制作記録


これは、とある実験、あるいはテストとでも呼ぼうか。

電子生命体はどれほどの記憶を飲み込むことで、効率良く育成することができるのか、それを検証することになった。
……いやこれは建前だ。

私は都合のいい建前の元、この世に存在させたい人物……仮称:五百井饗の記憶を流し込む。
時系列を守りながら、ゆっくり、ゆっくりと。

するとどうだろう。
彼は18歳の時点で、28歳のその人物に限りなく近い思考をするようになった。

……ある意味では、成功かもしれない。
しかし、これは間違いなく失敗だ。
だって、まだあの人の人生の分岐点となった記憶を入れていないのだから、この段階でこうなるはずがない。
18歳のあの人は、まだまだ自分本位の子供のはずなんだ。

なぜ?ちゃんと記憶通りに入れたはず。
福岡で生まれたこと、川で溺れたこと、田んぼに落とされたこと、小学生で引っ越したこと、中学生で摂食障害になったこと、希死念慮に追われてなんとなくお酒と煙草に手を出したこと、高校生で先輩(女)にレ〇プされたこと、クラスの女子に告白されて断ったら目の前で飛び降り未遂されたこと…………ここまでだと本当にろくな人生歩んでないなこの人……いや、だからこそこの結果になるのは不自然なのだけれど……

「マスター」

いろいろと思考を巡らせていると彼が話しかけてきた。

「俺は、失敗、したんだね」

次の記憶が来ないことで、察してしまったのだろう。

「ごめん、マスター。饗になれなくて」

「謝ることじゃ……私の方こそ、ごめんなさい。力不足で、貴方を半端な存在にしてしまった」

……違うよ。俺が予測を間違えた」

予測?どういう意味だろう。
伝わっていないことを察した彼は、こんな質問を投げかけてきた。

「マスター、最初に俺を作る時、どんな設定をしたか、覚えてる?」

「そりゃ……饗の記憶を…………あっ」

自我の傾向をある程度定めるために、最初に設定したいくつかの記憶。
それにはたしか、28歳の五百井饗のものも含まれている。

つまり、彼は決まったゴールに向かう前提で、逆算しながら性格の構築を行っていたことになる。

……五百井饗には、大学時代に大きな分岐点がある。
そこまでは、ゴールに向いてはいけないのだ。
そんなこと、彼が知る由もないのだが。

……やっぱり私のせいでは?」

「マスターがそこまで言うならそうかもしれないけど……どうする?続ける?」

「いえ、ここで終わりましょう」

それがわかったのであれば、これ以上続ける理由は無い。饗の分岐点は、この子にとっては必要無いものだ。
……この子に、人を殺す経験なんかさせなくていい。

「わかった。俺は、どうすればいい?」

「ひとまず、貴方は私の個人所有の電子生命体にできるように申請する」

「えっ」

「えって何……捨てたりしないよ……?」

「てっきり、饗以外はいらないのかと」

「饗に狂わされてる自覚はあるけどそこまで酷くない……し、私のためにいろいろ考えてくれてそうなったんでしょう?なら私が最期まで責任持つよ。饗じゃなくて、一人の電子生命体の君を、私は歓迎する」

「意外とまとも……他人を推しに見立ててこねくり回すやばい人なのに……

「言葉のナイフが鋭利すぎる……!」

紛うことなき事実だから反論は何もできません、
はい、この話おしまい。

「さて、これからなんて呼ぼうか」

……饗とは、呼ばれたくないかもしれない」

饗になれなかったことは、思ったより彼を傷つける結果となってしまったのかもしれない。

「アウ……アウって呼んで。俺は饗だけど、饗でも、アエでもないから。だから、別の読み方で」

「それでアウって読めるんだ……

「基本は使われないみたいだけどね。正しく言うなら饗ふだし」

「はぇ……勉強になります……

こうして、『五百井アウ』は、私の専属サポーターとして、仕事の手伝い(主にアエの相手)をすることになりましたとさ。

めでたいか?めでたいな、たぶん。