けーだい
2024-07-10 01:05:55
2822文字
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Fool day

初出24/4/1 エイプリルフール

教師というのは子供達に物を教えるのが仕事だ。けれど、先生として子供達と接している自分の方が、彼らから教わる事も多いのだと、こうなってみてはじめて実感した。
これも、その子供達に教わった事の一つだ。厄災後の世界を逞しく生き延びた人々は、この百年の間に様々な行事を生み出していたらしい。
日々の生活の中にある「少し特別な楽しみ」として受け継がれてきたらしいそれらは、長く人の世から離れていた私にとってはどれも新鮮で興味深く、そしてなにより、面白かった。それも、私と同じく百年を人と離れて過ごした彼と、その新鮮さを共有する楽しさがあったからだと思う。
「リンクは知っていますか?」
そう問いかけると、彼はパプリカを切っていた手を止めて、私へと視線を寄越した。どうぞそのままでと手を差し出すと再び調理へと戻っていく。けれど彼の意識が私に向いているのが、よくわかった。その横顔に再び声をかける。
「明日は嘘を吐いていい日、らしいですよ」
「嘘?」
いつもであれば私の目を見て首を傾げていただろう彼が、ナイフを持ったまま聞き返した。思った通り、この行事のことは知らないようだ。
「午前中に嘘を吐いて、午後にネタばらしをする。そしてお互いを許し合って一日を終える。……どうやら旅をするハイリア人達から広まった行事のようですが、素敵じゃないですか?」
旅人達が広めた、ということは恐らく彼らは色んな場所で嘘を吐き、そして許されてきたのだろう。そんな関係を各地で築いてきた彼等がいたからこそ、今もハイラルは細々と、けれど確かに繋がっている。
そして目の前の彼もまた、ハイラルの旅人だった。各地を旅して色々な人と繋がりを持った彼は、私を今のハイラルと繋いでくれてもいる。
「人と繋がる為の嘘、というのが、旅人達の繋いだ今のハイラルにはある。なんだか不思議です」
私の取り留めのない話をずっと聞いていた彼が振り返る。切り終わった材料達は魚介や米と一緒に鍋へ放り込まれていた。今日の晩餐は海鮮パエリアのようだ。
「それ、今日俺に話して良かったの?」
蓋をした鍋を火にかけた彼は、不思議そうな顔をしていた。いまいち私の意図が呑み込めていない彼のそういう表情は、滅多に見られるものではない。まじまじ見つめていると、彼はすこし居心地悪そうにしながら続けた。
「嘘を吐くなら、言わない方が良かったんじゃない?」
確かに、彼をからかい、そして許される為にそうするのなら言わない方が良いのだろう。けれど私の思うところは、そうではなかった。
「貴方の吐く嘘にも興味があったんですよ」
「俺の?」
軽く見開かれた青い瞳に、思わず笑みが溢れる。そんな私に彼はうぅんと唸ると、
「あんまり期待しないでくださいね」
と笑った。



「リンクの様子がおかしい?」
怪訝そうな顔をするプルアに大きく頷いて見せると、彼女はふぅんと興味のあまりなさそうな声を出して、お茶を一口啜った。
「あんまり変わらないように見えるケド」
プルアはそう言うものの、私には全くそう感じられず視線を落とす。そんな私に彼女はひとつ息を吐いて、すこし微笑みながら口を開いた。
「どう違うと思うの?」
「今日は全然喋らないんです」
思えば朝起きた時からそうだった。挨拶くらいはしたような気もするが、いつもであれば私の話にもっと返してくれるはずの言葉が、今日は全く返ってこない。
昼食を作ってくるとだけ言って部屋から出ていった彼の背中を思い返し、俯く。今よりずっと口数の少なかった百年前でさえもう少し話をしてくれたのに、という気持ちが責め立てるように湧いて、その事もまた嫌だった。
「そうカナ~。いつも通りじゃない?」
プルアは未だ疑っているようだった。それでも一応聞いてくれる気はあるらしく、「心当たりはないの?」と訊いてくる。けれどそう言われても、彼が心を閉ざすようなきっかけに思い当たるようなものはなかった。
その事もまた更にショックだった、とまでは言わずに答えれば、彼女は考えるような顔をしてから口を開いた。
「昨日はどうだったの?」
「普通でした。馬宿に着くまでは移動でしたし、あまり会話はありませんでしたが、その後はご飯の支度をしながら今日の予定や学校の子供達のことや、フールデーのことを話していたくらいで、特に変わったことは……
「フールデーかぁ」
プルアは何かを閃いたような顔をして、にやりと笑った。
「わかったんですか?」
わかったのなら教えて欲しいのだけれど、彼女はにまにまと笑ったまま私を見るばかりで、何も言ってくれなかった。



リンクの作った昼食を摂ってからというもの、彼は普段通り口数が増えて私は更に混乱した。とはいえプルアの前でそれを指摘すれば、また昼間見せた面白がるような顔をするのは目に見えている。
プルアは「フールデー」、嘘を吐いていい日に反応していた。だからおそらくそれに関して心当たりがあるのだろう。けれどそれと彼が黙りを決め込む事がどう繋がるのか、よくわからない。
そういえば、楽しみにしていた彼の嘘を聞くこともなかった。そのことに気付いたのは、だいぶ日も暮れかけた頃だった。
監視砦の部屋まで私を送り届けた彼は、隣に割り当てられた自分の部屋へと下がろうとする。それを引き止めて、ようやく彼に今日一日の疑問を投げかけた。
「今日はどうしたんですか?」
「え?」
群青の瞳が丸くなるのを見つめながら、いつもよりずっと口数が少なかったことを指摘すると、彼は困ったように笑って、そしてベッドに腰かけた私の目の前までやってきた。跪いて見上げてくるその瞳は、どこか恥じらうような色をしている。
「笑わないで聞いてくれますか?」
一体何を笑うのだろうと思いながら頷く。彼は一度視線をさまよわせた後、伏し目がちに、けれど覚悟を決めるように口を開いた。
「昨日、俺の嘘に興味があるって言われてから、ずっと考えてたんだ。でも」
再び彼と目が合う。その眼差しが思った以上に真剣で、目が離せなかった。
「俺、やっぱり貴女に嘘は吐けない。嘘かもって思わせたくもない」
それは、予想外の言葉だった。リンクが嘘を吐いているところを見たことはある。出先で会った顔見知りの旅人や商人などには冗談めかして嘘を吐くことがままあった。けれど確かに、彼は一度も私に対して嘘を吐いたことはなかった。少なくとも、私にわかるような嘘は。
だから興味があったのだ。彼が私にどんな嘘を吐くのか知りたかった。
それを、まさかこんな風に返されるとは、思ってもみなかった。
「だから、疑われたくなくて、あんまり喋れなかった。……ごめんね?」
上目遣いに私を覗き込む彼のすこし甘えたような顔に、体温がぐんと上がっていく。
真っ赤になっているであろう私の頬に触れた彼は、申し訳なさそうに微笑んで、額にキスを落としたのだった。