると随分大きな一口が消えていく。納得するように頷くリンクのその動きを見守って、ようやくゼルダは言われたことの意味を飲み込んだ。
「私の好物だから……ですか?」
「そうだよ」
自分のカップにも紅茶を注ぎ入れ、口元へと運ぶリンクの唇が妙に目について、ゼルダは思わず視線が泳いだ。そんなゼルダの様子に気付いていながら、リンクは構わずテーブル越しに手を伸ばす。
「好きな人の喜ぶ顔が見たいって、それだけ」
その指先は、ゼルダの頬を一度撫でるとすぐに離れた。遠ざかる感触に名残惜しさを覚えて更に動揺しながら、ゼルダは彷徨う視線をリンクへと向ける。
「好……き?」
言われた言葉をそのまま繰り返そうとして、けれどあまりの衝撃につっかえた。ゼルダの顔に熱が集中していく。真っ赤に熟れてイチゴのようになったその顔を、リンクは愛おしそうに見つめている。
「うん。……好きだよ。ゼルダ」
青い瞳が嬉しそうに蕩ける。その視線の甘さにようやく気付いたゼルダは、しばし呼吸を忘れて見入っていた。