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compound_dashi
2022-12-25 22:52:47
4152文字
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星が降る夜
「#極光異聞_AUDIENCE」参加 現パロ典ソハ ガチ恋ドルオタ典×アイドルのソ アイドルに関する描写はすべてファンタジーです
本になりました→
https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031055470/
只人の手の届かぬ所にいる美しい星。人々を平等に照らし、一方的な無数の愛にも動じないもの。
妙に飾った言い方になってしまったが、アイドルとはそういうものだと思っている。
誰かの元に落ちてくるのは、きちんと大人になってから。何があっても誰の隣にいても推され続けるような下地ができてから、というのが最低条件のはずだ。
そういうものだと思っていたのに。
「
……
何故
……
?」
耳に入った単語が全く理解できなかった。震えた、本当に小さな声で告げられたそれが。そんな言葉が俺にかけられるなんて俺の人生で起こる出来事とは思えなかったし、何より相手が問題だった。
毎日のように見ていて、しかしこんな近距離にいるはずがない人。手の届く所になど来るはずがなかった人。
世界で一番愛しているアイドルの葵ソハヤが──俺に告白したなんて。理解できるはずもなかった。
幼馴染だったとかバイト先が一緒だったとかそういう伏線めいたものは一切なく、本当にアイドルとオタクというだけの関係性しかなかった。俺から一方的に感情をぶつけている状態を関係性と呼んでいいかは甚だ疑問だが。
そもそもの始まりは大学に入ったばかりの頃。同期に写真を見せられたのがきっかけだ。デビューしたばかりなのだと随分熱心に勧められた記憶がある。その同期──源清麿はどうも自分の最推しを布教する気でいたようだが、その目論見は半分成功半分失敗だったと言える。まんまと箱で推すことになったものの、最推しは違うメンバーに落ち着いた。それが葵ソハヤ。少し高めのすっきりとした歌声にキレのいいダンス、場をしっかり纏めるトーク、普段は爽やかなのに憂いを滲ませた途端ぞっとするほど美しさが増すビジュアル。他にも言い表しきれないほどたくさん。
あっという間にのめり込みはしたが、一応は一般的な推し方をしていたと思う。それが崩れたのは初めて握手会に行った時のこと。初めてゼロ距離でソハヤと接した時だった。
「い
……
いつも、応援してます」
順番待ちを経て初めて生で目にしたソハヤはアー写の五百倍くらい格好良かった。きゅっと目尻が上がった形のいい目。加工もないのに白くて滑らかな肌。きらきらと透き通るような輝きを散らす蜂蜜色の髪。あまりに美しくて緊張が頂点に達し、声もか細く小さくなってしまう。情けないが、推しを前にすれば人間なんてものは無力でしかない。こうなるのは仕方ないのだ。
「敬語とかいいって! あんまり肩肘張らなくていい所なんだからさ」
「あ
……
」
軽やかな声で緊張が解けていくのを感じた。息を吐いて、あまり時間がないのに気付く。慌てて手汗を拭い手を差し出すと、ソハヤの手に柔らかく握られた。
(触、ってる、俺の手に、笑顔で)
ソハヤの手は皮膚が薄くしなやかで、それでいてきちんと骨の感触も伝わる。指もすらっとして綺麗だ。しかも全く手汗などかいていないのにほくほくと暖かくて心地いい。永遠に触っていたい。
衝撃で頭が爆発しそうだったが、なんとか堪えて応援の言葉を口にした。伝えられなければ来た意味が半減してしまう。
「
……
ありがとう。その
……
頑張って欲しい」
聞こえたかも定かでない言葉だったが、ソハヤはにっこり笑って受け取ってくれた。
「こっちこそ! ありがとな、ちゃんと頑張るからまた来てくれると嬉しい!」
「!」
心臓がどくん、と跳ねたその瞬間に握手時間は終わり、俺はあっという間に剥がされた。そうして離れた後も胸の内は暖かくて自然と口元が緩んでしまう。頭がふわふわして何も考えられそうになかった。
「大典太、嬉しそうだね。
……
大典太?」
合流した清麿の声にもしばらく気づくことができないほどに。
その日、俺はソハヤに恋をしてしまった。
ガチ恋なんてものは茨の道だ。同性であれば尚更。それでもこの感情に恋以外の名前を付けられないのは明白だった。気がつけばソハヤのことを考えている。そのせいで勉強に支障が出たらソハヤに申し訳が立たない、と前よりも計画的に勉学に励むようになった。健全に金を積むためにバイトも増やした。結果的に少し人生の質が上がったような気もする。
二回目の握手会で顔を覚えられていることに驚き、その次のサイン会では名前まで認知されてしまい魂が抜けた。分かっている、そういう特別感を利用した商売ってことくらいは。しかしそんな理屈で推し活をやめられる訳でもなく。僅かな苦しさを覚えつつも充実した生活が続き気づけば一年経っていた。奇跡なんてものは起きない、ずっとこのままの距離感で推していくのだとそう思っていた。
それがどうしてこんなことになったのか。簡潔に言えば、偶然だった。
公開収録の観覧に行って、近くで夕食を食べて、後は帰るだけ。夕食を挟んでなんとか平静を取り戻した頭でふわふわと余韻に浸りながら信号待ちをしていた。その時、突然背後から声が聞こえてきた。聞き覚えがありすぎる、というかつい数時間前に聞いたばかりの声。
「ごめんな、ちゃんと会いに来て欲しい」
振り返れば、ソハヤがいた。ファンと思しき女も。そいつに詫びた後ソハヤは俺の方を見た。
「
……
っ
……
」
視線がぶつかると、石にされたみたいに体が動かなくなる。力強くてどこか可愛らしくて、そしてやはり格好いい。そんな目をしているものだから。
「待たせたな、行くぞ」
信号が青になる。俺の返事も待たずにソハヤは俺の手を引いて横断歩道を渡っていく。殆ど早歩きのような状態で前へ前へ進み、人気のない公園でようやく止まった。ファンの女は追いかけてこなかったらしい。
足を止めた瞬間ソハヤは深く頭を下げた。
「巻き込んですまなかった‼」
「い、いや
……
あの
……
事情があったんだろう、頭を上げてくれ」
推しに頭を下げられるという謎の現象に混乱しつつそう言えばなんとかソハヤは頭を上げてくれた。周りに人がいないのを確認しつつソハヤはベンチに座る。俺もそれに続くとソハヤは口を開いた。
「
……
あの人、割と出待ちとかするタイプの人でさ。そろそろ家まで来られそうだなって所に大典太さんを見かけたからつい頼っちまって」
「
……
それは迷惑なんてものではないな」
推しを困らせる時点でファン失格だろうが。俄かに沸き起こった怒りが伝わったらしくソハヤは少し怯えたような表情になる。いけない。抑えなければ。
「あ、いや勿論事務所には言うからな! だから
……
その
……
ありがとな、心配してくれて」
「────」
感謝された? 推しに? 現実?
「
……
大丈夫か?」
「っ、! 大丈夫、だ。
……
少し意識が飛んだだけで」
「駄目だろそれ」
危ない。死ぬ所だった。戻って来れた。推しに生殺与奪の権を握られている。
そして正気に戻りついでにこの状況への恐怖を覚え始めた。プライベートのソハヤとこんなに喋るなんて重罪じゃないか。死のう。今すぐ。
「
……
俺も事務所に突き出すか
……
?」
「なんでそうなるんだよ‼」
「思い切り今プライベートに踏み込んでるだろう」
「それは俺が巻き込んだからだし
……
それに、
……
大典太さん、なら、」
急に言葉の歯切れが悪くなる。目線はあらぬ方向を向いて、少しだけ顔も赤い。何かおかしなことでもあったのだろうか。
「
……
俺なら、
……
何か?」
聞いても答えない。あー、とかうぅん、とか、なんだか可愛らしい呻き声ばかりあげている。やがて一つ頷くと、意を決したようなきりっとした顔でこちらを向いた。
「
……
ちょっと、こっちに顔寄せてくれるか?」
言われるがまま、ソハヤと距離を縮める。近づく度に心臓がばくばく脈打って痛いくらいだ。
肌が触れてしまいそうな距離まで来て。聞き落としてしまいそうな小さい声で、ソハヤは告げた。
「
……
好きなんだ。大典太さんが」
走馬灯の如くここまでの出来事が脳内を駆け巡ったが、それでもなお現実とは思えなかった。というか思いたくなかった。だって、こんなのは。
「
……
分かってる、アイドルとしては甘いって。でもやっぱり駄目だ。諦められない」
裏切っちまうな、と呟いて苦しそうに笑う。見たくない、そんな顔は。しかも俺のせいだなんて。
「真面目にやる方が馬鹿を見るなんて嫌だ。けど
……
これじゃあ形無しだよな」
「
……
そんなに自分を責めないでくれ。頑張ってるのは伝わってる、少なくとも俺はそう思っている」
じっと見つめれば笑みは消えて、真剣さの増した顔になる。全部本気なのだ、彼は。ならば俺も伝えてしまっていいのだろうか。
「
……
嬉しいんだ、俺も、好き、だから
……
」
「
……
え、それって」
「でも」
少し明るくなった声を遮った。
両想い、これほど嬉しいことはない。今すぐ死んでもいいくらいだ。でも。しかし。どうしても胸の内から迫り上がるものがある。どうやっても無視できそうにない、それは。
「
……
解釈違い、だ
……
」
零した言葉を最後に、処理落ちした脳に引きずられて視界が暗くなっていく。ソハヤが俺を心配する声がぼんやりと聞こえた。本当に死ぬのかもしれない。ショックで。でもショックを受けたのはソハヤの方じゃないだろうか。かなり酷い台詞を吐いた自覚はある。でもやっぱり俺なんか。ああもう駄目だ目の前が暗い。せめて傷つかないで欲しい。こんな一般人なんかのために。
(推しに看取られて死ぬ
……
こんないい最期があっていいのか
……
?)
最終的にそんな訳の分からないことを考えるに至り。俺は意識を手放した。
病院で目覚めて自分が死んでいないことに驚き、大はしゃぎでソハヤの噂をする隣の患者の様子から今までのことは夢ではないのだと認識させられた。ついでに握らされていた連絡先のメモに恐れ慄いてベッドから落ちた。何もかも現実だ。恐ろしいことに。
(
…………
本気なのか
…………
?)
ソハヤが俺を好いている、しかも恋愛対象として。それはどうやら寝ても覚めても変わらない事実らしい。だからといって受け入れられるかというと
……
やはり難しい。
アイドルとオタク。そんな関係から一歩踏み出す日など来るのだろうか。
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