その顔は、酷く青白かった。長く泉に浸かりすぎたのだろう。上がって直ぐに着替えをし、熾しておいた火の横で毛布に包まっているというのに、ゼルダの身体は微かに震え続けていた。
本来なら、直ぐにでも彼女を暖める術を講じるべきであった。しかし今、リンクの意識はそれ以上に、ゼルダの顔に釘付けになっている。彼女の傍らに跪き、微動だにすることもできず、ただ見詰める。その視線の先で、死人のような顔が何かに押し潰されそうな表情を浮かべていた。
「手を、握ってくださいませんか」
吐く息まで凍るような様子で、翠の瞳がリンクの青い双眸を怖々見上げていた。毛布から差し出された手を確りと握る。案の定、芯まで冷え切った手だった。
だというのに、その手の感触に彼女の表情は和らいで、
(ああ……)
リンクの胸を押し潰すのだ。
*
きっとまた、あの表情をしている。そう理解したリンクは、ゼルダに習うように視線を床へと落とした。
耳に入るのは有象無象の、好き勝手宣う、自分本位な言葉だった。それが今も、ゼルダを押し潰そうとしている。廊下の先、曲がったすぐのところに、彼女を貶め優越と安心を貪っている人間がいた。
立ち止まったままの彼女が、固く手を握り締める。何かを堪える時のその癖が、必死の抵抗を見せている。それを認めた瞬間、後ろに控えるだけの鈍が、一歩を踏み越えた。
剣を握るための指先が、そっとゼルダの拳に触れる。ロイヤルブルーの肩が僅かに跳ね、けれどそれきり動かなかった。拒絶の色が無いのを確認したリンクの掌が、固く握られた拳を包み込む。
しばしそのままでいると、やがて彼女が躊躇うように掌を開いた。そうしておずおずと重ねてくるそれを、確かめるように握り返す。
白い指先は、まだ、冷たい。
*
ノッケ川に沿う街道を双子山から少し西に行くと、小高い丘がある。その麓に建てたばかりの碑の前で、ふたりは並んでいた。詰めていた息を押し出すようなゼルダの呼吸を聴きながら、リンクは彼女から預かっていた花をそっと碑に手向ける。
祈りを捧げるべくゼルダが膝を付いた。胸の前で指を組み祈り始めるゼルダを見守ってから、その隣で同じように跪く。軽く俯き、瞼を閉じて想うのは、ゼルダの手を握り締めて走った時の事だ。
リンクはあの日のことを最初から最期まで全て想い出した訳ではない。けれど、逃げる道中で助けられなかった、見捨てるしかなかった人がいたことは、よく理解していた。雨と泥の匂いに紛れるように、けれど確かにそこにあった、血と煙と、肉の焼けるにおいを覚えている。
あれは、夥しい数の死のにおいだ。あのにおいの先には確かに無辜の民達がいたのだと、リンクは知っている。その死を想い、けれど想うことしかできないままに、リンクは顔を上げた。
ゼルダは祈りを捧げ続けている。組んだ指の、その爪の白さにリンクは眉根を寄せた。けれど彼女の祈りを邪魔しないよう、じっと耐えるように待つ。
やがて、瞼を開いた彼女が、やっと言葉を零した。
「今でも、思うんです。もっと早くに目覚めていたら、と」
やっぱり、とリンクは思った。本来ならば、人の死に関することなど、騎士であったリンクの領分のはずだ。だというのに、彼女は自らその重い荷を背負おうとしている。
それは彼女が巫女であり、姫でもあったことの証だった。だからこそ、リンクには立ち入ることができない。
苦々しく思いながら、立ち上がるゼルダを見上げた。祈りの形を解いた彼女の手が、再び固く握り締められている。
その手を見た瞬間、リンクは半ば反射のようにその手を取っていた。ゼルダを追って立ち、握り締めた指先を親指で解すように撫でる。そうして開いた掌に掌を重ねた。
ぎょっとしたゼルダが振り返る。驚きに見開かれた翠がじっとリンクを見つめても、彼はその手を離さなかった。
後悔を、責任を、背負うことを止められないのなら、せめて自分にも背負わせて欲しい。そう願ってリンクは手を握り締める。
ゼルダの翠がほのかに和らいで、薄く笑みを浮かべた。
「貴方は――本当に、変わらないですね」
その言葉に、リンクは心当たりがなかった。けれど繋いだ掌の感触に懐かしさを覚えて、微笑みを見つめる。
握り返す彼女の手は、暖かかった。
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